第一六七話 リッチなボス
ダンジョンボスとの決戦当日。
今日ばかりはと、私はオルカたちとともにダンジョンに泊まり込んで朝を迎えていた。
昨夜はみんな、緊張で上手く寝付けないようだったので魔法を使い睡眠導入を行ったほどだ。
その効果もあり、もそもそと起き出した皆のコンディションは悪くないようである。
「ミコト、おはよう」
「おはようオルカ。調子はどう?」
「おかげさまで、疲れも残ってない」
「おはようございますミコト様。ココロも元気です!」
「右に同じだ。おはよう」
人喰の穴と呼ばれるこのダンジョンの三九階層出口、このセーフティーエリアには大きな滝があり、滝から落ちた水は緩やかな流れの川を作っている。
しかしながらその流れの行く先は不明で、壁面の方へ続いているくせに、そこから先に続く下流もなければ排水設備もない。流れはあるのに水がこつ然と消えているという、摩訶不思議な作りとなっていた。
とは言えどうやら水は無害なもののようなので、オルカたちは川の水で顔を洗ったり、口を濯いだりしている。昨日は水浴びもしていたっけ。
私もそれに倣い、水辺で身支度を整えた。
そうしたら朝食の準備だ。
やはりみんな緊張しているのか、口数はいつもより少なく、会話もあまりない。
オルカが手慣れた調子で作った朝食は、一般女子が口にするものよりはしっかり量があったけれど、冒険者女子としては適量のそれだった。勿論味も申し分ない。
が、これもまた緊張によるものか、みな黙々とそれを口に運ぶのみである。
朝食が終われば、全員装備を着込んでウォーミングアップだ。
各々適当に走ったり、武器を振ったりして体を温めていく。
テキパキと行われるそれを、私は感心して眺めていた。
何というか、以前よりも強く『プロの風格』みたいなものを彼女たちから感じたからだ。
最適な準備運動というものを心得ているかのように、しっかりと体をほぐす彼女たち。ただそれだけなのに、妙な迫力があった。
ただ、相変わらず口数は少なかったけれど。
私としても、変に気を使って場を和ませるよう働きかけるべきか、それとも余計なことをするべきではないのか。迷った結果、これと言った気の利いたことも言えないままでいる。
そうして皆が十分に体をほぐし終えた頃。
「さて、そろそろ行くか」
クラウがそう皆に告げた。
オルカもココロちゃんも、コクリと頷いて同意を示す。
「い、いよいよか……!」
みんな無口なもんだから、私がぽろりと言葉をこぼしただけで妙に浮いちゃってる気がする。
けれど実際は、三人ともそんなこと気にもとめず、ボス戦へ向けて集中力を高めているようだ。
クラウを先頭に、とうとう人喰の穴最終階層、ボスフロアへと足を踏み入れていく。
階段を降りると、マップには確かにボスフロアらしき構造が表示された。
目前には長く立派な一本道。綺麗な石畳が敷かれており、荘厳な空気を感じる。
そして道の先に聳えるのは、見上げるほどの大扉。もはや門と言ったほうが良いだろうか。それくらい立派な両開きの扉が佇んでいるのだ。
その迫力に思わず一旦止めていた足を、しかし再び誰からともなく動かし始める。
コツコツという靴音に、ガシャガシャといった装備品から鳴る硬質な音が妙に際立って聞こえる。
そうして程なく。私たちは大扉の前までやって来た。
扉の向こうからは、ビリビリとした強者の気配が絶えず感じられ、正直背筋が冷たい。
今からオルカたちはこの気配の主に挑むのかと思うと、やっぱりやめよう、もう帰ろうって言葉がポロッと出てきそうになる。
だけどそれは彼女たちの頑張りを無下にするような言葉だ。決して言っちゃいけない。
私はきゅっと口を結び、皆を見た。
彼女たちは大扉の前で一旦足を止め、最後に短い話し合いを行う。
「みんな、分かっているな。この一戦が私たちにとって、一つの集大成となる」
「大丈夫。ミコトに無様は晒さない」
「ココロも、このダンジョンで得た力を遺憾なく発揮してみせます!」
三人は頷き合うと、不意に私へ視線を投げてきた。
「ミコトからも何か、一言もらえるか?」
「へぁっ、はい!」
急に言われても、何も用意してなかった!
えっと、ええと……。
「私は、みんなが勝つって信じてるよ。だって、みんなが頑張ってきたって知ってるから」
「ミコト……」
「ミコト様」
「…………」
「だけど私は、今のみんなの力を知らない」
この一月、私が誰よりみんなを支えてきたって自負がある。だから、みんながどれだけ危険と隣り合わせにいたのかも分かってるつもりだ。
そんな思いまでして、強くなってないわけがない。
でも、具体的な成長はよく知らないんだ。
「だから。私に見せてよ、みんなの成長を。私の頼れる仲間たちの姿を!」
「「「!!」」」
心眼が、彼女たちに灯った火を、熱さを伝えてくる。
先程までの、ただただ張り詰めていた空気が、良い緊張感へ転じたのを感じた。
「任せて、ミコト。すごいの見せてあげる」
「ココロのかっこいいところ、よく見ててくださいね!」
「折角だからカメラを回していてくれないか? 母上にも見せてやりたいんだ。私たちの勇姿を!」
気合は十分。クラウの要望通り私はビデオカメラを構えた。
皆は再度しっかり顔を見合わせ、頷き合うと、ココロちゃんが扉へ手を添える。
アイコンタクトで皆とタイミングを測り、呼吸を合わせ……そしてついに動き出した。
「【掌底破】!」
瞬間、ココロちゃんが体術のアーツスキルを放ち、金属製の重たい大扉を一気に吹き飛ばす。
直後扉の向こうに待っていたそれを認め、皆少なからず驚きを覚えた。
何の因果か、そこにいたのはゴーレムだったからだ。
しかしただのゴーレムではない。少なくともかつてゴーレムの谷と呼ばれた場所で相手にしていたそれより、随分と小柄な体躯をした金属の戦士。金ピカである。
体高は二メートル半くらいか。フォルムは随分スマートで、より人に近い形をしていた。
武器のたぐいは見当たらないが、現時点ではどんな隠し玉を持っているかも分からない。
そう言えば先日、イクシスさんが戦ったゴーレムにこんな奴がいたっけ。アイツは虹色のゴーレムだったけど、金属製だったし大きさや形も結構似ていると思う。もしかしてコイツの特殊個体だったのだろうか?
