第一七三話 暇つぶし
難関ダンジョンである人喰の穴の攻略を果たしたオルカ、ココロちゃん、クラウ。
その三人を連れてダンジョンを脱出したわけだけれど、数年間避け続けてきた母、イクシスさんと顔を合わせることに躊躇いを見せたクラウ。
暫しの間を置いてようやっと腹の決まった彼女は、まず通話でもってイクシスさんと話をすることに。
そうと決まれば先にセッティングをしなくてはならない。
私はすぐさまイクシスさんへ通話機能を共有化し、事情の説明を行うこととした。
早速彼女へ通話を飛ばすと、しばらく間があって反応があった。
イクシスさんにはこれまで通話の存在は伏せてきた。というのも、うっかりクラウと通話が繋がっては事だったからだ。
なので彼女は今初めて、頭の中に聞き慣れた声が直接響いてくるという不思議体験をするわけだ。
ならばあれをやるしかないだろう。
「イクシスよ……勇者イクシスよ……私です。ミコトです。今あなたの心の中に、直接語りかけています……聞こえますか、勇者イクシスよ……」
『うぉぉぉ、何だこれは!? ミ、ミコトちゃん!? 一体何がどうなって』
案の定テンション高めに困惑した声が返ってきたので、おふざけも程々に私は彼女へざっくりとあらましを説明した。
すると。
『ということは、なんだ、その、今からクラウと話せるというのか……!? ほ、本当に!?』
「話すどころか、後で街につれて帰るんだけどね」
『は、はわわ、そそ、そうだよな、今日ボスに挑むとは聞いていたが、ミコトちゃんの移動手段があればそういうことになるんだよな! 大変だ、祝勝会の準備が出来ていないぞ!!』
「いや、それよりまずお話ししてあげてよ」
『あああそうだった、え、あ、え、どんな話をしたら』
「それは自分で考えて。それじゃ一旦切るから」
『えちょまっ』
準備よし。
私はほっとため息を一つつくと、目の前でさっきからソワソワしっぱなしのクラウへ声をかける。
「クラウ」
「ひひゃい!?」
「お、落ち着いてよ。イクシスさんもテンパってたから、そんな状態じゃお互い会話にならないよ」
「うぅ、そうか……だが、その……」
「ともかく、イクシスさんには大まかな状況を伝えたから、いつでも通話繋げて大丈夫だよ」
「ああ……ありがとう、ミコト」
そうして私は、彼女が気兼ねせず話せるよう少し離れた位置へ移動した。
オルカもココロちゃんも私の意図を察し、一緒についてくる。
それから少しすると、クラウが通話を開始したのがステータスを介して分かった。勿論内容までは分からないけれど。
そんな彼女の様子を遠目に見ながら、オルカもココロちゃんも心配そうな、それでいて微笑ましいものでも見るような、そんな優しい目をしていた。
「うーん、ちょっとお節介を焼きすぎたかな……他所様の家庭の事情に図々しかったかも知れない」
「ミコト、そんなこと気にしてたの?」
「まぁね。二人の反応があんまり可愛いから、つい調子に乗っちゃった感じは否めないよ」
「でもでも、結果としてきっと良い方向に転がるとココロは信じていますよ!」
「それは……そうだね。クラウもイクシスさんも、心底お互いを大切にしてるのは間違いないもん。クラウはイクシスさんを誰より尊敬してるし、イクシスさんは娘を溺愛してるからね」
それならまぁ、切っ掛けさえ用意すれば何とかなるようにも思う。
ただなぁ。人の心や感情ってそんなに単純なものじゃないっていうのが、コミュニケーションの難しいところなんだよなぁ。
どうか穏便に歩み寄って欲しいと、私もまた祈るような気持ちで少しの間彼女のことを眺めていた。
が。流石にボケっとクラウが通話をしている姿を眺めていては、うっかり心眼がプライベートな情報を読み取りかねないので、私は気を紛らわす意味も込めて魔道具作りの修行を行うことにした。
実は先日から、ちょっと変わったことをやっているのだ。
それは以前、白九尾というおっかないモンスターをどうにかソロ討伐した際得た、心命珠という素材アイテムを用いてのテクニックなのだけれど。
心命珠は素材アイテムにカウントされはするのだけれど、中でも特別なものであるらしく。
心眼か、はたまた完全装着の恩恵によるものかは定かじゃないが、私は心命珠からほんの一部特殊能力を引き出すことが出来ることに気づいた。
これにより、私は軽い念動力……所謂サイコキネシスを操ることが出来るようになったのだ。発動に際して心命珠に触れていなくちゃならないっていう縛りはあるのだけれど。
ともかくこれのおかげで、私は自ら手を触れること無くパーツを動かすことが出来るようになったわけだ。
私の作っているロボは手のひらサイズの小さなものだからね。そのパーツともなれば、指先どころかピンセットでつまみ上げるのにも苦労するほどの微細なものになってくるわけだ。故にこそコミコトなんてオーパーツめいた何かが誕生したわけだけど。
それが念動力のおかげで、そうした微細な部品を組み上げる作業が今やコミコトに頼らずとも可能になったほどだ。
確かに最初は少し、念動力を繊細に操る練習が必要ではあったけれど、それもすぐに慣れた。
なので今のスタイルとしては、頭の上に心命珠を乗せ、座禅を組み、両膝の上でそれぞれの手のひらを上に向けて、さながら瞑想でもしているかのようなポーズで作業を行う。
