第三七四話 蒼穹VSサラステラ
試合開始の合図は、私が空へ向けて放った火魔法だ。
ヒュルルと空高くまで舞い上がったそれは、パカンと小気味いい音を伴い爆ぜたのである。
瞬間、先に動いたのはリリたち蒼穹の地平だった。
挨拶代わりに早速放たれたのは、リリの魔法剣より繰り出される十八番の冷気である。
地を這う波が如く、雪の絨毯を舞い上げながら迫る凍てつく風。
対するサラステラさんは、当然察知こそしているが余裕の態度を崩さない。何とも堂々とした仁王立ちである。
そして一瞬の後。彼女は真正面からもろに、それを浴びたのだった。
リリの放つ冷気は、たとえ一流の戦士が相手だとて、一溜まりもなく全身を凍結させてしまうくらいには凄まじいもののはずなのだけれど。
さりとてどうしてだか、サラステラさんには果たしてそれが通用するようには全く思えなかった。
そして実際、彼女は防ぐでも躱すでもなく、真正面からそれを我が身で受けたのである。
だが、案の定。予想通りと言うべきか、斯くあって然るべきと言うべきか。
サラステラさんに叩きつけられ、その衝撃から立ち上った雪煙のさなか。彼女の気配には何らゆらぎの一つも感じられなかったのだ。
だが、蒼穹の地平とて勿論想定していたことではあり。故に大きな動揺もない。
寧ろ今のはほんのご挨拶、或いは気を逸らすための目くらましや牽制といった、万全を整えるための時間稼ぎ程度の意味合いしか無かったようだ。
その証拠に、他の面々は既にそれぞれ行動を始めていたのだから。
手早く聖女さんとアグネムちゃんが、何やら味方に魔法を掛けている。【叡視】で見るに、どうやらバフのようだ。
聖女さんの魔法は味方の防御を高めるものであり、アグネムちゃんは負荷を軽減する魔法を使ったらしい。
サラステラさん相手に果たして、防御アップのバフがどれだけ頼りになるかは定かじゃないが、負荷軽減は無茶な挙動を可能にし、重力とはまた異なるアプローチで体を軽くしてくれるはずだ。
彼女らの魔法により、戦力の底上げがなったことは間違いないだろう。
そして、バフと言ったらこの模擬戦の主目的なのだけれど。
レラおばあちゃんからバフの実戦運用に関する手ほどきを受けるべく、蒼穹とサラステラさんには模擬戦をやってもらっているわけなのだが。今の所レラおばあちゃんから出た指示は。
「先ずは模擬戦を見て、ミコトちゃんなりにこの前教えたバフを使ってサポートしてみせて」
と言われている。
しかしながら、現段階では私から蒼穹に対してのバフサポートは行っていない。
というのも、私のサポート無しで彼女らがサラステラさんとどんな戦いを繰り広げるのか、その様子を観察したかったからに他ならないわけで。
いきなり外野からバフを掛けたところで、彼女らのペースを乱しかねないし、私自身バフの効果をより実感するためには、バフのない状態をしっかり把握しておくことが肝要なように思えたからである。
そういうわけで、一先ず観戦を決め込む私。無論、リリたちには了承を得ている。
レラおばあちゃんからの視線がちょっと怖いけど、私は私が正しいと思ったことをやるのだ。
もしそれでお叱りを受けるようなことがあったとて、自身でそれと気づかぬ失敗や悪手の指摘ならば、寧ろどんと来いってなものである。それこそ為になるというものなのだから。
私は集中し、目の前で始まったばかりの戦闘をしかと観察する。
聖女さんたちが魔法にて戦力を底上げしている最中。クオさんはどうしていたかと言えば、魔道銃にてサラステラさんへと弾を浴びせかけていた。見事な速射であり、連射である。
しかしいかんせん、ただの銃弾がサラステラさんに通用するとは思えない……って、私は一体何を考えているんだ。人の身に銃弾が通用しないだなんて、そんなバカな……いや、うん。サラステラさんだものね。
しかしそれはどうやら当のクオさんとて、たかが銃で撃ち出した弾丸程度で、あのサラステラさんをどうこう出来るとも思っていなかったらしく。
故に彼女の放った弾丸は、着弾と同時に小さな爆発を起こしたのである。
