第一七〇話 つかしか
ダンジョンの壁というのは、ショートカット防止のためかとても頑丈に出来ており、たとえ破壊してもあっという間に修復されてしまう。
しかしボスが討たれたダンジョンはその限りではなく、壁の強度にしても材質に依存する真っ当な耐久値へと落ちるし、破壊されたところで修復されるようなこともない。
クラウの放った蒼の閃光は、そんな壁面へ深く突き刺さった。
リッチドール撃破の余韻を一頻り堪能し終えた私たちは現在、そんなクラウが最後の一撃で穿った穴を奥へ奥へ進んでいる最中である。
「それにしても、どこまで続いてるんだこの穴」
「全力で放ったものだから、寧ろ私としては深ければ深いほど嬉しいぞ」
なにゆえ私たちがわざわざこの穴を探索しているかと言えば、リッチドールのドロップアイテムを探しているからに他ならない。
最後の悪足搔きに自爆を試みたリッチドール。それを、聖剣から放った蒼の閃光でもって仕留め、阻止したクラウだったが、勢い余って奴のドロップ品諸共穴の奥まで吹っ飛ばしてしまっていたのだ。
ダンジョンクリアの感動でわんわん泣いていた私たちだったが、その事実に思い至るなり、急に落ち着きを取り戻してしまった。
そうして現在は、魔法で明かりを灯しながら雑談を交わしつつ穴の奥を目指しているというわけだ。
「本当にすごい威力だよね、聖剣。っていうかもしかして以前より使いこなせてるんじゃない?」
「おお、分かるか! そうなんだ。このダンジョンを攻略する過程で、随分コイツの力を引き出せるようになってな」
「浅層の時は、いよいよ危ない場面になるかクラウがハイにならないと発動しなかった」
「しかも私たちまで巻き込みそうになるんですもん。ヒヤヒヤでしたよね」
「うぅ、それは本当にすまないと思っている……」
しゅんとするクラウ。私の知らない珍道中があったのだなと、ちょっと羨ましく思えた。
というかクラウのこともそうなのだけれど、リッチドール戦を見て、色々問いたいことはあるんだ。話題には事欠かない。
「ココロちゃんの金棒も、なんかすごいことになってたけど。あれってどういうものなの?」
「よくぞ訊いてくれました! ずっと謎だった金棒の特殊能力ですけど、どうやら纏うことで真価を発揮する物だったみたいなんです」
「纏うか、それであんな腕になってたんだね。でもどうして以前は発動しなかったのかな?」
「それが、鬼の力を上手く引き出せるようになるにつれて、発動が安定してきたのです。だからもしかすると、鬼の力に呼応した特殊能力だったのかも知れません」
「へぇ、そんなこともあるんだ……」
薄々思ってたことなんだけど、ダンジョンのクリア報酬ってもしかすると、ボスを打倒した踏破者に由来のある品が選定されるんじゃないかと思う。
ダンジョンに関する文献にもそういった説は載っていた。
曰く、踏破者に見合った装備品が出現する確率が高いとか。一節にはマスタリースキルなんかに反応していると唱えたものもあったっけ。
実際のところは分からないけれど、少なくともココロちゃんの金棒なんていうのは正にそれとしか思えないのだ。
だって鬼の力に呼応して発動する特殊能力だなんて、ココロちゃん以外の誰が使えるっていうのか。
そう考えると、今回は彼女たち三人に役立つ装備が手に入るのではなかろうか。早くクリア報酬を確認したいものである。
「ちなみに金棒を纏った状態になると、ミコト様の完全装着みたいな力が出るんですよ!」
「! それはつまり、ステータスに直接影響が出るってこと?」
「数値は確認できていないので、確かなことは言えませんけど、すごく力が湧いてくるんです!」
「ほえー……正にココロちゃんのための武器って感じだね」
「えへへー」
黒金棒は、纏うことでステータスを直接引き上げる。つまりココロちゃんにとって正しくパワーアップアイテムってことだ。
その力を駆使してこのダンジョンを生き抜いてきたのだろう。
チームにおける役割としても、纏った状態に移行することで戦術の幅が拡張されたはずだ。個人にとっても、チームにとっても強力な武器となったようである。
そしてなにより、私は最も気になっている彼女へ水を向けた。
そう、オルカである。
「オルカは、クラスチェンジしたよね?」
「! ステータス、見た?」
「まだだけど、戦い方を見たら分かるよ。本当にびっくりしたんだから!」
「実は私自身、何にクラスチェンジしたのか知らないの」
「あー、そっか。クラス名までは分からないんだ。確認してみてもいい?」
「お願い」
当人の許可も降りたので、私は早速ステータスウィンドウを表示させ、オルカのそれへと視線を走らせる。
随分久しぶりに確認したこともあって、随分と各種数値も成長していたけれど、それより何よりそのジョブに目を奪われた。
