第一七六話 限界突破

 イクシスさんの鑑定により明らかとなったスキルオーブの詳細。

 それはなんと、【限界突破】という如何にも凄そうなスキルが封じられたオーブであるというものだった。

 それを聞いて、私以外の皆が驚愕にどよめいた。


「限界突破……これが……」

「す、すごいです! そんな大変なものだったなんて!」

「まさか、ここで出会うことになるとはな……」


 オルカもココロちゃんもクラウも、なにやら心底驚いているようだけれど。

 他方で私は皆がそんなに驚いている理由がいまいちよく分からないでいた。


「えっと……その、限界突破って有名なスキルなの?」

「ミコト……」

「ミコト様……」

「まぁ、ミコトだしな……」


 案の定みんなに白い目を向けられ、大変居心地の悪い思いを味わうことに。

 ただ、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言うし、仕方のないことなんだ。


「分からないから質問したんです。知ってるなら教えてください」

「ああ、ミコトが拗ねた」

「へそを曲げると敬語になるタイプのやつだな」

「あわわ、説明しますからどうか機嫌を直してくださいミコト様!」


 オロオロと慌てて語ってくれたココロちゃんの言によると、どうやら限界突破とは私の持つ【心眼】と同じように伝説級のスキルらしく。

 世界的に名を馳せるような、とてつもない腕っぷしの人たちはみんな持っているスキルなのだとか。

 その効果は文字通り限界を突破するというもので、何の限界かと言えば『成長限界』の突破ということらしい。


 人間のステータス値は、99が限界だと言われている。99以上は成長しないのだと。

 けれど、スキルの力を借りることでその箍を外し、更なる力をつけることが可能になるそうだ。

 そしてそのための鍵となるのがこの【限界突破】というスキルであり、故にこそ有名なスキルとして広く知られているらしい。


「初耳なんですけど……」

「資料に載っているタイプのスキルと言うより、英雄の武勇伝なんかに出てくるスキルだから」

「ですね。希少性も非常に高いことから、取引されるようなこともほぼありませんし」

「とは言え、限界突破を得たからと言って必ずしも強い力を得られるわけではないぞ。あくまで成長の箍を外すだけのスキルだと言われているからな」

「え、じゃぁどうやってそのすごい人達っていうのは99の壁を超えたの?」

「む、そうだな。それは……当人に直接訊いてみたら良いんじゃないか?」


 そう言ってクラウが水を向けたのは、愉快げに話の流れを眺めていた勇者イクシスさんその人だった。

 言われてみればそうだ。そんな人間を辞めるのに必須とも言えるようなスキルなら、人間離れした強さを誇るこの人が持ってないわけがないじゃない。


「イクシスさんも持ってるの? 限界突破」

「ふっふっふ、まぁな。キミたち同様縁あってスキルオーブを拾ったんだ」


 確認してみると、案の定だった。

 それならば早速、疑問をぶつけてみるとしよう。


「それじゃぁ、限界突破は箍を外すためのスキルだってことだけど、それならイクシスさんはどうやってそんなに高いステータスになったの? なにか別の要因があったとか?」

「なに、それに関しては単純なことだ。確かに成長を助けるスキルを持っていることは否定しないが、常に自分と同等か、少し強い敵と戦い続けた。その結果ステータスが育ったと、要はそれだけだな」

「でもミコト、それをやって生き延びられる人なんてほぼいない」

「だからこそ、イクシス様は生ける伝説なのです! ミコト様は真似しようだなんて考えてはいけませんからね!」

「私もそんな母上の生き様に憧れて、無茶をやらかした結果痛い目を見ているからな……」


 クラウのその言から、思い起こされるのは彼女と私たちが出会った時のことである。

 彼女は黒鬼というモンスターに敗北を喫し、酷い姿で倒れていたのだ。

 すぐにでも事切れそうな危険な状態だったが、ココロちゃんと私で治癒を施し、どうにか一命を取り留めることが出来た。

 しかしなるほど、クラウの無茶は単純なバトルジャンキーだけが理由ではなかったのか。

 もしかするとこの世界には、本当に『経験値』のようなものが存在しているのかも知れない。

 より強いモンスターを倒せば、より多くの経験値を得ることが出来る。そしてそれが貯るにつれてステータスも育つ、みたいな。

 でも多分、そこまで単純なものでもないとは思う。

 例えば安全な狩場で延々とひたすら同じモンスターを狩り続ければ、余計なリスクを負うことなくステータスを伸ばし続けることが出来る、みたいな事が可能なのだとしたら、この世界にはもっとたくさん英雄が存在していたって不思議じゃない。

 しかし実際はそうじゃないのだ。

 その理由として考えられる主な要因としては、やはり経験値ってものが文字通りの『経験』に基づいた行動や思考、精神的な達成感とか、そうした諸々からしか生じないってことなんじゃないかな。

 同じ敵を倒し続けても経験値は貯まらないし、安全に敵を倒し続けたってやっぱり良い経験にはならない。

 現にイクシスさんの仕事にしばらく同行していた私のステータスは、雀の涙ほどしか伸びていないしな。っていうかまぁ、そも私のステータスってなんか滅茶苦茶育ちにくいような気がするんだけど。


