第一七二話 久しぶりの空

 ダンジョンボスの討伐に成功すると初めて現れる、お宝部屋。

 その内装は至ってシンプルで、中央にはダンジョンクリア報酬のメインたる宝箱が、一段高い床に鎮座している。

 そしてそれを中心に、ダンジョン内未回収の宝箱からその中身が転送され、無造作に散らばっているわけだが。

 他にはこれと言って目ぼしいものもない。床には古めかしい石畳が敷かれ、天井は平たく味気ない石のそれ。

 相変わらずどこから照らされているとも分からない自然な光で、薄暗さを感じるようなこともなく。

 そんなシンプルな部屋で、しかし彼女たち三人は食い入るようにその豪華な宝箱の中を覗き込んでいる。


「これが、クリア報酬……!」

「なんだか凄そうです!」

「ああ、早速取り出してみよう!」


 そうして彼女たちは太腿の高さまであるその大きな宝箱から、幾つかのアイテムを嬉しそうに取り出したのだった。

 それを抱えてこちらへ振り向く三人。そこで初めて私はその品々を目の当たりにすることが出来た。

 見たところ、二本一対のいわゆるツインダガーと呼ばれる短剣。それに立派な盾と、アクセサリー類が二点。あとは、スキルオーブらしき宝珠が一つ。

 何れも見るからに強力そうなアイテムで、秘めた特殊能力にも凄まじいものが期待できるだろう。

 品数にすれば合計五点と少ない気もしないではないが、その分性能はさぞ強力なものなのではなかろうか。


 私が感嘆を漏らしながらそれらの品々に目を奪われていると、彼女らは早速一つ一つそれらの詳細を確かめていく。

 まずは分かりやすいものから。


「盾がありますよクラウ様!」

「ああ、見るからに良さそうな盾だな!」


 そう。盾と言ったらクラウ。クラウと言ったら盾と聖剣だ。

 ココロちゃんに促され、早速それを抱えて色んな角度から観察し始めるクラウ。

 美しい意匠の凝らされた見事な大盾だ。白地に金の装飾は、そう言えばリッチドールの落としたあの謎装備が盾へ変じた姿に似ているようにも思えたが、こちらこそが本家であると言わんばかりに強い迫力と品の良さを併せ持ったその威容は、如何にも頼もしい。

 が、残念ながらこのままだとそれ以上のことは分からない。私たちの誰も鑑定スキルは有していないのだ。故に見た目以上のことは何とも知れなかった。

 そこで。


「一旦PTストレージに収納してみないか? そうすれば簡易的な説明文を確認できるだろう」


 クラウの提案はもっともで、PTストレージにアイテムを収納し、ウィンドウからアイテム詳細を確認することで、簡易なものではあるが鑑定結果がテキストにて表示されるのだ。

