第三六七話 蒼穹との連携
小さな洞穴ダンジョンも、午前中ハイペースで進んだために早くも九階層まで達している私たち。
なんやかんやで一時間ほどのお昼休憩を挟んだ後、時刻は午後一時を回り、意気も揚々と午後の活動を始めるべく後片付けを済ませ、進行の歩みを再開させたのであった。
午後からはいよいよ蒼穹の地平との連携を主に行っていくわけだが、当然そのための打ち合わせ等はお昼休憩時に行っている。
彼女ら流の連携とは、曰く『利用できる部分の探り合い』から成るのだと言う。
相手のこういう立ち回りや特定のスキル、装備の特性など、先ずは自身にとって都合がいいと思える点をピックアップしていき、その『都合がいい』を相手と共有。すり合わせを行って、相乗効果のある連携を紡いでいこうと。
これが彼女らの言う連携の確立方法であった。
なるほど、勉強になる話だ。
何せうちのPTである鏡花水月の場合、元はソロでの活動ばかり行ってきたメンバーが多いので、連携と言っても少しずつ互いの特徴や癖なんかを把握し、時間を掛けて戦い方を馴染ませていく、というようなスタイルが主だったのだ。
まぁ、確かに時間がかかるという問題はあるけれど、その反面連携の完成度という点では非常に洗練されやすいという利点もある。
現にオルカ・ココロちゃん・クラウの連携は、さながら三位一体が如き見事なものだと贔屓目なしに思う。
が、今回はそうした長いスパンを見越しての連携、というのは求められていないため、素直に蒼穹流のやり方に則るつもりだ。
彼女らはこれまで私の動きを見てきた限りで、それぞれに自身と相性の良さそうな点というのを論っていく。
私はそれに耳を傾け、早速イメージトレーニングや直接的な打ち合わせを一通り行った。
以降の戦闘ではそれらを参考に、意識的に彼女らと相性の良い立ち回りを行い、互いにとって楽な動き方や、効果的な攻撃、火力の高い合体技などを実現、確立させていくわけである。
そういったすり合わせ作業に関しては、実戦で試行錯誤しながら精度を高めていくのが一番であるため、早速練習相手になるモンスターの反応に目星をつけながら、ダンジョン内を爆走していくわけだが。
走りながら、昼の話し合いで聞かされたそれぞれの意見を改めて反芻しておく。
先ずリリだが。彼女は私の心眼と空間魔法に目をつけたようだ。
曰く、自身の放つ魔法や魔法剣を、空間魔法で敵の急所に叩き込みたいとのこと。そのためのタイミング合わせなども、心眼があれば造作も無いだろうと。
確かに、成功すれば強力無比な組み合わせになりそうだ。
次にアグネムちゃん。彼女は【負荷魔法】という特殊な魔法を操るらしく、重力魔法との相乗効果を熱弁してくれた。
是非負荷魔法を真似してみてくださいと勧められたので、有り難く試させては貰ったのだけれど、熟練度の観点から威力も燃費も本職には遠く及ばないのは当然である。しかしそれ故にこそ連携が光るわけだが。
重力と負荷をかけ合わせれば、近接打撃戦闘に於いて凄まじいアドバンテージを発揮するだろう。
敵の打撃は綿毛のように軽く。こちらの打撃は巨人族のそれが如き重さを持つはずだ。
斯く言うアグネムちゃんは、後方支援も得意だがゴリゴリの格闘術も操るそうで、実はとんでもないインファイターなのだとか。
なるほど、上手く重力魔法でサポートしてあげられたなら、彼女の長所を一層引き出すことが可能だろう。
聖女さんは回復魔法の他、バフや攻撃魔法も扱う典型的な後衛らしい。
そんな彼女が私に見出した連携の可能性は、透明化の魔法にあった。
私が転移系スキルと併せて使用している透明化。別名光学迷彩……もどき。
ヒーラー・バッファーに加え、火力まで持っている聖女さんの存在は、敵に回せば厄介なことこの上ないだろう。
であれば当然、PTの中で最もヘイトを集めがちなのだそうだ。普段はそれを皆でカバーしているらしいのだが、透明化があれば狙われる心配も大きく軽減できるため、是非とも戦闘の折には試してみたいと語った聖女さん。
透明化は一応光魔法に属するマジックアーツスキルなのだが、彼女曰く覚える方法に見当すら付かないとのこと。
