第一六〇話 心命珠

 どうにか弱点になり得る攻撃手段を積むことで、白九尾を打倒せしめた私。

 しかしながら未だ安心は出来ないでいた。

 それというのも、ただ倒せればいいという話ではないためだ。

 私の目標はあくまで『ジャイアントキリングボーナス』という、格上のモンスターを激戦の末に打倒し、初めて得られる特別なドロップであり、通常のドロップではないのだ。

 白九尾は死の間際、かつて一度たりと私が見たことのないような消滅の仕方をした。

 だからもしかしたら、アレこそがジャイアントキリングボーナス発生の徴なんじゃないかと期待していたりするのだけれど。


 程なくして私とイクシスさんはともに、白九尾の消滅した場所へとたどり着いた。

 そこには彼のモンスターが残した置き土産が一つ、転がっていたのである。


「コレが、白九尾のドロップ……!」


 私はそれへ歩み寄ると、恐る恐る拾い上げたのである。

 淡く金銀の光を放つ、白と黒の……そう、さながら太極図を思わせる模様の美しい石だった。

 それに暫し魅入られていた私は、コレが何なのか知りたくてイクシスさんへと振り返る。

 すると彼女は目を輝かせて言うのだ。


「やったなミコトちゃん! 間違いなくそれはジャイアントキリングボーナスだぞ! 中でも珍しい『心命珠』という素材アイテムだ!」

「心命珠……!」


 私は改めて心命珠と呼ばれたそれに目を落とす。

 大きさはテニスボールくらいだろうか。ひんやりすべすべしている。光ってて、夜枕元とかに置いておくとウザいだろうな。

 重量はそこそこずっしりしていて、そこら辺の石と変わらないくらい。投げつけたら普通に痛いだろう。

 それから、何よりの特徴が一つ。


「えっと……痛いことしてごめんね?」

『…………』

「ああ、やっぱり通じるんだ。耳もないのにどうやって聞いてるんだか」

『…………』

「へぇ、不思議だなぁ」

「ええと、ミコトちゃん……?」

「はっ!」


 イクシスさんに声をかけられ、我に返る。

 恐る恐る彼女の方を見れば、私が急に心命珠とお話なんてしだしたものだから、なんだか心底心配そうな顔を向けてきているじゃないか。

 心眼も、『この娘頭大丈夫なの?』みたいな思いを捉えているし、私は慌てて弁明を図る。


「ああえっと、違くてだね! これは、えっと!」

「いや、分かるさ。私とて愛剣と心を通わせてきたからね。意思疎通が出来るのだろう?」


 そのとおりである。

 白九尾と戦う前、私は彼だか彼女だかは知らないけれど、それと言葉を交わした。

 その時に感じた白九尾の心が、どうにもこの心命珠から感じられる気がしたのだ。

 なので試しに声をかけてみたところ、案の定というか意外にもというか、心眼が反応をキャッチしたのである。

 返事を返されてはスルーするのも憚られたので、なし崩し的に幾つかやり取りをしていたところ、イクシスさんに頭は大丈夫かと心配されてしまったってわけだ。

 でも、彼女だって剣と意思疎通していたって言うし、別に変なことじゃないよね。


「まぁ武具はともかく、心命珠の段階で意思疎通が出来る者など、ミコトちゃん以外見たことはないのだがな」

「へ、へぇ……」

「そう言えばミコトちゃんは、白九尾が未だモンスターの段階から言葉を交わしていたよな?」

「そ、そうでしたっけ? 覚えてないなー」

「……ミコトちゃん、もしかして【心眼】を持ってるんじゃないか?」

「うぐ……」


 ついにバレた!!

 この一月、必死に隠してきたっていうのに、何故バレた!?

 いや、まだバレたと決まったわけじゃない。よし、シラを切ろう。


「なはっ、なんのことですかな?」

「いや、今更ミコトちゃんのことを口外しようだなんて思わないから。見くびらないで欲しいのだけれど」

「あぅ……ごめんなさい」


 他でもない心眼が彼女の本音を暴いている。本当に私のことは誰にも言わないでいてくれるつもりのようだ。

 そうであるなら、私も意地を張りはしない。

 私は心眼スキルの存在を渋々認めることにした。

 なまじ他人の心が勝手に読めてしまうスキルだなんて、もしそれを持っていると多くの人に知られようものなら、それだけで大きな面倒事となるだろう。

 イクシスさんとてそれは理解した上での指摘である。


「しかし心眼か……キミは一体どれだけとんでもスキルを持ち合わせているというんだ」

「勝手に生えてくるんだもん。そんな困った顔をされても困るよ」

「んー。なんとも恐ろしい話ではあるな」

「私のことはまぁ良いとして。この心命珠から白九尾の存在を感じられたっていうのは、つまりどういうことなのかな?」

「ああ、そうだったな。心命珠に関しては本当に希少性が高く、分からないことのほうが多いのだが……分かっていることも幾つかある」


 曰く、心命珠の使い方というのがまずそれだ。

 武器や防具、アクセサリー等、完成した武具にそれを合成してやることで意味を成すらしい。

 合成された装備品は意志を宿し、持ち主と認めた相手と心を通わせることが出来るようになる。

 そして何より、成長するアイテムとなるそうだ。


「心が通い、成長する……むむむ」

「それから……」


 もう一つ分かっていることは、心命珠とは打ち倒されたモンスターそのものの力を秘めているということ。

 通う心は正しく、モンスターのそれであったことがたった今、ミコトによって証明された。

 更に、合成された装備品にはモンスターの力が宿るらしい。


「っていうと、もしかして今はクラウが持ってるってあの聖剣も?」

「ああ。アレは私が初めて打倒したドラゴンの心命珠を、名剣と謳われたお気に入りの一振りに合成したものだ。いつしか聖剣などと呼ばれるようになってしまったが、別段聖なる何かというわけではないんだよ。アレで魔王を討ったから、そう呼ばれているのやも知れない」

「ほえー」


 思いがけない裏話を聞けて、私はつい気の抜けた声を漏らしてしまった。

 しかし、そうか。ということはもしかして……。


「もしかして、私もその聖剣クラスの武器を得るチャンスを掴んだってことになるのかな……?」

「私からしたら、それ以上だと思うぞ。何せ一流の材料を揃え、特殊能力の厳選をし、付与なる未知の技術まで組み込んだカテゴリー不明の武器。しかも心命珠まで合成するとあれば、とてつもないものが生まれるに違いない」

「なんと」


 正直現実味が湧かない。

 確かにイクシスさんの言うことは何ら間違っていないのだろうけれど、一流の素材と言っても私がどうにか集められる程度のものでしか無いわけだし、オレ姉だって職人としてはまだまだ発展途上。白九尾の強さにしても、それより強いモンスターをイクシスさんがバッタバッタ薙ぎ倒すのをここ一ヶ月毎日のように見てきたから、とんでもなくすごい素材! という気がしないんだ。

 でも、ともに成長できるというのなら、それこそが最大の価値になりえるのだろう。

 彼の聖剣だって、育った結果そう呼ばれるようになったのだろうし。

 そんなことを心命珠を眺めながら考えていると、イクシスさんから声がかかった。


「さて、ともかく用事も済んだことだしそろそろ帰ろうかミコトちゃん」

「っと、そうだね」

「まさか本当に一切出番がないとは、正直思いもしなかったよ。やぁ、良いものを見られた」

「くれぐれも口外しないでね?」

「そんなことをしたら娘に嫌われてしまうだろう? それは大問題だからな、心配せずともしないよ」

「クラウに誓って?」

「クラウに誓って」


 なんて言質を取りながら、私たちはすっかり慣れた調子で街へとワープで帰ったのだった。

 心命珠は紛失しては大変なので、早速ストレージへ大事にしまい込んでおく。

 瞬く間にアルカルド近郊まで戻ってきた私たちは、いつもの調子で街に入ると、この後のことを話し合う。


「お昼までもうちょっとあるね」

「なら一緒にギルドへ行くか? 今回はミコトちゃんが頑張ったからな、報酬を受け取る権利はキミにある」

「それは有り難いけど、万が一白九尾と戦っただなんてソフィアさんに知られたら……」

「あ、ああ……それは拙いな。ならば報酬は一旦私が預かっておくとしよう」

「私はお昼の買い出しにでも行こうかな。ちなみに午後の予定は?」

「特に無いな。少なくとも今把握してる指名依頼の中に、それほど急ぎのものは無いはずだ。午後はゆっくり体を休めてくれ」


 ということで、私はギルドへ報告へ向かうイクシスさんと別れて買い出しへ向かうことに。

 時刻は午前一一時頃。早速心命珠をオレ姉へ見せに行きたい気持ちもあったけれど、それは午後に回した。

 そうしていつものごとく食材や出店で気になったものなんかを買い漁ると、昼食を届けにオルカたちの元へと飛ぶのだった。


 やって来たのは人喰の穴、第三九階層出口のセーフティーエリア。

 四〇階層へ降りる階段のあるそこへは、既に何度か訪れているけれど……今日は白九尾と直接やりあったことも影響してか、不思議といつもより強く嫌な気配を感じた。

 私は階段の下を眺め、眉を顰める。

 確かに何か、強大なものが居る。白九尾と同等か、或いはそれ以上の何かが。

 独り黙って階下を睨んでいると、不意に背後より声がかかった。オルカたちの声だ。


 私は彼女らがやがて階下の化け物と戦うのだと思うと、どうにも不安を覚えずにはいられず、普段より些かぎこちない調子で三人を迎えたのだった。

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