第三八八話 巫剣とは

 お昼から始まった報告会も、なんだかんだ細かな質疑応答や議論などを重ねた結果、終わった頃には午後四時を回っていた。

 各々が会議室を立ち去り、思い思いの行く先へ足を向ける最中、私はと言えばオレ姉やゴルドウさん、チーナさんに鏡花水月のメンバーらと連れ立って、別室へと向かっているところだった。先導するのはイクシスさんだ。

 その目的はといえば、私専用武器の試作品にコマンドを書き込む作業を行うためである。

 まぁ作業だけなら、最低限私とオレ姉、あとゴルドウさんだけ居れば事足りるのだけれど、他の面々は妖精のことに関して既に知っており、且つ専用武器に興味津々であるため、是非とも作業現場に同席させてほしいと願い出てきたのだ。特に不都合があるわけでもないので、私はこれを了承した。ゴルドウさんたちにも異存はないみたい。

 寧ろ鏡花水月は私のPTメンバーであるため、この先の戦い方が変化するかも知れない私専用武器については、彼女たちもなるべく把握しておいたほうが都合も良いだろう。


 というわけで、長い廊下を右へ左へ歩み、何なら一度庭を横切った結果、ようやっと辿り着いたのは離れにある存外立派な鍛冶工房であった。

 なにゆえイクシス邸にこんな設備があるのかと問うてみれば、武器好きが高じて自分でも打ってみようとした結果、この屋敷を建てる際に用意されたものなのだと。

 ただ、残念ながら鍛冶に割ける時間はあまり取れず、しかもなまじやたらと理想が高いせいで自分の打つナマクラに納得がいかなかったイクシスさん。

 結果、いつからか殆ど使われないまま放置されるようになり、時折使用人さんたちが手入れこそしているものの、今は人の近づく機会もあまりない一角となっていた。


 そんな工房へ、イクシスさんの先導により入っていく一同。

 石とレンガ造りの如何にも頑丈なそこは、しかしひんやりと冷めきっており。

 当然備えられた炉には火が入っているはずもなく、雰囲気も相まって一際寒々しく感じられた。

 それを見るなり、眉根にシワを寄せるゴルドウさんと、苦笑するオレ姉。

 鍛冶師の二人には、やはり何やら思うところがあるらしい。が、別に文句をこぼすまではせず。


 そんな二人へ、炉は使うかと問いを投げるイクシスさん。

 どうやら暖を取るためだけの目的で炉に火を入れるつもりはないようで、そこには彼女なりの鍛冶師へ対するリスペクトが感じられた。

 対するゴルドウさんだが、逡巡するでもなく答えは一言。

「要らん」

 補足するようにオレ姉が、不慣れな工房で即席な品を作るつもりはないのだと教えてくれた。それだけゴルドウさんも専用武器……というか創作武器づくりには熱が入っているらしい。

 そういえばこの前は、オレ姉と創作武器を巡って喧嘩した挙げ句、自分だって若い頃はそういうものに妄想を馳せた、みたいなことを言っていた気がする。

 そんな彼が今回貸してくれたのは、手よりも寧ろ知識が主だったようだが。


「それじゃ今回は、オレ姉とゴルドウさんで設計してきてくれた内容通りに加工を施せば良いんだね?」

 と私が確認すると、二人からは頷きが返ってくる。

 しかし。


「今のお前さんがどこまで出来るのか、ワシは知らん。今の妖精がどこまでの技術を受け継いでいるのか、あるいは発展させているのかもの。じゃからもし出来んことがあるなら、その時は設計を見直す必要があるじゃろう」

