第一七七話 参戦表明

 限界突破のスキルオーブはクラウが使用することになった。

 が、そこに異を唱えたのは彼女の母親であるイクシスさんである。

 クラウはどういうことかと眉根に皺を作り、彼女へ問うた。いつになく剣呑な空気が漂っている。

 対するイクシスさんは、至極真面目に娘へ答えた。


「知っての通り、限界突破を持つということはこれから先、数多の強敵難敵と渡り合っていくような、普通の冒険者などとは比較にならぬほどの危険な歩みをしていくということだ。私には愛娘がそのような危険に突っ込んでいくのを、黙って見てなどいられない」

「……ならば、どうすれば認めてくれるのだ? 私が限界突破を得ることを」

「簡単だ。クラウ、私と戦え」

「!!」


 イクシスさんの口から飛び出したトンデモ発言に、いよいよその場の空気が凍りつく。

 特に私なんかは、イクシスさんが恐ろしい強さを誇るモンスターを歯牙にも掛けず屠っていくところを、ここしばらく見続けてきたのだ。

 クラウは確かに強くなったと思う。だけれど、いくらなんでも相手が悪すぎるだろう。

 勝てるかどうかという話にすらならないはずだ。


「そ、それは……」

「はっ! ああいやすまない、私を打ち倒せとかそういうことが言いたいわけではないんだ」


 クラウだけではなく、私を含む全員から「なんて無茶苦茶を言ってるんだこの人」という視線を向けられ、急にオロオロして訂正し始めるイクシスさん。

 急に張り詰めたと思った空気が、もうグダグダになり始めた。

 彼女はあわあわしながら説明する。


「えっとだな、私が見たいのは『力』ではなく『資質』なんだよ。どんなに今現在強い力を持っていたとて、より強く成長するためには常に自らと同等か、それ以上の敵を相手取る必要があるからな。であれば今持ち得る力に然程の意味もない。重要なのは強い敵と渡り合い、それを打ち倒せる資質を備えているか、という一点だ」

「なるほど……」

「冒険者を辞めてくれだなんて言わない。が、限界突破は茨の道だ。経験者の私が言うのだから間違いはない。クラウ、お前にその道を歩めるだけの力があるのか、私は試したいんだ」

「……もし、私にその資質が無かったら?」

「その時は……すまないが、限界突破は渡せない。お前にはもっと安全でゆるふわな冒険者ライフを歩んでもらうことになる」

「ゆるふわ……!!」


 ゆるふわか。それはそれで良いと思ってしまうのは、私だけなんだろうか?

