第一六八話 チームワーク

 オルカたちの抵抗虚しく、リッチドールはまんまと元の姿を取り戻した。

 いや、それどころか。もしも奴が以前見たアイリスドールと同じ特性を持っているとするなら、拙いことになる。

 私は直ぐに、皆へ通話で警告を発信した。


「気をつけてみんな。もしかしたらそいつ、修復する度ステータスが上がる特性を持ってるかも」

『どういうこと?』

「そいつこの前イクシスさんが戦った、アイリスドールっていうモンスターにそっくりなんだよ。奴は修復する度に、ステータスがものすごく上がっていくヤバい奴だったんだ」

『このモンスターの特殊個体だった、ってことですか?』

「多分そう。アイリスドールはイクシスさんが早めに消し飛ばしちゃったから、正直あんまり情報は持ってないけど、決着はなるべく急いだほうが良い」

『なるほど……分かった。ミコト、情報感謝する!』


 ともに戦うことは出来ないけれど、情報提供まで禁止されているわけではない。

 しかもその内容が内容だけに、口を出さずにはいられなかった。

 何せ生半可なダメージを与え続けては、最終的にとんでもない化け物を生み出しかねないのだ。それこそイクシスさんのお世話にならざるを得ないほどの化け物を。

 そしてそうなってしまえば、待っているのは敗北の二文字。それは誰の望むものでもない。


 案の定、修復を終えたリッチドールから放たれる威圧感は幾らか増したように感じられた。

 それに情報を受けたこともあって、三人は初っ端の勢いを損ない攻めあぐねているようだ。

 対するリッチドールは先程のお返しとばかりに大暴れを見せている。

 私はその様に思わず目を剥いていた。


「強い……!」


 ただでさえ、碌なダメージソースの確保も困難な難敵だというのに、そのスピードやパワーも抜群の脅威度を誇っている。

 空振った拳の余波が、一〇〇メートル近くも離れて観戦している私にまで、確かな風圧となって感じられるのだ。万一直撃を受けたなら、大ダメージは免れない。

 そんな徒手空拳が、目にも留まらぬ速さで三人へ繰り出され続けている。

 彼女たちはそれらを的確に見切り、確実に対処していた。

 驚くべきは三人のチームワークだ。

 ただリッチドールの動きを見切るだけなら、そう驚くことでもない。いや、驚くべきことに違いはないのだけれど。イクシスさんの戦いを見続けたため、大分感覚がバカになっているだけで。

 しかし私が驚嘆したのは、リッチドールの次の行動を予測した上で、的確な妨害を加えるその手腕である。

 誰か一人が、ということではない。全員が、さながら思考を共有しているかのように同じ意図の元行動するのだ。

 常に狙いを一人に絞らせない立ち回り。繰り出される四肢の内、脅威になり得るものを瞬時に見極める目。そして、そうした危険に限って視線を遮ったり、攻撃の出始めを叩いて軌道を逸らすなどの的確な対処が恐るべき速度で繰り返されているのである。

 斯くしてリッチドールはいちいち行動を制限され、さながら彼女たちが誘った動きをなぞるよう動かされているような、そんな操り人形のようにさえ見えた。

 ステータスだけ見たなら、それは当然リッチドールが圧倒的に高い。ほんの一撃で状況をひっくり返せるほどの猛威を振るい続けている。

 だが、それを物ともしない戦況の掌握。


「一糸乱れないどころの話じゃない……まるで一つの生き物みたいだ!」


 このダンジョンを攻略する過程で、彼女たちが得た力。常軌を逸すほどのチームワーク。

 それは間違いなく、リッチドールとの力の差を埋めるに足るものだ。


 だが、しかし。

 彼女たちにとっても苦しい状況というのは否めない。

 いや、寧ろ状況だけ見れば不利なのは圧倒的にオルカたちの方だろう。

 何せ半端にダメージを与えてはリッチドールを強化してしまう。

 かと言ってこのまま攻撃を捌き続けるだけでは、いずれスタミナが尽きてしまうに違いない。

 そうなれば敗北は免れないだろう。

 求められるのは二つの内、何れか。即ち『一撃でリッチドールを蒸発させるほどの火力』か、或いは『コアを見つけ出し、砕くこと』である。

 当然それは彼女らとて分かっている。

 分かっているが、ダメ元で策を打ち出すには失敗のリスクが大きい。

 なるべく成功率の高い作戦を今、探っているのだろう。或いはもしかして、水面下で既に何かを狙っているのだろうか?