クオさんの得意とする手は、相手を状態異常にかけて弱らせることにあり、なればこそあの弾丸に仕込まれたのは状態異常を引き起こす粉末状の薬なのだろう。
体内に打ち込むタイプでなく、爆発による散布型を選んだ辺り、やはり弾丸でサラステラさんを傷つけられるという展望は持っていなかったものと思われる。
そう言えば彼女は、先日の花人形なんかが撒き散らしていた花粉を細かく調べ、新しい毒を調合していたとか何とか。曰く、趣味と実益を兼ねているのだそうな。恐ろしい人である。
撒き起こった雪煙の中、確かにパンパカと弾の爆ぜる音が連続した。狙い過たず、撃てば撃つだけ着弾しているらしい。
雪煙で狙いが遮られているだろうに、大したエイム力である。ああ、私も久々にFPSやりたくなってきちゃうな。
なんて益体もない感想が脳裏を過ぎっているうちに、リリとアグネムちゃんが飛び出した。
どうやらサラステラさん相手に距離を詰めるらしいが、大丈夫なのだろうか? 強気である。
が、案の定と言うべきか。
「っ!?」
心眼で、予見は出来ていた。なのに見えなかった。
気づいた時には既に、サラステラさんの拳がリリの障壁を叩いていたのである。
彼女は自身の周りに非常に強固な障壁を常駐させているのだけれど、サラステラさんの拳はそれを容易く砕いてしまった。が、そこまでだ。
もしかすると聖女さんのバフも機能していたお陰だろうか。拳の勢いはそこで損なわれたのだった。
既にサラステラさんはリリの懐の中。その一撃は、障壁さえ無ければ間違いなく鳩尾を的確に捉え、突き刺していたに違いない。ヒヤリとする場面だ。
っていうか、なんて動きだろうか。速すぎて見えないというのは正にこのことだ。
そんなサラステラさんにしてみれば、リリの障壁は思った以上に硬かったらしく。その心中には、加減を見誤ったという少しの悔しさが浮かんでいた。
が、一発でダメなら二発打てば良い。サラステラさんの思考回路は至って単純であり、故にこそ判断が速い。
さながら、もとよりその結果を折り込み済みだったかのような、刹那のタイムロスもない流れるような次の拳がリリに迫る。
が、リリとて常人離れした使い手である。
障壁が砕かれたと分かった途端、彼女の集中力は爆発的に上昇した。
強引な挙動でもって身を捻り、何とサラステラさんの二発目を紙一重で躱してみせたのである。
これはきっと負荷軽減があればこそ出来た動きだろう。だが、それを有効に活用できるリリの反射速度がとてつもないというのもまた事実である。
が、二発目が空を切ったのなら、三発目を打てば良い。
サラステラさんは、どこまでもシンプルでわかりやすい人だった。
間隙の気配すらもなく、三度繰り出された拳は体勢の崩れたリリへ容赦なく放たれた。
が、それを妨害した者がある。アグネムちゃんだ。
彼女もまた凄まじい反応でもって、突如リリの懐へ潜り込んでみせたサラステラさんを素早く捉え、次の瞬間には対応に動いていたのである。
アグネムちゃんの鋭い拳が、サラステラさんの横っ腹に迫る。とっさの一撃にも拘らず、きっちり過負荷を仕込んで威力の底上げを行っている辺り、凄まじい熟練度を感じる。
ところが、であった。
サラステラさんはそれと感付くなり、リリへ向けた攻撃をあっさり中断。
アグネムちゃんより放たれた拳を、何とむんずと空いた手で捕まえ、そして勢いよくリリへ向けて投げつけたのである。
この人、1ターンに何回行動すれば気が済むんだ……。
アグネムちゃんが体ごと飛んでくれば、流石のリリも受け止めるしか無く。
アグネムちゃん共々一〇メートル近く吹っ飛ばされたリリは、苦し紛れに出の早い光魔法でサラステラさんを射ようとするも、既にリリの視線の先に彼女の姿は無かった。
私もまたその姿を一瞬見失ったが。
次の瞬間には聖女さんとクオさんの頭に、ポンと手を置いていたのである。
ぞわりと、心眼を通して彼女らからとんでもない恐怖の感情が届いてきたが、お気の毒にとしか言いようがない。
