第三六五話 見通すスキル

 会議から一夜明け。

 早朝からいつものようにおもちゃ屋さんでの朝練を終えた私は、現在イクシス邸で朝食を頂いた後、単身リリたち蒼穹の地平が今滞在しているという町の近くへワープで飛んだ。

 それというのも、『ミコトもりもり計画』とやらの一環で、リリたちと協力して魔物討伐がてら腕輪を育てるためであった。

 待ち合わせは町の外で、彼女らはギルドに立ち寄り討伐依頼を受けてから合流するとのこと。

 因みにオルカたちとは別行動である。

 その理由としては、腕輪を育てることも目的の一つではあるのだけれど、今回の『化け物』改め『骸』戦に於いては、蒼穹の地平と私が連携して戦うことになるのだ。

 であれば、今日の狩りは連携訓練も兼ねようということで、オルカたちは気を遣い別行動することにしたらしい。

 さしあたって今日は、イクシスさんが私に譲ってくれるというコレクション選定に付き合い、私にぴったりなものを選ぶのだと意気込んでいた。

 気持ちは嬉しいのだけれど、イクシスさんを泣かさない程度にとどめて欲しいものである。


 ワープにて待ち合わせ場所へ飛ぶと、冬の寒さに早くも身が縮こまってしまう。

 いかんせん私は装備がステータスと直結しているため、無駄に厚着が出来ないという欠点があるのだ。

 何せ、装備可能数には限りがあり、上着を着れば貴重な装備枠を埋めてしまうのだから。

 オシャレは我慢と言うけれど、私にも似たようなことが言えるのかも知れないなと、プルプル震えながらそんな益体もないことをぼんやり思ったのだった。


 すぐさま熱魔法を駆使して防寒を行い、一息つきながら裏技にてMPを補充する。

 マップウィンドウを確認してみれば、リリたちがもうじきこちらへ着きそうだと分かった。私が転移してきたことを察知してか、移動速度が上がって見える。駆け足でもしているのだろうか。

 すると案の定、程なくして小走りに駆けてくる四人の美人さんを遠目に見つけることが出来た。待ち人たる、蒼穹の地平の面々である。


「おまたせしてすみません、ミコト様! リリエラちゃんが寝坊したんです!」

「何で開口一番バラすのよ!」

「本当のことでしょう、リリエラ。ほらごめんなさいは?」

「……ごめん」

「あ、ミコトの近くは寒くないね。熱魔法? 便利だねー」

「ちょっとクオちゃん! 不敬だよ! ミコト様にひっつかないで!」

「朝から賑やかだなぁ」


 寒々しい鈍色の空のもと、今日も通常運転の蒼穹の地平はワイワイとしており、なんだか私も仲間たちが恋しくなってしまった。さっきまで一緒ではあったんだけどね。

 ともかく、時間も惜しいため私たちは早速移動を開始する。

 目的地は町から片道だけで丸一日掛かるっていう、森の中にあるダンジョン。

 道程は険しく入り口も見つけにくいことから、所謂不人気ダンジョンとして長らく放置されているそうだ。

 リリたちが受けた依頼というのは、そのダンジョンへ向かう道すがら、フィールドに出没する強いモンスターの討伐依頼であり、正についでといった感じだった。

 しかし、丸一日も移動に費やすつもりなんて私たちには毛頭なく。

 私たちは早速ワープを駆使して、目的のダンジョンへの移動を開始したのである。


 私のマップも、今や半径一二キロをサーチ圏内に捉えるようになった。

 サーチ圏内であれば、ワープで飛ぶことなど造作もなく、長距離転移に比べればMP消費だって軽減される。

 なのでこれを駆使し、サーチ圏内ギリギリまでワープで移動。追加で一二キロ先をサーチし、再び転移で飛ぶ。

 ということを数度繰り返せば、あっという間に目的地に到着するという寸法である。空を飛ぶより目立たないという利点も大きい。

 ただ、道中に出るというその討伐対象のモンスターとやらを探し、狩っていかねばならないため、そいつの出現区域と思しき場所にて一旦連続ワープを止め、依頼の内容を果たすことに。

