第一六五話 母からの贈り物

 ハイレさんのお店を出たのが、時刻にして四時半。

 太陽の傾きを見て、急に慌て始めたのはイクシスさんだ。

 人目を誤魔化すために仮面を被った彼女は、人目も憚らず私の肩を掴んで嘆く。


「どうしようミコトちゃん、今から歩いて帰ったのではご飯の用意が間に合わない!」

「ああはいはい、ワープしましょうね」


 テンパるイクシスさんを引っ張って、人気のない場所まで移動する。そうして誰にも見られていないことをしっかり確認した上で、私たちは宿の自室へと転移したのである。

 イクシスさんは早速仮面を私に返すと、一言お礼を言ってパタパタと部屋を出ていった。

 そんな彼女の背を見送った後で、気づく。


「あ、ビデオまだ渡せてないや……どうしよう」


 イクシスさんには結局ビキニアーマーを買って貰っちゃったし、それを抜きにしても、あんなに娘思いの人に例のビデオメッセージを見せるというのは気が引けてしまう。

 うーん。まぁ、見るかどうかは当人に委ねればいいか。一応渡すだけは渡しておこう。内容も予め告げておけば、そこまでショックは受けないんじゃないかな。多分。


 微妙に時間が浮いたため、私はそのまま自室で魔道具作りの自主練を行った。

 製作中のロボはおもちゃ屋さんに置いているため、今回行う自主練は現段階のロボと同じものを、如何に素早く生み出せるかというリアルタイムアタック、所謂RTAを行うことにする。

 これまで何度もチャレンジしているのだけれど、回数を追うごとにタイムはどんどん縮まっており、今のところ最短記録は三分二八秒となっている。

 決まった工程をなぞるだけなので、集中してやればまぁそれくらいで出来るようになった。

 最初の頃はそれこそ、丸一日とか普通に掛かったものだから、地味に私も成長しているというわけだ。

 私の強みは一度に幾つもの魔法やスキルを同時起動、操作できる点にある。それを駆使すればこそ、これだけの時間短縮が可能になるわけだが、流石にRTAとなればかなり頭を酷使するため、訓練にはもってこいなのだ。


「よし、やるか!」


 というわけで、イクシスさんが今日の一品を作り終えるまでの間、私は延々とタイムアタックを繰り返したのだった。

 おかげで最速タイムを更新。三分一二秒をマークすることが出来た。

 そろそろこう、頭の回転を早くするスキルとか生えてきてくれてもいいと思うんだけどな……いや、寧ろ頭に身体強化スキルをかければ良いのかな? 危険だろうか? むー。一回くらいは試してみよう。それでダメそうなら止めておいた方が良いだろう。


「ミコトちゃん、待たせたな!」

「お、来たね」


 そうこうしている内に、パタパタとイクシスさんが鍋を抱えてやって来た。両手が塞がっているものだから、扉の前で呼びかけてくる。

 私は彼女を部屋へ迎え入れると、鍋を受け取りストレージへ。

 今日はあまり時間がなかったから、大したものが作れなかったとしょんぼりするイクシスさん。


「大丈夫だよ。鎧と下着の件はちゃんとみんなに伝えておくから」

「恩に着せたいわけじゃないんだ。そこはかとなくでいいからな?」

「わかってるわかってる。ああそれと、イクシスさんに渡しておかなくちゃならないものがあるんだ」

「?」


 私はストレージから、ハイレさんのところで披露したプロジェクターを取り出す。

 メモリーカードを別のものと入れ替え、不備がないことを確認してイクシスさんへ渡した。


「これは?」

「ええと……」


 プロジェクターを渡しはしたけれど、まず注意事項をしっかりと説明しておく。

 うっかり油断した状態でそれを見てしまうと、きっと大変なことになるから。


「そこにはクラウからのビデオメッセージが入っているんだけど、それを見る前に知っておいてもらいたいことがあるんだ。まず第一に、それが撮影されたのは今日のお昼で、クラウは私が白九尾と戦ったと知ってカンカンに怒ってた」

