第三六九話 ニジイロトカゲ

 小さな洞穴のダンジョンにて、一〇階層目以降ようやっと連携訓練を行い始めた私たち。

 アグネムパンチ事件からこっち、連携技が想像以上に凄まじい効果を齎すことに気分を良くした蒼穹の地平の面々は、すっかり訓練にも積極性が増し。

 階層を爆進しながらも、出会うモンスターを片っ端から連携技にて仕留め駆け抜けたのである。

 それに思ったとおり、ここには宝石をドロップするモンスターが多く出現するため、奴らの落とすそれらもまた、私たちを調子づかせる要因足り得たのは間違いないことだった。


 腕輪の育成に関しては滞ってしまっているものの、反面連携の練度は一戦毎に確実に上がってきており、戦闘を終える度に「あれも試そう」「こんなのはどうかしら」と、アイデアを次々に出しては実戦にて試し、成否を確認しては修正し、というようなことを繰り返したのである。

 そこには鏡花水月の仲間たちと連携技を開発している時の高揚感に近しいものがあり、なかなかに胸躍ると言うか、少年心をくすぐられるような一時だった。私女だけど。


 そのようにして夢中でダンジョンを進むこと数時間。

 気づけばなんと一九階層にまで至っていた私たち。午前中に潜り初めて、もう一九階層だ。恐るべきハイペースである。

 時刻はやがて夕方五時を回ろうとしており、私は内心で焦りを覚えていた。


「私この後、サラステラさんから近接戦闘の指導を受ける予定なんだけど……何なら遅刻してるんだけど……」

「でも通話で連絡は入れてるんでしょ? ならそこまで気にしなくていいんじゃない?」

「遅刻のせいでシゴキがきつくなる可能性を考えると、だんだん気が気じゃないっていうか」

「そ、それは確かにまずいかも知れませんね」

「なら次で二〇階層だし、そこまで行ったら帰ろっか」

「異議なしです! そうと決まれば急ぎましょう!」


 話は決まり、私たちは一層足を早めて下り階段を目指したのである。

 不意にクオさんが「あ」と小さな声を漏らしたことで、皆の意識がそちらを向いた。

 彼女に続いて一旦足を止めれば、クオさんは徐に壁を指差し言うのである。


「その壁、多分壊せるやつだね」

「ん? あー、よく見たら確かにそこ、マップだと壁の向こうに空間があるわね。っていうか何よこれ、隠し部屋までお構いなしに表示するわけ!?」

「リリエラちゃん、今更そんな事に驚いてるの? これまで幾つもスルーしてきたのに」

「まぁ今までは、通り道から離れた位置のものばかりでしたからね」

「時間は惜しいけど、確かに気になるね……」

「折角だし、ちょっと見ていかない?」


 そのように述べられたクオさんの提案に、反対する者は居なかった。勿論、私も賛成である。

 早く帰りたい気持ちはあれど、さりとて冒険者たるもの隠し部屋に胸踊らぬはずもない。

 そうして皆の合意がなれば、元気よく飛び出していったのはアグネムちゃんだった。

 破壊可能と思しき壁へ向けて、テケテケと駆けていく彼女。

 通常ダンジョンの壁というのは非常に頑丈な上、壊したところで瞬く間に再生してしまう仕様となっている。

 が、今回のように部屋や通路を覆い隠す壁というのは例外で、存外簡単に壊れる上に再生もしないという特徴があるわけだ。

 しかし場合によっては、壁向こうに凶悪な仕掛けが施されている可能性もある。

 そのため私は先行し、透視のスキルを駆使して壁の向こうを確認してみたのだが。どうやらトラップの類は仕掛けられていないらしい。

 がその代わり、部屋の奥にはここまで見たことのないトカゲ型のモンスターが一体鎮座しており。

 モンスターの反応自体はマップで確認できるため、当然皆にもアグネムちゃんにも油断はなく、壁を破壊する前に問いを投げてきた。


「ミコト様、壁向こうのモンスターがどんな奴か教えて頂けますか?」

「トカゲだね。なんか、やたらカラフルだけど」

「! それってもしかして、『ニジイロトカゲ』じゃないの?」

「にじいろとかげ? なにそれ?」

「何で知らないのよ。有名なモンスターじゃない」

「まぁまぁリリエラ。天使様はまだ冒険者になって一年にも満たないのです。ご存じなくとも仕方がありませんよ」


 あぁ、また私だけ知らない常識のやつですか。

 自らの不勉強っぷりに小さく肩を落としながら、さりとて丁寧に語ってくれる聖女さんの説明にはしっかりと耳を傾けた。


「ニジイロトカゲというのは、ドロップアイテムに無限の可能性を秘めた、不思議なレアモンスターなんです」

「無限の可能性?」

「ええ。例えばとある冒険者は、ニジイロトカゲを倒してとてつもなく強力な槍を得たと言います。しかしある者は、ニジイロトカゲから粗悪な盾を得たと。またある者はスキルオーブを得たという話もあり、要は何が出るか分からないというわけです」