呼び名は確か『アイリスドール』。
それならコイツはとりあえず『ゴールデンドール』とでも呼ぶべきか。なんかダサいな。金ピカでリッチだから『リッチドール』でいいか。
そんなリッチドールへ向けて警戒の色を懐きながらも、三人は一気に仕掛けていく。
一斉に皆が駆け出したと思ったら、リッチドールの頭が突然ぽろりと落ちた。
何事かと目を凝らしてみると、オルカだった。
クラウたちと一緒に駆けているオルカとは別に、もう一人オルカがいる。彼女が突如リッチドールの背後に現れ、その首を刎ねたのだ。
驚くべき早業。っていうかなんでオルカが二人いるの!? 以前、残像を作り出す腕輪というのなら彼女へ贈った覚えがあるけれど、どうにもそんな感じではない。二人のオルカ、どちらにも確かな実体があるように感じられるのだ。
早速わけが分からないけれど、私の疑問を他所に戦闘は推移していく。
先制を取った彼女たちには、しかし一切の油断なんて無い。
首が刈られた直後、間髪入れずクラウともう一人のオルカがリッチドールへ襲いかかる。クラウがヤツの両足を断ち、オルカが苦無を変形させ奴を縛り上げた。
そしてそこへ、ココロちゃんが飛びかかる。
彼女にもまた、驚くべき変化が見られた。
「! 黒い金棒が……!」
ココロちゃんの振るう黒い金棒は、私が知る限り特殊能力が不明な武器だった。
しかしそれは今、正しくその力を遺憾なく発揮しようとしている。
背中に担がれていたそれは、いつの間にやらぐにゃりと変形し、ココロちゃんの右腕を覆うように纏わりついたのだ。
さながら異形の腕が如く、ココロちゃんの右肩から先は真っ黒で厳めしい、さながら鬼の腕を象ったようなそれへと変貌を遂げたのである。
その禍々しき腕から繰り出されるのは、容赦なきアーツスキル。
「【崩濁槌】!」
崩濁槌。体術系アーツスキルの一種で、一言でいうとヤバいパンチだ。
殴った対象をぐちゃぐちゃに崩壊させるような一撃を見舞う。スキルによりただ威力が上がるだけじゃなく、散弾めいた硬い衝撃が放射線状に広がり、対象の内側を喰い破る技だ。
防御貫通系の技にも色々あるが、アレは防御ごと相手を壊すタイプの一撃である。ましてココロちゃんの膂力とあの腕、それにどうやら鬼の力も既に使っているらしく、彼女の額からは以前よりもなお立派な角が二本ニョッキリ生えている。
想像を絶する威力であることは疑う余地もない。そしてそれは事実、奴の体躯を崩壊せしめた。
「――っ!!」
耳をつんざくほどの衝撃音が、半径百メートル以上もあるこの部屋の隅々にまで駆け巡り、反響する。
だが音より何より、驚くべきはその威力だ。
リッチドールは全身を粉々にし、吹き飛んでしまったではないか。
あまりに衝撃的な光景。ともすれば決着を確信してもおかしくない光景だ。が、彼女たちに油断はなく、飛び散ったその破片の中からモンスターコアを潰さんと動いたのだ。
コアさえ潰せば、如何なボスと言えどそれまで。寧ろ恐ろしいのは、今の一撃を受けてもコアは未だ健在であったという点だ。
破片のいずれかに未だ潜み、弾き飛ばされたそれは見つけるのが困難な有様。
しかしそれならばと、クラウがすかさず聖剣を抜いた。腰だめに構えたそれには見る見る内に青い光が収束していく。
それで欠片すべてを一気に薙ぎ払うつもりのようだ。オルカとココロちゃんは敵からの妨害に備えて構えている。
これで決まるかに思えた。
が、そうはならなかった。
「な……!?」
クラウが構えを取り、剣を輝かせた直後のこと。
三人へ向けて、飛び散ったリッチドールの黄金の欠片たちが弾丸のごとく襲いかかったのである。
彼女たちは防御なり回避なりを余儀なくされ、クラウによる聖剣の一撃は阻止された。
そしてほんの一瞬三人が怯んだ隙に、リッチドールは飛び散った欠片でもって体を再構築。
瞬く間に元の姿へと戻っていったのである。
無論、それを呆然と見ている彼女たちではない。
すぐさまそうはさせじと襲いかかるも、ダメージは与えても核は砕けず、そして損傷もすぐに修復されてしまう。
私に言わせれば、まるで○ーミネー○ーのようなやつだ。
金属製で堅く、あっという間に元通りになる。それに痛みや苦しみを感じたりもしない。まるで不死身を思わせる厄介な敵である。
果たしてオルカたちは、これを討ち果たすことが出来るのか……。
戦闘は未だ、始まったばかり。
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