 と、その時だった。


『見えた。動いてる』

『追い込む』

『了解』


 え、なに今の短いやり取り!?

 心眼を通して、彼女たちの言いたいことは一応理解できたけれど。

 曰く、オルカは私の知らない新スキルでリッチドールのコアを探っていたらしい。そしてそれが見えたと。

 けれどコアはどうやら、奴の体中を動き回っているらしく、捉えることが困難なのだそうだ。

 そこでクラウが、コアを追い込む作戦を提示。

 ココロちゃんが了解。オルカも無言の肯定、と。


 そりゃ私だって、思ったことくらいある。

 バトルアニメとか観ててさ、このキャラたちなんで戦闘中にぺちゃくちゃ喋ってるんだろうって。

 どう考えてもそんな暇ないよね!? って、メタなツッコミをしたものさ。

 例えば格ゲーで戦ってる最中、そんな話をしてる余裕があるかって問われたら、まずあり得ない。

 ゲーム実況者だって、一個一個のテクニックを逐一解説なんて出来ないだろう。喋ってる間にラウンドが終わっちゃうから。

 ゲームならまだいいよ。手先だけの操作だもの。

 でも実際の戦闘ともなれば、言葉のやり取りというだけで敵に聞かれるリスクが有る。知能の高い相手なら逆手に取られる可能性だって。

 そしてそれ以前に、声を発するのも一つの運動だ。

 呼吸法っていうのがかなり重要なんだよ。言葉を紡げばそれが台無しになりかねない。

 掛け声一つとっても、デタラメに発するようなものじゃない。全部意味があってのものだって、この世界に来て学んだんだ。


 だから通話越しに聞こえてきた彼女たちの淡白なやり取りは、とても理にかなって思えた。

 声の調子にしても、動きの負担にならないよう配慮して発せられたものだった。その甲斐あって、三人の動きには何ら影響が出ていない。

 そして実際、今の短いやり取りを機に彼女たちは動いた。


『ふっ!』


 スパン! と、クラウが奴の胴体を一閃。聖剣は蒼の残滓を纏っており、何らかの力を使ったことが窺えた。

 そしてすかさずアイコンタクト。オルカが送ったほんの一瞬のそれだけで、コアが上半身にあることをココロちゃんが把握。

 タイムラグをまるで感じさせない、クラウに続いての一撃は鬼の腕より繰り出される掌打。

 それは凄まじい衝撃を伴い、リッチドールの下半身を彼方の壁面まで飛ばし、叩きつけ、めり込ませた。一拍遅れて凄まじい破砕音が私の耳朶を叩く。

 しかしそれよりも先に三人は動いていた。

 二度、三度、四度と、同様の攻撃が仕掛けられたのだ。

 リッチドールは半分に絶たれては、ココロちゃんにハズレの半身を弾き飛ばされ、また半分にカットされ。

 そうして文字通り瞬く間に、リッチドールは追い詰められていった。


 ようやっと壁面まで飛ばされた半身たちが、大慌てで核の元へ戻ろうと動き始めるも、それはあまりに遅く。

 時間にしてほんの一秒そこらでリッチドール本体は、それがもともとどこのパーツだったのかも分からぬような、サッカーボールほどの歪な金属片と成り果てた。


 詰みである。

 そんな確信を三人が抱いたのを、私の心眼が捉えた。

 だが、それと同時に。


「まだ!」

『『『!!』』』


 リッチドールの希薄な意思が、しかし何かを狙っていることを私は捉えていた。

 油断は最大の敵だ。時としてそれは致命の失敗足り得る。だからつい声が出ていた。

 果たしてそれは、彼女たちの命を救う一助となれたようだ。


 三人の判断は早く、そして誰が遅れることもなかった。

