第一六四話 ビキニアーマー!

 防具職人のハイレさんは、下着が大好きだ。

 強い下着を作るのにもこだわりがあるが、デザイン性やつけ心地にだって余念はない。

 だから他人が身に着けている下着というのにはいつだって興味津々なのだ。

 今回もしつこい追及を受けそうになったが、うまいことイクシスさんに興味が向いたため、私はこっそりとその場を離脱しようとしていたのだけれど。


「なるほど、ミコトちゃんにはうってつけの装備じゃないか!」


 というイクシスさんの一言で、脱出計画はおじゃんとなったのである。

 当然再びハイレさんの視線はこちらへ向き、私自身もイクシスさんの言が気になったのだから仕方がない。

 イクシスさんが興味を持ったのはビキニアーマーだった。それに関する説明をハイレさんから受けて、飛び出したのが今のセリフである。

 しかし何をもってしてそう思ったのか。私は首を傾げ、そしてハイレさんは疑問を口に出した。


「ビキニアーマーがミコトちゃんにうってつけの装備……?」


 イクシスさんがそのように評した意味は分からねど、勇者様が言うのなら間違いないと熱烈な視線で私を突き刺してくるハイレさん。

 私はその異様な迫力に後ずさりしながら、やはりすぐに逃げ出すべきかと逡巡した。

 他方でイクシスさんはしまったという表情で口元をおさえている。どうやら口が滑ったようだ。

 その様から恐らく、私の持つスキルがビキニアーマーと相性が良いというようなことなのだろう。

 しかし正直、私の持つスキルの情報は必要以上に人に明かしたくないのだ。

 が、とは言えハイレさんは信用に足る人物だと思う。なんと言ってもオレ姉と親しいらしいし。

 とは言えホイホイ喋って回っていたら、いつかどこかからボロが出かねないというのもまた事実。さて、どうしたものか。


 私が暫し黙りこくっていると、どうやら訊いては拙いことと察してくれたらしいハイレさん。

 が。


「是非知りたいわ! どういうことなのか教えてくれないかしら、ミコトちゃん!」

「わー踏み込んできたー」


 良くも悪くも自分に素直なのがこの人なのだ。短い付き合いだけれど、心眼のせいもあってそういう事がよく分かる。

 私はちらりと視線でイクシスさんに助けを求めた。

 すると仮面越しにもかかわらずそれをキャッチした彼女は、さっと私を庇うように踏み出すと、言った。


「すまないハイレ殿、今のは私の失言だ。聞かなかったことにしてはもらえないか?」

「……いいえイクシス様。如何な貴女の言うことでも、ことビキニアーマーに関する話とあらば、決して聞き逃がせませんわ!」

「うぐぅ……どうしよう、ミコトちゃん」

「はぁ……まぁ、ハイレさんなら別にいいか」


 私は観念し、ハイレさんへ【完全装着】のスキル効果について説明した。

 それを聞いた彼女は目を丸くし、前のめりになって食いついたのである。

 私はひっきりなしに寄せられる質問に、逐一答え続けたのだった。

 ハイレさんの後ろでは何故かイクシスさんまでもが、ほうほうなるほどと関心を示している。

 イクシスさんはこの一ヶ月の内に、ひょんなことから完全装着の効果を自力で看破してきたため、概要だけざっくり説明したっきりだったから、存外初めて知るようなこともあったのかも知れない。

 そうしてあらかた説明を終えると、すっかりハイレさんの目はキラッキラに輝いているではないか。

 対照的に私は引き気味だ。


「ミコトちゃんが、そんな素晴らしいスキルを持っていただなんて……!!」

「えっと、他の人には秘密にしてくださいね? 私目立つのも面倒事も嫌なので」

「それに関しては、口を滑らした私にも責任があるからな。もし口外するなら、勇者イクシスを敵に回すと思ってくれ」

「そ、それは恐いわね……大丈夫ですわ、イクシス様。私がミコトちゃんの不利益になるようなことをするはずなんてありませんもの。何故なら私の目標は、彼女に相応しい下着を産み出すことなのですから!」


