第一六六話 観戦予約

「クラウ、ヴァルキリーメイルの具合はどう?」

「それがこの鎧の名か? 着心地は最高に良いぞ。不具合等も……」


 クラウは少し体を動かし、しっかりと違和感の有無を確かめた後、ふんふんと頷いた。


「特に無いみたいだ。ここまで私の体にぴったりだと、少し怖いくらいだな。ハイレ殿の腕は本当に素晴らしい!」

「今撮ってる映像はハイレさんにも見せるつもりだから、何かあればカメラに向けてどうぞ」

「そうか。ハイレ殿、素晴らしい仕上がりだ。近い内に改めて礼をしに伺うよ」


 そう言って頭を下げるクラウ。彼女は姿勢が特に綺麗なので、お辞儀一つとっても画になる。

 一頻りクラウの撮影が終わったら、次はテーブルに戻って今日買ってきた下着の披露だ。

 ストレージから取り出し、それぞれの前に振り分けていく。

 オルカには、ちょっと大人な黒の下着を。ココロちゃんには柄物の可愛いものを。そしてクラウには……。


「こ、これが私の下着……だと……!?」

「えっと、イクシスさんがどうしてもって聞かなくて……」

「ぐぅ……いや、うん。好みではあるが……」

「好みなの!?」


 クラウには、お尻の部分にキュートなキャラクターが描かれたココロちゃん以上に可愛らしい下着が与えられた。

 ハイレさんたちと購入する下着を選ぶ最中、イクシスさんが、あの子なら絶対気に入るから! と頑なに譲らなかったのだ。

 私もハイレさんも半信半疑ではあった。

 が、結果はなんと大正解。心眼は確かに彼女から喜びの感情を読み取った。

 ところが当のクラウは頬を真っ赤に染めて、プルプルと震えている。


「た、他言無用で頼む……!」

「仲間の履いてる下着を暴露して回る趣味なんて、持ち合わせてないから安心して」

「トップシークレットとして胸に秘めておく」

「じゃぁココロはお墓まで持っていきます!」

「そこまで重く取られると、それはそれで私がヤバい奴みたいじゃないか!」

「乙女心は複雑ってやつか……」


 クラウ自身、自分の好みというのにコンプレックスを抱えているようだけれど、それはギャップというものだ。是非大事にして欲しいと、私は勝手ながら胸の中で祈らざるを得なかった。

 そうして一頻りワイワイと、私のビキニアーマーの件も含めて盛り上がり、ようやっと話も途切れて宴も酣という空気が流れた頃。

 クラウがポツリと言った。


「正直なところを言うと、この階層のモンスターはこれまでに輪をかけた強敵難敵揃いだ。戦闘は自ずと毎度ギリギリなものになるし、こんな調子で本当にボスなど打ち倒せるのだろうかと些か不安にも思っていた」

「それは、そう。私も感じていたこと」

「手傷を負うことこそ減りましたけど、それはパターンを見慣れたからでもありますしね」

「みんな……」


 ポロリと溢れたみんなの弱音。

 それは心眼が漠然とキャッチしていた、根底にある彼女たちの不安そのものだった。

 私はここのところずっと、実は彼女たちの戦いっぷりというのを目の当たりに出来ていない。

 だからどれくらい苦戦を強いられているかも、正しく理解できていないというのが現状だ。

 もしかしたらそれを目にしてしまえば、今すぐこんな危険なことは止めてくれと言い出してしまうかも知れない。

 きっとそれは、結果としてみんなにとっても、私にとっても禍根を残すような結果を招くのだろう。

 だから敢えて、皆の戦いぶりは見るべきじゃないと。口にこそ出さないが、暗黙の了解のようにそう示し合わせている。


 そんな、ある種の禁句をここに来て彼女たちは口にしたのだ。

 果たして私はどう反応したものか。

 仮面の下で私が戸惑いを顔に浮かべていると、しかし彼女たちの言葉には続きがあった。


「けれどこのヴァルキリーメイルを得て、支えてくれている人の存在を改めて実感して、勇気が出てきたよ」

「クラウ……」

「私は、ミコトが白九尾っていうのを倒したって聞いて、気持ちが改まった。やっぱりミコトはすごい。私は、そんなミコトの仲間だから……こんなところで負けたりしない」

「オルカ……」

「ココロは折れませんよ。このダンジョンに潜って、楽な戦闘なんて一つもありませんでしたけど、ココロはミコト様の矛になるんです。だからどんな強敵や窮地に苛まれても、ココロは折れません!」

