第三七二話 アーティファクト
アーティファクト。
それは、所謂太古の遺物というやつで。この不思議な世界に於いてなお一層不思議な、謎多きアイテムとされている。
生前もよく聞いた謳い文句に、『現代の科学でも再現できない!』なんてものがあったけれど。
それで言うならアーティファクトというのは、『現代の魔法技術でも再現できない!』って類いの品らしい。
因みに私の作る秘密道具はよく、アーティファクト級の性能がある、だなんて喩えられたりするのだけれど。
しかし実際私は本物のアーティファクトってものを目の当たりにしたことがなかった。いや、もしかするとどっかでは目にしていた可能性もあるのだけど、それと知ってまじまじと眺めたことはない。
そう、つい今しがたまでは。
私の目の前で、石の台座に突き立てられている青銅器が如き金属の塊。
一風変わった剣の形を模しており、薄青色……或いは空色だか水色だかの不思議な材質で出来たそれは、見た感じ値段のつけられない歴史的遺産だと言われれば、納得して感嘆のため息でも漏らしたくなるような品ではあった。反面、ただのガラクタだと言われたなら、それはそれで納得してしまいそうでもあるけれど。
が。それより何より私の目を引いたのは、そこに書き込まれた夥しくも緻密な『コマンド』の威容である。
コマンドとは、妖精師匠たちの使う【付与】にて扱われる、要はプログラム言語のようなもので。『術式』と言ったほうがもしかすると分かりやすいだろうか。
とどのつまり、道具に特別な仕掛けを施すために用いられる、特別な手法のことを指している。
毎日このコマンドを扱うための修行を、妖精師匠たちの元積み重ねている私は、自然とそれを読み解く目というのが養われており。
故に、このアーティファクトにもそれが用いられていることに気づくことが出来た。
しかも、何やら見たこともないようなコマンドが豊富に使われているではないか。
これは何とも、非常にそそられる逸品である。今すぐ持って帰って、師匠たちと解析してみたい。
そも、秘密道具をアーティファクトに喩えられることから、可能性自体は感じていたのだ。
もしかすると、アーティファクトというのにもコマンドや、それに類する技術が用いられているのではないか、と。
それがよもや、こんな形で判明するとは。
なお、普通の人にはこのコマンドというものは、認識することすら出来ないらしい。二次元の存在が三次元を認識できないように、もしかするとコマンドとはこの世界と少しだけズレた技術なのかも知れない。
そんな超技術を目の当たりにして、ときめかないはずもなく。
私は引き寄せられるように目の前のアーティファクトへと歩み寄ると、食い入るようにそれを眺めたのである。
すると私の目の色が変わったことを察してか、イクシスさんがそれについての説明を始めてくれた。
私は目をアーティファクトへロックオンしたまま、耳だけその語りへ傾けたのである。
「先に気づかれてしまったが、そう。これはアーティファクト……とされている品だよ」
その言葉に、私は早速疑問を感じて聞き返してしまう。
「その口ぶりだと、もしかして確証がないってこと?」
「ああ、そのとおりだ」
イクシスさんはそのように一つ頷くと、順を追ってこのアーティファクトに関して判っていることを説明してくれた。
「先ず、私の鑑定にて名前は判明している。『精霊降ろしの巫剣』というらしいが、詳細に関してはいかんせんまるで情報が無かったんだ。というのも、それはダンジョン化してしまった遺跡の最奥にて得た品でな。もともとはダンジョン化する前に遺跡に祀られていたものらしいんだが、そもそもその遺跡に関しても殆ど情報が無かった。ただ一点、エルフに由来のある場所だということ以外な」
イクシスさんの言葉に、皆の視線は自然とソフィアさんの方へ向いていた。
私もまた例外ではない。『精霊降ろしの巫剣』と呼ばれたそれから目を離し、後ろのソフィアさんへ振り返っていた。
が、頭の中では大騒ぎである。
だって、『精霊』ってワードがとうとう飛び出したんだ。平静で居られるはずがない。
思い返してみると、以前ソフィアさんがちらっとそれっぽいことを言っていた気がしないでもないけれど。
精霊と言ったらファンタジーの定番中の定番。その存在を裏付けてくれそうな物品を目の当たりにしたのだから、感動も一入である。
やっぱりこの世界には精霊も存在したんだ! という驚きと興味で、私の内心は大わらわだ。
と同時、冷静に思考を回す私も居て。
早速名前から考えられる剣の能力を予想し、分かる範囲でコマンドの内容も加味しつつ、忙しなくこのアーティファクトの正体について考察していた。
っていうかその精霊ってものに関してもっと詳しいことが知りたいのだけれど、先ずはソフィアさんの反応を待つことにする。問うまでもなく何かしらの情報が飛び出すことを期待して。