 アイテムの名前も判明することだし、やらない理由はない。

 皆は一様に同意を示し、早速五つのアイテムはPTストレージ内に収納された。

 そうして判明したそれらのアイテム名はそれぞれ……。


「『転恵の盾』『封刻のツインダガー』『再壊のピアス』『奥魔の指輪』『スキルオーブ』……か」

「転恵の盾の詳細は……ふむ。『ダメージを防ぐほど恩恵を得ることが出来る』と」

「恩恵、ですか」

「簡易説明なだけあって、ちょっと曖昧」

「詳しいことは実際試すか、イクシスさんに鑑定してもらうのが良さそうだね」


 転恵……つまり、防いだ衝撃が転じて恵みになるってことか。

 妥当なところだと、回復効果が得られるとかかな? だとするとかなり使い勝手に長けた盾だ。

 何せガードすればするだけ回復するのなら、実質いつまでだって継続戦闘が可能ってことになる。

 盾が壊れたら元も子もないけど、このレベルのアイテムがそうそう壊れるとも思えないしね。

 それに万が一壊れかけたら、私がなんとかすることも出来る。

 私の持つ【完全装着】は、装備したものを体の一部として捉えるようなスキルだ。

 だから壊れかけの盾を装備した状態で、魔法なりスキルなり回復薬なりで傷を癒やせば、体の一部分である盾の傷もまた癒えるということ。

 つまり、実質私は装備アイテムの耐久度を回復させることが出来るというわけである。

 流石に完全に破損して、装備として死んでしまっているアイテムはその限りではないのだけれどね……。


「次、『封刻のツインダガー』は?」

「『傷つけた対象の能力を一部封じる』だって」

「能力……もしかしてスキルや魔法のことでしょうか?」

「だとすると、傷を与えた相手のスキルや魔法の一部を封じる特殊能力ということか!?」

「それは……ヤバいね」


 例えばモンスターが持っていて厄介なスキルと言えば、再生系のそれだ。

 かつては私もそれに苦しめられた経験があるし、今回のリッチドールだってそうだった。

 しかしそんな奴の再生能力を、封じることが出来たとしたらどうだ。絶対もっと楽に勝てたに違いない。

 ステータスよりスキル重視で戦う相手には、メタ装備となり得る。それくらい強力な武器だろう。


「『再壊のピアス』はどう?」

「えっと、『対象の回復に呼応し、与えた一撃が再来する』だそうです。どういう意味でしょう?」

「回復に呼応し、ということはHPが回復するような何かをしたら、ってことかも」

「それに呼応し、一撃が再来? うーむ、曖昧な表現だな」

「これも試さないと分からないかな」


 これは、帰ったら早速イクシスさんに会いに行かないといけないな。

 どの道クラウを引き合わせようとも思ってたし、ついでの用事が出来たと思えばいいか。


「『奥魔の指輪』はどんな感じ?」

「『魔法を扱う者に恩恵を与える』だそうだ」

「また恩恵。魔法を使う人が得をするってこと?」

「シンプルに考えるなら、魔法の威力が増すという感じでしょうか?」

「INT補正とどう違うのか気になるところだね」


 このアイテムもまぁ、要検証だろう。

 ただここで手に入ったことを考えれば、生半な力ということはないはずだ。鑑定結果に期待である。


「そして『スキルオーブ』か。内包しているスキルは……」

「『???』って書かれてますね」

「鑑定が必要かも」

「いかにも凄そうだね……!」


 ということで、一通り報酬の確認は終わった。

 野良宝箱産のアイテムについても、普通に強力なものが揃っているので馬鹿に出来たものではないし、売るなり装備強化に当てるなりすればかなりのプラスとなることは間違いない。

