第三六八話 武器選び
ミコトが蒼穹の地平とともにダンジョンでなんやかんやしている頃。
所変わってイクシス邸では、彼女のPTメンバーであるオルカたちが、イクシスの膨大なコレクションを前に、途方に暮れているところだった。
時は少しばかり遡って、同日午前九時半。
ともに朝食を摂ったミコトを送り出した彼女らは、予定していたとおりイクシスに連れられ、彼女のコレクションルームを訪れたのである。
その目的は、イクシスがミコトへ贈る一品を選ぶのに立ち会い、何ならよりミコトに適した品を選ばせるべく助言と言うか、口出しをすることにあった。
何とも厚かましいような彼女らの魂胆は、しかしイクシスにとって存外好都合なものだったりする。
ことの発端は厄災戦の折、ミコトに対して半ばその場のノリというか軽口と言うか、そんな本当とも冗談とも付かない、コレクションから一点何か譲ってやる、という旨の口約束から今に至っているわけなのだけれど。
思いがけず骸との戦いが危険なものであることが判明し、イクシス自身何かしらの形で助力をしたいと考えた際に、件の口約束が思い起こされたわけである。
骸戦で直接戦闘に加担できるのは、基本的に今回はミコトと蒼穹の地平のメンバーのみ。
間接的なサポートくらいしかやれることの無いイクシスにとって、自慢のコレクションが己に代わって役立つというのなら、譲るのもやぶさかではなかった。寧ろ本望であると、その様にすら思えたのだ。
なればこそ、ミコトに持たせることで最大限輝くであろう最高の逸品を見つけ出すべく、昨日からこっそり頭を悩ませていた彼女。
そこへ娘であるクラウたちから飛び出した、自分たちも品選びを手伝いたいという申し出は、イクシスにとっても有り難いものであり。ミコトのことを他の誰よりよく知っているPTメンバーの彼女らが一緒に選んでくれるのならこれ幸いであると、彼女らを引き連れ皆でコレクションルームへ赴いたわけだ。
そうして朝のうちから膨大なコレクションを前に、あれでもないこれでもないと物色を続けた彼女たち。
物色とは言っても、イクシスの大事なコレクションを不躾に手に取り改める、だなんて度胸は流石にない鏡花水月。
結果、イクシスが「これなんてどうだろう? この剣はかの有名な〇〇ダンジョンの深部で手に入れたもので────」という自慢やうんちくをいちいち挟んでくるものだから、ハッキリ言ってとても効率は悪かった。
ならばと、オルカたちの方からリクエストを述べ、それに応える形でイクシスが絞り込みを行う、という方法に切り替え、効率の改善にはある程度成功を見たのだが。
それでもやはり、未だにズバリこれという逸品は選べずにいた。
そうこうしている間に時間は過ぎ、時刻は早くも正午を回る。
息抜きがてら昼食を取りにコレクションルームを離れ、食堂へやってきたオルカたち。
テーブルを囲んで飛び出す話題と言ったら、やはり先程までの続きであり。
「うーむ。難しいものだな……ミコトちゃんは武器の力を借りずとも、大抵のことは自分で出来てしまうし。更にはオレネ殿がミコトちゃん専用の最強武器を完成させることが既に決まっている。聞けばゴルドウ殿までが一枚噛もうとしているそうじゃないか。絶対とんでもないものが生まれるに違いない……!」
「半端な品では、そのうちストレージの肥やしになってしまうだろうな」
「そんなのは認められん! 最強武器を手に入れた後でも、ちゃんと使い続けてほしいんだ! だからそういうものを選ばなくちゃならないのだが……」
「難しい……」
「ですね。そもそもその『最強の専用武器』の全容すら不明と言うか、未確定の状態だと聞きます。そうなると使い分けを狙うのも難しいですしね……」
「無難なところで、補助や予備の武器を選ぶべきなのでは? ナイフなどの懐に忍ばせられるような……って、ストレージを持つミコトさんにはあまり意味がありませんか」
「まぁSTRの底上げ目的になら有用そうだがな」
「やだやだ! せっかくなら派手な活躍が期待できるやつが良い! ミコトちゃんに持たせて暴れさせたい!」
などと駄々をこねるイクシスにより、結局明確な方向性すらもなかなか絞り込めず。
あーでもないこーでもないと意見交換を捗らせる割には進展もなく。
食休みを挟みもせぬまま、五人は食事を終えるなり早速コレクションルームへと舞い戻ったのである。
