第三七一話 絶対避けるマン
ダンジョンから戻ったのも束の間、イクシス邸訓練場にてサラステラさんによるシゴキを受けている私。
休憩と称した荷重ランニングで早くも打ちのめされ、息も絶え絶えの状態から碌に休む時間も与えられず、続いて始まったのは模擬戦形式の訓練だった。
容赦なく繰り出されるサラステラさんの攻撃に、先読みは出来ているのに体が重く、反応してくれないという状況の中。
不意に、意図せず発動したスキルや魔法。それに意識せず動く体。
万能マスタリーによるそれとは違い、本当に突然、勝手に生じたそれらの動きは見事、サラステラさんの攻撃から私を遠ざけさせ、結果だけ見れば指一つ触れさせぬ見事な回避を成功させた、と言えなくもないのだけれど。
さりとて当の私自身、思いもしない動きを行うものだから、避けると言うよりは何かに振り回されているような感覚を覚えたわけで。
挙げ句、普段ならまずやらないような重力魔法による姿勢制御ミスをやらかし、惨事こそ避けたものの地面に突っ伏す体たらくを晒してしまった。
いよいよそんな私に対し、「真面目にやってるパワ?」と真顔で圧をかけてくるサラステラさんに、私は肝をキンキンに冷やしながら弁明を図ったのだった。
そう。こんな事態に陥っている理由への心当たりならあるのだ。
それは何も疲労が原因ということではなく。まぁ、疲労のせいで体が重たいのは事実なのだが、それでも普段ならこんな無様を晒したりはしない。
私にこんなおかしな動きをさせているのは、間違いなくつい先程手に入れたばかりの新スキルが原因に違いない。
「実はさっきダンジョン内で、新しいスキルを覚えたんだ……『自動回避』っていうんだけど」
「ぱわ」
「ほう、詳しく!」
「ひっ」
呼んでもいないのに、いつの間にか現れたソフィアさん。気づけば傍らにまで詰め寄ってきており、目を爛々と輝かせている。がまぁ、いつものことだ。「スキルあるところに私ありです!」と自ら謳うだけのことはある。
なので私はツッコミを入れるでもなく気を取り直し、今しがた体験したことにより判ったことを、二人へ向けて説明するべく口を開いたのだった。
「先ず、意図せず発動したことからパッシブスキルであることは間違いないね。それになんだか、回避に使えそうな手段を勝手に選択して、状況に合わせて実行してるって感じがした。私にはそれが発動するっていうような予感の類は感じられなかったから、正に自動で発動する回避って印象を受けたかな」
「勝手に判断して、勝手に回避を実行するスキルぱわ? それは何とも、場合によっては不便なスキルぱわ」
「オフには出来るんですか?」
「えっと……あー……出来ないみたい。レベルが上がれば可能かもしれないけど」
私の返答に、サラステラさんは些か難しい顔をするが、逆にソフィアさんは喜色満面。如何にも嬉しそうである。
彼女の場合、便利か不便かより、興味の深度こそが肝要なのだ。
他ではなかなかお目にかかれない珍しいスキルがそこにあれば、有益だろうと無益だろうと、何なら有害であっても食指を動かしてしまう。
故にこそ、立て続けに私へ細々とした質問を幾らでも投げてくるわけだけれど、それを遮るようにサラステラさんがバッサリ言うのである。
「今のレベルじゃ実戦は疎か、鍛錬にも支障が出かねないぱわ。なので、急遽自動回避のスキルレベルアップを目指して、今日は私の攻撃をひたすら回避してもらうぱわ!」
と、訓練内容の変更を彼女が決めたなら。
「それでしたら私もお手伝いしますよ!」
そう言ってすかさず便乗してくるソフィアさん。
斯くしてその後は数時間に渡って、彼女たちの攻撃をひたすら自動回避任せに避け続けるという、非常に恐ろしいメニューを延々とこなし続けたのであった。
何が恐ろしいって、何せ自動回避をたくさん使用することが目的なので、私は敢えて何もせず、二人の凶悪な攻撃に対して無理やり無防備を晒し続けなくちゃならないのだ。
しかも、回避の仕方はメチャクチャなれど、その精度は完璧であり、サラステラさんのでたらめな暴力も、ソフィアさんによる凶悪な魔法や弓も、その余波にすら全く脅かされぬまま、HPの1すら削られることもなくやり過ごしたのである。
