第三七三話 解析開始
時刻は早朝五時前。
いつもの時間に目を覚ました私は、冷え込む外とは打って変わって適温に保たれたおもちゃ屋さんの中、あくびを噛み殺しながらぼんやりと昨日譲り受けたアーティファクトについて思いを馳せていた。
皆の見守る中、伝説の剣さながらに石の台座より件のアーティファクト『精霊降ろしの巫剣』を引き抜き、どこぞの英雄のようにそれを高らかと掲げ、赤っ恥をかきながらイクシスさんを満足させた私。
そんなイベントを経てここへ戻ってきたのが、夜も一一時を過ぎた頃だった。
寝るのが早く朝も早い妖精たちにとっては、余裕で夜更しに入る時間帯である。
しかしモチャコあたりは毎度、私の帰りが遅いと裏口で待ち構えているため、直接寝室にワープで飛んだりせず、ちゃんと裏口から「ただいま」を言って入った。
すると案の定眠そうなモチャコにブーブー文句を言われ、彼女を寝室まで送り届けてから、私も自分の寝室へ戻り床に就いたのだった。
精霊降ろしの巫剣については、朝起きてから師匠たちに相談しようと思って。
そして今。
朝の身支度を済ませて、作業部屋の自分の席についた私。
いつもなら今から朝食の時間まで、魔道具作りの朝練を行うところなのだけれど。
今日も私を指導する気満々で張り切っているモチャコたちに、一言待ったをかけて。
私は徐に、机の上へストレージよりそれを取り出したのである。
そう、問題のアーティファクトをだ。
「実は、こんなものを譲られちゃったんだけど……」
と私が机の上のモチャコ、ユーグ、トイへ相談を持ちかけたところ、忽ち大騒ぎが生じたのであった。
始めは怖いくらいの沈黙が部屋を満たした。
次いで何時になく真剣な表情の彼女らに、これはどういうものかと問われ、私は判っている限りの情報を説明した。
すると。
「これ……と、とんでもないものかも……!!」
「まさか言い伝えに聞いたあの……?」
「これはー……穏やかじゃないねー……」
と、目を丸くして慌て始めた三人。
彼女たちの慌てようは段々と他の師匠たちにも波及していって。
終いには上を下への大騒ぎにまで発展した。
「これが本物だとすると大発見だよ!」
「もしかすると長老たちにも知らせなくちゃダメかも!」
「やばいよやばいよー!」
「とにかく解析だ! コマンドを読み解くんだ!」
「えらいこっちゃえらいこっちゃー」
どうやら、このアーティファクトについて妖精師匠たちはなにか心当たりがあるらしい。
ただ、具体的に何が何だかって話は出てこず、要領を得ないのだけれど。
なので私は一先ずモチャコを落ち着かせて、説明を聞いてみることに。
意味もなく右へ左へ飛び回っているモチャコを、傷つけぬよう包み込むようにそっと捕獲。
手の中で、尚もモチャモチャしている彼女をどうにか宥め、問いただした。
「モチャコ落ち着いて。結局何なのこの剣は? そんなに大変なものなの? っていうか、妖精はこれが何なのか知ってるの?」
「ま、まぁね。じっちゃんが言ってたんだ、大昔、妖精の職人が他の種族と協力して、たくさんのアイテムを作った時代があったって」
「! もしかして、それがアーティファクト……?」
「んで、その中でも特にヤバいものが幾つかあって。もしかしたらこれがそうなのかもって……」
「そ、そんなにヤバいの?」
「詳しいことまでは教えてくれなかったけど、じっちゃんがヤバいっていうんだから多分、ヤバいんだと思う」
「そ、そうなんだ……」
どうやらもともと神殿に祀られていただけあって、想像以上にとんでもないものらしい、ってことだけは分かった。
しかし具体的にどうヤバいのかはやっぱりよく分からなかったので、結局今日の朝練は急遽その内容を大幅に変更し、私も協力してみんなで精霊降ろしの巫剣を解析する作業を行うことに。
果たして、この剣って一体何なのだろう。
これをぶん回してドラゴンをひっぱたいたサラステラさん、もしかして想像以上にヤバいことをした可能性まで出てきたぞ。
ああ、今日のトレンドワードは間違いなく『ヤバい』で決定だ。ヤバいヤバい。
★
妖精師匠たちに混ざってのアーティファクト解析作業は、結局の所まだまだ時間がかかりそうだということで、一先ず私は本日の予定をこなしに今日も今日とてイクシス邸へ飛び、皆と合流して朝食を頂いたのだった。
その席で、今朝から解析作業を行っていること。師匠たちが大慌てしていること。精霊降ろしの巫剣は想像以上にヤバい品かもしれないことなどを説明したところ、皆の反応は概ね二通りに別れた。
純粋に解析結果が楽しみだとテンションを上げる者たちと、またとんでもないことになりそうだと難しい顔をする者たちという二通りである。
ともあれ、それについては今すぐどうこうということはなく。
「それで、今日は私何をしたらいいんだっけ?」
と、『ミコトもりもり計画』をぶち上げた皆に問うてみれば、直ぐに答えが返ってきた。
先ず応えてくれたのはレラおばあちゃんである。
「午前中は、おばあちゃんがバフの使い方を指導するわね。蒼穹の子たちとサラちゃんにもお手伝いをお願いするわ」
「何するぱわ?」
「蒼穹の子たちと模擬戦ね。ミコトちゃんは蒼穹の子たちをバフで支援して参加する形よ」
「そ、それって私たちが一番大変なんじゃ……」
「リリエラちゃんが珍しく怖気づいてる! 私はミコト様のためなら勿論喜んで協力しますよ!」
「私も頑張りますよ天使様! 天使様の御加護……ふふふ、楽しみです」
「べ、別に怖気づいてるわけじゃないわよ! 上等じゃない、やってやるわ!」
「まぁ、貴重な経験になることは確かだろうね」
というわけで、先日教わったレラおばあちゃんのバフ。今日はその実践的な使い方を指導してもらえるらしい。
しかし、模擬戦とは言えサラステラさんVS蒼穹の地平とか、とんでもない対戦カードなんじゃないのこれ?
