第三七〇話 近接戦闘訓練
小さな洞穴のダンジョン一九階層。
次の予定も差し迫っていることから、急ぎ次階層を目指していた私たちはその道すがら、隠し部屋を見つけそれを調べてみることに。
すると部屋の中にはニジイロトカゲというレアモンスターがおり、良い機会ということで私が腕輪にてこれを吸収してみたところ。
どうやらレアモンスターは他のモンスターを吸収した際に比べて、腕輪にとって栄養が豊富であることが判明したのである。
しかしそれ以上に驚きだったのが、レアモンスターを吸収したことにより得られた、新たなスキルの存在だ。
聞き馴染みのないそのスキルは、名を『自動回避』というのだが、これの検証等は未だ行っていない。が、その効果については名前から想像に難くはないだろう。
検証と言えば、このスキルというのは果たしてニジイロトカゲを吸収したから覚えたのか、それとも他のレアモンスターでも覚えられたのか、というのは些か気になる所だ。
そもニジイロトカゲというモンスターは、何をドロップするか倒してみなくては分からないという、ガチャのようなモンスターだった。
なればこのスキルももしかしたら、そこに影響を受けている可能性もある。
が、ニジイロトカゲは腕輪から稲妻の如き速度で迫る光の白枝を幾度も回避してみせたのだ。そのことから、奴がそもそも件のスキルを有しており、腕輪がそれを吸い出したという可能性もまたあるわけで。
その辺りはいずれ詳しく調べてみたいところである。
まぁ、レアモンスターというくらいだから、めったに遭遇できるものではないのだけれど。
思いがけないそれらの出来事に、蒼穹の地平ともども一頻り驚いた後は、ふとクオさんがいち早く我に返り、指摘を述べてきた。
「ところで、早く二〇階層に降りたいんじゃなかったの?」
「あっ」
その言葉に私たちは一斉に腕輪への興味を一旦引っ込め、隠し部屋奥にあった宝箱を手早く開封。
入っていたのは回復薬の類だったので適当にストレージに放り込んだなら、さっさと踵を返して隠し部屋を後にした。せっかくの隠し宝箱も、こうぞんざいに扱われては哀れであるが、それよりニジイロトカゲのほうが衝撃的だったのだから仕方がない。
それから一〇分と掛けず私たちは第二〇階層へと足を踏み入れ、そこがボスフロアであることを確認した。
本来ならボスも討伐して帰りたかったところだけれど、いかんせん事情が事情だ。宝石の採れるこのダンジョンを勝手に潰したのでは、誰に恨まれるとも知れない。
ので、ここに至った時点で実質ゴールなのだ。
私たちはふぅと一息つくと、感慨に浸るでもなくさっさと通話でイクシス邸のサラステラさんに連絡を入れると、直ぐに自分たちをPTストレージへ収納。
体感〇秒で、次の瞬間にはイクシス邸の訓練場に立っていたのである。サラステラさんがストレージから私たちを取り出してくれたのだ。
なんだかんだでダンジョン内はそこまで寒くもなかったため、訓練場に出てすぐ私たちは一斉に身を縮こまらせた。
肌を刺すような冷たい空気に、ブルリと震えが出る。今朝は防寒用にかけていた熱魔法も、とっくに効果切れを起こしていたのである。
私は急ぎ自分と蒼穹の面々にも防寒魔法を施すと、ほっと一息ついてサラステラさんに向き直る。
「ありがとう、それから遅れてごめんなさいサラステラさん」
「問題ないぱわ。遅れた分鍛錬の時間がズレるだけぱわ」
「ひぃ……」
予定していた時間より、ざっと二時間ほども遅れて戻った私に、しかし彼女は特に腹を立てるでもなく。さも当然のことのように、鍛錬の時間がまるっとズレ込んだことを告げたのである。
どうやら、日が暮れたからと言って彼女が手を緩めるようなことはないらしい。まぁ、ジャージのような格好で雪山に登るような人だもの。凍えるような冬の夜とて、何ら彼女にとっては鍛錬の妨げにはならないのだろう。
そして私は、そんなサラステラさんのペースに付き合わされることになるのである。
初めてではなかろうか。他者に言われるでもなく、自ら『遅刻厳禁』という言葉をこんなにも強く意識したのは。
明日からは気をつけよう……。
そして今日は腹をくくろう……。
「それじゃバカ仮面、私たちは先に上がるから」
「あ、うん。って町に送っていかなくて良いんだっけ?」
「天使様、もともと行き帰りだけで最低二日以上は掛かる依頼です」
「あまり早く戻りすぎても不審に思われるだろうしね」
「ミコト様方の苦労を肌で感じられて、感激です!」