が、それ故に二人の攻撃には段々と熱が入り、次第に訓練で使って良いような攻撃じゃないだろうと抗議したくなるようなものまで、お構いなしにぶっ放すようになったのだ。
それを無防備のまま待ち受けなくちゃならないというのは、本当に恐怖以外の何物でもなかった。
ハッキリ言って、スキルより何より度胸が鍛えられた気分である。
そのようにして、ようやっと自動回避が自力でオフにできるようになるまで、この恐るべき修行は継続されたのだった。
★
サラステラさんとの鍛錬を終えて、ようやっと晩餐にありつけた頃には既に夜も一〇時を回っていた。
心身ともにごっそり消耗したため、イマイチ食も進まない。まぁ厄災戦の時に比べればどうということもないけどさ。
それでも鏡花水月の仲間たちは、私の遅い晩御飯に付き合って、話し相手になってくれている。
また、私に稽古をつけてくれていたサラステラさんとソフィアさんも、私と同じく遅い晩餐の最中である。彼女らの方は私と違って、何ともハツラツとしたものだが。
「いやぁ、自動回避は凄いぱわ。どんな攻撃もすっかすっか避けられて、ちょっとムキになっちゃったぱわー」
「本当に特殊なスキルですよ。何せ勝手にミコトさんの持つ回避手段の尽くを駆使して、的確な回避を成立させるのですから。恐らく心眼などにもアクセスしているのではないでしょうか? 性質上オートプレイ系列のスキルなのかも知れませんね……!」
二人は未だ興奮冷めやらぬ様子で、感想や考察を述べ合っている。
それを尻目に、オルカ・クラウ・ココロちゃんは私を気遣い心配の言葉をくれた。
どうにか空元気でそれに返事を返すも、私は相変わらず嘘や誤魔化しが下手なので、彼女らの表情はなかなか晴れない。
すると、不意にそこへイクシスさんが顔を出し、未だ食事中である私たちを見つけると些か驚いた顔をした。
「何だ、こんな時間に晩御飯か?」
と彼女が些か怪訝そうな顔をして、ちらっとサラステラさんに視線を投げれば。
ついっと顔を青くしながら目を逸らしたのである。それで大体のことを察せられてしまうのだから、どうやらサラステラさんの誤魔化し下手も相当のものであることが窺い知れた。
イクシスさんは、はぁ……と一つ溜息をつくと、しかし特に苦言を呈するでもなく。さりとて無言で立ち去るでもなく。
「ところでミコトちゃん、食事が終わったなら少し時間をもらえないか? 例の品を用意したのでな、取りに来てほしい」
「例の品?」
「キミへのプレゼントだよ。皆で選んだ、とっておきの品だ。期待してくれていいぞ!」
そのようにニヤリと笑って、「ではコレクションルームで待っている」と言い残した彼女は、ひらひらと手を振って去っていったのである。
その背を見送った私は、今日彼女とともにその『例の品』とやらを選んだ仲間たちへ視線を向けてみる。
皆、自信有りげに口元を綻ばせている。どうやら余程の逸品なのだろう。
私としては、アルラウネ戦のときにちょっと交わした軽口程度に思っていたため、本当に何かをもらうつもりなんて一割くらいしか無かったのだけれど。
もらえるにしても、それ程高価だったり貴重だったりするものではないだろうと、高をくくって気軽に構えていたのに。どうやら雲行きが怪しくなってきたみたいだ。
「なんか嫌な予感がする……受取拒否とかしたら怒られるかな?」
「怒りはすまいが、哀しみはするだろうな。一緒に選んだ我々もそれは哀しいぞ」
「お、おぅ……」
クラウの言に、どうやら退路は存在しないらしいことを思い知らされる。
幾ら対骸戦への助力の一環と言えど、無闇に大きな力というものには触れたくないのだけれど。
果たして、彼女らの選んだ逸品とやらはどういった物なのか……胃に重たいものを感じながら、私は残りの料理をもそもそと平らげていったのである。
★
時刻は午後一〇時半。食事を終えた私は、言われたとおりイクシスさんのコレクションルームへ向けて、長い廊下を歩いているところだった。
