第一七五話 鑑定と分配
いよいよ始まった鑑定会。
オルカたち三人が一月かけて集めた装備品を、イクシスさんにズババーっと鑑定してもらおうというこの会はスタートして既に半刻が過ぎている。
わんこそば形式で、鑑定を終えてはまた次の品がアイテムバンクより出現するものだから、早くもイクシスさんはげんなりとしていた……かに思えたが。
「ふはは! 次から次に武器が出てくるぞ! ここが天国か!!」
「イクシスさんが楽しそうで何よりだよ」
武器をこよなく愛する彼女にとって、この作業は苦痛どころか歓迎するべきご褒美めいてすらいるようだった。
しかし防具やアクセサリー系の装備が回ってきた途端、テンションがガクッと下がるのは何とかならないものだろうか。
武器の特殊能力を鑑定した際は、使用例まで添えてあれこれ解説してくれるのに、それ以外鑑定に対して淡白なこと。
いっそ清々しいとさえ思えるような武器贔屓である。まぁ、鑑定を無料で引き受けてもらっている手前文句も言えないのだけれど。
鑑定結果に関してはメモするのも面倒だったので、ざっくり映像として記録するべくカメラを回している。
しかしこのペースだと、終わるまでにどれくらいかかるか分かったものではないな。
ちょっと考えなしにお願いしすぎたと、今更ながらに反省する。
なので、私は挙手して一つ提案を述べた。
「このままだと量が多すぎるから、私たちで一旦気になるものだけピックアップして、それをイクシスさんに見てもらうようにしない?」
「えー」
「ちょっと、なんでイクシスさんがまっ先に不満の声を上げるのかな」
「私はもっと武器を見ていたいんだ!」
「母上、そう言えば宴の用意がどうのと言っていなかったか?」
「はっ!! ミコトちゃん、すまないが私もそれほど暇ではないのでな。鑑定する品は絞ってくれると助かる」
「「「「…………」」」」
勇者イクシスの実態を見て、流石にオルカもココロちゃんも大分脱力したようだ。
まぁ当人もそう言っているので、オルカたちにはPTストレージのアイテムウィンドウを確認してもらい、私がバンクから随時装備アイテムを追加したり戻したりして、選定作業を行っていった。
そうして気になると判断したものから順にイクシスさんに見てもらうという流れ作業である。
これにより鑑定はスルスルと進み、更に半刻が経つ頃には最後の一品が鑑定され、残すはボスドロップとクリア報酬のみとなった。
「はぁ……至福の時間ももう終わりか……」
「未だ一番大事な鑑定が残ってるんだから、ちゃんとして」
「うぅ、ミコトちゃんはなかなか私に厳しいな」
「母上、まずはこの盾を見てくれ。『転恵の盾』というのだが」
「盾か。どれどれ?」
盾は基本防具に分類されるが、物によっては武器にもなるためイクシスさんの機嫌も良い。
というか、娘に頼られるのが何より嬉しいのだろう。
クラウがPTストレージより取り出し寄越したそれを、彼女は熱心に精査し始めた。
「ほう、これは良いものだな! どうやらこの盾は、ダメージになり得る攻撃を防いだ際に効果を発揮するらしい。防いだダメージ量に応じて装備者のHP・MPを回復してくれる上、一時的にSTR・DEF上昇のバフを掛けてくれるようだ」
「なんと! 素晴らしい性能じゃないか!」
転恵の盾はその名の通り、ダメージを恵みに変えてくれる盾だった。
攻撃を防げば防ぐだけ回復し、あまつさえバフを得ることで強力な反撃が可能になる。
攻守ともに優れた強力な装備だと言えるだろう。
「次はこのツインダガーを見て欲しい」
「おお、武器だな! なになに、ふむむ。これもまた素晴らしいな! 『封刻のツインダガー』は、この武器で傷を付けた対象のスキルを、傷が消えるまで使用不能とする能力を持つらしい。一つの傷につき一つのスキルを封じ、最大六つまで同時に封じることが出来るらしいぞ」
「封じるスキルは選べる?」
「傷を受ける直前に使用したスキルが対象らしいな。使い方次第ではとてつもなく強力な武器となるだろう」
オルカが差し出した封刻のツインダガーは、これまた想像以上に強力な効果を有していた。
直前に使用されたスキルということは、常時使用型の所謂パッシブスキルから封じることになるんだろうか?
