第一七一話 踏破者の特権

 リッチドールが残したドロップアイテム。それは見た限り剣のものと思しきただの柄だった。

 しかしオルカがそれを拾い上げた途端、どういう原理が働いてそうなったのかは不明なれど、柄は二本の短剣となったのである。

 オルカ当人はもとより、それを見た私たちも一様に目を丸くした。


「オ、オルカそれどうやったの?!」

「わからない、ただ拾っただけ」

「手に持った瞬間武器に変わった、ということか……?」

「オルカ様、試しにココロも持ってみていいですか?」


 オルカはコクリと一つ頷くと、二本の短剣をココロちゃんへと差し出した。

 ドキドキしながらココロちゃんがそれを受け取ると、途端にそれらは形を変え、ほんの一瞬で立派なメイスへと早変わりしたではないか。

 これまた金の装飾が美しい、白銀の武器である。

 ココロちゃんは「おおお!」と感嘆を漏らしながらブンブンそれを軽く振り回してみる。


「不思議です……重さもしっかりしてますし、すごく頑丈そうですよ! あと多分、武器の力としても相当に優れたものだと思います」

「次! 次私!」


 好奇心旺盛なクラウが、ぴょんぴょんと小さく跳ねながら挙手している。くっ、そういうとこだぞ!

 ココロちゃんが微笑ましげにメイスを差し出すと、クラウは嬉しそうにそれを受け取った。

 すると予想通り、武器はたちまち姿を変える。今度は立派な剣の形になった。

 彼女の愛用している聖剣と大きさはほぼ同じくらいだろうか。そして今回もやはり、白銀に金の細工が施された美しい逸品となっている。

 クラウもやはり目を輝かせて喜びはしたが、しかし。


「ふむ。しかし剣は間に合っているんだよな。私としては寧ろ盾に変わってくれたほうが使いみちもあったように思うが……」


 なんて些か残念そうにぼやく。

 次の瞬間だった。剣だったそれはたちまち姿を再度変じさせ、立派な盾へと様変わりしたではないか。

 皆はギョッとし、自然と考察が始まった。


「これ、持った人に合わせた武器になるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだね」

「望んだ形になるってこと?」

「少なくとも盾に変形したということは、武器だけでなく防具にも変わるということでしょうか?」

「ふむ。それなら鎧にもなるということか?」


 クラウが何やらむむむと盾へ念を送っているが、しかし今回は変化が見られない。

 どうやら鎧には変わらないようだ。


「ということは、手に持って装備できる武具限定で変身できる不思議な柄、ってことかな?」

「アクセサリー系はどう? 指輪とか」

「試してみよう。むむむー」

「あ、変化しましたよ!」


 どうやら指輪にも変わることが出来るらしい。盾から形を変えたそれは、繊細で美しい彫刻の施された指輪としてクラウの右手の中指にピッタリとはまる。

 皆はしきりに感心し、面白いアイテムを得たものだと満足したのだった。

 しかしながら、変形するのは分かったが、それだけなのだろうかという疑問はある。

 それに関しては、高度な鑑定スキルを保持しているイクシスさんに見てもらうのが手っ取り早いだろう。

 ということで話は一段落。


「さて、それじゃぁお宝部屋へ行こうか」

「待って、ミコトが持ったら何に変化するのか気になる」

「ですです! ココロも興味津々です!」

「ほらミコト、装備してみてくれ」

「まぁ、みんながそう言うなら……」


 私は装備枠を空けるべく、今身に着けている指輪を一つ外してストレージにしまった。

 そして恐る恐るクラウの差し出すそれを受け取ると。


「うわぁ!?」

「「「!?」」」


 瞬間、指輪は突如スライムのように不定形な何かへと変貌し、膨れ上がり、そして私の腕へと絡みついてきたではないか。

 私は事態についていけず、一先ずとっさの判断でそれをストレージへと収納。

 恐々としながら皆と顔を見合わせた。


「な、何だったの今の!?」

「まるでスライムみたいだった」

「ですが、アレはドロップアイテムであってモンスターではないはず……ですよね?」

「思い返すとあのボスも、見た目はゴーレムだったが実質スライムみたいなものだったしな。その特性が生きているのかも知れない」


 ざっくりとした意見を述べ合った後、試しにとそれをストレージよりクラウの手の上へ戻してみる。

 おっかなびっくり取り出したそれは、クラウの手に乗った瞬間指輪へと戻り、今しがたの奇っ怪な出来事が嘘だったかのようにおとなしくなった。

 私がほっと安堵のため息を漏らしていると、心眼がなんだかしおれた気持ちをキャッチ。

 そちらを振り返ってみると、オルカとココロちゃんが揃ってしゅんとしていた。


「ごめんミコト、私が余計なことを言ったばっかりに……」

「ココロも軽率でした。申し訳のしようもありません……」

