第一六三話 下着選び
「ねぇねぇミコトちゃん、今日はどんなパンツを履いてるの? 是非見せてほしいわ!」
「見せませんから!」
クラウに頼まれて、防具職人のハイレさんへ発注していた品を受け取りに来た私と、それについてきたイクシスさん。
完成した防具の出来に感心していたらこれである。
上がった株を自ら下げていくスタイル。しかも当人はいたって真面目だというのだから処置無しだ。
流石のイクシスさんも、困惑の色を隠せない様子。
「えっと……」
「ほらハイレさん、イクシスさんが困ってますよ!」
「あら、ごめんなさい。私ったらつい」
「つい下着を見せろとせがむのか……」
「ハイレさんはそういう人なんですよ。というのも――」
私はいまいち状況について行けないでいるイクシスさんへ、ハイレさんのこだわりについて説明した。
彼女は『下着も装備品』である、という点に着目し、より優れた下着を作ることに情熱を燃やしているのだ。
それを聞くなり、イクシスさんはなるほどと、これまた食いつきを見せた。
「下着も防具か、それは盲点だった!」
「あら、イクシス様も興味がお有りですか?!」
「ああ。是非詳しい話を聞いてみたいものだ」
「ごめんなさい、その前にもう一つ用事があるのだけれど」
放っておくと二人で下着談義に花を咲かせそうな雰囲気を感じ、離脱のチャンスかとも思ったけれど一応口を挟ませてもらうことにした。
クラウの防具は良いとして、今日はもう一つハイレさんにお願いがあるのだった。
「あら、なになにミコトちゃん、そんなに私の下着がつけたくなっちゃったの?」
「違います。実は、仲間の下着を見繕ってほしいなと思いまして」
私は、オルカとココロちゃんという仲間が現在、クラウとともに危険なダンジョンに潜っていること。
いよいよボス戦を控えていること。
そしてそれに際し、なるべく彼女たちの防御力を上げるべく、ハイレさんの手掛ける下着も当てにしていることを伝えた。
すると彼女は、いつになくキリッとした表情を作って強い頷きを返してくれる。
「なるほど、確かにそれは大事ね。いいわ、とびきりの下着を用意しましょう。その娘たちの下着のサイズは分かるのかしら?」
「はい、控えてありますよ。それに資料も用意してきました」
「資料?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね」
私は懐から取り出すふりをして、ストレージからとあるアイテムを出し、ハイレさんに見せた。イクシスさんも興味深げに見ている。
私の手に乗っているのは、ずんぐりとした懐中電灯めいた機材である。
私がカチリとボタンを押すと、パカリとソケットの蓋が開く。そこへこれまた懐より取り出した、小さな金属の板を差し込み、閉じる。
そして工房の壁を借り、セッティングを行った。とは言っても、適当にその機材を設置するだけの簡単作業なのだけれど。
「ミコトちゃん、これはもしかして……」
「うん。イクシスさんの想像通りのアイテムだよ」
「? 私にも説明して欲しいのだけれど」
「百聞は一見にしかず、ですよ。ほら、壁の方を見ていてくださいね」
私は困惑しているハイレさんを促し、スクリーンとなる工房の壁へ注目させた。
そしてその新しい機材、妖精師匠たち謹製のプロジェクターを起動したのである。
ちなみに差し込んだ金属板は、メモリーカードだ。生前そういう物があったと説明したら、あっという間に再現してしまった。流石としか言いようがない。
このプロジェクターは、部屋が明るかろうが問題なく映像を投影するというスグレモノで、起動するなり早速事前に撮影してきた映像資料が工房の壁へ映し出された。
「! え、な、なんなのこれ!?」
「映像記録ですよ。ここに映ってるのが私の仲間であるオルカとココロちゃん、それとクラウですね」
「こんな鮮明な映像見たことないわ!」
「鮮明な方が資料として役立つと思って。それより彼女たちの下着を見繕ってほしいんですよ。ハイレさんなら、この映像からピッタリの下着を用意してくれると思って撮影してきたんですけど、お願いできますか?」
「も、勿論よ! 任せて頂戴!」
最初こそ目をまん丸にしていたハイレさんだったが、直ぐに壁に投影された映像資料をじっくり観察し、彼女たちにぴったりな下着のイメージを練り始めた。
そうして映像が終わっても暫し逡巡していた彼女は、徐に私とイクシスさんを誘って移動を開始した。
向かった先は工房奥の扉。それを一つ潜ると、なんとも驚くべき光景が広がっているではないか。
「な、なんですかこの部屋!?」
「すごい数の下着だな……山が出来ているぞ」
「ここは下着作り用のアトリエよ。防具を作る工房とは分けているの」
「なるほど……」
「む? あれは……」
イクシスさんの視線が、部屋の一角へ向いた。何やら気になるものを見つけたようだ。
しかしハイレさんはそれに気づかず、築かれた下着の山へと突撃していったではないか。
その山の偉容ときたら、彼女が頭から爪先まで余裕で埋もれても余りあるほどのサイズ感である。
そんな山の中からゴソゴソひょいひょいと、手際よく何枚ものブラやパンツを拾い上げていく。
それは直ぐに持ちきれないほどの量まで膨れ上がり、彼女は大量のそれを抱え、フラフラと部屋の入口で推移を見守っていた私たちのもとへ戻ってきたのである。