「な、なるほど。だから無限の可能性ってわけか……」


 とどのつまり、ガチャである。トカゲガチャ。

 当たりを引けば、普通じゃ手に入らないようなとんでもないものが得られ。

 しかしハズレを引けば、ゴミのようなアイテムが出ると。もしかしたら確認されていないだけで、粗悪どころじゃない呪われたアイテムとかも出てくるかも……。


「まぁそうは言っても、私たちに見合うほどのアイテムって言うと相当に強力なものじゃなくちゃ務まらないわけだし、正直望み薄ではあるわね」

「だったらミコトに吸わせよう。レアモンスターなら、リポップの心配をする必要もないし」

「ああ、それは良い考えかも知れませんね。それにレアモンスターを吸った際の検証にもなりますよ天使様」

「ミコト様、どうします?」

「みんなが良いって言うんなら、お言葉に甘えて吸収させてもらうけど……でもいいの? レアアイテムが手に入るかも知れないのに。吸収したらドロップは落ちないよ?」

「バカね。ガラクタが出る可能性のほうが圧倒的に高いんだから、そんなの貴重な検証の機会を優先するに決まってるでしょ」


 リリのバッサリとしたその返事は、前世でガチャ沼に片足を突っ込んだ私にはなかなか重たいパンチであった。

 が、折角の申し出である。今回は有り難く乗らせてもらうことにしよう。

 話も決まり、それを見計らったアグネムちゃんは負荷魔法の行使に入る。


「それじゃ、壁壊しますね。ニジイロトカゲは素早いですから、注意してくださいね!」

「白枝ですぐ仕留めなさい。強いモンスターじゃないから、当たりさえすればそれで決着はつくはずよ」

「わ、わかった!」


 リリのアドバイスを受け、私は小走りにアグネムちゃんの後ろでスタンバイ。腕輪のついた左手を突き出し、何時でも光の白枝を発動できるよう構えを取った。

 それを認めたアグネムちゃんは、「それじゃ、行きます!」と宣言した後、思い切り拳で岩壁を叩いたのである。

 すると想像以上に呆気なく、さながら飴細工でも崩したかのように小気味よく砕け吹っ飛んだ隠し部屋隠蔽用の壁は、一溜まりもなくその役目を終え。

 直後その奥に潜んでいた件のレアモンスター、ニジイロトカゲの姿を私はしかと捉えたのである。

 突然のことに、ビクリと反射的に飛び退いた奴めがけ、私はすかさず白枝を伸ばした。

 それは飛翔する矢などよりも余程速く伸び、奴を突き刺すべく迫ったのだけれど。


「!?」

 しかし驚いたことに、ニジイロトカゲは見事な反応を見せ、紙一重で白枝との接触を免れたのである。

 そして直後に見せた奴の動きは、アグネムちゃんの言う通り異様なほどに素早いものであり。ともすれば目で追うことすら困難なほどの俊足を見せたのだった。

 が、私とて諦めたわけではない。避けられたのならば再チャレンジするまでのこと。

 そう思い、再度白枝を伸ばそうとした、その時である。異変が起こったのだ。


 ニジイロトカゲに避けられ、壁に突き刺さった白枝。しかしその枝から突如として別の枝が伸び出し、これまた凄まじい速度でニジイロトカゲを追いかけ始めたのである。

 まるで雷の如き複雑な軌道で、白く輝く枝がみるみるうちにトカゲを追い詰めていく。

 奴も巧みにそれを躱すが、結局は刹那の追走劇だ。

 白枝は先ず奴の尻尾を掠め、触れた先から分解が発動。

 それは果たしてどれほどの恐怖か。自らの尾先から解けるように、己が肉体が形を失っていくのだ。

 そのことに気づいたニジイロトカゲは、驚くべき決断力でもって文字通りの尻尾切りを敢行したのである。

 が、結局はそれも悪あがきに過ぎず。次の瞬間には、更に歪に伸びた枝が奴の胴体を見事に貫いたのだ。

 そうして瞬く間に分解は成され、奴の体は瞬時に原型を失った。

 私はそんな驚くべき光景に目を丸くしながらも、即座に吸収を発動。奴が黒い塵に還るよりも早く、分解され粒子状に散ったニジイロトカゲを腕輪へと吸い込んだのだった。