「!! う……ま、まぁ……そうなるか……」

「なのでその映像には、しこたまクレームメッセージが入ってる」

「ぅぅ……」

「言うまでもないことだけど、それを撮影した時点の彼女たちは、イクシスさんが下着や鎧を買ってくれたことなんて知らないんだ。それを伝えたならきっと、みんなの溜飲だって大分下がると思うんだけど」

「いや……私は彼女たちの大事な仲間であるミコトちゃんを、相談もなく危険に晒したのだ。叱責は受けて然るべきだろう」

「イクシスさん……」

「……それにクラウの怒った顔というのもちょっと見てみたい」

「ああ、そう……」


 一応心配して注意したのに、なんかちょっとニヤけてるし。まぁイクシスさんなら大丈夫だろう。

 私は簡単にプロジェクターの操作方法をレクチャーした後、明日の予定についても少し話してから、ワープでもってその場を去ったのだった。



 ★



 すっかり空の夕も深く、オレンジと紫のグラデーションが彩る中、私はオルカたちへ通話でそろそろ到着する旨を報告。

 すぐさまフロアスキップで三九階層へ降りると、既に三人はPTストレージから休憩セットを取り出しくつろいでいるところだった。

 PTストレージの容量も増えてきているため、休憩セットくらいなら入れておく余裕がある。が、やはり私のメインストレージのほうがずっと多くの物を収納できるため、くつろぎセットや調理セットは私が預かっているのだ。

 労いの言葉もほどほどにそれらをいつものようにちゃっちゃと準備すると、ココロちゃんとクラウはくつろぎセットの方へ移動。オルカは調理の支度へ入った。

 たわいない話をしながら手際よく調理を進めると、あれよあれよとテーブルには皿が並んでいった。

 そうして今日も無事、いつもどおり四人で食卓を囲んだのである。

 これまたいつもどおり、活動報告を交わす私たち。

 彼女たちはどうにか、この階層でも多少の余裕を持って立ち回れるようになってきたらしい。

 私からしてみたら、彼女たちが一体どれほどの成長を遂げているのか楽しみであると同時に、少し怖くもある。


「それでミコトの方はどうだったんだ? ちゃんと鎧は受け取れたか?」

「うん、それは問題ないよ。食後に渡すね」

「おお! それは楽しみだな。早く食べてしまわねば!」

「クラウ、ちゃんと噛んで食べないとダメ」

「う。わ、わかった」

「胃袋を掴んでるオルカは、このチームのママだね」


 子供盛りの時期に親元を離れたクラウは、ある意味子供がそのまま大きくなったようなところがある。

 彼女が時折見せる子供っぽさは、単なる母親譲りというわけではなかったらしい。

 しかしそんな彼女の手綱を、オルカはすっかり握っているらしく。特に食事のマナーなんかについては、たまにこうしてお小言が飛んだりするようだ。


「私がママなら、パパはミコトが良い……」

「はっ! 百合の波動を感じる……!」

「でもミコト様は、ソフィアさんのお嫁さんだとか」

「聞いたことがあるな。正妻戦争というやつだろう?」

「戦争反対! 私は嫁でもなければパパでもないから!」


 やばいやばい、正直両手に花で嬉しい気持ちもあるのだけど、変な種火がくすぶる前に鎮火しておかないとね。

 しかし料理上手で、面倒見の良いオルカか……良いな。

 まぁそれはさておきだ。私は一つ空咳をついて、皆の注意を集めた。


「ところで一つお知らせがあるんだけど、今日ハイレさんのところで入手してきたクラウの鎧と、それにみんなの下着。ついでに私のビキニアーマーは、イクシスさんが支払ってくれました!」

