第一六二話 ハイレ再び

 時刻はやがて午後三時を回ろうかという頃。

 未だ日差しのきつい青空のもと、私とイクシスさんは揃って中央街の一角へやって来ていた。

 やはりこの辺りは人通りも多く、有名人であるイクシスさんは当然人目を引く。

 ので、私が仮面を貸している。おかげで怪しい二人組み然としており、それはそれで浮いてしまっているが。

 まぁ素顔で歩くよりはずっと良いはずだ。


 そうして私たちは二人して、目の前の建物を見上げる。

 三階建の巨大な防具屋さんだ。普通に質の良い服も売っているため、老若男女問わず様々な人が店に出入りしている。


「すごいな。クラウはここの店主に防具を発注したのか?」

「うん。オレ姉と親しい人らしいんだ」

「ああ、なるほどな。彼女も相当の腕と才能を持った職人だ。その伝手となればきっと確かな技術の持ち主なのだろう」


 イクシスさんはフンフンと頷くと、早速こちらを促して店へと入っていく。

 私も一歩遅れてそれに続いた。


 店内は相変わらず広く明るく清潔感があり、生前の商業施設を思わせる内装となっている。

 イクシスさんはほぉと感心し、キョロキョロと辺りを見回す。

 それを見て、私はなんとも言えない感想を懐いてしまった。


「なんか、仮面を付けた人がキョロキョロしてると怪しいよね」

「ミコトちゃん、それブーメランだからな?」

「う……さ、さぁて、とりあえずスタッフの人にでも声をかけてみようかなー」


 私はイクシスさんを一旦置き去りに、そこら辺で作業をしていたスタッフの女性へ声をかけた。

 よく見たら、以前対応してくれた女の人だった。

 彼女は、仮面を付けた私が余程印象的だったのか、名乗らずともすぐに気づいてくれる。

 軽く挨拶を交わすと、早速用件を尋ねられた。


「えっと、以前クラウが発注した防具を受け取りに来たのですけど」

「はい、ハイレよりミコト様かクラウ様が訪ねていらした時は、工房の方へ通すよう指示を受けております」

「そうなんですか。あ、実は今日連れがいるんですけど、一緒で構いませんか?」

「お連れ様ですか?」

「えっと、イクシスさん。ほらちょっと来て」

「ん? ああ、話はついたのか?」

「イ、イクシ……え、ま、まさか……」

「たぶん、そのまさかだと思います」

「っ…………す、すぐご案内します!」


 いいのかな……イクシスさんにはちゃんと名乗ってもらおうと思ったのに、それすら聞かず通してくれるらしい。

 スタッフのお姉さんは激しくテンパりながら、ヘコヘコしつつ私たちを店の奥へと案内してくれた。

 バックヤードへ入ると人目にもつかなくなったので、イクシスさんは自ら仮面を外し私へ返してくる。


「ミコトちゃんありがとう」

「ああ、はい。帰りにまた貸しますからね」

「助かるよ」

「ひぃ、本物……!!」


 ちらりとイクシスさんの素顔を見るや、スタッフお姉さんが一瞬腰を抜かしそうになり、ヨロヨロと壁へ寄りかかってしまう。

 が、なんとか根性で堪えると、愛想笑いを一つこちらに投げて、おぼつかない足取りで私たちを工房へと案内してくれた。

 そうして彼女はフラフラと、奥で作業をしていたその人の元へ小走りで駆け寄りながら、私たちのことを知らせる。

 すると相変わらずすごい格好のその女性は、こちらへ気づいてフリフリと手を振ってきた。私も応えるように返しておく。

 彼女はスタッフお姉さんに短く何やら指示を出すと、すぐにこちらへ歩み寄ってきた。


「ミコトちゃん、久しぶりじゃない! 元気にしてたの? もしあなたに何かあったらと思うと、心配で仕方なかったんだから!」

「ハイレさんも変わりないみたいで何よりです」

「ええと、それでその……そちらの方が……?」

「どうも。クラウの母のイクシスだ」

「え……ええええ!?」


 どうやら世間的に、Aランク冒険者、女騎士のクラウと勇者イクシスが実の母娘であることは余り知られていないらしく。

 案の定仰天してみせるハイレさん。


「あの、えっと、勇者イクシス様……で間違いないの、よね?」

「生憎と、証拠となるような品は持ち合わせが無くて心苦しいが、一応そう呼ばれているな」