「そ、そっか。了解、今日はお疲れ様」
そのように彼女らを見送ったなら、碌に休憩を挟む間もなく早速鍛錬の時間である。
ニッコニコのサラステラさんは、きっと当人にそのつもりはないのだろうけれど、恐ろしく覇気を纏って見えた。
しかし私が勝手に感じているそんな印象とは裏腹に、何だか機嫌が良さそうでもある。心眼を通してみれば、ウキウキした感情が見て取れた。
「サラステラさん、やけに楽しそうだけど。なにか良い事でもあった?」
「勿論ぱわ! 普段は一人で鍛錬をしているから、一緒に体を動かす相手がいるのは純粋に嬉しいんだぱわー」
「言っておくけど、私装備がなければただのひ弱な一般人だからね……?」
「心得てるぱわ。もとより、今回はミコトちゃんの体力トレーニングが目的ではないぱわ。仮面の化け物とやらから継承して、持ち腐らせている潜在能力を引き出すことが目的ぱわ!」
そう。私には既に『仮面の化け物』と仮称していた骸を倒した経験があり、その際に彼女の思い出と力を継承しているのである。
思い出はアルバムに追加され、力はまだ十全にその真価を発揮出来ぬまま、私の中に眠っている。正に持ち腐れの状態だ。ああいや、腐ってはないか。ホコリを被ってるだけだ。
なので、サラステラさんに稽古をつけてもらうことにより、ホコリを払って力を使いこなせるようになろうというのが、これからこの寒い中鍛錬を行う目的となっている。
しかしまぁ、あれである。なんだかんだで今日はダンジョン内をずっと走っていたので、それなりの疲労を感じてはいるのだけれど。
さりとて時間に遅れてしまった後ろめたさもあり、休ませろとはちょっと言い出しにくい。
そういう意味でも、私はおっかなびっくりしながらサラステラさんへ質問する。
「お、お手柔らかにお願いします……。それで、具体的には何をするの?」
「ん? 休憩はしなくても平気なのぱわ?」
「え。休憩挟んでもいいの?」
「ミコトちゃんは私を何だと思ってるぱわ。適度な休憩は、効率のいいトレーニングに重要ぱわ!」
「そ、そっすね! 私もそう思うよ!」
「というわけで、休憩がてら一緒にランニングぱわ。あ、ミコトちゃんは重力魔法があるから、自分の体に負荷を掛けて走るのも良いぱわー」
「……うん?」
脳裏を過ぎったのは、『カレーは飲み物。お茶はサラダ』なんていう、大変ポッチャリした方々の暴論である。
つまりはフィジカルおばけのサラステラさんにとって、重力負荷を掛けたランニングなんていうのは休憩と同じであると……。
どうしよう、今すぐ帰ってお風呂入って寝たい。そんな欲求に苛まれちゃったぞ。
だけど、今更そんなこと言い出せるはずもなく。
「さぁミコトちゃん、遅れずについてくるぱわ。遅れたらペナルティぱわ」
「休憩なのにペナルティまで発生するの!?」
「人生には常に、ある程度の緊張感が必要ぱわ。レラおばあちゃんも言ってたぱわ」
「ある程度じゃ済まないんですけど!!」
「つべこべ言わずに走るぱわ! れっつご!」
そうしてとんでもない速度で走り始めたサラステラさんの背を、私は血眼になって追いかけ始めたのである。
ぶっちゃけて言うと、この世界に来てガッツリ息の上がる運動というのはあまりしてこなかった私。
それは勿論、冒険者なので体力やスタミナは使うし、全く息切れをしないなんてことはないのだけど。それでも、魔法等による補正を掛けないナチュラル全力疾走やマラソンだなんてことは、めったにする機会もなく。
故に私はたった今思い知ったのである。仮面つけてると、息がしにくいんだってことを。
っていうか、サラステラさんにとっては軽いランニング……いや、ジョギング程度のつもりなのかも知れないが。
しかし私にとってそのペースは、全力疾走以外の何物でもなく。途中からは我慢できず仮面を外し、汗だくでサラステラさんの背中を追いかけ続けたのだった。
★
走り続けること、おおよそ半刻。
半刻もの間、私は自らに重力負荷を掛けた上で、サラステラさんの背中を追いかけての全力疾走を強いられたのである。
それを終えた今は、すっかり性も根も尽き果てて、地面の上に大の字で寝転がってしまっている。
夜の気配を湛えた空からは、ハラハラと雪の結晶が散りばめられ、私の頬に乗っかってはすぅと水気に変わった。ひんやりとしたその感触が、今は何とも心地良い。
そんな私を覗き込むように見下ろして、サラステラさんは首を傾げるのだ。