そうして午前中の続きが展開されていくわけだが。
「見てくれこの見事な曲線美を! この槍はかつて西の山奥で大暴れしていた大猿が────」
というイクシスのコレクション語りは性懲りもなく止まらず。
なかなか進展を得ることの出来ぬまま、時間だけが淡々と過ぎていくのだった。
そのようにして皆で多彩な武器を、飽きるほど眺めていると。
不意にポツリとオルカが言うのである。
「強力な武器を手にすれば、ミコトは更に強くなる。また私、ミコトに置いていかれるかも……」
そのつぶやきはしかし、鏡花水月メンバーの中で、ミコトを除く全員が懐いている不安でもあった。
それは年長組であり、超越者の領域に足を踏み入れているココロやソフィアにしてもそうだ。
ミコトの能力は単純なステータスも然ることながら、特異なスキルによって様々な不可能を可能とする。
当人は自らを『未熟』と称し、度々至らなさに頭を抱えてはいるのだけれど。
さりとてとっさの機転や思いつきは、彼女を常人離れさせている一因であると、仲間たちは皆理解しているのだ。
そんなミコトが、イクシスから武器を譲り受ければ当然、更なる力を得る。
ただでさえ骸戦に向けて、ミコトを思い切り強化しようという計画が始動した現状、仲間である彼女らの胸中には単純ならざる思いが漂っていたのだった。
「こればかりは、ミコト様ですからね……仕方のない部分ではありますが。それでも、諦めたくはありませんよね」
「だな。無論私は、何が何でも食らいついていくつもりだが」
「当然です。嫁の活躍を誰より側で見続けるのは、妻の特権であり義務ですから」
「む。私だって、勿論黙ってミコトの背中が遠ざかるのを眺めてるつもりなんて無い」
皆の言い分に、対抗意識からかその様に返すオルカ。
だが、彼女の言には続きがあった。
「……だけど。私がミコトの成長を妨げるんじゃないかって……それが時々、心配になる」
「! それは……」
「まぁ、分かります……」
「なんですか、みんなして辛気臭いですね。だからと言ってミコトさんを放ったらかしになんて出来ないでしょう?」
そのように、マイペースなソフィアだけが前向きなことを言うが。
斯く言う彼女とて皆の気持ちは理解できていた。
スキルをこよなく愛する彼女だからこそ、ある意味この中の誰よりミコトの異常性をよく把握しているのだ。
その観点から言えば、確かに自分たちがミコトの成長を遅らせてしまう可能性はあると、そのように納得を覚えもする。
何せミコトがPTと足並みを揃えて歩もうとするのであれば、周囲の成長を待たなくてはならないタイミングというのが、どうしても訪れてしまうのである。
現に、ミコトは冒険者になって未だ一年にも満たず。それが特級冒険者達と当たり前に並び立ち、イクシスたちにさえ一目置かれている。
あからさまに過ぎる、異常だ。
そんな彼女に付いていこうというのだから、皆の不安も仕方のないものではあった。成長速度の問題は、鏡花水月における悩みの種と言えるだろう。
ましてである。この問題はソフィアにとって、更に大きな意味を持っており。
自身がミコトの成長を妨げるということは、延いてはミコトが新たなスキルを獲得する邪魔立てを、他ならぬ自らが行っていることをも意味していた。
それは彼女にとって、到底看過できない一大事である。
だが、だとしても。
PTと足並みを揃えて歩むことを、果たして是とするか否かは、他でもないミコトが決めることであり。
そしてもし彼女が、自らの足踏みを許容してでも自分たちと歩んで行きたいと望むのならば。どんなに悩んでみたところで、至るべき結論というのは最初から見えているのだ。
「我々も、精々努力するしか無いんです。無駄に嘆いてみたところで、気が滅入るだけですよ」
「……確かに、それはそう」
「そう、ですね。ミコト様がココロたちと共にあることを望んでくださるのなら、たとえ誰が誰の足を引っ張ろうと、或いは追い風になっても、まるっとひっくるめて『鏡花水月』の歩みなんですよね!」
「ふ。そうだな、我々はPTだ。我々が鏡花水月であり続けたいと願う限り、余計な心配だったのやも知れん」
と、急に暗い話をし始めたかと思えば、あっさり前向きに転がった彼女らを見て、少しだけ呆気にとられるイクシス。