想像通り、確かにクラスチェンジを果たしたことで彼女のジョブ名は【レンジャー】から変化していた。
のだけれど、当初予想していた【アサシン】とも【忍者】とも異なる名前がそこにあったのだ。
「…………」
「……ミコト、どう?」
黙りこくった私に、オルカがおずおずと尋ねてくる。
勿体つける気はないのだけれど、驚きと戸惑いでパッと言葉が出てこない私。
それでもどうにか吐き出した言葉は……。
「……ア、アイエー!」
「「「!?」」」
私の奇声に、オルカばかりか同じく固唾を飲んで聞き耳を立てていたココロちゃんとクラウまでもがぎょっとする。
そしてたまらずクラウが言葉を挟んできた。
「な、何だそれは、そういうクラスなのか?」
「ああいや、ごめん。違くて」
「でしたら、オルカ様はどのようなクラスへ変わったのです?」
「えっと……【ニンジャ】」
「【忍者】?!」
「ううん、【ニンジャ】!」
「「「???」」」
そう。
ジャパニーズ忍者ではなく、ファンタジック『ニンジャ』である。
これ、絶対ヤバいクラスだ。そんな確信が私にはあった。
三人は、同音異義語に首を傾げているけれど、日本出身の私にはその違いが理解できる。
ジャパニーズな忍者は、フィクションに語られるほど荒唐無稽な術を使ったりしない。
確かにトリッキーだったことは間違いないだろうけれど、ちゃんと実現可能な術を駆使して暗躍していたはずだ。
ところが『ニンジャ』は違う。
日本国内国外問わず、ニンジャという一つのテーマを元に、様々な空想妄想が背びれ尾びれが如くポコポコヒラヒラと付き纏い、『ニンジャ』というイメージの器へと詰め込まれて行った。噂の独り歩き現象というやつだ。
結果、いつしかニンジャという名のスーパーヒーローが、一個の共通認識として形を得てしまったのだ。
オルカが得た新たなクラスは、正しくその【ニンジャ】である。
というようなことをざっくり彼女たちに語って聞かせたのだけれど。
「で、そのニンジャとやらはどんな事が出来るんだ?」
「分身したり、影に潜んだり、様々な忍具を操ったり、あといろんな属性の遁術を使ったり……とにかく色々出来る感じかなぁ」
「私がそんなクラスに……?」
「すごいです! オルカ様すごいです!!」
「実際既に分身は出来るしな」
ニンジャと聞いて私が思いつくことを適当に論ってはみたけれど、そんなスキルを実際に習得できるかは分からない。
分からないが、もしも本当に単なる表記ゆれではなく、意図して『ニンジャ』というクラス名に設定してあるのだとしたら、あながちただの妄想では済まないのかも知れない。
オルカが手にした新たな可能性にときめきと畏怖を覚えつつ、その後も暫し穴を奥へ奥へ歩き続けていると、ようやっとそれを発見するに至った。
マップにも反応は捉えてあったため、見紛えたりはしない。
しかし、実際それを目視して私たちは一様に首を傾げた。
「あった……けど、え、これがドロップアイテム……?」
「なにかの柄?」
「長さ的には、剣の柄でしょうか?」
「だとしたら刀身はどこだ?」
そう。
穴の最奥にぽつんと転がっていたそれは、特に飾り気もないなにかの柄らしきアイテムだった。
こう言っては何だが、あんなに強かったリッチドールのドロップアイテム、しかもコアを砕いたからレアドロップなのだが、それにしては随分ショボいように思えて仕方がない。
というか、柄だけしか無いということで私たちは一様に嫌な予感を覚えていた。
オルカがぼそりと、それを言葉にする。
「もしかして、クラウの攻撃で柄以外消し飛んだ?」
「「「…………」」」
皆の視線がすっとクラウへ集まると、彼女は見るからに狼狽える。そしてじわりと目尻に涙を滲ませた。
「あぅ、その、あの……すまない! そんなつもりじゃなかったんだ!」
取り乱した彼女はオロオロと謝罪と弁明を始めるが、オルカはマイペースにその柄らしきアイテムへ歩み寄り、徐にそれを拾い上げてみる。
そして、驚きの声を上げた。
「! え、なにこれ?」
オルカの声に皆がそちらへ視線を投げると、彼女の手には一対の短剣が握られていた。
金色の装飾が美しい、仕立ての良い短剣だった。いかにも強力な力を感じる。
しかしそんな物、一体どこから取り出したのか。皆が疑問を感じていると、彼女は戸惑い混じりに思いがけないことを言い始めたのである。
「柄が、これに変化した」
「「「…………ええ?」」」
どうやら、壊れていたわけじゃないらしい。
心眼はバッチリクラウの安堵を捉えていたのだった。
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