「ココロちゃん……」


 このダンジョンに、もう一月程潜り続けている彼女たち。

 本来そんなことをしようものならきっと、肉体的な負担は勿論だけど、精神的に参ってしまって当然だと思う。

 いくら私が物資を届けたりしているからと言って、所詮はストレス軽減にしかならない。

 命を削るような戦いをずっと繰り返しているのだ。精神負荷は相当に積り重なっているだろう。

 しかしそれで尚、彼女たちはこんな言葉を言ってのけるのだ。

 そんなみんなに、私は思い切って一つの願いを申し出た。


「……みんなに一つ、お願いがあるんだ」

「「「?」」」

「ボスに挑む時は、私も立ち会わせてくれないかな?」

「ミコト……」

「勿論、ことここに至って一緒に戦わせろだなんて言わないよ。ただ、みんなの戦いぶりを近くで見届けたいんだ……!」


 これまでは敢えて、彼女たちが戦う姿をなるべく見ないようにしていた。

 だけどボス戦は別だろう。言うなればそれは彼女たちの集大成。ダンジョン籠もりの総仕上げだ。

 私がいることで、もしかすると邪魔になってしまうかも知れない。或いは油断に繋がる可能性だってある。

 何れにしても彼女たちがいつもどおりのパフォーマンスを発揮して戦うのに、私という存在は異分子になり得るだろう。

 だからこんな願いを口に出して良いものか、正直最後まで迷った。

 でも、やっぱり見届けたいと。そう思ったんだ。

 彼女たちがこのダンジョンで、何を手にしたのか。最後の試練を乗り切ることが出来るのか。

 あと、正直に言えば本当に危ない時に助けに入れる、という狙いがまったく無いわけでもない。

 少なくとも、私の見ていない場所で最悪の状況を迎える、だなんてことだけは認めることが出来ない。特にこのダンジョン最大の脅威に挑むと分かっていればこそ、尚更だ。

 そんな私の願いに、果たして三人はと言うと。


「ミコト、それは願ってもないこと」

「ですです。ボス戦だけはミコト様にも立ち会って欲しいと、三人で話していたところなんですよ」

「私たちの修行の成果だ。むしろミコトに見てもらわずしてどうすると言うんだ?」

「え、ええ……邪魔になるかもって気を使ってたのに……」

「それは杞憂」

「ミコト様のお気遣い、痛み入ります」

「ふふ、私たちはそんなにヤワじゃないさ。想定外の状況なんて、それこそここまで幾らでも乗り越えてきたんだからな」


 私の配慮も余計なお世話だったらしい。どうやら元から私は、招待客として観戦を許された立場にあったようだ。

 ほっと安堵のため息をついていると、しかしそこへ『但し』が添えられた。


「分かっているとは思うが、手出しは無用だぞ?」

「いよいよ私たちが死にそうになって、助けを求めた時以外は何があっても加勢しちゃダメ」

「ココロたちを信じて、見守っていてください!」


 とのこと。

 勿論私はそれを了承し、無事観戦を許されたのだった。


「それで、ボス戦はいつ頃を予定してるの?」

「もう少し腕を磨いておきたい。あとはクラウ次第かな」

「クラウ様が新装備に慣れて、この階層でも余裕を持って戦えるようになったなら、いよいよという感じですね」

「そうだな、後一週間もあれば準備は調うだろう。無論前後する可能性はあるが、目安として覚えておいてくれ」

「了解。最後までしっかりサポートするから、用事があれば何でも言ってよね!」


 斯くして、ボスへの挑戦へ向けて三人は最終調整へ取り掛かることとなった。

 私も我がことのように緊張する。落ち着かない心持ちを抱え、その日はダンジョンを後にした。


 浴場で気持ちをリセットし、イクシスさんのことがふと気になったので、おもちゃ屋さんへ帰る前に宿の方へ寄ってみた。

 彼女の部屋をノックすると、盛大に落ち込んだイクシスさんが扉の向こうより顔を出し。


「うぉーん、みごとぢゃぁぁぁん! グラウに叱られだぁぁぁ……」

「あー、やっぱりこうなったか」


 案の定だったので、プロジェクターのメモリーカードをさっき撮影した追加メッセージ入りのものへと差し替え、再生して見るよう言って宿を出た。きっと明日には元気になっていることだろう。

 すっかり夜の空気漂う星空のもとを、私はてくてくと歩き帰った。

 おもちゃ屋さんはいかんせん、あまり人目につかない空き地を選んで出現するため、細い路地を通る必要がある。

 そうすると、良からぬ連中が屯していることもあるため、結局人目のない場所でこっそりワープをすることになるのだけれど。


 そうしておもちゃ屋に戻り、モチャコたちと今日の出来事を話したり、ロボいじりをしていればあっという間に夜も更けていく。

 私はベッドの中で、オルカたちのボス戦に思いを馳せたり、はたまた今日手に入れたビキニアーマーを用いた装備について考えたりしている内に、いつの間にか眠りへ落ちたのである。



 ★



 ボス戦までの日数は、あれよあれよと瞬く間に過ぎ去っていった。

 私はこれまでより増えたクラウたちの注文に逐次応えながら、その傍らイクシスさんの手伝いもこなした。

 白九尾から得た心命珠をオレ姉に見せたりもしたけれど、それを武器に合成するのは最後の仕上げ作業となるらしく、それまでは私が持っていることに。

 イクシスさんはクラウのメッセージを見た翌日から、とてもテンションが高い。私という観戦客がいるのも忘れて、モンスターを瞬殺するのはやめて欲しいものだ。

 ハイレさんやソフィアさんのもとにも、暇を見つけて顔を出したりもした。ロボ作りも着実に進んでいる。

 そんな感じで色々やっていたら、一週間なんてあっという間である。


 そうして今日、いよいよオルカたち三人がダンジョンボスへと挑む。

 果たしてどんな強敵が待ち受けているのか。クラウたちの成長ぶりや如何に。

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