 あと一手で止めをさせるというそのチャンスを、何ら躊躇いなく皆が捨て、跳び退ったのだ。

 その瞬間だった。コアを内包せしそのパーツが、凄まじい爆発を見せたのは。

 目を覆うほどの強烈な閃光。あらゆる物を融解させるほどの熱量。床の石畳を引っ剥がすほどの衝撃。

 それらがコアを中心に巻き起こり、離れた私の所にまでその凄絶さは及んだ。

 魔法でもってそれらをやり過ごした私だが、それより何より三人の安否が不明であり、私は眩しさに目を細めながら爆心地を凝視した。

 心眼は、彼女たちの存命こそ告げているけれど、果たしてどんな有様かも分からない。


 数秒。光が過ぎ去るのにそれだけの時を要した。

 そうしてようやっと確認した彼女たち三人の姿は、遥か部屋の隅にまで追いやられてはいたが、どうやらクラウが盾となってダメージは最小限に抑えることが出来たらしい。

 ココロちゃんの治療を受けるクラウの姿がそこにはあった。悔しげな彼女らの心情が伝わってくる。

 さりとて戦闘の継続に支障は無いようで。果たしてクラウが如何なる手段で皆を守ったかまでは分からないが、最悪の事態は避けられたようで何よりである。


 それにしても、この部屋の有様はどうしたことだろう。

 今の爆発で床は尽くぼろぼろになり、部屋の隅には爆風により押しやられた瓦礫が積もっている。私の周囲とて同様だ。

 爆心地にはクレーターが出来ており、その中心には凄まじい勢いで修復していく奴の姿があった。

 すかさず手の空いているオルカが飛び出しちょっかいを掛けるが、彼女の放つ弓は修復中のやつを貫きこそすれ、コアを射止めることは出来ないようだ。体内を動き器用に避けているのだろう。

 そうしてクラウの治療が済む頃には、まんまと奴の修復をも許してしまっていた。


「……姿が、変わってる」


 完全な姿に戻ったリッチドールは、しかし当初のそれではなかった。

 より人に近い、スマートな姿へと変貌を遂げていたのだ。さながら第二形態というところだろうか。

 しかし攻略方法自体は、先程のそれが有効と分かっている。

 問題はあの自爆技だ。あれ程の爆発を起こしたにもかかわらず、コアはどうやら無事だったらしい。もしかしたらそういう魔法かなにかなのだろうか。

 何れにしても驚異的な切り札である。再度あれを発動できるとするなら、全く同じ方法での攻略は困難。

 それに、あの変貌も気になる。きっとステータスもぐっと上がってしまったことだろう。


 オルカに加勢する形でクラウとココロちゃんが飛び出し、絶妙にタイミングをずらしながらリッチドールへと躍りかかる。

 が、奴の速度は先程までより数段上のものへと化けていた。

 想定外の敏捷性は三人の巧みな攻めを容易く崩し、反撃を許すこととなる。

 標的にされたのは、ココロちゃんだった。奴の刈り取るような回し蹴りが迫る。いや、実際奴の脚は瞬時に刃物へと変じ、ココロちゃんをぶった斬るつもりのようだ。

 しかし瞬時に応じたオルカの意識誘導と、クラウのカバーによりココロちゃんはどうにか守られた。

 が、尋常ならざる脚力は、盾を構えたクラウを後ろのココロちゃんごと蹴り飛ばしてしまったではないか。

 とっさにクラウは、黒盾の棘を地面に突き立て勢いを殺しにかかるが、それでも一〇メートル以上は後退させられた。

 奴はその隙にオルカへと襲いかかる。


「オルカ!」

『っ!』


 物言わぬ人形が、孤立した彼女へと迫る。

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