 あ、いや、どうやらそういうわけでもないみたいだ。みんなもそこはかとなく肯定的な気持ちを持っているらしい。

 とは言え、クラウの目標はイクシスさんのような『特別』になることにある。

 それを思えばゆるふわしてるだけじゃダメだろう。

 彼女自身それは百も承知で、だからこそグッと拳を握り込む。


「……いいだろう。示してみせるとも、私の資質を!」

「待って」

「!」


 そこへ、不意に口を挟むものがあった。

 彼女は、いや彼女たちはすくっと立ち上がると、不服げに言うのである。


「そのお話、聞き捨てることは出来ません!」

「クラウが戦うのなら、当然私たちも参加させてもらう」

「オルカ、ココロ……!」


 参戦を希望したのは、人喰の穴をともに攻略したメンバーであるオルカとココロちゃんの二人だった。

 驚くクラウとは異なり、さもそれを予想していたかのように満足そうですらあるイクシスさん。

 そう言えば確かに、クラウの素質を見たいとは言ったけれど、クラウとしか戦わないとは言ってないなこの人。


「この先どんな脅威に立ち向かうとしても、一人で当たるのとチームで当たるのでは勝率も生存率も大きく違う」

「そんな危ない相手と戦うのに、ココロたちが手を貸さないはずがありませんもの!」

「そうか……ああ。そうだな!」


 実際三人のチームワークは、今や単純な足し算では有り得ないほどの戦闘力を叩き出す。

 今のクラウはもう、強敵相手に嬉々として単独で殴りかかっていった、単純なバトルジャンキーではないのだ。

 事実三人がかりだとて、単純な戦力では明らかに及ばぬほどの格上だったダンジョンボスさえ、その驚くべきチームワークでもって打倒せしめたほどの彼女たち。

 格上を獲る資質を示せというのであれば、クラウ単独の力ではなくチーム力を見るというのはあながち間違いではないようにも思えた。


「ということなんだが、母上……構わないだろうか?」

「ああ。もとよりそのつもりだ」


 イクシスさんもそれを許可したことで、いよいよクラウチーム対イクシスさんの模擬戦という形が成立する。

 なんともとんでもないことになったものだが。しかし、こうなっては私だって黙っていられない。


「あの。それ、私も参加していいかな? 勿論クラウチームとして」

「え」

「「「おお!」」」


 ピシッと、表情の固まったイクシスさん。

 対して盛り上がるクラウたち三人。

 ダンジョン攻略中も、幾度となく私は戦闘にも加わりたいと彼女たちに願い出たのだけれど、どうしても三人だけで攻略したいと言って聞かなかったのだ。

 けれど今はどうだ。

 ダンジョン籠もりによる修行の成果は、ボスとの戦いでしっかりと示すことが出来ただろう。

 であればもう、私が除け者にされる理由もないはずだ。

 ということで、それなら私も交ぜて欲しいと願い出てみたわけだが。

 どうやら三人に異存はないみたいで。実はチームワークが乱れるから嫌がるかな、なんてちょっと心配していたのだけれど、それは杞憂だったらしい。

 私はほっと胸を撫で下ろし、そしてイクシスさんを見た。


 すごく、目が泳いでいる。


「イクシスさん?」

「え、えっと、あのぉ……だな。とても言いにくいのだけれど……そのぉ……」

「まさか母上、ミコトを除け者にしようなどとは言わないだろうな?」

「ミコトも大切な仲間。寧ろミコトこそ私たちの司令塔」

「そうです! そもココロはミコト様のチームに身を置く者として、恥ずかしくないだけの力を得るために頑張ったのですし!」


なんでだろう。イクシスさんに動揺が見える。

 たかだか私が加わったくらいで、彼女にしてみたら大した違いもないと思うんだけど、どうしたというのだろう?


「いや、でも……ミコトちゃんは正直、予想の斜め上を行くからな……白九尾の時だって結構驚いてたんだぞ私」

「戦うかって言ってきたのイクシスさんなのに」

「もっと苦戦すると思ってたんだ! なのに、あんなへんてこな魔法をポンポンと。そんなミコトちゃんがそっちチームに加わるというのは、下手をすると加減を誤るかも知れない」

「うぐ。それは恐いな……」

「死人が出かねない」

「ココロでも、流石に死者は蘇生できませんよ!?」


 むぅ、このままだとまた私だけ除け者ルートだ。

 ここは頑張って説得しないと。ええと、私が変な魔法を使うと加減を誤るかも知れないっていうのが問題なら、変なことをしなきゃ良いってことだよね。


 え、でも私別に変なことってしてなくない? うん。してないよね。


「大丈夫だよイクシスさん。私変な魔法なんて使わないし」

「「「「…………」」」」

「? な、なにさ?」

「まぁ、確かに実戦で使う魔法はちゃんとしていると言えばそうなんだが」

「使い方がおかしい」

「とりあえず魔法の同時行使は、普通ではないですね」

「妙な組み合わせをする時も結構あるよな。あれは確かに予想がつかない」

「むぅ、だって丁寧で分かりやすい単発魔法なんて、普通に避けられたり防がれたり対策取られたりして効果薄いじゃん! だから私なりに工夫して頑張ってるのに!」


 これが解釈違いってやつか。なんとも遺憾である。

 私がとっさの機転とか、コンボ魔法とか色々考えてやってるっていうのに、それを変とか言っちゃってさ。変じゃないし!

 たまらず頬がパンパンに膨らんでしまう。

 これはもう、拗ねてる。私完全に拗ねてる。へそを曲げましたよ。


「…………」

「あああ、またミコト様が拗ねちゃいました!」

「違うのミコト、私は素直にすごいと思ってる!」

「母上がへんてこだとか言うからだぞ!」

「なっ、私だけのせいじゃないだろう!?」


 オロオロするみんな。

 すごいな。仮面越しで顔なんて見えないだろうに、どうして私が拗ねてるって分かるんだろう。

 しかしそれなら、私がこのままブスッとしていては空気が悪くなる一方だ。

 ここはずばり要求を突きつけるとしよう。それを飲んでくれさえすれば、それで円満解決だ。


「私、参加しますから」


 するとオルカたちの視線がすっとイクシスさんに向く。

 彼女はハァと肩を落としてため息をつくと、仕方ないとばかりに了承を示してくれた。


「分かった。ミコトちゃんの参戦を認めるよ。ただ、それなら準備したいものがあるから一度家の方に戻らなくてはならない。ミコトちゃん、移動は手伝ってもらえるよな?」

「いいけど、何を準備するの?」

「不殺シリーズの装備だ。うっかり置いてきてしまっていてな」


 曰く不殺シリーズとは、特殊効果に【不殺】という能力を持った装備品のことで、その効果が乗った攻撃では対象のHPを1以下に出来ないらしい。

 だから、ついうっかり即死級の攻撃を放ってしまったとしても、最低1はHPが残るとのこと。

 そして生きてさえいれば、ココロちゃんがどうにかしてくれるという寸法だ。


「なんとも物騒な話になってきたね……」

「でも、大丈夫。ミコトがいれば私たちは無敵」

「そうです。ミコト様が加わることで、私たちのチームワークは真に完成するのです!」

「私はミコトとまともに組んでやったことはあまり無いな。少し練習と調整の時間が欲しいところだが、その辺りはどうなのだ母上?」

「ああ、それは当然構わないとも。というかまずはしっかりダンジョン攻略の疲れを癒やしてもらって、それからの話だ」


 というわけで、どうにか私も今回は一緒に戦うことが許されたらしい。

 久々にみんなと肩を並べて戦える。今からワクワクが止まらない。曲がったへそもすっかり元通りだ。

 それにしても、考えてみたらクラウ込みでのチームで戦ったことって殆ど無いんだよな。

 オルカたちと一緒に戦うのだって久しぶりだし、なんだかちょっと不安もある。私、上手くやれるのかなって。

 これはバッチリ練習して、対イクシス戦にしっかり備えなければならないぞ。

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