「なっ!? ど、どういうことだミコト!?」


 ぎょっとしてフォークを取り落しそうになるクラウを落ち着かせ、私は午後の出来事を皆に語って聞かせた。

 イクシスさんとばったり出会い、ハイレさんのお店へ一緒に行くことになったこと。で、なんやかんやあってお代を出してもらったこと。


「イクシスさん、クラウには誕生日プレゼントもろくに贈れなかったから、こういう形でも何か贈れることが嬉しいって言ってたよ」

「母上が……」

「下着は、クラウがお世話になってるお礼と、頑張る後輩冒険者への支援だって」

「寧ろクラウには、私たちこそお世話になってる」

「そうですね。クラウ様が一緒に戦ってくださればこそ、こんな危険なダンジョンでも突き進んでこれたのですし」

「それは私とてそうだ。オルカにココロがいればこそ、今の私がある。それにミコトの存在も大きい。間違いなく私は、皆に大きな恩を感じているよ」


 イクシスさんのプレゼントを機に、ワイワイとした空気感はなんともくすぐったいような、暖かなものへ変じたのであった。

 それを受けてクラウが少し肩を落とす。


「むぅ……すると昼間のビデオメッセージは、少し言い過ぎたかも知れない。頭に血が上っていたとは言え、家出娘が偉そうなことを宣ってしまった」

「ちなみにイクシスさんからの支援は、ビデオメッセージを見せる前に行われたものだよ。一応ここに来る直前に映像は渡してきたんだけど、アレを見て凹んでるかもね」

「うぐ……」

「クラウ、フォローメッセージを撮るべき」


 オルカの一声で、急遽イクシスさんへの追加メッセージを撮影することになった。

 その内容は、言いすぎてごめん、支援ありがとう、ご飯美味しいですといったもの。

 時間にして数分程度の内容ではあるが、きっとこれを見せれば親ばかイクシスさんなら、多少凹んでてもすぐ元気になるだろう。


「ついでだから、クラウが鎧を着た姿も撮っておこうか」

「おおそうだ、早く現物を見せてくれ!」


 ということで食事も終わり、食器を片付けた後お待ちかねの鎧&下着披露会が始まる。

 皆の注目が集まる中、私はストレージから梱包されたクラウの鎧を取り出し、テーブルの上に置いた。

 木箱にしまわれたそれを、クラウはプレゼントボックスを前にした子供のようにワクワクした目で見ている。


「なぁなぁ、開けていいか? 開けていいか!?」

「勿論」


 私はそんな微笑ましいクラウの姿を、バッチリ映像に収めておく。

 プレゼントの送り主が、この瞬間を見られないなんてあんまりだからね。大はしゃぎしながら箱から鎧を丁寧に取り出すクラウの姿は、私が責任を持ってしっかりイクシスさんへ届けるのだ。

 オルカとココロちゃんからも、箱から出てきたその美しい鎧には感嘆の声が漏れる。

 洗練されたデザインの、白銀鎧。それらは現在バラバラの状態で箱から取り出されはしたものの、パーツパーツが既に目を引くほどの完成度なのだ。

 クラウはもう辛抱たまらんとばかりに、早速それらを身に着け始めた。

 すかさずオルカとココロちゃんがそのサポートに入る。こんなところでもチームワークが発揮されている。阿吽の呼吸が如し、である。

 そうして程なくして、私たちの前に一人のヴァルキリーが顕現したのである。


「うわぁ……これは見事だね」

「綺麗……」

「神々しさすら感じます……」

「はぁ……はぁ……た、たまらん! 何だこの着心地は! 動きやすいどころの騒ぎではないぞ、力が漲るようだ!!」


 クラウは大いに喜び、はしゃぎ回り、何ならこのまま一狩り行きそうなテンションだ。

 しかし流石にオルカから叱られ、暴挙は水際で阻止された。

 私はその一部始終をカメラに収め、この映像を見たイクシスさんの様子を想像して、ついほくそ笑むのだった。

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