「いやいや、気にしないで。私だってびっくりしたんだし、予想なんて出来ないって!」

「確かにそれはそうかも知れないが、謎の多いアイテムを、謎の多いミコトに近づけるのにはもっと注意が必要だったな。私からも謝罪させてくれ」

「謎が多いって……まぁ事実だけど」


 一先ず、今度こそその謎の装備アイテムは一旦PTストレージに収納し、私たちは来た道を引き返したのだった。

 せっかくダンジョン踏破に成功したっていうのに、こんなことで空気が沈んでは申し訳ないからと、私はみんなに話題を振る。


「それでさ、今回のダンジョンクリア報酬って何が手に入ると思う?」


 冒険者たるもの、この話題は鉄板だ。ましてこれからそれを入手しに行くというのだから、これで盛り上がらないはずもなく。

 思った通り早速みんなして、あれやこれやとその内容予想を始めたのだった。

 そうして穴を抜ける頃にはすっかり雰囲気も弾むような明るいものへと持ち直し、私たちは脇目も振らずお宝部屋の扉を目指したのである。

 小走りでそこへ駆け寄ると、金属製で両開きの立派な扉を皆で感慨深く眺めた。

 この扉こそがダンジョンクリアの証だ。これを目にし触れることが出来るのは、ダンジョンの最深階層まで辿り着き、ボス討伐を成し得た者の特権と言えるだろう。それを思えばこそ、胸に湧き起こる想いも一入というもの。

 一時そうして皆で足を止めた後、徐にクラウとココロちゃんが歩み出て、息を合わせ左右の扉をゆっくりと押し開いていく。


「「「「おお……!」」」」


 斯くしてゆっくりと扉は開かれ、まず私たちの注目を集めたのは部屋の中央に鎮座するその宝箱であった。

 かつて目の当たりにしたどの宝箱よりも豪華に飾られたそれは、装飾に宝石さえ埋め込まれている有様だ。

 もしかしてこの箱だけでも結構な価値があるんじゃないかと思えるような代物だった。

 そして宝箱の他にも、石畳の上にはチラホラと様々なアイテムが転がっている。

 それらはこのダンジョン各階層に於いて、回収されることのなかった宝箱の中身である。

 オルカたち三人は確かにこのダンジョン全階層のマップを埋めながら降りてきた。が、だからといって階層の隅々まで練り歩いてきたというわけではない。

 マップウィンドウのスキルは、半径五キロメートルにも及ぶ範囲をサーチし、マップとして記録することが出来る。

 そのため大雑把に歩いても、マップを埋めることはそれほど難しくないというわけだ。

 あまつさえモンスターとのエンカウントやトラップを警戒しながらの移動であれば、無理に宝箱を取りに行く必要もないだろう。

 たとえマップウィンドウを介し宝箱の存在を事前に感知できていたとしても、身の安全には代えられないのだ。

 それにどの道、ダンジョンを制覇できさえすればそれらのアイテムはここへ転送されて来るのだしね。

 ということで、床にはそれなりに多くのアイテムが転がっている。


「結構ありますね」

「PTストレージにはちょっと、入り切らない量」

「ふむ。ミコト、すまないが……」

「ほいほい」


 私はそれらをぱぱっとアイテムストレージへ収納してしまう。

 ストレージにはソート機能もあるので、新しく収納したアイテム順で検索すれば紛らわしいこともない。

 瞬く間に散らばっていたそれらが消えると、急に部屋の中がガランとしたように思える。

 私は一つ息をつくと、皆へ振り返る。


「さぁ、いよいよだね!」


 皆は急く気持ちを必死に抑え、頷きを返してみせた。

 そして三人は徐に部屋の中央、そこに鎮座する豪華な宝箱の前へと並び立つ。私はそんな彼女らから少し下がり、その背中を眺めることにした。

 ちらりと一度こちらを気にする三人へ、私は黙って頷きだけを返しておく。

 それを受けてオルカ、ココロちゃん、クラウはそれぞれ目配せを行い、ゆっくりとその豪華な宝箱を押し開けていったのである。

 彼女たちの背中から窺えるのは、緊張と期待、そして万感の思い。

 それらが宝箱を開いた瞬間、歓喜の感情へと塗り潰されていった。


 人喰の穴。私はろくに戦闘なんて行わなかったけれど、私が過去に潜ったダンジョンとは比較にもならないレベルを誇っていたことは間違いない。

 此処に比べればきっと、以前攻略を果たした鬼のダンジョンだって可愛く思えることだろう。

 そこで得た黒武具シリーズは強力な能力を秘めた装備たちであり、このダンジョンを攻略するに当たって大いに役立ったことはボス戦を見て理解できた。

 困難を経て力を得、さらなる困難へ立ち向かう。まさにハックアンドスラッシュが如きステップアップではないだろうか。


 なれば、鬼のダンジョンを凌駕するここで得られるクリア報酬とは果たして如何なるものなのか。

 私は大きな期待を抱えながら、彼女たちが宝箱よりその中身を取り出すのをじっと待つのだった。

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