第一七四話 お出迎え

アルカルドの近くまでワープで飛んだ私たちは、例によって徒歩で街門を潜った。

 オルカたち三人にとっては実に一月ぶりとなる帰還であり、そも人里に立ち寄ったのも同じく一月ぶりなため、些か落ち着きのない様子を見せる彼女たち。

 特にクラウの様子は一層ソワソワキョロキョロとしており、心眼のスキルは彼女が誰かの姿を探していることを見抜いていた。

 そうして街門を抜けてすぐのこと。探すまでもなくその誰かさんは、首を長くしてクラウを待ち構えていたのである。


「ク、クラウ……!!」

「! は、母上……」


 持ち前の超人ステータスでもってクラウへ突っ込んでいった彼女は、強烈な抱擁で愛娘の無事な帰還を目一杯喜び、迎えたのである。

 そう、クラウの無事を誰より何より願っていた彼女、実の母親であり勇者であるイクシスさんが、居ても立ってもいられなかったのだろう。わざわざこうして出迎えにやってきていたのだ。

 それにしても、感極まったイクシスさんとは対象的に、クラウはみるみる顔色が青紫に変わっていってる。

 微笑ましくその光景を見ていた私達へ、視線で助けを求めてくる。目がマジのやつだった。


「イクシスさん、クラウがすごい顔色になってる」

「え! あ、すまない!! しっかりしろクラウ!!」

「は、母上、分かったから、少し落ち着いてくれ……」


 タジタジのクラウは、テンション高く空回り気味のイクシスさんをどうにか窘めようとする。

 しかしイクシスさんは、ようやっと娘と再会出来たことから自制心が機能しておらず、完全に舞い上がっているようだ。

 これは口で注意を促したところで、どうにかなるとも思えない。

 一先ずイクシスさんは勇者ということで世界的な有名人だ。当然衆目も集めてしまう。

 事実、早くもチラホラと遠巻きながら足を止めて、こちらを眺めるギャラリーが増えてきていた。


「えっと、とりあえず場所を変えない?」

「それがいい。お腹も空いたから」

「賛成です! 立ち話もなんですしね」


 と、私たちが主張すると。


「お、おぉ、そうだな。気が回らなくてすまない!」

「はぁ……では何処か、昼食を取れる店でも探そう」


 というわけで、そそくさと街門から離れた私たちは、大雑把に手頃な食事処を見つけてそこに入ったのだった。

 この街で活動を始めてもう数ヶ月が経つ。なのでご飯屋さんの目星くらいすぐについた。

 時刻はお昼時ということもあって、賑わっている大衆食堂。以前も利用したことがあるためハズレという心配もない。

 問題は席が空いているかということだが、幸いテーブルが一つ空いていたので些か窮屈ながら五人で囲う事ができた。

 勇者の来店ということで店内は一時沸いたが、イクシスさんは慣れたものだ。それらを特に気にすることもなく、私たちを引き連れて席を確保する姿はなんとも頼もしい。

 そうして各々注文を済ませると、ようやっと人心地つくことが出来た。

 周囲に聞き耳をたてられるのも煩わしいので、軽めの遮音結界を張っておく。これで周囲の雑音は随分緩和されるし、逆にこちらの声はほぼ周囲に漏れない。

 完全に遮断してしまうと、それはそれで空気感が台無しになっちゃうからね。何事も加減が大事なのだ。


 話をする用意も調ったところで、先ずはイクシスさんがオルカとココロちゃんに向けて姿勢を正した。

 つられて二人も背筋を伸ばす。