「まぁ大丈夫ですよ。本物か疑わしいなら、ただのクラウのお母さんって思ってもらえればそれで」

「そうだな、私としてはむしろその方が嬉しい」

「は、はぁ……ミコトちゃんは顔が広いのね……」


 と、一通りハイレさんが驚くターンはどうにか終わって、次はイクシスさんにその順番が回ってきた。

 尤も彼女の場合、驚きというより戸惑いだったが。


「それはそうと、その……貴女はすごい格好をしているのだな……」

「? ああ、これは防具作りにおける私の正装のようなものですから、どうぞお気になさらないでください」

「オレ姉同様、ハイレさんも並々ならぬこだわりの持ち主なんだよ」

「な、なるほど……」

「ハイレさん、とりあえずモザイク掛けておいてもいいですか?」

「そうね、ええ、構わないわ」


 当人の許可を得た上で、私は彼女にモザイクの魔法を施した。

 見方によってはよりエグい見た目になってしまったけれど、まぁ際どい下着を常時視界の端に捉えるよりかはマシだろう。

 イクシスさんも幾らかホッとした様子を見せたところで、私は今日ここを訪れた理由を伝える。


「それでハイレさん、今日はクラウの防具を受け取りに来たんだけど。出来てるかな?」

「バッチリよ。ほら、あそこにあるのがそれね」


 そう言って彼女は、工房の一角を指した。

 私とイクシスさんは促されるまま視線をそちらへ向け、そして小さく感嘆を漏らす。


「おお……!」

「なんと……」


 ハイレさんに続きそちらへ歩み寄ると、鎧の完成度がよりはっきりと分かった。

 それは美しい白銀の全身鎧。

 デザイン性と実用性を見事に高度なレベルで両立させ、圧巻なほどの存在感を放つ逸品へと仕上げている。


「ハイレ殿、不躾だが鑑定させてもらっても構わないだろうか?」

「イクシス様は鑑定スキルをお持ちなのですね。ええ、お嬢さんの身を守る鎧ですもの。ご随意に」

「では失礼して」


 そうして親バカイクシスさんは、暫しじっとその鎧を見つめ続けた。

 私は鑑定スキルなんて未だに生えてきていないので、ボケーッとその様子を眺めるばかりである。

 手持ち無沙汰なのもあれなので、ハイレさんへ質問を投げてみることに。


「この鎧に名前とかあるんですか?」

「オーダーメイドだからね。これというものはないのだけれど、一応『ヴァルキリーメイル』とは呼んでいたわね」

「おー、名前までかっこいい!」


 ヴァルキリーと言うと、戦乙女というやつだ。

 こういう、生前でも聞いたような名前が飛び出すと、どうにも違和感を覚えてしまうのだけれど。

 この世界にも似たような神話とかがあって、それに当てはめた言語翻訳がなされてる、みたいな辻褄合わせでもあるんだろうか? まぁ、今考えることでもないか。

 鑑定が終わったのか、イクシスさんがウンウンと頷いている。


「イクシスさん、どうだった?」

「ああ、素晴らしい逸品だと確信できたよ。これなら間違いなく、あの子の助けとなることだろう。意匠も素晴らしいし、クラウが身に着けている姿を一目見たいものだ……そうだ、ミコトちゃん! 是非映像を!」

「ああはいはい、今夜にでも撮ってきますよ」

「あらあら、ミコトちゃんとイクシス様は随分と親しいのね」

「まぁ、最近は一緒に行動してますしね」

「そうだな、ミコトちゃんには娘の友だちという以上の親しみを感じているのは間違いないな」


 そうしてしばらく、ヴァルキリーメイルの感想をあれこれと述べて、ハイレさんが勇者様に褒められたと舞い上がるのを眺めていると、不意に彼女の意識が切り替わったのが心眼で読めた。

 私は少し嫌な予感がし、小さく身構える。


「それでミコトちゃん」

「は、はい」

「今日はどんなパンツを履いてるのかしら?」

「それ毎回訊かないと気が済まないんですか!?」

「よろしければイクシス様がお召の下着についても教えていただけると、たいへん捗ります!」

「わ、私もか!?」


 今日は助けてくれるクラウもいない。

 ハイレさんの独壇場が、始まろうとしていた。

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