手のひらの上には細かなパーツが次々に置かれ、コマンドを瞬時に書き込んでは組み上げ作業へという流れ作業が行われる。
パーツの移動は全て念動力に依存してのものなので、細かなパーツ群がヒュンヒュン空中を舞っているようで、見ている分にも楽しいはずだ。
私はそれを、オルカやココロちゃんが見守る中実践してみせた。
組み上げるのは、現時点で最新バージョンであるロボの試作機だ。まだまだ改良が必要ではあるけれど、これまでの工程を忘れないための反復練習として、暇さえ見つけてはこの訓練を行っている。
最初はただのインゴットだったものが、瞬く間にロボへと変わっていく。
今のタイムは念動力のおかげで大幅に縮まり、一分を切れるかどうかという所まで来ていた。我がことながら相当な速度だ。
そんな、傍目には奇妙キテレツを極めたようなそれを目にした二人は。
「えっと……何が起こってるの?」
「これは、創造の御業です! やはりミコト様は神様なのです!!」
何が起こっているのか理解が追いつかないオルカと、私を創造神か何かに重ねて崇めてくるココロちゃん。
人は理解の及ばないものに出会った時、それを恐れ崇めると言うけれど、正にそういうことなのだろうか。そんな大したものではないんだけど。
そうして一分後。私の右手の上には最新試作機であるロボが立っていた。見た目だけはかっこいいのだが、まだまだ理想には程遠い。左手には操作するためのリモコンもしっかり組み上げられている。
私は未だぽかんとしている二人へ、それらを差し出した。
「未だ完成には程遠い、発展途上の試作機だけど、このリモコンで動くから試しに操作して感想を聞かせてくれないかな?」
「! い、いいの?」
「コ、ココロも動かしてみたいです!」
二人は嬉しそうにそれを受け取ると、早速キャッキャと遊び始めた。
リモコンの方は妖精師匠たちが独自開発した、軽くて丈夫な謎素材で出来ているため、持ってみるとずっしりして大変、なんてこともなく。
二人はおっかなびっくり代わる代わる、それを操作してロボを操縦する。
動力源は言わずもがなの魔力なのだが、リモコンの方は使用者のMPからごく少量を自動で吸い取り、魔力へ自動変換し活用する仕組みとなっている。
ロボ本体は、大気中に含まれる魔力を吸って貯蔵、動力源として活用する。
何れの技術も通常の魔道具ではあり得ない仕組みなのだけれど、妖精師匠たちに言わせれば基本的なものの一つだそうで。
既に見慣れてしまった私とは違い、オルカもココロちゃんも大層驚きながらロボにぎこちない動きをさせていた。
「うーん、やっぱりまだまだ操作難易度が高いかな……駆動系ももっと自由度を高めたいし……」
「な、何このアーティファクト……本当にミコトが作ったの……?」
「しかもほんの一分くらいでぱぱっとですよ! ミコト様が魔道具作りの修行を始めたのって、ココロたちがダンジョンに潜り始めるちょっと前でしたよね……?」
この世界にはアーティファクト、或いはオーパーツと呼ばれる特別な魔道具が存在する。
それらは既存の魔道具とはまるで異なる、高度で未だどういう仕組で稼働しているかさえ解析出来ていない、未知の遺物として位置づけられる品々で、日夜専門の研究者たちをロマンへ駆り立て続けている。
オルカはロボを見て、そのアーティファクトみたいだと言う。
けれど私も、実際それは間違いじゃない気がするんだよ。
多分だけどそれらアーティファクトの制作には、妖精やそれに近い何かが関わってると思うから。
結果として、私の作るロボもそれに類する特別な魔道具になっているのかも知れない。
とは言えまだまだ、そういった遺物と同列に扱えるような代物ではないんだけどね。おこがましいったらない。
一先ず、私は二人がロボを操作しているのを見ながらもう一体をちゃっちゃと組み上げる。
そしてそれを、今は順番待ちのココロちゃんへと渡した。
「はいココロちゃん、もう一機作ったから使って」
「ひぇぇ、あ、ありがとうございます!」
それから暫し、ロボ遊びに興じるオルカとココロちゃん。そんな微笑ましい様子を眺めている内に時間は過ぎ。
気づけばいつの間にか通話を終えたクラウが、羨ましげに目を輝かせていた。
「あ、クラウ通話終わったんだね」
「ああ。話す前はあんなに緊張していたのに、通話に慣れずあたふたしている母上の声を聞いたら、なんだか拍子抜けするほど自然に話せてしまったよ」
「あはは、それはよかった」
ほんとに良かった。変にこじれたりしなくて本当に。
内心で心配事が杞憂に済んだことを安堵しながら、もう一機作っておいたロボをクラウにも渡す。
ほぉぉぉおお! と嬉しそうにした彼女だったけれど、とは言えいつまでもここで時間をつぶすわけにも行かない。
クラウには申し訳ないけど、そろそろ街に戻りたく思う。
「それじゃそろそろ街にワープするよ」
「え、あの、私まだ遊んでないんだが……」
「クラウ。それは帰ってからでも出来る」
「ですです。お腹も空いてきましたしね」
「えぇぇ……」
そうして、なんとも情けない顔で肩を落とすクラウと、他方でロボを堪能した二人を連れて私は街門の外までワープで飛んだのだった。
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