っていうか、バフなんて掛ける暇もなかった。
総じてたった五秒そこらの出来事である。並列思考があればこそ、私だってどうにか状況を追えたけれど。そうでなければ訳が分からなかったに違いない。
聖女さんとクオさんが観念し、両手を上げれば模擬戦はそこまで。
サラステラさんの、圧倒的な勝利であった。
すると、そんなサラステラさんへ。
「サラちゃん」
「ぱ、ぱわっ」
レラおばあちゃんより、何時になく冷たい声が投げかけられ。
途端に萎縮した彼女は、慌てて弁明を始めたのだった。
「ちち、違うんぱわ! だってだって、彼女たちが強いのは分かってたことぱわ! あんまり手加減する余裕がなかったんぱわー!」
「だけどサラちゃん。この模擬戦の目的は何だったかしら?」
「? 楽しく戦うことぱわ」
「…………」
「はっ! じゃなくって、えっと、ミコトちゃんのバフ練習……ぱわ……」
「もう一戦ね。次はおばあちゃん特性のデバフを堪能してもらおうかしら」
「謝るから勘弁してくれぱわー!!」
顔を青くして嘆くサラステラさん。
一方で、レラおばあちゃんの『もう一戦ね』という言葉に、これまた顔を青くしているのは蒼穹の地平の彼女たちである。
サラステラさんがもしもその気だったなら、簡単に頭を握りつぶされていた聖女さんとクオさん。
追撃を浴びていたなら為す術もなかったアグネムちゃんとリリ。
これが実戦だったなら、間違いなく全滅である。そうと分かっていればこそ、早くも彼女らの中には少なからず恐怖が芽生えてしまっていた。
厄災戦の折にはサラステラさんのその実力を、映像なりなんなりで目の当たりにする場面もあった彼女たちだが、やはり直接手合わせをしてみて初めて分かることもあるのだろう。
普段のフレンドリーさがベールとなり、彼女のとんでも加減を随分隠してしまっているけれど、一度戦闘となればコレなのだ。リリたちは一様に、サラステラさんへの評価を改めることとなった。サラステラさんはヤベーやつ、と。
そして。そんなサラステラさんが、勘弁してくれと腰を低くしているレラおばあちゃんや、イクシスさんが如何に途方も無い存在かもまた、彼女たちは漠然と思い知ることとなった。
私もまた、そんなリリたちの様子を通して思う。
以前イクシスさんとは模擬戦をやったことがあるのだけれど、あの時の彼女は本当に手加減しまくってくれていたのだなと。
まったく、桁外れの存在っていうのはこれだから……。
まぁ何はともあれ、だ。
レラおばあちゃんがもう一戦だと言うのだ。逆らえる者などこの場に居ようはずもなく。
皆粛々と、二戦目のスタンバイに取り掛かったのだった。
口数も随分減ってしまった蒼穹のメンバーへ向けて、私は努めて明るく声を掛ける。
「やー、すごかったねサラステラさん。次は私もバフで参加させてもらうから、よろしくお願いね」
「ぐぬぬ……業腹だけど、期待させてもらうわ」
「リリエラちゃんが素直! でも、気持はよく分かるよ……」
「イクシス様と肩を並べて戦える御方ですからね。十分に警戒していたつもりなのですが……軽々と想像の遥か上を行かれてしまいました」
「状態異常も全然効いてないし、本当に人間なのかな? なんにせよ、普通にやったってどうにもならない相手であることは間違いないね。ミコトのバフがどんなものか、精々あてにさせてもらうよ」
というわけで、私は蒼穹のメンバーに交じって打ち合わせを行った。
バフで能力が上がるということは、下手をすると力を上手くコントロール出来ず、思いがけないトラブルやアクシデントを招く可能性がある。
そのため事前打ち合わせは大事だろう。そこら辺おばあちゃんはどうしてるのかも気になるところではあるけれど、そういった点も含めて指導してもらえればと思う。
そんなこんなで作戦会議が終わったなら、早速仕切り直しの二戦目スタートである。
果たして、私のバフがどの程度役に立つのか。
いざ、実践の時間だ。
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