 そう高らかに宣言するハイレさん。

 しかし、今度首を傾げたのはイクシスさんの方だった。


「? それはどういう……」

「どうもこうもありません! ミコトちゃんのような生ける美の権化に相応しい、最高の下着を作り出し、そして身に着けてもらうこと。初めてミコトちゃんの素顔を目の当たりにしたあの日から、それが私の生きる目的であり、野望となったのです!」

「ミ、ミコトちゃんの素顔……!? え、私はてっきり彼女の仮面の下には、何か他人に見せたくない傷跡か何かが隠されているものと思っていたのだが……違うのか?」

「とんでもない!! ミコトちゃんの素顔を一度見てしまったなら、たとえ傾国の美女もくすんで見えてしまいます!」

「そんなにか!」


 再び、視線がじっとこちらに向けられた。今度はイクシスさんの視線だ。ハイレさんも仮面を取ってみせろと視線で語ってくる。

 そう言えばイクシスさんには、今の今まで仮面を外してみせたことは無かったか。あったとしても、基本的に素顔にはモザイク掛けてるしね……。

 それならまあ良いかと思い、私は素直に仮面を徐に外し、モザイク顔を晒してみせた。


「モ、モザイク……何だ、ハイレ殿のそれとお揃いではないか」

「もう、ミコトちゃん!」

「あー、はいはい。解除しますよ」


 ぷぅっと可愛らしく頬を膨らませて文句を言ってくる彼女に急かされ、私はパッと自らにかけていたモザイク処理を解除した。

 途端に、イクシスさんとハイレさんがカチッと動きを停止する。

 私の素顔を見た人は、大体そうやって時間が停まったみたいに固まるのだ。

 心眼を得る以前までなら、『そんなに私酷い顔してるの!?』なんて勘違いの一つもしたものだけれど、心眼を得て以降は逆に恥ずかしくて仕方がない。

 人の顔を見て、彼女たちが如何に強烈な衝撃を受けているかが分かるのだ。それに、どんな感情を懐いているかも。

 分かるからこそ、恥ずかしい。そんな大したもんじゃないですよと叫び出したくなる。

 私は耐えきれず、そっと仮面をつけ直した。


「はいおしまい! もういいでしょう!」

「……と、とんでもないものを見てしまった……」

「それ、もうちょっと言葉を選んでほしいんだけど……」

「相変わらず凄いわ、凄い顔をしているわ、ミコトちゃん!」

「褒めてるんですよね?!」


 勿論、心眼でそれらが賛辞であることは分かっているのだけれど、言葉として耳に入れると違った意味に聞こえてくるから不思議である。

 私が些か複雑な心持ちを持て余していると、少し真面目な調子でハイレさんが考察を始めた。


「つまりミコトちゃんは、下着の防御力も最大限に活かせるスキルを持っている、ということになるのよね?」

「まぁ、はい。そうですね」

「それじゃぁイクシス様の言う、ビキニアーマーがミコトちゃんにうってつけというのは?」

「ああ、装備は最大で一六個までしか身に着けられないだろう? すると当然、防具が占領する装備枠というのはどうしたってそれなりに嵩んでしまう」

「確かに。特にパーツの多い防具ですと、その分沢山の枠を占めてしまいますね」


 防具とは本来、直接的にステータスを引き上げるようなものではない。防具へ攻撃となり得る衝撃が加わった際、初めてステータスに補正が加わったり、ダメージへの減算が生じたりするのだ。

 もし攻撃が防具以外の部分にヒットしてしまうと、防具を着けているにも拘わらず裸で攻撃を受けたのと同等のダメージが通ったりするという。それがこの世界の仕様となっている。

 防具は装備しないと意味がないぜ、どころの話ではないのだ。

 ところが私の場合、装備するだけでステータスに補正がかかり、たとえ素肌に攻撃を浴びたとしてもちゃんとダメージ減衰が起こるという不思議なスキル、【完全装着】がある。


「完全装着を持つミコトちゃんの場合は、防御面積に拘る必要がない。極端な話、小さな防具でも十分な防御力が見込めるのだから、装備枠を占領する必要が無いんだ」

「! つまり、ビキニアーマーが十分な性能を誇れば……!」

「ミコトちゃんはその分多くの、別の装備を身に着けることが出来る。もしもそんなミコトちゃんが、強力な武器を枠いっぱいに装備したとしたら、もしかすると……この私さえ凌駕するほどの火力を発揮するかも知れないな!」