 ともかく、より強い敵と戦い続け、勝ち続けてきた。だからイクシスさんのステータスはどんどん育って、100を超えてももりもり成長を続けたと。

 そうして気づけば、魔王とやらを倒すだけの力を身につけていたというわけだ。

 なんともでたらめなサクセスストーリーである。


「事実、限界突破は稀に見つかることがあるんだ。ミコトちゃんのそれと比べるなら余程所持者の多いスキルと言えるだろう。だが、そんな彼らが有名を馳せたという話は極めて稀だ」

「限界突破を得たということは、数多の死線を潜る生き方が半ば強制されるようなもの」

「というと?」

「限界突破を所持しているにも拘わらず、安全な戦いばかりを続けては宝の持ち腐れになってしまいますからね」

「99を突破する見込みもないのに限界突破を所持する人間というのは、周囲から腰抜け呼ばわりされることが多いんだ。だからもしもそれを得たとしても、周囲に語ること無く秘密として墓場まで持っていく者もいるのさ」

「でもそれより圧倒的に多いのは、無茶をしてそのまま命を落としてしまう場合だって言われてる」

「なるほど……」


 イクシスさんのように限界突破の恩恵を十二分に受け、人間離れした力を手に入れた者は英雄として勇名を馳せるし、だからこそ限界突破はロマンのあるスキルとして広く知られている。

 けれどその実態は、無謀な冒険を強いられることになる恐ろしいスキルでもあるというわけだ。

 希少性が高いというのも事実ではあるのだろうけれど、絶対数で言えば心眼よりずっと出回っているスキルなのだろう。ただ、それを持った人が名乗り出たり、実際力を得る場合が極めて稀だというだけで。


「ちなみに、ステータス99の壁を超えた者は『超越者』と呼ばれたりしてる」

「人間を超越した者、という意味だそうですよ」

「ひぇぇ、かっこいい!」

「それで言うとミコトも立派な超越者だな」

「わ、私の場合は事情が特殊だって言ってるでしょ!」


 そう言えば以前、イクシスさんのように一般の手に負えなくなった強力なモンスターを狩る仕事をしている人は他にもいるし、隠れた実力者は思いがけず存在する、だなんて話を他でもないイクシスさんからちらっと聞いた気がする。

 そういう彼らももしかしたら超越者なのかも知れない。

 とことんロマンの詰まった話である。


 さて、限界突破がどういうものかというのはよく分かった。

 ではそのスキルオーブを、一体誰が使用するのかという問題なのだけれど。


「それじゃこのスキルオーブ、使いたい人は挙手!」

「はい!」

「「…………」」


 私の音頭に、元気よく手を上げたのはたった一人だった。

 そう。勇者に憧れ、『特別』に焦がれる彼女を置いて他にいないだろう。

 クラウであった。

 しかし当人はと言うと、手を挙げたまま驚きに固まっている。

 そして解せぬとばかりに問うてきた。


「わ、私だけか!? 皆は限界突破欲しくないのか!?」

「ココロはそも人間という枠組みからちょっと飛び出してるので、既にSTRが100超えてるのです。限界突破いらずですね」


 ココロちゃんは鬼なので、どうやら今のところ限界突破が必要な様子はないらしい。

 何れ頭打ちが訪れたなら、その時また考えればいいだろう。

 それに続いてオルカが言う。


「私は、またの機会があればその時でいい。今回はクラウに譲りたいから」

「オルカ……!」


 オルカもまた、クラウがどれほど『特別』に思い入れを持っているか理解している。

 なればこそ、次に機会があればその時でいいとし、今回はクラウにそれを譲りたいというのである。

 そして当然私も。


「私は指輪を貰えただけで十分だから気にしないでね。そもそもステータス事情からして特殊だし」

「皆……ありがとう!」


 皆の合意を得たことで、晴れて限界突破のスキルオーブはクラウのものになった。

 彼女はこの先数多の激戦を経て、きっとイクシスさんと同等の高みを目指し自らを鍛え上げることだろう。

 当然相当の危険を伴うに違いない。それを思えば、私たちの胸に些か鈍色の思いが仄めいた。心配である。

 彼女はそんな修羅の道を、この先道歩むのだろう。いや、最も気になる点はそれとは別か。

 クラウはこのまま私達とともに行くのか、それともまた一人で行くのか。

 願わくば、そのようなおっかない生き様を一人で歩んでほしくはない。


 なんて、そんな友の未来に思いを馳せていると、不意にそこへ水を差すような声がかかった。

 声の主は他でもない、彼女の母であるイクシスさん。

 いつになく憮然とした色を孕んだ調子で、彼女は言うのだ。


「いいや待ってもらおう。このスキルオーブを使いたいというのなら、クラウ。まずは私にその『資質』を示すのだ!」


 鑑定する際に手にしたそれを、彼女は素直にクラウへ渡す気はないらしい。

 思わぬ展開にピリリと空気が張り詰め、ここに来て初めて母娘が険しい視線をぶつけ合う。

 限界突破はどうやら、一筋縄では行かないみたいだ。

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