「サイズ、デザイン、防御力。それらの条件を踏まえて、良さそうなものを軽く選んでみたわ。確認してもらえるかしら?」
「あの山から、そんなにテキパキと……とりあえず半分持ちます」
「ありがとう。こっちのテーブルで広げてみると良いわ」
示された大テーブルに抱えたパンツとブラを乗せると、早速ハイレさんが一枚一枚それをチョイスした理由を語って聞かせてくれた。
こだわりを持った人間というのは、大きく二つに分けられると思う。
一つは自身のこだわりをひたすら語りたがる人。聞き手を置いてけぼりにしてでも、語りたいことだけを一方的に語っちゃう人だ。
そしてもう一つは、聞き手になんとかして共感してもらいたい人。ハイレさんがこれだった。
彼女の説明はいずれもわかりやすく、話を聞いている私とイクシスさんが退屈せぬよう、時折冒険者の視点に立ってここが利点足り得るという解説まで入れてくれる。
この手の説明を聞いていると、まるで下着一つ違うだけで、世界が変わって見えるんじゃないかという錯覚さえ覚えてしまうから不思議だ。
彼女の弁を踏まえながら、私たちは三人がかりでオルカ、ココロちゃん、クラウに相応しい下着というのを厳選していったのである。
そうして厳選が済んだ後、ふと気になったことを訊いてみた。
「ところで、この部屋にある下着って何なんです? サンプル?」
「サンプルと言うより、試作品ね。量産するにはコストが高くついちゃうから、まずは試作として思い描いたものを形にするの。それがここに積まれた下着たちで、これにコスト軽減のため手を加えたものが店頭に並ぶわ」
「前も言ってましたね。下着を防具として作ろうとするとコストが問題になるって」
「そういうこと。けれど今回重要なのはコストダウンした付け心地の良い下着ではなく、防具として優れた下着なのよね? それならこの試作品の中から譲ろうと思っているのだけれど、どうかしら?」
「そ、それは願ってもない話ですけど、良いんですか?」
「勿論よ! 私とミコトちゃんの仲じゃない!」
「そんなに親しい間柄でしたっけ……?」
妙にフレンドリーなハイレさんへ苦笑を返しつつ、お言葉に甘えることにした。
私は懐(ストレージ)からお財布を取り出すと、お会計をお願いすることに。
「おっとミコトちゃん、ここは私に格好をつけさせてはくれないか?」
「イクシスさん?」
そう言うと彼女は財布を取り出し、ハイレさんに鎧と下着のお値段を尋ねると、白金貨を数枚手渡したのだった。
お釣りはいらないだなんて、初めて生で聞いたよ。
「いいの? 出してもらっちゃって。お金なら預かって来てたんだけど」
「娘に鎧や下着を買ってやるついでだよ。お母さんっぽいだろう?」
「随分太っ腹なお母さんだね」
「いやなに、クラウがお世話になっているからな、このくらいは当然のことだ。それにクラウには、この数年誕生日プレゼントさえ禄に贈れなかったし、正直あの子に何か贈れるのが嬉しいのさ」
「そっか……」
少し寂しそうな顔をしているイクシスさん。
そんな彼女を見ていたら、つい考えてしまう。
お宅のお嬢さんから、お説教ビデオメッセージを預かってるんですけど、私はどんな顔をしてそれを渡せば良いんだ……。
なんて密かに悩んでいると、ハイレさんが呼びつけたスタッフのお姉さんが下着と鎧を手際よく包み始めた。
一先ずそれらはイクシスさんのマジックバッグへ収納しておくことに。私のストレージは出来れば見せたくないしね。
斯くして鎧と下着を入手するという目的を果たすことは叶った。
後はさっさと帰るだけなのだけれど。
「それじゃぁ用事も済んだので、私はこの辺で失礼を……」
「待ってミコトちゃん。まだパンツ見せてもらってないわ!」
「ひぃ!」
ガシッと肩を掴まれ、強制的に引き止められてしまった。
以前はクラウが間に入ってくれたため、事なきを得ることが出来たのだけれど。
しかし残念ながら今回彼女はいないのだ。自分でなんとかする必要がある。
「わ、私なんかより、イクシスさんに下着の話を語ってあげてくださいよ! さっき興味あるって言ってたじゃないですか!」
「ああ、確かに下着を防具として捉えるその着眼点は、非常に興味深いものだと感じたな」
「ほら!」
「むむむぅ」
「それで一つ気になったのだが、アレは一体何だ?」
そう言ってイクシスさんが指差した先には、一体のマネキンがあった。
そのマネキンが身に纏っているのは、異様なる防具。
それ本当に防具として意味あるの!? でお馴染みの女性装備。
即ち、『ビキニアーマー』だ。
彼の勇者イクシスがそれに興味を示した、という事実がよほど嬉しかったのか、流石のハイレさんも私の肩を掴む手を放し、イクシスさんへ向き直った。
そして声を弾ませ、ビキニアーマーについての説明を嬉々として始めたのである。
好機だ。私はその間にこっそりとその場を離脱しようとしたのだけれど。
「なるほど、ミコトちゃんにはうってつけの装備じゃないか!」
イクシスさんの放ったその一言が、離脱タイミングを台無しにしてしまったのだった。
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