「さて、キミたちがクラウとともにダンジョン攻略を行ってくれたという、オルカちゃんにココロちゃんだね?」

「ちゃん付けは新鮮……はい。私がオルカです」

「ココロです! クラウ様には幾度となく助けられました!」

「何を言う、私こそココロにもオルカにも数え切れぬほど救われたさ!」

「ううん、私の方こそ」

「いえいえ」

「いやいや」


 などと、仲睦まじく謙遜し合う三人を微笑ましく眺めるイクシスさんは、すっと頭を下げた。


「礼を言わせてくれ。クラウとともに戦ってくれて、本当にありがとう」

「母上……」

「どうやらキミたちは、私の思っていた以上にずっと良いチームのようだ」


 心眼を通して見て、私はほうと感心させられた。

 オルカ、ココロちゃん、クラウを眺めて良いチームであると評したイクシスさんはしかし、実に様々な部分を目ざとく捉え納得を覚えていたようである。

 例えば三人は何気ない所作や目線、声の調子や姿勢の小さな違いにまで自然と注意が向いており、常に互いの状態が手に取るように把握できている。

 イクシスさんはそのことを、見事見抜いてみせたのだ。その上で、良いチームだと言う。正しくお世辞でもなんでもない彼女からの素直な評価であった。


「正直クラウに聞きたい話は山ほどあるのだけれど、今はキミたちが踏破せしめたというダンジョンの話や、体験談なんかを聞かせてはくれないだろうか?」

「あ、それならボス戦の映像ちゃんと残してあるよ」

「なに!? 本当かミコトちゃん!!」

「それはまぁ後で見せるとして。私もみんなの話聞きたいな」


 そう三人に水を向けると、彼女たちは誰からともなく苦労話から自慢話まで、この一月で体験し得たあれこれを語り始めた。

 はじめこそ硬かった語り口調も、話を続ける内に段々とほぐれて行き、いつしかワイワイと賑やかな声が食卓に華を添えていたのだった。

 それを終始にこやかに聞いていたイクシスさんだけれど、しっかりと心眼は捉えている。

 彼女たちの口から苦戦のエピソードが飛び出す度、強烈な不安感がその胸中を占めていることを。

 その気持ち、すごく分かるよ! 私もずっとそんな感じだったからね。

 なにせ一ヶ月分にも及ぶ体験談なので、話の種はまるで尽きる気配もなく、放って置いたらいつまでだって話し続けそうな彼女たちへ、いつしか食器も空になって久しい私は話題転換を試みた。


「ところでみんなは、イクシスさんにお願いがあるんだよね?」

「! ああ、そうでした!」

「実は母上に鑑定をお願いしたいのだ」

「どのアイテムも大まかな効果は判明してるけど、出来ればもっと細かい情報が知りたい」

「おお、勿論構わないとも。そういうことなら私の出番だな!」


 流石にこの場で鑑定大会を開くというわけにも行かない、という建前で、ようやっとお店を出ることになった私たち。

 如何な勇者イクシスさん御一行ということでお目溢しを貰っているとしても、このお昼時、食堂のテーブルを独占し続けるというのは心苦しいものがあった。

 なのでお店を出た私はこっそりと一つ息をつき、皆とともに次の目的地へ向かう。

 

 はじめはギルドへ帰還報告がてら、部屋を借りて鑑定を行おうかという話も出たのだけれど、正直あまり気が休まるところではない。もちろん帰還報告自体は行わねばならないだろうけれど、鑑定は別の場所でいいだろうということになり。