光魔法のスペシャリストがそう語るのだから、きっと余程なのだろう。なればこその連携である。
そしてクオさんだが。状態異常を自在に操る彼女が目をつけたのは、何と先日の厄災戦で私が得たへんてこアイテム、その名もワガマママウントフラワーであった。通称マママである。
マママの持つ特殊能力は、装備者を中心に特殊なフィールドを展開し、フィールド内の味方には強力なバフを。逆に敵に対してはデバフと状態異常を付与するという、見た目の酷さをひっくり返すくらいには優れた装備であった。
しかし、そう。問題は見た目なのだ。
頭に装着する、アクセサリータイプの装備品なのだが、それはボリューム満点の巨大な花の形状をしており、そのくせ別に着け心地は悪くなく、重たいわけでもない。なんなら何故か空気抵抗すらも感じないというのだから、装備するデメリットなどは見た目以外には全くと言っていい程無い。のだが、それが却って不気味に思えてならないわけで。
試しにこれを装備してイクシス邸訓練場で体を動かしていたところ、仲間たちからはゲラゲラと笑われ、使用人さんたちからは「一瞬モンスターかと思いました」とナチュラルにバカにされ。精神的に苦痛を味わったのである。
仕返しに仮面を外して、自慢の顔面と頭上の花というシュール極まりない絵面を晒してやれば、それを見た者は皆リアクションが迷子になり、酷い場合だと熱を出して寝込む者も居たほどであった。
そんなマママを、まさか連携に使えると言い出すなどとは流石に予想外だったのだが、当のクオさんは至って真面目……いや、ちょっと面白がってはいたけど。しかし概ね真面目に提案してきてくれた。
私を前衛で立ち回らせ、マママの力で敵を弱らせたところに、更にクオさんによる状態異常を追加付与してやれば、たとえ格上だろうとろくに力を発揮させぬ内に倒しきれるだろうというのが彼女の目論見なのだとか。
決して、私が頭に花を乗っけて暴れる姿を見たいだとか、そんなふざけた理由ではないのだと。その様に目を逸らしながら語ったクオさんである。このやろう。
まぁ、ともかく。
皆からの連携案はもらえたので、この後は実戦を行いながらそれらの試しを行いつつ、次は私の方からも彼女らの戦い方に応じた連携案を見つけ、提案しなくちゃならない。
それにしても何だろうか、この高揚感は。
新しい戦法を試すというのは、やはりこう、ゲーマーとしての嗜好を刺激されるようでワクワクしてしまう。
しかし浮ついた気持ちではいけない。冒険者業はたとえ格下が相手の戦闘だろうと、常に命の危機と隣り合わせなのだ。
それこそもしもここがゲームの世界なら、とんでもないプレイングミスをやらかしたところで、大抵リカバリーは利くことだろう。
だが、ここは現実だ。少なくとも私にとってはそうだ。
それはつまり、例えば喉に餅を詰まらせてHPがゼロになる……なんてとんでもない展開だって普通にあり得るってことなのだ。
何が死因に繋がるかも分からない、そんなデリケートな現実。であればこそ、格下だろうと何だろうと決して侮るわけにはいかないのである。命が惜しければ、とにかく石橋を叩かねばならない。
なんて気持ちを引き締めている間に、早くも午後一番目のエンカウントがやって来た。
相変わらずジメジメした洞窟の中、ここに至るまでに遭遇したのは何れも、レベルこそ高いもののスライムやコウモリ、虫や蛇系のテンションの上がらぬモンスターばかり。
そして今回はナメクジである。人の大きさより一回りは大きな巨大ナメクジが、ヌベーっと通路の真ん中に鎮座しているのだ。
透視のスキルでいち早くそれを察知した私は、「この先、ナメクジ」と短く皆へ報告。
途端にげんなりとした皆の気持ちが、彼女らの表情からありありと伝わってきて、こんなので連携なんてやれるのだろうかと些かの不安に見舞われるのだった。
それからすぐのこと。ナメクジを曲がり角の向こうに捉えたまま、私たちは急遽話し合いを行っていた。
議題は至って単純明快。今回は誰が連携を試すのか、というもので。とどのつまり、ナメクジとは出来れば戦いたくないのである。