 場所は既に森の中で、季節柄すっかり葉の落ちた寒々しい木々が不規則に立ち並ぶ腐葉土の上を、私は一頻り見回し、小さくため息をついた。


「さて、問題は討伐対象がどこに居るかってことなんだけど」

「なによ、このマップってモンスターの種類は分かんないわけ?」

「それがネックでね。私が出会ったことのないモンスターに関しては、位置は特定できても種類までは分からないんだ」

「ってことは、地道に探すしか無いの?」

「モンスターの位置が分かるだけでも、効率は段違いですけどね」

「そうだよ! ミコト様のお力に慣れすぎたらダメだって、リリエラちゃん自分で言ってたくせに!」

「う、うるさいわね! わかってるわよ! 探せば良いんでしょ?!」


 ということで、早速周辺の探索を始めようとする蒼穹の地平の面々だけれど。

 それを尻目に、私はふむと考え込んだ。

 確かにいい加減面倒には思っていたのだ。マップでモンスターの種類が判別できず、ターゲットの発見に手間取ることに。

 だから、何か目標を簡単に見つける良い方法はないかと、顎に手を当てて逡巡してみる。


 そして。

「手段が無いなら作れば良いのか……いや、でも今はなぁ」

 と、すっかり道具作りが日常の一部と化している私は、秘密道具でなんとかしようという発想に至る。が、リリたちの前でそれは良くないと思い直し、別の考えを探り始めた。

 その結果。


「あー、そっか。マップにばっかり頼るからダメなのか。普通の探知系スキルにそういうのがあるかも……!」


 ボソリとつぶやくなり、私は魔力調律にて自身の魔力をこね始め、そこに『求めるスキルのイメージ』をなるべく具体的に込めていった。

 すると程なくして、魔力のカタチが自らの意思を宿したように変形し、一つのスキルを導き出したのである。


「よし、覚えた。って……まさかの【透視】?!」

 望んだ能力は、離れた位置からでも障害物を無視し、目的のものを探し当てる力。

 結果、ヒットしたのは障害物を透かしてその奥のものを見る力。即ち【透視】のスキルであった。

 まぁでも確かに、【遠視】と組合わせて使えば目的には叶うのか。

 なんて私が密かに新しいスキルを習得していると、そこへリリが近づき声を掛けてきた。


「あんた何ブツブツ言ってんのよ。遊んでないで探すの手伝いなさい」

「い、今やろうと思ってたところだよ。っていうかそう言えば、私ターゲットがどんな奴なのか知らないや」

「む。そう言えばちゃんと説明してなかったわね」


 そうしてリリが言うには、レッサーソイルドラゴンというモンスターを探しているそうで。

 ドラゴンという言葉に、私はちょっとだけワクワクした気持ちを感じつつ、早速スキルを発動。

 遠視と組み合わせながら、森の中をぐるりと見回してみた。

 しかし、なかなかそれらしい姿は見つからず。一つ首を傾げた私は、ふと考える。

 ソイル……土。ドラゴン……竜。土竜。もぐら。

 いやいや、まさかそんなベタなこと……。

 しかし念の為にと、地中に視線を向けてみたところ。


「あ、いた。マーカー付けるね」

「は!? え、何言ってんのよ、そんなわけ……」


 いや、居るのだ。巨大なモグラがチラホラと。まぁ流石にただのモグラを大きくしただけ、なんてことはなく。

 形状はモグラのそれなのだけれど、全身は鱗に覆われており、正に土竜然として見えた。リリに教えてもらった特徴とも合致しているし、間違いないだろう。

 また、モグラの他にも存外地中にはいろんなモンスターが潜んでいるようで、マップを見る限りではどれがどれやらまるで判別がつかないわけだが、透視のおかげで今の私にはバッチリ見えている。