何にせよ確実に敵を弱体化させることが出来る、かなり有用な武器だ。
「イクシス様、武器ではないのですがこちらのピアスは如何でしょう?」
「武器じゃないのかぁ……どれどれ? ……ほほぉ、これもすごいな」
「回復効果に呼応して発動する能力だそうですけど」
「ああ。この『再壊のピアス』は、攻撃を受けた対象が何らかの手段でHPを回復させようとした際に発動する。このピアスを装備したものが与えた直近のダメージ値分、問答無用でHPを削ってしまうという効果がある。一撃が重ければ重いほど強力な効果だな!」
例えばココロちゃんが敵に腹パンを決めたとして、HPを999くらい削ったとした場合、その敵が魔法でもスキルでも、或いはちょっと休憩して自己治癒を働かせたり。とにかくHPが僅かだろうと回復した瞬間、再び唐突にそいつのHPが999減らされるってことか。
火力お化けのココロちゃんととても相性のいい装備のように思えるな。
「では母上、この指輪はどうだろう? 『奥魔の指輪』というらしいのだが」
「また武器じゃないのか。ええと……ほほぉ?」
イクシスさんはちらりとこちらを一瞥し、鑑定結果を述べ始めた。
「この指輪は、装備した状態で魔法を使うことでINT上昇のバフを得ることが出来るようだ。魔法の使用で消費したMPに応じてバフは強化されるため、強力な魔法をどんどん使えば使うだけマジックアーツの威力が大きく上昇するというわけだな。それに加えて、MP自動回復の効果もついているようだ」
「ほほぅ、それはなんとも……」
皆の視線が一様にこちらへ集まった。
が、私は慌てて機先を制する。
「いやいや待って。今回私、サポートしかしてないからさ。みんなが言わんとしてることは分かるけど、受け取るつもりはないよ!」
心眼がバッチリ、お前が使えという皆の意思を読み取っているが、流石にそれは出来ない。
だってオルカ、ココロちゃん、クラウが命がけで頑張っていた間、私は安全な場所で過ごしていたんだもの。
そんな私がどうしてそれを装備できるというのか。
「でもミコト、それならこの指輪は他に誰が使うべきだっていうの?」
「え、そりゃぁココロちゃんとか……」
「ココロは確かに回復魔法も使いますけど、部位欠損なんかを治す【再生術】は魔法ではなくスキルに分類されます。なので魔法の使用頻度はそれほど高くないんですよ」
「む。じゃぁクラウは?」
「私も一応魔法は使えるが、ミコトのそれとは威力、種類、使用頻度ともに比べるべくもないな」
「……オルカ」
「観念して、ミコト」
というわけで、私には奥魔の指輪が与えられたのである。
そしてそれ以外の分配はと言えば言わずもがな。
「盾は私が使わせてもらっていいか?」
「なら私はツインダガー」
「ココロはピアスですね」
ということで、クラウが転恵の盾を。オルカが封刻のツインダガーを。そしてココロちゃんが再壊のピアスをそれぞれ装備する運びとなった。
指輪を受け取った私は、手のひらに乗せたそれを眺めながら、本当に私が貰って良いものかと躊躇い、思わず眉根が寄ってしまう。
するとそれを察してかイクシスさんが声をかけてきた。
「ミコトちゃん。キミはもう少し、自身の役割が如何に大きいかを認識したほうが良いぞ。キミ以外の誰が、一ヶ月もの間ダンジョンに籠もる人間をこうも健やかに生かし続けられるものか」
「そうだぞミコト。しかも我々はとうとう踏破まで成し遂げたのだ。ミコトが支えてくれなければ、そもボスフロアへ降りること自体断念していただろう」