ナメクジに限った話ではないのだけれど、このダンジョンはどうにもそういうジメジメしたモンスターばかりが出現するため、誰も近接戦闘を好んでやろうとはせず、遠距離から無表情で片付ける場面ばかりを目にしてきた。
尤も、ここまでのエンカウントは殆ど私が担当し、光の白枝で瞬殺してきたのだけれど。
それでもリリたちとてただ走ってるばかりではメンツが立たないからと、時折気まぐれに魔法やスキルをぶっ放していたのである。
なお、彼女らが仕留めたモンスターの黒い塵も、腕輪で吸うこと自体は出来る。が、どうやら成長効率は少し落ちるみたいで。
一番はやはり分解を使い解いたモンスターを、塵に変わる前に吸ってしまうことである。理屈は不明だが、そのほうが幾らかステータスの伸びが良いのだ。
そういうわけなので、連携に於いても止めを担当するのは私であり、最終的にはこれまで同様に白枝をぶっ刺して方を付けることになるのだが。
だと言うのに、なかなか彼女らの譲り合いは決着が付かず。
「いい加減アグネムが行ってはどうですか? 天使様との初連携ですよ」
「うぐ。そ、それは確かにとっても光栄なことなんだけど、相手が悪いっていうか……私が遠距離攻撃手段ろくに持ってないの知ってるでしょ!?」
「私は無理よ。あんなナメクジに手加減した魔法を打ち込むとか、汁が飛び散りそうじゃない!」
「同感。っていうかさぁ、場所が悪いよ。このダンジョンが悪い。もう全部ミコトに任せたら良くない?」
「訓練の意味は!?」
思わずツッコんでしまった。
しかし結局、なかなかに埒が明かない。時間も惜しいので、仕方なく今回は私が白枝をぶっ刺して終わることに。連携ナニソレオイシイノ?
というか、分解が効かないようなやつか、彼女らでも文句なく戦えるやつが出てくるまでは、一先ずこれまで通り私が片付けるってことでしばらくはマラソンを続けることになった。
こんなはずじゃなかったのだけど……なんてげんなりしていると、しかし一〇階層に至った途端ダンジョンの様子が一変。
ジメジメした洞窟から打って変わり、綺麗な水晶が壁や天井を彩る、なんとも幻想的な深い藍色の洞窟へと様変わりしたのである。
そして気になる出現モンスターだが、幸いなことに亀やトカゲと言った爬虫類系が主になり、それならば大丈夫だとやる気を見せた蒼穹の四人。
「特級冒険者PTなのに、そんな選り好みしてていいの?」
と問うてみれば。
「別に倒せないわけじゃないし。今回は倒すのに手加減したり連携したりって条件があるから、ちょっと気が乗らなかっただけだし」
と、屁理屈をこねるリリ。他の面々も目を泳がせている。
まぁ、私だってそりゃナメクジを素手で触りたいとは思わないけどさぁ。
事は骸戦に向けた訓練なのだから、もう少しばかり根性を見せて欲しいものである。
ともあれ、ここからはようやっとまともな連携訓練が出来そうだ。
私たちは先程までよりも足取り軽く、重力魔法に物を言わせて早速最初のエンカウントを仕掛けていったのである。
「では不肖このアグネムが、先ずはミコト様との連携を試させていただきます!」
「うん。よろしく」
一〇階層にて最初に遭遇したのは、ジュエルタートルという甲羅に宝石のついた豪華な亀であった。
なんだかリッチなやつだなぁと遠目に私が観察していると、ここでクオさんが待ったをかけてきた。
「ちょっと待って……いや、本当にこのダンジョンダメかも。ジュエルタートルでしょ? それ、宝石落とすやつじゃん」
「え」
「あー……つまりここは、知る人ぞ知る『穴場』って可能性が高いわけね」
「宝石の採れるダンジョンというのは希少ですからね。無闇に踏破して潰そうものなら、同業者や、下手をすると貴族の恨みを買いかねません」
「しかもミコト様が吸収してしまわれると、リポップもしなくなっちゃうもんね。だとしたら確かにダメなダンジョンかも」
などと、神妙な顔でそのようなことを皆が言うものだから、勇み足もどこへやら。
どうやらこれまでとは逆に、次は吸収をしちゃダメってことらしい。
っていうかここまで散々吸収しまくってきたのだけれど、それは大丈夫なのだろうか……?
以前の検証では、ワンフロアのモンスターをまるごと根絶やしにする勢いで吸収しまくったけれど、別の階層に移れば普通にモンスターは徘徊していたため、リポップの仕様は階層ごとに区分けがなされているもの……だと信じたい。
それと同じ仕様ならば、恐らくこの一〇階層以降に影響は出ないものと考えられる。
考えられるだけで、確実ではないけれども……。
ともかく、要らぬ火種を撒かないためにも、吸収は今後このダンジョン内では控えるようにせねばなるまい。貴族とか如何にも面倒くさそうな手合になど、絶対関わり合いになりたくないし。
「それじゃぁ、どうするわけ? 場所を変える?」
「何にせよ一先ずあいつはやっつけちゃおう。アグネムちゃん、行ける?」
「お任せください! ミコト様にかっこいいところを見てもらうんです!」
要するに吸収せず、普通に倒すだけなら問題はないということだ。
わざわざ最下層にまで行ってボスを倒しさえせねば、ダンジョンが潰れるようなこともないわけだし。
であるなら、吸収ばかりしていた先程までとは逆に、連携訓練にだけ注力していれば良いってことじゃないか。
つまるところ『普通の冒険』をする分には、これと言って何ら問題はないのである。
私の声に、意気込んで矢のように駆け出すアグネムちゃん。
とてつもない速度でジュエルタートルめがけて突っ込んでいく彼女へ、私は素早く狙いを絞った。
アグネムちゃんの望む連携の形は、彼女の動作や攻撃を私が重力魔法でサポートし、強化するというものだ。
しかし、重力が突如増減したのでは、ハッキリ言って混乱は免れ得ないはず。彼女が優れた格闘術の使い手であるというのなら尚の事、不意に訪れる重さの違和感は、きっとアグネムちゃんを戸惑わせてしまうだろう。
だから、サポートの仕方にも工夫が必要だった。
私がその様に思考を巡らせている間に、アグネムちゃんは早くもジュエルタートルへ肉薄している。
彼女の負荷魔法により、とんでもない踏み込みから繰り出されたのは、神速の拳。アーツスキルも載せての凄まじい一撃だ。
だからそこへ、ドンピシャで重力魔法を掛ける。
拳に重さを乗せるには、『踏み込み』と『インパクト』の二点に力を込める必要がある。っていうか、私自身万能マスタリー任せに格闘を行うこともあるから、その時に身をもって感じたことなのだけれど。
それで言うと、厳密には踏み込みで得たエネルギーを拳へ伝える方法が云々っていう、ちょっと汗臭い話になってきちゃうのだけれど。そこは私が干渉するような部分ではないだろう。
なれば、最も混乱が生じにくく効果的な重力魔法の掛け方とは、それらを経た先にあると考えたのだ。
即ち、インパクトの瞬間である。拳の重さが敵へぶつけられるその瞬間に、その重さを一気に引き上げてやろうというわけだ。
であるならば後はタイミングゲーだ。心眼で彼女の狙いを読み、動体視力と勘をフル活用して、私はまさにその一瞬を捉えることに成功した。
結果。
アグネムちゃんが拳を振り抜いたその直後、二〇メートルは向こうにある頑丈なダンジョンの壁に、ズボボンと大穴が空いたのである。しかも、よく見たら奥の壁にも同じく大穴が見えるではないか。
多分そういうスキルアーツだったのだろうけど、拳圧だけで驚異の二枚抜き。拳を受けたジュエルタートルなんて、一溜まりもなく黒い塵に還って消え去っている。
想像を絶する威力に、私もリリたちも、何ならアグネムちゃん当人ですら暫し沈黙を余儀なくされた。
が、ようやっと残心を解き、自らの拳を眺めた彼女は、ぎこちない動きで私の方をちらりと見、また自分の拳に視線を落とした。
そして、震える声で言うのだ。
「もしかして今のが、私とミコト様の連携技……?!」
その様に口に出し、ようやっと実感を得たのか、それからアグネムちゃんはぴょんぴょんと跳ねながら大はしゃぎを見せ、私はその姿についほっこりと和んだのである。
おかげで吸収はダメでも、有意義な連携訓練はできそうだと確信を得た。
斯くしてその後は宝石狩りも兼ねつつ、皆で訓練に勤しんだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます