第一六一話 お叱り

 人喰の穴はこの辺りで最も危険とされるダンジョンだ。

 多彩なモンスターが跋扈し、その脅威度も非常に高い。

 そしてそれ故に、このダンジョンで得られるアイテムというのも非常に強力なものが多いわけで。

 オルカたち三人は私のフロアスキップというスキルの使用条件を満たすため、ここまで全フロアしっかりとマップ埋めを行いながら踏破してきたため、宝箱もほぼ片っ端から回収してきたらしい。


 そのため現在彼女たちが身に着けている装備ときたら、このダンジョンに潜り始めた時とはもはや全く異なるものであった。

 特にココロちゃんなんて、修道服の上から色々身につけているものだから、パッと見完全に不良シスターである。

 しかしその恩恵は非常に有用で、何度も彼女たちの身を危険から守っているらしい。

 余った装備品等はPTストレージに放り込んである。

 地味に私の方でPTストレージのレベル上げを行っておいたので、随分とものが入るようになった。

 尚、機能拡張は特に無い。その代わりに、通常のアイテムストレージが獲得している機能がPTストレージの方にも適用される仕様のようだ。


 さて。現在私たちが居るのは、人喰の穴三九階層の出口に当たる、セーフティーエリアだ。

 セーフティーエリアといえば、これまで見てきた限り味気ない小部屋という印象が強かったのだけれど、ここにはなんと滝がダバダバと流れ落ちている。

 幅二〇メートル近い大きな滝だ。そのくせ少し離れると、ミスト状に舞った飛沫の影響も無く、肌寒さを覚えるようなことも無いという謎の滝。

 滝と言ったらその裏側にロマンあり、ってなものだ。

 ということでこの場所に初めてやってきたオルカたち三人は、ウキウキしながら滝の裏へ入り込んだらしい。

 そこで案の定とあるアイテムを見つけたのだと言って、先日私に自慢してきたのだけれど、まぁそれはまた別の話。


「で、ミコトは午前中何をしていたんだ?」

「また勇者様の手伝い?」

「危険はありませんでしたか?」

「あー……うん。ダイジョウブダッタ」

「「「…………」」」


 私はついと皆から視線をそらし、滝を眺めながらそんな返答を返したのである。

 皆で囲っている食事も、正直味が余りわからないくらい内心でテンパっている私。

 午前中のことなんて、彼女たちに白状しようものならきっと叱られるに違いない。

 どうにか誤魔化さなくちゃいけないのに、こういう時に限って頭が働かないのは何なんだろう。


「ミコト」

「は、はい」


 オルカの鋭くも冷静な呼声に、ビクリと姿勢を正す。

 皆の視線が痛い。既になにか感づかれているようだ。


「午前中、どこで、何をしてたの?」

「え、えっと、その、イクシスさんと一緒にモンスターと戦いに遠出を……」

「よもや、ミコトが戦闘に参加した、だなんてことはないだろうな?」

「ハハッ!? そ、そんなはずないダヨ!」

「ミコト様! 真面目に答えてください!」

「ご、ごめんなさい」


 一〇分後。

 私は地べたに正座させられ、私の目の前には証拠の品として心命珠を取り出し置いてある。

 オルカ、ココロちゃん、クラウの三人は目を丸くして心命珠をまじまじと観察しており、クラウに至ってはそれが本物かと愛剣に確認を取っている有様だった。

 そうして暫しの沈黙の後、いよいよ審問が始まる。


「で。何と戦ったの?」

「えっと……白九尾って呼ばれてたモンスターです」

「強かったんですか?」

「は、はい、とても……」

「怪我は?」

「……腕がちょっぴり、もげかけた程度です。あでも、すぐ魔法で治癒したんで大丈夫です!」


 思い返してみれば、確かに実際のダメージと言ったら爪先が掠めた程度なんだよな。まぁそれで腕もげかけたんだけど……。

 やっぱり重要なのは、相手に痛い攻撃を繰り出させる前に叩くこと。イクシスさんだって、流れを掴んで手放すな、みたいなこと言ってたしね。私頑張った。頑張ったんだよ!