「逆に師匠の想定以上に、ミコトが技術を持ってる可能性もあるからね。もしもっと良い案があるんならジャンジャン言っておくれよ!」


 とのことだった。

 話は決まり、一先ず作業を行うための支度を始める私たち。

 と言ってもやることはそう多くはない。

 熱魔法で部屋の温度を快適な高さに上げ、ストレージからは魔道具のストーブを取り出し稼働させた。

 その間にオレ姉は、作業台の上にパーツと設計図等の資料を出し、手際よく準備を整えてくれている。

 他方でゴルドウさんはと言うと、その様子を腕組みしながら眺めつつ、何だか難しい顔で黙っているではないか。

 ただでさえ図体が大きくて顔も恐いため、それだけで威圧感がある。子供が見たら怯えるレベルだ。


 そうこうして、ものの数分で作業に取り掛かる準備が整ったわけだけれど。

 早速資料に目を通している私に対し、徐にゴルドウさんが声を掛けてきた。

「おい。作業に掛かる前に、先ず聞かせろ」と。

 私が顔を上げると、彼は何時になく厳しい雰囲気を漂わせ、言うのだ。


「『精霊降ろしの巫剣』を、どうやって解析した?」


 それはまぁ、意外でもなんでもない質問だったけれど、しかしそれを問うということはやはり彼も何か知っているのだろうと、私たちは確信を強く持ったのである。

 ゴルドウさんには既に妖精師匠たちのことも知られているため、今更隠す理由もない。というか彼自身、既に予想はついており、その確認がてらの問いなのだろう。

 私は勿体ぶるでもなく、率直に答えた。

「勿論、師匠たちの力を借りたんだよ。私も協力したけどね」


 その返事に、やはりかと得心のいったらしい反応を見せたゴルドウさんは、ふむと一息。

 良い機会なのでこちらからも質問してみることに。答えてくれるかは分からないけど。


「そういうゴルドウさんは、巫剣について何か知ってるみたいだね。よかったら詳しい話を聞かせてくれない? もし危険なものだっていうのなら尚更」

「むぅ……まぁ、よかろう」


 そのように了承した彼は、ゆっくりと語り始めた。鏡花水月の皆も、イクシスさんも、そしてチーナさんも、真剣な表情でそこに耳を傾ける。

 暖房魔道具がコォォと稼働する音だけをBGMに、ゴルドウさんは教えてくれた。


「彼の巫剣は、大昔の大戦の折、ワシの先祖が制作に携わったものじゃ。そして大戦の後、封印を施したのもまた……」

「! ゴルドウ殿の御先祖……!」

「ぬ。そういえば勇者、お前はワシのことをどこまで知っておる? つーか、誰かこいつに話したか?」


 その問はつまり、イクシスさんも『エルダードワーフ』について知っているのか、という質問だった。

 対する私たちは、揃って首を横に振る。どうやら誰も口を滑らせてはおらず、そしてイクシスさんは一人だけ首を斜めに傾げていた。

 それを認めるなり、鼻を一つ鳴らしたゴルドウさん。


「なら良い。勇者、お前さんはちょいと席を外しておれ」

「んな?! そ、それはないだろう! やだやだ!! 私はここを動かないぞ!」

「何がやだやだじゃ、いい歳して駄々をこねるな!」

「嫌なものは嫌だ! いいじゃないか、私は口の堅さと腕っぷしと、それに武器と娘への愛情には自信があるんだ! 私だけ仲間外れとか勘弁してくれ!」

「武器と私への愛情は同等なのか母上……」

「はうぁ!? ち、違うんだクラウ! 今のは言葉の綾と言うか何というか……」

「では武器への愛は劣ると? ふん、やはりイマイチ信用ならんな」

「ち、違うんだ! 武器への愛情だってちゃんとある! 何なら私のコレクションを披露してやろうか!?」


 謎の修羅場が始まった。このままでは脇道一直線だ。

 と思っていたら。


「イクシス様なら問題ないと思いますよ。何せ私のことも、妖精のことも、それにミコトさんのこともよくご存知ですし」

「ぬ。そうなのか……?」

「ああ、そうだ。そうなのだ。だから仲間はずれにしないでくれ! 私も巫剣に関して詳しく知りたい!」

「むぅ……仕方ないのぉ」


 というわけで、ソフィアさんの口利きにより路線は無事修正され。

 ゴホンと大きな咳払いをひとつしたゴルドウさん。


「……………………」


 が。暫し待ってみても、何も言わない彼。

 当然皆が訝しげに表情を曇らせ始めると、ようやっとゴルドウさんは言うのである。

「つーかワシ、基本的に説明とか苦手なんじゃよな……質問形式にせんか?」

 その様に困り顔を披露する彼に、皆からは総ツッコミが入り、せっかく整った場の空気がまた乱されてしまう。

「もう、おじいちゃん!」とチーナさんが語気を荒げれば、たちまちしゅんとして「じゃ、じゃってチーナたん……」と縮こまるゴルドウさん。

 どうやら説明が苦手だというのは本当のことのようだ。

 しかしそういうことであればと、早速綺麗な挙手を見せたのは、目をキラキラ輝かせたイクシスさんだった。

 ゴルドウさんは何だか嫌そうにしながらも、「ぬぅ……はい、そこの勇者」と発言を許す。


「精霊降ろしの巫剣がどんな力を持っているのか、先ずはそれを教えて欲しい! それから作られた経緯、出来れば年代も。製法にも興味がある! それと巫剣を巡るエピソードも知りたいし、封印された経緯や、それを施した人物についてもなるべく詳しく聞きたいのだが! あとは──」

「ええい、質問は一つにせんかバカモノが! 説明が苦手だと言っておるじゃろうが!!」

「ならば巫剣の力について教えてくれ! 危険な代物なのか? だから封印されたのか?! ミコトちゃんに譲ってしまったが、ひょっとして軽率だっただろうか!?」

「母上、増えてるぞ。質問増えてる」


 クラウに窘められ、黙らされるイクシスさん。

 するとそれに代わってオルカが「巫剣の能力についてだけ、先ずは教えて欲しい」と短くまとめてくれた。

 呆れ顔でそれを受けたゴルドウさんは、ため息を一つ。

 しかしすぐに気を取り直し、表情を引き締めて言った。


「精霊降ろしの巫剣は、その名の通り精霊の力を振るうための剣じゃ……じゃが」

 そこで少しばかり間を置き。眉根にシワを寄せて続ける。

「精霊を殺しかねない、危険な剣でもある」


 精霊を殺す。

 その言葉がどれほどの意味を持つのか、私にはいまいちピンと来なかったのだけれど。

 さりとて他の面々は私と違い、揃って驚いたような、あるいはショックを受けたような様子で目を見開いていた。

 どうやらそれは、余程冒涜的な事らしい。

 そういえば精霊を神のように崇める地域もこの世界にはあるのだったっけ。

 だとするならばそれは、言い換えるなら『神の力を振るい、神を殺しかねない剣』ということだ。

 なるほど、神殺しとは……それは確かに恐るべき話である。


「そ、そんな危険な代物だったのか……私はてっきり、精霊から少し力を分けて貰い、それを刃とするようなものなのかと思っていたが……」

「ワシも伝え聞いた話じゃからな、どこまでが真実かは知らん。じゃが、封印されておるという事実は重く受け止めるべきじゃろうて」

「むぅ……確かに、な」


 なんだか、思っていたより大変な話になってきた。

 封印により文字化けを食らった巫剣については、今も師匠たちが解析を続けているのだけれど、中止させるべきなのかもしれない。

 とは言え、まだまだゴルドウさんに聞きたいことは沢山ある。

 もっと詳しい話を聞いてみてからでも、判断するのに遅いってことはないだろう。


 私たちはその後も、彼へ向けて質問を投げかけたのだった。

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