 攻略難度に相応しいだけの大きな見返りが手に入ったと考えて間違いないだろう。

 まぁ今回、それに関して私が得られる恩恵というのは間接的なものなのだけれどね。

 多くの強力なアイテムを得た彼女たち。それらを用いてオルカとココロちゃんが戦力を増強させれば、結果としてPTメンバーである私にとっても大きなプラスとなるのだ。

 もしクラウが今後も私たちと行動をともにするというのなら尚の事だ。


「さて。報酬も無事手に入ったし、アイテムチェックも済んだし、そろそろ帰る?」

「! う、うぅむ」

「クラウ、お母さんに会うの嫌?」

「ずっと避けてきた相手ですもんね……」

「い、嫌というわけではないのだが、気まずいというか何というか」


 帰還を話題に出してみたところ、やはりというかクラウがモジモジし始めた。

 彼女は一二歳で家を飛び出して以来、聖剣に宿る意思と知恵を出し合いながらイクシスさんから逃げおおせ続けた。

 しかし旅を続ける過程で、彼女の『二代目勇者になる』という夢は、魔王の不在ということもあって半ば潰えてしまっている。

 かと言って今更おめおめと家に戻る気にもなれず、行く当てを失っていた。

 私たちと出会い、チームで戦うことを覚え、新たな歩み方を得た彼女は今やイクシスさんを避ける理由も特にないと言うが。

 しかし気まずさだけは避けようがないのだろう。

 そんな彼女へ、私は一つの提案をしてみることに。


「実はさ、イクシスさんとよく一緒に行動してるせいか、ステータスウィンドウのPT欄に彼女の名前もあるんだよね。だから通話を繋げることが出来るんだけど」

「なるほど、直接顔を合わせる前に先ずは通話で慣らすのですね!」

「いい考えだと思う。クラウ、どう?」

「あ、ああ。そうだな、それなら……ぅぅぅ」

「うーん。まぁ一先ず、外に出ようか。一回空を見てさ、気分転換しよう」


 彼女たちがダンジョンに潜って約一ヶ月。

 その間三人は、ずっと空を仰ぎ見ることもなく過ごしてきたわけで。

 確かに一部の階層には擬似的な空があったけど、しかしあくまでそれは再現でしかない。

 本物の空の下へ出れば、少しは気まずい気持ちも落ち着くかなと思ったのだ。

 それ以前に、純粋に彼女たちと一緒にまた行動することが出来ると思うと、それが嬉しかったりもする。

 何せダンジョン攻略中は、三人だけでやるからミコトは手を出さないでと言われてきたのだ。実質私抜きでのPT活動が続いており、私としては実のところウズウズしっぱなしだった。

 だから早く彼女たちと一緒に外へ出たい、というのは私の望みという部分が大きい。


「そうだな、確かに空が恋しいというのはある。ミコト、頼めるか?」

「勿論! オルカとココロちゃんはどう? 忘れ物とかない?」

「大丈夫。私も久々に外の空気が吸いたい気分」

「ココロもです! 出来れば曇ってないといいですね」

「どうかな、昨日は天気良かったから大丈夫だと思うけど……まぁ行けば分かるさ。フロアスキップ!」


 そうして私は彼女たちを伴い、ダンジョン最深四〇階層ボスフロアより、一瞬にして脱出を果たしたのだった。

 足元には生い茂る草。周囲を遠巻きに囲うのは深い森の木々。厳しい日差しが照りつける空は快晴で、時刻は未だ正午になるかならないかという頃合いだ。

 目の前に広がるのは、これまで彼女たち三人が潜り続けてきた巨大な穴。直径にして一〇〇メートルはある、歪な円形の大穴だ。深さに関しては地面まで多分、二〇〇〇メートル以上あるんじゃないかな。

 覗き込めば地底世界を思わせるほど巨大な空間が広がっており、小さく見える地面は雲の上から地上を眺めたときの縮尺を彷彿とさせた。それくらい第一階層は広大なのだ。そう言えばマップ埋めだけで数日かかっていたっけ。

 私がぼんやりそんなことを思いながら穴を眺めていると、しかし三人は対照的に天を仰いでいた。


「ああ、青いな……」

「いい天気」

「お日様って、こんなに輝いていましたっけ?」


 やがて彼女らはその場に寝転がり、日光浴を始めてしまった。

 穴の下から飛来する岩をひょいと避けながら、私も彼女たちに並びオルカの隣で寝転がった。


「みんな、改めてお疲れ様。よくこんな大変なダンジョンを三人だけで攻略できたよ……本当にすごい」

「ミコト、違うよ。ミコトがサポートしてくれたからこそ出来たこと」

「そうですよ! ミコト様のお力がなければ、まずダンジョンの中に長期間滞在するだなんて不可能でしたから!」

「いざとなればいつでも戻れるという安心感も正直大きかったな。ミコトの顔を見る度、切羽詰まった気持ちにも余裕を取り戻せたように思う」

「反対に私は心配で仕方なかったけどね……でも、だからこそすごいって思ったんだ。やっぱりみんなは、私の尊敬すべき先輩冒険者なんだって改めて感じたよ」


 そうやって私たちは、ぼんやりと青い空を眺めながらこの一ヶ月を振り返った。

 話している内に、だんだん感極まったココロちゃんがべそをかき始め、「本当に何度も、死んじゃうかと思いました……」なんて語るものだから、つられてオルカもクラウも感慨に耽り口数を減らす。

 やっぱり私の知らないところで、大分危ない橋を渡っていたのだろう。

 なのに私の前ではいつも極力自然体で振る舞ってくれて。

 長らくダンジョンに籠るというだけで多大なストレスを感じていただろうに、それに加えて命の危険と隣り合わせの日々を送り続けたのだ。

 一体どれほど強靭な精神力があれば、それに耐え得るというのか。

 まったくもって尊敬できる先輩たちだ。私はそんな彼女たちの仲間であることを、誇らしく思う。


 結局それから小一時間ほど、私たちはその場でゴロゴロと時間を潰したのだった。

 クラウがようやっと覚悟を決めたのは、そろそろお腹が空いてきた頃のことである。

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