すると、皆の注目を浴びたソフィアさんは徐に口を開き、情報を提供してくれた。
「残念ながら、私も詳しいことはわかりません。ですが、何世代も前のハイエルフが精霊の助けを借りて、大いなる力を振るった、という言い伝えならば聞いたことがあります。その際に用いられた特別な媒体があったとも」
「特別な媒体……つまりそれが、このアーティファクトってことかしら?」
「ぱわー……それってそんな凄いものだったのぱわ」
「おばあちゃんもビックリよ」
と、ソフィアさんの話に皆驚きを示しているのだけれど。
しかし肝心な情報が出てこない。痒いところに手が届かない。
ので、ズバリ訊ねてみることにした。
「っていうかそもそも、その『精霊』について詳しく知りたいんだけど」
瞬間である。またいつもの、「こいつ、まじか」みたいなすごい空気と沈黙が漂い、私は忽ち居た堪れない気持ちになった。
が、ある意味慣れっこでもある。聞くは一時の恥というやつだ。
数拍の沈黙に耐えていると、例によって「まぁ、ミコトだから仕方ないか」という流れになり、直ぐに解説が入った。
語ってくれたのは、解説役でお馴染みのソフィアさんである。
「精霊のことをご存じなかったとは、流石に恐れ入りましたね。……精霊とは、万物を司る大いなる存在とされているものです」
「ふむふむ」
「…………」
「…………? 続きは?」
「諸説あります。なので私の口からは何とも」
「えぇ……」
どうやら精霊とは、私の想像していたものより随分と曖昧な存在らしい。
というかそんな感じなのに、よくさっきの空気が生じたものだと、逆に興味深くも思える。
すると、そんなソフィアさんの説明を補足するように、チラホラと声が上がった。
曰く。
「精霊はモンスターと対になる存在」
「精霊は万物に宿っています。私たちの体にだって」
「精霊は人の身では感じ取ることの出来ない、超常の存在なのだ」
「精霊の中には大精霊や、精霊王と言った、更に位の高い存在があるらしいです」
「精霊は、時として人を罰したりもするんだって」
「精霊がいるからこそ、スキルや魔法が存在するんだって説もありますよ」
「精霊を信仰する風習も大昔から存在していますね」
とかなんとか。
とどのつまり、この世界にあってなおオカルト的な、或いはスピリチュアルな存在。それが精霊というものらしい。
だが、誰の口からも『精霊なんて本当は居ない』だなんて言葉が出ない辺り、きっと実在はするのだと思う。
結局の所それがどんなものか、という具体的な情報はフワッとしか得ることが出来なかったのだけれど。
しかしまぁ何かのヒントにはなるだろう。
であれば、更に幾つか質問を投げておこうか。
「それじゃぁこのアーティファクトは、これまで起動したことって?」
「ああ……無いな。私も名前を頼りに手探りであれこれ試してはみたのだがな、うんともすんとも言わなかった。少なくとも私のもとにやってきてからは、眠ったままだ」
「ふむ……ハイエルフと精霊には、何か繋がりがあったりするの?」
「少なくとも、私は知りませんね。ただ、ハイエルフ族の中では私など若輩者もいいところですし、単に不勉強というだけかも知れませんが」
「じゃぁ、このアーティファクトって何も使い道がないの?」
「メチャクチャ頑丈ではあるぱわ。以前それでドラゴンを叩いたことがあるぱわ。鱗のほうがひしゃげたぱわ」
「サラ、お前……」
「あっあっ、い、今のは聞かなかったことにしてほしいぱわ……」
「ちょっと後で話をしようか」
「ぱわわ……」
サラステラさんの危険を顧みない情報提供から、どうやらこのアーティファクトを形成している素材自体が余程強固なのか、或いはコマンドに耐久性を高める効果のものが含まれているのかの何れかであることは分かった。
なにせサラステラさんの超パワーで振るわれたにも拘らず、今の今までイクシスさんがそのことに一切気づかなかったということは、おそらくアーティファクトに破損や歪みの類が一切見当たらなかったためではなかろうか。
だとすると、それはきっと凄まじい耐久力を持っていることの裏付けに十分なはず。
とまぁそんな具合に、色々と情報を得ることは出来たのだけれど。
しかしその結果判ったことはと言うと。
「要するに、現状このアーティファクトって、ちゃんとした使い道もなければ使い方も分からず、使い手も居ない。なんなら博物館にでも飾っておくか、神殿でも建て直して奉納しておくべき神器の類……とか、そういうこと?」
「う。む……まぁ、そうだな。だが、万一盗まれ悪用される可能性がないとも言い切れなかったからな、私が保管・管理していたわけだ」
肯定されてしまった。
それってとどのつまり、博物館に寄贈され、大事に展示されるような希少価値の高い代物を譲渡されるっていう、そういう話なんじゃないの?