同行するのはPTメンバーのオルカたちに加え、興味本位でついてきたサラステラさんと、レラおばあちゃん。それに蒼穹の地平メンバーまでもが揃っている。暇だったらしい。
そうして全員でぞろぞろとコレクションルームへ足を踏み入れれば、そこには自慢のコレクションたちを愛でて恍惚としているイクシスさんの姿があった。
ちょっと待たせてしまったかなと、内心少し心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
すると私たちに気づいて我に返ったイクシスさんは、思いがけない人数での来訪に一瞬ぎょっとしたものの、これだけのメンバーにコレクションを自慢できると無邪気に喜び始めた。
本題を忘れて暴走し始めるんじゃないかと身構えたところで、すかさずクラウが「母上、自慢話は後にしてくれ」と釘を刺す。今日イチのファインプレイである。
それもそうかと気を改めたイクシスさんは、コホンと小さく咳払いを一つ。
「ではこちらだ。ついてきてくれ」
と私たちを促し、コレクションの立ち並ぶ棚の間をスイスイと歩んでいく。私たちもその背を追い、皆でしずしずと後に続いた。
すると程なくして、それが目に飛び込んできたのである。
「こ、これは……」
背の高い棚の間を幾つもすり抜け、ようやっと空間の開けたその先にあったもの。
それは……岩だった。高さは三〇センチほど。縦横はそれぞれ一メートルと少しくらいか。
とどのつまり、ちょっとした台座が如き岩。
そしてそこにぶっ刺さった、一本の剣。
以前ここを訪れたときは、こんな物見かけなかったと思うのだけれど……これは何なのだろうか。
私をはじめ、皆が困惑に小さくどよめきを示していると、イクシスさんだけはふっふっふと不敵に笑ってみせたのである。
「どうだい?」
「……え?」
「伝説の剣っぽくないか?」
「! ああ、そういう趣向!」
他のみんなはともかく、私はイクシスさんのその短い言葉で、彼女のドヤ顔が意味するところを知った。
つまりこれは、あれだ。
エクスカリバー的な演出なのである。
そう、岩の台座に深々と突き刺さった、一本の剣。
この剣こそが、きっと私へと贈られるという品なのだろう。
しかし、思いがけない登場の仕方に面食らったというのもあるのだが、想像していたものよりは随分とこう……かけ離れた一振りであった。
それは、柄から刃に至るまでパーツ分けされるでもなく、単一パーツにて紡がれた、謂うなれば石器が如き原始的な形状の剣だった。
形こそ小洒落てはいるけれど、とてもそれでモンスターを斬れるようには思えない。っていうか、刃に鋭さがない。
材質は透き通るような薄青色の金属で出来ており、さりとてそこに輝きは無くくすんでいるように見える。余程大昔のものなのか、はたまたこれこそがあるべき姿なのか。
なんにせよ、如何にも遺物めいた品であり、石の台座に突き立っているその姿が妙にしっくり来て見えた。
が、ふと今脳裏を過ぎった言葉に引っかかりを覚え、私はまさかと思いながら一つの問をこぼしたのである。
「まさか……『アーティファクト』……?」
私の問に、驚いたのは蒼穹の地平の面々であり、それ以外は然程の動揺も見せなかった。
そのことから、どうやらサラステラさんやレラおばあちゃんはこれに見覚えがあるものと推測できる。もしかして二人もこの剣の入手に関わっていたのだろうか。
そして品選びに付き合った鏡花水月の仲間たちもまた、大きな動揺は見せなかった。
が、代わりに。
「流石のご慧眼です、ミコト様!」
と、堪えきれなくなったらしいココロちゃんが、いち早く声を上げたのだった。
どうやら本当にアーティファクトの一種らしいことに、私はいよいよ信じられない思いで目の前のそれと、イクシスさんの顔を交互に眺めた。
彼女は一体何を思ってこんな物を持ち出してきたのか。
期待と困惑と緊張などから来る胃の痛みで、なんだか目の前がチカチカし始めた私である。
果たして、このアーティファクトの正体とは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます