第三六六話 白枝

 道中でモグラがりを終えた私たちは、それから程なくして目的のダンジョンへと辿り着いた。

 時刻はまだ午前一〇時にも至っておらず、目論見通り移動時間をほぼ掛けずに行動できるという利点に、蒼穹の地平は改めて感心を顕にしていた。


「さすがミコト様のお力です! まだ町を出発してあまり時間も経っていないって言うのに、もう今日のお仕事終わっちゃいましたよ!」

「今日っていうか、移動時間を考慮すればそれ以上?」

「いけませんいけません、このままでは自らの足で移動することが億劫に感じてしまいます。ああいけません」

「いっそ協力する見返りに、バカ仮面には私たちの足になってもらうっていうのもありね」


 なんて皆で軽口を叩いてはいるが、実際のところ私も彼女たちの気持はよく分かる。

 何せ冒険者の仕事の内、その大部分は移動時間にこそ当てられるものなのだから。

 私も初めてワープを覚えたときは嬉しかったなぁ。


「大した手間でもないし、そんなことでいいなら私は構わないよ?」

「ぐぬぬ……冗談、とも言い切れないのが悔しいところね」

「だね。移動時間を短縮できるのは、正直とんでもないメリットだもの」

「ああでも、ココロ様が言ってたよ。ワープはすごい力だけど、帳尻合わせが大変だって」

「なるほど。意外な苦労があるのですね……」


 そのように骸戦の見返りについて意見を交わし合う蒼穹の面々とともに、私はダンジョン入り口へ足を踏み入れていったのである。

 事前の情報で、見つけにくいダンジョンだとは聞いていたけれど、実物を見てなるほどと納得を得た私たち。

 というのも、その入口は冬枯れの森の中、奥まった位置にひっそり聳える小規模な崖の、その根本に空いた小さな洞穴だったのだ。

 その小ささたるや、女性である私たちが四つん這いになってやっと通り抜けられるようなサイズであり、正直マップがなければこれがダンジョンの入口であると気づくのに、結構な時間を要したはずである。


 私たちは一人ひとり穴を潜り、暗く狭い洞穴をしばらく四つん這いのまま進んだ。

 すると、ようやっとダンジョン内特有の、光源がどこかもわからない、程よく明るい通路に出ることが叶ったのである。

 幸い、天井は手を伸ばしても届かぬほどには高く、横幅も優に数メートルはある。

 足元に敷かれた石畳には随分と年季が入っており、壁面は岩肌。湿度も高く、床や壁に苔も生えており、見た感じ洞窟を舗装して作ったダンジョン、という印象を受けた。

 湿気のためか、靴裏の摩擦がなんだか心許ない。滑って転ばぬよう、注意して進まなくちゃならないだろう。


「まったく、出入りの面倒な入り口ね」

「ミコト様のスキルがあれば問題ありませんよね!」

「それより、改めて方針の確認をしようよ」

「今回ここを訪れた目的は二つ。天使様の腕輪を育てることと、天使様と我々の連携を確立させ、磨くことです」

「お手間を取らせちゃうけど、よろしく頼むよ」


 私がヘコっと頭を下げれば、リリはフンと鼻を一つ鳴らして応える。


「それで、一階層目からいきなり連携訓練なんてするの? それに相応しいモンスターなんて居るかしら?」

「リリエラ、慢心はいけませんよ」

「まぁでも、尤もな話ではあるよね。下手すると、腕輪に食べさせる前に倒しちゃう可能性があるんだもん」

「綻びの腕輪にモンスターを吸収させるには、ミコト様が腕輪の力で分解する必要があるのですよね。なら、序盤は連携訓練よりそちらを優先してもらうべきかも」

「ってことは、私の立ち回りをみんなに見られちゃうのか。なんだか緊張してきたな……」


 相手は特級冒険者PTたる、蒼穹の地平である。その目も大層肥えているに違いない。

 そんな彼女たちに、まだまだ冒険者歴の浅い私の動きを見られるのかと思うと、こう……恥ずかしいと言うか、おっかないというか……。

 そのように私がもじもじしていると、しかしリリはそれをスルー。

「あ、この先に早速モンスターが居るわね。みんな行くわよ」

 という、何とも頼もしい背中で皆を先導するように歩いていったのである。

 むぅ。緊張してるのは本当なのにぃ。


 彼女たちの後ろを追いかけ、てけてけと暫し歩めば、マップウィンドウに反応のあったとおり角の向こうにモンスターの気配を感じることが出来た。

 いい機会なので先程得た新しいスキル、【透視】がダンジョン内でも使えるのかを確かめてみることに。

 スキルを発動し、壁を透かして角の向こうが見えるだろうかと試みたところ。


「あ、スライムか。ジメジメしてるし、如何にもって感じだね」

「あんたどうやって……ああ、透視を覚えたんだったわね」

「……言っておくけどそれ、盗賊系のジョブ持ちが覚えるかなり上位のスキルだからね? 運用には気をつけたほうが良いよ」

「そ、そうなの?!」

「ミ、ミコト様が盗人呼ばわりされては大変です!」

「心眼の上に透視もお持ちなら、天使様に隠し事など出来ませんね。ああ、私の隅々まで丸裸にされてしまいます!」

「ええい、あんたたち煩い。モンスターに気づかれるでしょうが! っていうかバカ仮面はボケっとしてないで、さっさと倒しちゃいなさいよ!」

「は、はいぃ」


 リリにどやされ、私はおずおずと角から飛び出しスライムの前に姿を晒した。

 左腕には綻びの腕輪を装備済みで、スライムに直接攻撃を叩き込むことで腕輪の能力、『分解』を発動することが出来るわけだけれど。

 しかし、ふむ。スライムか。


「直接触れるのは、ちょっと抵抗があるなぁ……よし。アレをやろう」


 私はズバッと左手を前に突き出し、腕輪へ意識を集中する。

 そして、つい先日新たに見つけた腕輪の能力を、行使したのである。

 えいやと発動を念じたなら、次の瞬間。突き出した手の僅かばかり先の空間より、白い光の塊がスライムめがけて鋭く伸び、その体を容赦なく貫いたのである。

 直後、スライムは分解の効果を受け解け散ってしまった。

 伸びた光は役目を終えるなりすぐに消え去り、次いで腕輪は『吸収』を始める。

 解けたスライムの粒子を、勢いよく私の左手へ引き寄せ、取り込んでいく。


 そうして物の数秒後には、一連の出来事は片付いており。

 私は左手をグーパーしながら、「終わったよ」と皆へ振り返った。

 すると、何とも呆気にとられた様な表情が四つ並んでいるではないか。

 仮面の下で私がそれを訝しんでいると、いち早く問を口にしたのはクオさんだった。


「ねぇ、今の光って何? 初見なんだけど」

「え。ああ、今のは『光の白枝』っていう腕輪の能力だよ。まぁ、名前は適当にそう呼んでるだけなんだけど」

「……くわしく」

「あ、はい。ええと……手をかざして『えいっ』ってすると枝が伸びて、狙った対象を突き刺します。突き刺す……っていうか対象に触れることで、直接私が触れた時と同様に分解が発動出来ます」

「い、いつその能力にお気づきになられたのでしょう……?」

「ついこの間、鍛錬の最中にね。ふと『直接触れない、触りたくないモンスターが相手の場合、どうやって分解を発動すれば良いんだろう?』って考えてたら、ニョキって出てきたんだ」

「消耗等はあるんですか?」

「MPを少々かな。でも燃費はいいよ」


 クオさんに続くように、皆からそれぞれ投げかけられた質問に一通り答えを返すと、四人は溜息を零しながらようやっと歩み寄ってきてくれた。

 しかしリリやクオさんからは、そういうことは事前に知らせなさいというお小言を貰い、私はちょっとだけしょげて反省した。

 ともあれ、便利な能力であるという点は認めてもらえたので、その後は意気揚々とダンジョン内を駆け回ってモンスターを次々に分解、吸収していったのである。

 しかしせっせとただ走るのも怠かったので、例によって重力魔法を使い、皆の重さを半分に。私は慣れている六分の一にして、高速で階層探索を進めたのだった。


 幸いフロアはそれほど広いわけでもなく。ダンジョン進入時点でワンフロアまるごとサーチ圏内に入っていたため、手分けなどもせず、皆で最短ルートを選び次の階層へ向けて駆けたのである。

 ただ、進行ルートから近い位置に存在するモンスターの反応には、多少寄り道回り道になっても積極的にエンカウントを行った。

 そのようにしてフロアマラソンを行うこと二時間ちょっと。


 時刻は正午を回り、お昼時である。

 現在地は第九階層入り口のセーフエリア。

 私はストレージからちゃっちゃとくつろぎセットを取り出すと、適当にそれらを並べ。

 次いで「あ、この中で料理できる人っている? 調理セットと食材もあるんだけど、作って食べるんなら出すよ?」と確認すれば、聖女さんが手を上げた。

 流石蒼穹の地平のママ担当は伊達じゃないらしい。

 聖女さんの要望に応えながら器具と食材を取り出せば、早速彼女は手際よく料理を作り始めたのである。

 進んでそれを手伝うのは、意外と言っては何だがクオさんだった。

 簡易調理場で作業する二人は、思わず感心してしまうほど息が合っており、こう……てぇてぇ光景に、私は内心で合掌したのだった。


 そうしてあれよあれよとテーブルに並んだ、美味しい料理の数々に舌鼓を打ちながら、交わされる話題はやはりと言うべきか、お約束の「もう九階層ってなんなの?! バカなの!?」っていういつものやつ。

 とは言えいい加減彼女らも耐性がついては来たようで。そんな話題はあれよあれよという間に過ぎ去り、気づけばそれとは異なる話題が台頭していた。

 それというのは。


「リリは相変わらず重力魔法苦手なんだね」

「う、うるさいわね……トラウマなのよ。放っておいて」

「でも、半分の重力なら大分慣れてきたみたいじゃないですか。ちゃんと順応できて偉いですよ」

「相変わらず顔色は悪いけどね」

「食事の手もあんまり進んでないよね」

「だから放っておいてって言ってるでしょ! 苦手なものは苦手なのよ!」


 厄災戦の折、リリは重力魔法で酷い目を見ている。

 どうやらその時のことが余程衝撃的だったらしく、未だに苦手意識が残っているのだそうだ。

 ただ聖女さんの言う通り、今は半分の重力にしても体捌きに悪影響が出るわけでもなく、上手く順応しているように見えた。

 ただ、終始真顔ではある。口数も少ないし、からかうと噛み付いてくる。

 そのせいでアグネムちゃんやクオさんからは、いいおもちゃにされているみたいだけれど。


「そんなに言うんなら、あんたたちもコイツと同じ六分の一を体験してみたら良いのよ。そして思い知るがいいわ……!」

「え。もちろんヤだけど」

「そうだよ。リリエラちゃんの失敗を見たあとでやるわけないよ」

「こんのっ」

「こらこら、食事中にお行儀が悪いですよ」

「賑やかなPTだなぁ」


 そのようにして、お昼休憩は騒がしくも和やかに過ぎていったのだった。

 午後からはいよいよ、連携訓練である。

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