 よもやマップに頼らないからこそ判別が出来るとは、我ながら盲点だった。

 私は早速確認したモグラたちにマップウィンドウでマーカーをポチポチ付け、その先のアプローチに関しては皆へ委ねることとした。


「っていうか疑問なんだけど、土の中にいるモンスターなんてどうやって見つけて仕留めるつもりだったの?」

「そんなの、地面に魔法を打ち込めば何かしら飛び出してくるでしょ。それを片っ端から狩ればいいだけじゃない」

「ああ……そう。そっか……」


 実にサラステラさんの好みそうな、大胆な作戦である。

 すると、少しばかり離れた場所をウロウロしていたアグネムちゃんが、こちらへ手を振っている。

 その足元からは光の柱が真っ直ぐ空へ伸びているが、それはマップウィンドウを共有化している者の目にしか映らない、マーカーを刺した対象の位置を視覚的に知らせてくれる柱である。

 アグネムちゃんはどうやらひと足早く、モグラの直上へ駆けつけたらしい。

 そして大声を張る代わりに、通話にて確認してくる。


『ミコト様、もしかしてこの下に例のモンスターが居るのでしょうか!?』

「あ、うん。レッサーソイルドラゴンならその下だよ」

『あれ、種類を判別することは出来ないんじゃなかったの?』

「えっと……今、透視を覚えて目視で確認したから間違いないよ」


 沈黙。

 急に通話先からの声が途切れ、隣を見ればリリが真顔でこっちを見ている。ちょっと怖い。


「くわしく。」

「あ、はい」


 リリの迫力に押され、その気になれば魔力調律を駆使してスキルを探し、獲得できることを白状する私。

 ただし覚えるスキルはどれも最低レベルの状態なので、その点はスキル毎に訓練が必要であることも併せて述べておく。

 幸い透視は覚えたてでも、土の中のモンスターを判別するくらいには使えるスキルだった。現状、上手く調整しないと透過先がボヤけて見づらいのだけれど、レベルが上がればもっとクリアに見えるようになったりするのだろうか? 要訓練である。

 ともあれ、今更そのくらいのことは隠すほどでもないかと思い、彼女らに語って聞かせたわけなのだけれど。

 するとリリは右手で目を覆い、天を仰いだ。「はぁー……」と、声とともにため息まで漏らしている。


「そう言えば厄災戦の時、隔離障壁を見ただけで覚えてたわね……」

「あ、うん。直に見せてもらえば、一層再現はしやすいよね。まぁその場合は、なるべく許可を取ってから覚えるようにしてるけど」

『さすがミコト様です!!』

『これが天使様の権能……!』

『鏡花水月の気持ちがちょっと分かっちゃうね……』


 急に疲れた声でそのように述べる皆に、私はなんだか居た堪れないものを感じ、仮面の下で密かに目を泳がせたのだった。

 それはまぁ私だって、普通はスキルを覚えるのが大変なことくらい知ってる。

 そも、普通の人はスキルをそう何個も所持してはいないのだとか聞いたことがあるし。

 ただ私の周りの人は、みんな当たり前のように多くのスキルを有し、扱うのだ。

 それこそリリなんて、百剣千魔って呼ばれるくらい多くのアーツスキルや魔法を操るのだし、私とそう大差ないようにも思えるのだけれど。

 しかし、どうやら彼女にしてみたらそうでもなかったらしく。


「これだから天才ってやつは……」

『リリエラ、それはブーメランです』


 ヤサグレ気味の彼女のつぶやきは、しかし即座に聖女さんのツッコミで切り捨てられた。

 ともあれ。

 位置が判明したモグラの討伐は、その後スムーズに成され。

 私たちはそそくさとその場を後にすると、目的のダンジョンへ到着したのだった。

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