だがじんわりと、彼女らは良いPTなのだなと改めて確信を見、思わず口元が綻んだ。
あと、娘が良いことを言ったのですこぶる気分が良いらしい。
だから、勢いにかられてこんな提案をしてしまったのだ。
「実はだな……『ミコトもりもり計画』に於いて、結構私は暇なのだよな。サラとレラおばあちゃんはミコトちゃんに稽古をつけるのだと張り切っているし、腕輪育成にも私の出番はなさそうだし。武器を選んでミコトちゃんへ贈った後は、私ってば手持ち無沙汰なんだよ」
「母上には仕事があるだろう。暇ということもないと思うが」
「う。そ、それはそれとして、というやつだ! 私だって皆が頑張ってるさなか机にかじりついているだなんて嫌なんだ!」
と、またも駄々をこね始めるイクシス。
しかしながらいまいち、彼女が何を言いたいのか分からず、皆は一様に不思議そうな顔で成り行きを眺めた。
すると、コホンと咳払いをひとつした彼女は、気を取り直して言うのである。
「だからだな、その……よかったら、私がキミたちの稽古相手になるが……どうだ?」
「「「「!?」」」」
願ってもない提案に、鏡花水月(ミコトを除く)へ激震が走る。
勇者イクシス自らが、稽古をつけてくれるという驚くべき申し出は、渡りに船と呼ぶにはあまりに大きすぎた。さながら渡りに豪華客船世界一周旅行付き、くらいのとてつもないインパクトがあった。
無論、一も二もなく彼女らの返事は即断であり、即決で。
「「「「是非に!!」」」」
と、飛びかからんばかりの勢いで、皆が前のめりに小気味いい返事を返せば、その迫力に圧倒されたイクシスは押されるように一歩後ずさり、こくこくと約束が成ったことを頷きで示したのである。
すると、後ずさった拍子にコツンと肘が何かに触れ、イクシスはコレクションを倒してしまっては大変だと慌てて身を翻し、肘に当たったそれを改めた。
そうして目に入ったそれに、彼女は暫し気を取られることになる。
急に黙ったイクシスの様子を訝しんだ四人は、彼女が何を眺めているのかと、それを後ろから覗き込み。
そして一様に首を傾げた。
何せそこにあったのは、イクシスのコレクションにしては随分と地味な印象を受ける、あまり飾り気もないシンプルな片手剣である。
「母上、その剣は?」
とクラウが問えば、何かを考え込んでいたイクシスは我に返って早速説明してくれた。
「これは少々変わった属性剣でな。使用する環境如何によって、宿す属性が変化するという一風変わった特殊能力を持つ剣なのだが……」
「ふむ。それがどうかなさったんですか?」
「ミコトさんに持たせるには、それ程有用とも思えませんが」
「ああいや、この剣がどうというわけではなくてだな。私が考えていたのは────いや、実物を見せたほうが早いか。すまないが少し待っていてくれ」
そう言ってイクシスは、ゴソゴソと謎の行動を始めた。
が、それはオルカたちにとって見覚えのある行動でもある。
陳列されたコレクションの中から、特定の品を並べ替えたり、剣を引き抜いて素振りをしたり、杖に魔力を込めたりなどなど。
とどのつまりそれらは、コレクションルームにある隠し扉を開くためのギミックを起動させる、鍵となる行動だったのだ。
オルカたちは以前にも、それを目の当たりにして驚かされたことがあった。
それ故イクシスの意図を早々に察知した彼女らは、気を利かせて彼女に背を向けたのである。
それは謂うなれば、パスワードを入力しているようなものだから。見てはまずいと、そう思っての判断だった。
それから少しすると、案の定ギミックが動き、隠し扉の開く音がして、イクシスがパタパタと掛けていく音が遠ざかっていった。
が、それから少し待っていると、先程と打って変わり、静かな足取りで戻ってくる彼女の気配。
それが近づいてくるなり、「待たせたね」と声を掛けてくるものだから、応じるように皆で視線をそちらへやれば。
彼女の手には、不思議な形状をした一振りの長剣が、大事そうに抱えられていたのである。
それは紛れもなく、武器愛好家イクシスの『秘蔵』の逸品に他ならなかった。
そうして一同は、その正体に驚かされることとなる。
何せ、彼女の持ち出してきたそれとは……。
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