 そうして役目を終えた白枝は、光の残滓のみを残して音すら携えず消え去ったのである。


 すると。普段とは異なる不思議な感触を綻びの腕輪より感じ、私はとっさに左腕へまじまじと視線を落としたのだ。

 が、それが周囲からは違った意味に見えたようで。

 どうやら伸びた枝が更に形を変えて対象を追い詰め、突き刺したというその事実に、私自身が驚愕して腕輪を眺めているのだと。私の様子を見てその様な意味に受け取った皆は、そこへ同調するように感想を述べたのである。


「な、なんですか今の!? 白枝ってあんな動きをするんですか!?」

「びっくりしたね。稲妻みたいだった」

「本当に驚かせるのが上手な腕輪ですね……!」

「これまでは、枝を避けるようなやつなんていなかったものね。思いがけず面白い能力が発見できてよかったじゃない」

「え、あ、うん」


 そのように生返事を返しながら、私の目は腕輪より移ってステータスウィンドウへ向けられていた。

 確かに普段と異なる手応えを感じたのだ。それも、どこか覚えのあるようなものだった。

 なのでそれの正体を確かめるべく、私は急ぎステータスを改めていたのだけれど。

 先ず気づいたのは、数値の上昇に関する点だ。


 腕輪の成長に関しては、モンスターを吸った際に各能力値が僅かばかり上昇し、約一時間に渡ってその状態が維持される。追加でモンスターを吸収したなら経過時間はリセットとなり、そこからまた仕切り直して一時間だ。

 上昇値はどんどん加算され、連続でモンスターを吸い続けたならその分だけ、強力なバフ効果を延々と得ることが出来る。

 そしてタイムリミットが過ぎたなら、加算された能力値の一部が定着し、永続でアイテムのステータス補正値として残り続ける仕様となっている。

 現在は、最後にモンスターを吸収してから一時間と言わず経っているため、バフは切れていて定着した数値だけが残っていた状態であった。そこに、ニジイロトカゲを吸った分の上昇値が加わったわけなのだけれど。

 その数値が、明らかにモンスター一体を吸っただけにしてはやけに高いことに気づいたのである。

 このことから、どうやらレアモンスターを吸収すると、他の野良モンスターを吸うより余程腕輪の育ちが良いことが分かる。後はこの上昇した数値から、どの程度が定着するかも要観察なのだけれど。

 しかし本題はそこではなく。


 予感を覚えながら確認した、ステータスウィンドウのとある一覧の中に、やはりと言うべきか思ったとおりの変哲を認めて、私は再び驚きに目を見開いたのだ。

 すると、いよいよ私の様子がおかしなことに気づき、訝しんだ皆がどうかしたのかと問うてくる。

 私は一旦どうにか驚きを引っ込めて、一先ずレアモンスターが成長値的に美味しいことを彼女らへ説明した。

 そして。


「もう一個、ビックリしたことがあって。実は……ニジイロトカゲを吸収したことで、新しいスキルを覚えたみたいなんだ」


 そう。私が確認したのは、既に習得しているスキルを記してある、ステータスウィンドウの習得済みスキル一覧。そこに、見覚えのないスキルの名前を見つけたのである。

 私の発表を聞き、皆は素直な驚きを返してくれた。

 が、そのリアクションがいまいち物足りなく感じるのは、ここに某スキル大好きさんが居ないせいだろうか。

 まぁそれはいいとして。


「まさか、また変なスキルを覚えたんじゃないでしょうね……?」

 とジト目を向けてくるリリに、私は少しだけ目を泳がせながら返答を返した。

 今回覚えた新しいスキル。その名は。

「えっと……【自動回避】っていうスキルなんだけど」


 そのように紹介し、そして一様に首を傾げる彼女らの顔を見て、確信に至る。

 どうやら自動回避とは、超一流の冒険者PTである蒼穹の地平をもってしても知識にない、非常に珍しいスキルであるらしいと。

 これはまた、スキル大好き某さんが煩そうである。

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