サラステラさんと言ったら、闘技大会の武術部門で殿堂入りを果たしたレジェンドであり、対する蒼穹の地平は総合部門で優勝を果たしたリリの率いるPTだ。
闘技祭で熱狂した観客なら、誰もが見逃せない注目の一戦となること請け合いである。
ただ、彼女らとはなんやかんやで最近一緒に戦ったりしたけれど、やはりサラステラさんの戦力は桁が違う。
如何な蒼穹の地平とて、彼女相手では分が悪いだろうことは確かだ。
果たして、私のバフでサラステラさんとの戦力差を一体どの程度埋められるものか。
何にせよクオさんの言うように、貴重な経験になることは間違いないはずだ。気合を入れて望まねば。
と、ここで気になった私は仲間たちへ水を向けてみることに。
「オルカたちはどうする? 観戦に来る?」
そのように問うてみれば、しかし返ってきたのは意外な答えで。
「ごめんミコト。私たちにもちょっと予定がある」
「本当なら私はミコトさんに張り付いていたいのですけどね! また私の居ないところでミコトさんが、何か新しいスキルを覚えるのではないかと考えただけで私は、私はー!!」
「ソフィアさんツバ飛んでます。汚いです」
「まぁ、こちらのことは気にせず励んできてくれ。我々も頑張るからな!」
そのように、ぐっとサムズアップしてくるクラウ。賑やかに振る舞う仲間たち。
しかし心眼が垣間見せた彼女らの気持ちに、私は仮面の下で小さくした唇を噛んだ。
……正直、如何ともし難い問題だ。
だが、今は敢えてそれを取り沙汰したりはしない。
私はぐっと親指を立ててクラウに応えると、努めて気持ちを切り替えた。
「それじゃ、午後からの予定は?」
と、蒼穹のメンバーに向けて問いを投げてみれば。
「私たちとモンスター狩りよ」
「今日はダンジョンではなく、フィールド上での狩りを予定しています!」
「辺境の危険な地域で、育ちすぎたモンスターを相手に連携訓練と腕輪の育成を行う手筈です」
「サラステラさんにボコられて、もしかしたら予定が潰れるかも知れないけどね」
というような答えが返ってきた。
しかしそこに加えて。
「その時は、午後をまるっと私と訓練ぱわー」
脳裏に過る、昨日の光景。
が、頑張って蒼穹の地平を支援しないと、サラステラさんによる地獄の特訓が午後いっぱい続いてしまう……。
どうやら、負けられない戦いになりそうだ。
因みに蒼穹が潰れずとも、夕方からのサラステラブートキャンプは毎日行われる予定であるらしい。
昨日は午後三時くらいからを予定していたけれど、今日からは四時を目安にスタートしたいとのこと。まるで部活のようである。
今日は昨日より楽な内容だと良いな、だなんて遠い目をしながら朝食を平らげた私は、早速今日のスケジュールをこなしに席を立ったのだった。
★
時刻は午前九時を回った頃。
私は予定通り、レラおばあちゃん、サラステラさん、そして蒼穹の地平メンバーを伴い、広い雪原にやってきていた。
何せ模擬戦とは言え彼女らがぶつかるのだ。イクシス邸の訓練場では、ちょっと被害が心配だった。
なので、ワープを駆使して広く安全な場所を目指したところ、丁度良さげな雪原があったのでそこへ転移してきたというわけだ。
言わずもがなではあるが、敢えて言うなら……今日もめっちゃ寒い。
手早く熱魔法にて皆に防寒を施したら、早速全員で打ち合わせを行う。
まぁ大まかなところは出発前に決まっているため、細かなルール確認程度の話である。
然程時間も掛けずそれが済めば、次は各自軽いウォーミングアップを開始した。
ストレッチっぽい動きで体をほぐすサラステラさんとは異なり、蒼穹の面々は準備運動をしながらも作戦会議を行っている模様。
全員かなりガチモードらしく、サラステラさんに自分たちの力がどれほど通じるか、この機会に確かめるつもりらしい。
そしてその話し合いは、彼女らを補助する私にも重要なものなので、口出しこそしないものの私も加わっておいた。
そうして双方準備が整ったのなら、十分に間を開けて対峙し睨み合いの姿勢を取る。
ピンと糸の張ったような緊張感を漂わせる蒼穹の地平。
それとは対象的に、気楽な様子……というか、とても自然体なサラステラさん。
私は蒼穹の背後にレラおばあちゃんとともに控え、遠距離から状況を見つつバフを飛ばしていく手筈である。
「一応羽つき飛ばしておこうかな。使用人さんたちとかレッカとか、きっとこういうの好きだろうし。後で見返しても勉強になりそうだし」
と、ストレージより羽つきカメラを数台宙に浮かべ、幾つかのアングルから模擬戦の様子を撮影させておくことに。
そのようにして私の準備も整えば、いよいよ模擬戦のスタートである。
果たして、彼女たちはどんな戦いを見せてくれるのか。そして私の午後の予定はどうなるのか。
戦いの火蓋は今、切って落とされたのだった。
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