「す、素晴らしいわ!!」


 なんだか、ぷくっと鼻の穴を広げて盛り上がっているイクシスさんとハイレさん。大興奮である。

 しかし、確かに言われてみればそのとおりかも知れない。

 これまで私は、基本的に命大事にで装備枠をある程度防具に割り振ってきた。

 それに以前はあんまり強力な装備というのも手元に無かったため、防具を複数身につけて、ようやっと一安心ってレベルだった。

 しかし最近はそれなりの防具もちょこちょこ手に入るようになり、防御力はどんどん上がっている状態。

 流石に白九尾クラスの相手には、工夫なくして太刀打ちは出来ないだろうけれど、それでもそんじょそこらのモンスター相手なら、ノーガードで突っ込んでも無傷で一方的に殴れるような堅さを叩き出すことくらいは出来るだろう。


 そんな過剰になりつつある防御を、ビキニアーマーに任せてしまうことで大幅な枠の節約が出来るというのだ。

 防御面ではまぁ、普通に防具を着込んだ時より劣ってしまいはするだろうけれど、しかしビキニ『アーマー』だ。私が想定しているより、ずっと高い防御力を得ることが出来るかも知れない。

 もしそうであるなら、ある程度の防御力を維持したまま、様々な戦略装備セットを実現することが出来るんじゃないか……特化装備というのも非常に強力なものになるだろう。

 それこそ、イクシスさんの言う火力特化装備なんて、ロマンに溢れている。

 ビキニアーマーへの抵抗感から、正直考えもしなかったけれど、これは存外凄いことかも知れないぞ……!


「でもちょっと待って。それって私、凄い格好で戦闘に臨むことになるよね!?」

「「…………」」


 そう。それが問題だ。

 私が声を大にしてツッコミを入れると、イクシスさんとハイレさんは一瞬顔を見合わせ、そしてそれぞれの意見を述べた。


「ミコトちゃん、極限の戦闘においてそんなことが言っていられると思うのか?」

「凄い格好というのは、すごく魅力的な格好、という意味よね?」

「…………」


 私が黙る番だった。

 駄目だこの人達、話が通じない。

 まぁ私も実際、それほど羞恥心を強く感じるタイプの女子ではないので、別にいいと言えばいいのだけれど。

 しかしそんな装備をオルカたちが見たら、一体なんて言うか……。


「何にせよ、ミコトちゃんと相性が良いのは間違いない。よしハイレ殿、ミコトちゃんにビキニアーマーを一着用意してくれないか! 私からのプレゼントだ!」

「ちょっとイクシスさん!?」

「素晴らしい提案ですわ! ですが、ミコトちゃんに相応しいビキニアーマーは今、鋭意開発中なのです……ですから今日は、既存の品の中で一番彼女に似合うものを用意しますわね!」

「む? それは完全装着の存在を知る前から着手していたということか?」

「勿論です! ミコトちゃんに相応しい下着を作り上げることも私の夢ですけれど、彼女に相応しいビキニアーマーを手掛けることもまた、私の大願ですから!」

「素晴らしい! 素晴らしいぞハイレ殿!」

「ひぇ……」


 この前はクラウと意気投合していたハイレさんが、今回はそのお母さんとあんなに楽しげに語り合っている。やっぱり相性が良いらしい。

 結局二人の語りはその後もしばらく続き、お店を出たのは夕方になってからだった。

 私のストレージにはしっかりビキニアーマーが収納されており、おまけに私が安物の下着を身に着けるのを許さないハイレさんの配慮で、新しい下着をダースで貰った。

 有り難いことなのだけれど、どっと疲れるのは何なんだろうね……。

 そうして微かに赤みの差し始めた空のもと、私とイクシスさんは冒険者街へ帰ったのである。

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