 なんて弁明が通じるわけもなく。


「心命珠ということは、ジャイアントキリングボーナスだな?」

「クラウ、それは?」

「格上のモンスターを見事討ち果たした時にのみ起こりうる、稀有なドロップ現象だ」

「格上……? ミコト様、よもやお、お、お一人で戦われた……などということは……」

「…………ごめんなさい」


 滅茶苦茶叱られた。ものすごく足がしびれた。

 あと、あらかた叱られた後は、憤りの治まらぬクラウにビデオカメラを拐われ、そこから延々とイクシスさんへ向けた恐ろしいビデオメッセージ撮影が始まった。

 私はひたすら縮こまって、隅っこでそれを見ていることしか出来なかった……。

 やっぱりこのことは、絶対ソフィアさんには秘密にしておこう。下手したらヤンデレ化して監禁とかされかねないぞ。



 ★



 二時間後。


 私は、手元に戻ってきたビデオカメラを恐る恐るストレージにしまい込むと、改めてみんなに向き直る。

 どうやら言うだけ言って大分落ち着いたらしく、先程までのような抗い難い迫力は霧散していた。

 現在はどうやって白九尾を打倒せしめたか、という談義に花を咲かせている最中である。


「なるほど、音や衝撃を用いた内部破壊か……それは私の盾でも防ぎ得ぬ脅威となりそうだな。対策を考えておかねば」

「進化した舞姫の活躍、見てみたかった」

「黒九尾への変貌というのが、ココロは気になりました」


 三者三様ワイワイと感想を言い合ったり、自分たちならどう対処したかとシミュレートを始めたりと、お説教モードはすっかり解除された模様。

 話が途切れるのを見計らい、私はそっと席を立った。


「それじゃ私、心命珠をオレ姉に見せに行きたいからそろそろ行くね」

「あ、すまないミコト。そう言えば頼みたいことがあったのだった」


 クラウに呼び止められ、私は浮かしかけた腰を一旦落ち着ける。

 そうして先を促すと、彼女は一つの名を口にしたのだ。


「出来れば、ハイレ殿のところへ行ってきてはくれないか?」

「ハイレさんって言うと、防具職人の?」

「そうだ。ダンジョンボスに挑む前に、ハイレ殿へ依頼していた防具を受け取ってきてもらいたくてな。予定ではそろそろ仕上がっている頃のはずだ」

「なるほど、それは大事だね。分かったよ、可能なら夜には届けるね。何ならオルカとココロちゃんの下着も買ってこようか?」

「む。ちょっと恥ずかしいけど、ハイレって人の話は聞いてるから……」

「防御力の高い下着というのは、正直確かに欲しいですね。ボス攻略に当たって、出来る備えは怠りたくありませんし」

「了解。それならサイズとか聞いておこうかな。あと資料として映像も撮影していこうか」


 下着大好きハイレさんは、防具としても優れた下着の開発、というのに心血を注いでいる変わり者だ。

 しかしその腕は間違いなく一流であり、クラウが防具を発注するほどには信頼できる人である。

 そんな彼女なら、映像資料があればきっとぴったりな下着を見繕ってくれることだろう。


 そうして私は後片付けを終えると、皆に手を振ってダンジョンを出たのである。

 ワープで街まで戻ると、当初の予定を変更してハイレさんの経営する防具屋さんへ向かうことに。

 オレ姉にはゴメンだけど、時間が余ったら訪ねるとしよう。

 そうして私がハイレさんのお店がある中心街へ向けて歩き出すと、その道すがらばったりとイクシスさんに遭遇してしまった。さっきぶりというやつだ。

 丁度目の前のお店から出てきた彼女は、私を見るなり目を丸くした。


「おやミコトちゃんじゃないか」

「…………」


 あ、どうしよう。イクシスさんの顔を見たら、さっきメタメタに叱られた記憶が蘇ってきた。白九尾と戦うことになったのは、ある意味この人にたぶらかされた結果とも言えるのだから、今すぐにでもクラウからのビデオメッセージをお見舞いしてやりたいって気持ちが……。

 っていかん、落ち着け。それは後でも出来る。

 心眼によると、どうやら彼女は私がマップスキルを頼りに自分へ会いに来たのではないかと勘ぐっているようだ。


「奇遇だねイクシスさん。買い物?」

「お? 偶然だったか。いや、時間が浮いたものだからな。今日は何を作るか考えながら、ぼんやり街をぶらついていたところだよ。そういうミコトちゃんはどこへ行くんだ?」

「あー……クラウに頼まれて、ちょっと防具屋さんまで」

「よし、私も行こう」

「言うと思った」


 イクシスさんは毎晩愛娘であるクラウのために、腕によりをかけたおかずを一品作って私に届けさせるのだ。

 ちょうどその買い物をしていたらしく、特に予定というものもなかったのだろう。

 クラウ絡みの話ともなれば目の色を変える彼女は、案の定一も二もなく同行を申し出てきた。

 別に不都合があるわけでもなし、私は彼女の同行を認め二人でハイレさんのお店へ向う。


 その道すがら、私は恐る恐る問う。


「イクシスさんはギルドに行ってきたんだよね? ソフィアさんにバレたりしなかった?」

「あ、あー……んー……」

「……なるほど」

「すまない……」


 私が心眼持ちなのを知っているイクシスさんは、多くを語らなかった。

 どうやら直接的にバレたわけでこそ無いものの、何かに感づかれたかも知れない、とのこと。

 ソフィアさんは妙に鋭いところがあるからな……。

 当面ギルドには近づくべきじゃないかも。いや、それはそれでまた面倒なことになりそうだしな。うぅ、どうしたら……。


 私はズンと足取りを重くし、ため息をつきながら中心街へ向けてトボトボ進むのだった。

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