「ミコトちゃん、何をそんなにはぁはぁ言ってるぱわ? っていうかちゃんと仮面を着けてなくちゃダメぱわ。そんな顔ではぁはぁ言ってると、お姉さん同性なのにドキドキしてきちゃうぱわ!」
「だ、だれの……せいだと……」
ダメだ、ツッコむ余裕すら無い。
一先ず換装のスキルでスチャッと仮面を着け直し、息苦しさに些かの煩わしさを覚えながらも、私はどうにか呼吸を少しずつ落ち着かせて上体を起こした。
背中が汗でぐっしょりしており、非常に不快である。一先ず清浄魔法を掛けて、不潔さだけは免れておく。
すると、ようやっと起き上がった私に向けて、まだまだ準備運動をした程度のテンションであるサラステラさんは、容赦も遠慮もなしに言うのである。
「さぁさミコトちゃん、ここからが本番ぱわ! 次は私と模擬戦形式で近接戦闘術を徹底的に鍛えていくぱわ!」
「ひぃ……ほ、本気で言ってる……?」
「勿論ぱわ。あと一〇秒したら、私の方から打ち込んでいくぱわ! ミコトちゃんもどんどん反撃してくるぱわ! 装備は好きなものを使ってくれて構わんぱわ!」
「えちょま……」
「じゅー、きゅー」
「うそじゃん……」
私はプルプル震える足で強引に踏ん張り、どうにかこうにか立ち上がると、黒太刀をストレージより取り出し構えたのである。
疲労のせいで、普段よりやけに装備が重たく感じられる。装備と言うか、手足すらも重たい。
正直、こんな状態でサラステラさんの打ち込みになんて、到底対処できる気がしないのだけれど。果たして私の万能マスタリーくんはどうにかしてくれるのだろうか……?
などと危惧している間にも、カウントは情け容赦無く終わりを告げ。
「ぜろ! いくぱわ!」
という掛け声とともに、サラステラさんの姿がブレたのである。
が、次の瞬間であった。
私は、全く自身が意図したわけでもなしに風魔法を行使し、自らの身体を無理くり弾いて仰け反っていたのである。
「ぱわ!?」
「え」
これには素直に驚きの声を漏らすサラステラさん。と同時に私の口からも、思わず間抜けな声が漏れていた。
先ず、サラステラさんの動き自体は心眼で読めていた。ので、本来なら避けることも何とか可能だったことだろう。
が、いかんせん疲労から動きが鈍重になっている今の私に、キレのある回避行動など出来るはずもなく。
来る場所もタイミングも分かっているのに、それを避けるだけの体力が足りず、あわや一撃をもらおうかという場面だったのだ。サラステラさんにしても、一応は寸止めという選択肢も残しての様子見を兼ねた攻撃だった。
なのにである。
私は、私自身すら意図せぬ形で彼女の繰り出した拳を、魔法で強引に体勢を変えることでやり過ごしたのである。
ただし、良くない回避方法であることは火を見るより明らかだ。何せ次の動きに繋がらぬ、正しく死に体というやつを晒してしまっているのだから。
強引に仰け反り、大きな隙を見せてしまっている私に、案の定サラステラさんは容赦を知らず。
それこそ流れるような動作で、肘を打ち下ろしてきたのである。
今度こそその餌食になってしまうかと思われた、次の瞬間。またもやそれは起こったのだ。
私の意思に関係なく、次に発動したのはテレポートだった。
瞬時に彼女の背後へ転移した私は、しかし仰け反ったままの体勢が災いして、あわや尻餅をつこうとしていた。
しかしサラステラさんの反応はそれより尚早く。
すかさず飛んできた彼女の蹴りを、今度は重力魔法で身を軽くし、鋭く飛び上がることで躱したのである。
ただメチャクチャな姿勢で地面を蹴り飛び上がったものだから、空中でおかしな回転をすることになった私。
「ひやぁああぁぁ~」
「?? なんかミコトちゃんの動き、おかしいぱわ」
流石に私の不自然な動きを訝しんだサラステラさんは、ようやっと一旦攻撃の手を止める気になってくれたらしく。
滅茶苦茶な回転をしながら墜落していく私を、首を傾げながら眺めていた。
対する私だが、あわや地面に激突するかというその瞬間、今度こそ自身の意志で風魔法を駆使し、姿勢制御に成功。何とか地に足をつけるも、やはり膝に力が入らずその場に崩れ落ちてしまった。
地面に突っ伏す私へ、静かに歩み寄ってくるサラステラさん。
そして彼女は何時にない迫力を纏って、問うのである。
「ミコトちゃん、真面目にやってるパワ?」
私はいよいよ疲れていることも忘れ、全力で弁明を始めるのであった。
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