まして剣である以上、武器として扱えってことだ。しかも激戦の予想される骸戦に向けた贈り物と来たものだ。
非常にロマンのある話ではあるが、実際問題恐れ多すぎて素手で触れることにすら抵抗を覚えるほどの代物である。
少なくとも前世では、こういった歴史的価値の計り知れない品物を、素手で無遠慮に触るだなんて事はあり得ない話だった。何せ失われたら取り返しのつかない、長い時間の中で価値を育んできた代物なのだ。決して人の手で傷つけることがあってはならない、みたいな常識が根付いていた。
なので、そんなおっかないものを携え、振り回して戦うだなんてちょっと考えられないと言うか。
それ以前に、である。
「そんなものを、私なんかに譲って大丈夫なの?」
そう。この世界の考古学がどんなものかは正直あまり知らないけれど、アーティファクトと言えばそういう観点からも計り知れない価値を持つに違いない。
ならばそれをイクシスさんの一存で他者に譲るだとか、そういう事が行われても問題にはならないものなのか。それが些か心配ではあった。
が、そんな私の懸念に対し、返ってきたのは期待していた返答とは何だかベクトルの異なるもので。
「いや、寧ろ正直ミコトちゃんにこそ持っていてもらいたい」
「? それってどういう……」
「深い意味はないさ。色々と常識離れしたキミなら、これも使いこなせるかも知れないと。そう思ったまでだ」
という、まるで私の懸念など問題に挙がりすらしないような、思いがけない返答だったのだ。
どうやらアーティファクトと言えど、冒険者にとっては然程他の品と分けて考えるようなことはなく、精々が『超やばいレアアイテム』くらいの位置づけであるっぽいことが、話の流れや空気感からそこはかとなく読み取れた。
つまり、譲渡に際して大きな問題はないのだろう。
そしてならばこそ、私に持たせたいのだと。変な期待をされてしまっているらしい。
まぁ実際問題、コマンドが見えてしまったからには私自身既に、興味津々ではあるのだけれど。
しかしやはり遺物を触ることへの恐れ多さもあり。
なので私からは、一先ず提案を述べることにしたのである。
「えっと……物が物だけに、ちょっと素直に受け取れないっていうか。一度師匠たちのところに持ち帰って、調査だけさせてもらっていいかな? その結果次第では、私には扱えないことが判明するかも知れないし、そもそも私が持ってていいものじゃないかも知れないもん」
「む。それはまぁ、ミコトちゃんに使ってもらうつもりだったのだから、当然持っていってくれねば寧ろ哀しいのだが。しかしミコトちゃんの師匠か……ということは何か? もしかして『例の技術』が用いられている可能性があると?」
「可能性っていうか、既に見えちゃってると言うか……」
「!!」
「まぁ詳しいことは、改めて細かく見てみないと分かんないよ」
「そうか……いや、やはり私の判断は間違っていなかったようで安心した!」
そう言って機嫌よく笑ってみせるイクシスさん。
斯くして私はこの『精霊降ろしの巫剣』をおもちゃ屋さんへ持ち帰ることになったのだけれど。
やっぱり直に触れることを戸惑う私に、「さぁミコトちゃん、石の台座より伝説のアーティファクトを格好良く引き抜いて見せてくれ!」だなんて、変な演出熱を発揮したイクシスさんの言が投げ掛けられ。
私は恐れ多いやら恥ずかしいやらで、何とも形容の難しい思いを味わったのだった。
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