通常の冒険者は、人喰の穴ほど深いダンジョンの攻略には、もっと大掛かりな準備を調え挑むらしい。
マジックバッグを複数準備し、たらふく保存食や水を詰め込んでから、心身にストレスを与え続け進んでいくのだ。場合によっては幾つものPTが協力するなどしての、大所帯にて攻略に挑むことも少なくないと聞く。
しかも当然、帰り道のことも考えながらの進行である。万が一道中で仲間が倒れるようなことがあれば、戦力はガタ落ち。引き返すこともままならないだろう。
だから、たとえ戦力に幾らかの余裕があったとしても、奥へ進む判断は非常に難しい。
その点私がいれば、各フロアのマップ埋めを行わなくちゃならないという条件はあるものの、それさえこなせば脱出は一瞬。
何ならPTストレージ内に自らを収納するという、緊急避難の切り札もある。
であればこそ、精神的な負担というのは大幅に軽減されたのは間違いないと思う。
「だけどスキルは勝手に生えてきたものだし、私はそれを使っただけだもん。誇れるようなことじゃないよ」
「ミコト、それソフィアの前でも同じこと言える?」
「うぐっ!!」
「ミコト様、その指輪はココロたちの感謝の品です。ですからどうか気兼ねせず活用してください」
「ココロちゃん……」
みんなにそこまで言われたのでは、これ以上の遠慮こそ失礼に当たるというものか。
私は身につけていた首飾りをストレージにしまうと、その場で指輪を付けてみた。
瞬間、感覚的に分かるほどステータスが大きく上昇したのを感じた。
試しにステータスを見てみると、案の定MPとINT、それにMNDが大幅に加算されていた。
これに加えて特殊能力の効果が働くとなると、私の魔法ってとてつもないことになるのでは……。
「みんなありがとう。正直身に余るような品だけど、みんなの厚意だと思って大切に使わせてもらうよ」
「やれやれ、ミコトは意外と面倒くさいところがあるな」
「変なことを気にしすぎ」
「ミコト様はもっと偉そうにしていて良いのです!」
「えぇ……」
斯くして私を含む皆へクリア報酬が割り当てられたわけだ。
けれど、鑑定は未だ終わっていない。
クラウが徐にPTストレージよりそれを取り出すと、イクシスさんへと差し出した。
黄金色の輝きを湛える、こぶし大の宝珠。まん丸のそれは……あー……言い方はあれなんだけど、どうにも私から見たらピカピカに磨いた泥団子を彷彿とさせるような、そんな見た目をしていた。
つまるところ、スキルオーブである。スキルオーブはどれもピカピカの泥団子みたいな見た目だけれど、これは今まで目の当たりにしてきたそれらの中でも一種異様な迫力を放っているように思えた。
するとそれを受け取ったイクシスさんは、なんだかとても驚いたように目を丸くする。
「これは……!!」
心眼が読み解くは、彼女の胸中に芽生えた様々な感情。
驚嘆はもとより、まさかという思いや、クラウたちを称える気持ち、それに懐かしさまでも。
それらを感慨深げに噛み締めている彼女は、なかなか言葉を発さない。
そこでクラウが追加の情報を述べた。
「このスキルオーブ、ミコトのアイテムウィンドウでは『???』としか表示されないんだ。だからその内容が分かるなら教えてほしいのだが」
「ああ……そうだな。よもやこれを得るほどだったとは。正直驚いた」
そんなふうに勿体つけ、イクシスさんの口から放たれたそのスキルオーブの正体とは。
「これは【限界突破】のスキルオーブだ。人を超越するための鍵となるものだよ」
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