 それならばと一度宿へ戻ることにしたのである。

 宿の自室にはアイテムバンクスキルを設置しているため、ダンジョンで得た品の中から余剰分の多くはそこへ保管してある。

 なので鑑定を頼むなら宿に戻るのが好都合であった。


 宿へ、これまた約一ヶ月ぶりに戻ってきたオルカたち三人。

 受付で長らく留守にしていたことをヘコヘコと詫び、ぞろぞろと皆で私とオルカが取っている二人部屋へやって来た。

 オルカはしばらくぶりの自室に感慨深げで、ぼふっとベッドへ倒れ込み、他の皆も各々好きに腰を下ろした。

 私はと言えば、早速テーブルの天板に仕込んであるアイテムバンクから、ダンジョン産の品々を取り出していく。


「それじゃぁまずは、こっちのアイテムから見てもらっていいかな?」

「おぉぅ、結構な量があるな」

「まだまだ一部だよ」


 テーブルの上にはあっという間に様々な装備アイテムがこんもりと積まれた。

 しかもバンク内には人喰の穴で得られた、詳細不明の特殊能力つき装備アイテムというのがまだたくさん保管されている。

 というのも、オルカたち三人は頻繁にモンスターのコアを砕いて討伐を果たしてきた。その結果戦闘の度に装備品がドロップしたのだ。

 それを聞いたイクシスさんは首を傾げ、どういうことかと問うてくる。


「普通モンスターのコアだなんて、そうそう破壊できるものではないぞ? まず位置は個体によって異なることがほとんどだし、それが分かっていたとて生半可な攻撃で砕けるようには出来ていない。まして強力なモンスターのコアともなれば尚の事だ」

「それがな、母上。うちにはモンスターのコアを見抜く"眼"と、それを砕ける"火力"が揃っているんだ」

「私がその”眼”で」

「ココロとクラウ様が”火力”ですね!」


 ダンジョンボスのリッチドール戦でも見せたけれど、どうやらオルカは格上の敵だとてコアの位置を見抜けるスキルを有しているらしい。

 以前も確かに同じようなことは出来たけれど、それはあくまで格下相手が精々だった。

 それが今では、自身より遥かに強力な相手にも通用するというのだから、対モンスター戦におけるそのアドバンテージは計り知れないだろう。

 そしてココロちゃんの膂力に、クラウの聖剣。確かにそれらが合わされば、強力なモンスターのコアを次々に破壊したというのも納得の行く話ではある。

 無論、言うほど簡単なことではないだろうけれど。

 何せモンスター側にしても、それは明確な弱点なわけだからね。ガードは当然固いし、強力なモンスターであればあるほどコア自体の耐久値も高い。

 何より、オルカがコアの位置を見抜いたとて、それをどう伝達するのかという話でもある。

 口頭での説明では、詳細な位置まで伝えるのは困難だろうし、それではピンポイントに狙うのも難しい。

 しかし彼女たちは、三位一体が如きチームワークでもってその曖昧な情報をうまく共有してみせたのだ。

 そこには様々な工夫があったのだろう。印をつけたり、視線や指差しなど様々な方法を駆使してオルカがコアの位置を正確に伝え、そこへ一点特化の強力な火力を浴びせかけた。

 斯くして数多の強敵を屠り続けてきたのだと。


「その結果が、大量の装備品か……さ、流石ミコトちゃんの仲間というところか。普通の冒険者ではあり得ないような戦い方をする」

「! そ、そうか? 私たちは『特別』だろうか?」


 クラウが、何時になく緊張した面持ちでイクシスさんへそう問うた。

 その言葉に彼女もまた何かを感じ取ったらしく、少しの逡巡を経て、返す。


「そうだな……『特別』かはまだ分からないが、『変』ではあるな」

「『変』……か。なるほど。確かに私たちはまだまだ、ミコトに比べたらそのくらいか……ふふ、だがそれでも良い。『変』にはなれたのだからな!」


 クラウは、勇者になるという夢に心が折れかけた。旅の中で、それはなろうとしてなれるものではないと知った。

 だから彼女は、せめて『特別』になりたいと、この前そう語っていたっけ。

 他でもない勇者その人に、『特別』であると認めてもらう。きっとクラウにとってそれは大きな意味を持つのだろう。

 けれどイクシスさんは娘のそんな価値観を察し、「まだまだ精進しなさい」と。言外にそう返したのである。


 だとしても、普通ではないことも事実らしい。だからこその『変』だ。

 その言葉を受けたクラウは嬉しさと悔しさの綯い交ぜになった感情を懐きつつ、不器用に笑ってみせた。


「母上。私はきっと、『特別』に成ってみせるぞ。勇者にだって見劣りしないほどの『特別』に!」

「クラウ……ああ、信じているとも」


 そう言って母娘は、力強い視線を交わし笑いあう。

 万感たる思いが、そこには確かにあった。

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