第一五九話 飛んで舞姫
黒金の獣へと変貌を遂げた白九尾。
想像を超えるカウンター攻撃に、思わず飛び退いた私は未だ地に足のつかぬ状態。
そこへ凄まじい速度で迫った奴の振るう爪は、間違いなく私を引き裂くであろう機動とタイミングでもって襲いかかる。
瞬く間の出来事だ。私のステータスでは碌な反応を示すことすら困難なほどに。
けれど、やはり頼りになるのは心眼。黒九尾のこの行動でさえ予測の範疇だった。
私は素早く換装のスキルを用いて防御特化装備へ。迫りくる爪に合わせて盾を構えた。
とは言えそれほど高価なものでも優れたものでもない。ダンジョンで拾った金属製の大盾だ。
黒九尾の爪を持ってすれば、それごと私の身を引き裂くのだって簡単なはずだろう。
しかし。
「【ゼログラビティ】」
「ッ!?」
そうはならなかった。
用いた魔法は重力。かつてココロちゃんの打撃を無効化するのに使った、攻撃の『重さ』を消し飛ばす魔法だ。MP消費はエグいけれど、命に比べれば安い買い物だろう。
本来無重力を作り出す魔法なれど、工夫一つで物理攻撃にここまでのアドバンテージを持つことが出来る。
盾に爪が接触し、重さが乗ったその瞬間そこへ無重力の魔法を掛けてやればあら不思議、黒九尾の膂力を封殺できるという寸法だ。
そうであれば残すは爪の鋭さに耐えるのみ。それならそう難しい話ではない。金属の盾があれば十分である。
何も伝説級の剣で切りつけられたわけでもなし、私の大盾は見事奴の攻撃に耐えきり、瞬時に私は反撃へと転じた。
奴が嫌うのは衝撃によるダメージ。それは白九尾の時に証明されているし、咆哮を用いて二度もサウンドカノンを打ち消したのは、裏を返せばそれを嫌ったから。
如何に毛皮が優れていようとて、中身は血が流れ、臓器が蠢き、肉が躍動する獣なのだ。
それらを衝撃でもってかき回してやれば、ダメージは免れ得ないはず。
私はステップの魔法で宙を蹴り、素早く黒九尾の腹下へ潜り込むなり、その腹部へ掌を当てた。
「【インパクトカノン】【ショッキングエコー】【掌底破】!!」
「ッ……!!」
瞬時に打ち出したるは二つ、いや三つの魔法と一つのアーツスキル。
インパクトカノンは、サウンドカノンの亜種だ。サウンドカノンが音を増幅させる魔法であるのに対して、こちらは衝撃を増幅させ、指向性を持って打ち出すための魔法。
次いでショッキングエコーは即ち、『反響』を起こすための魔法である。これを黒九尾の表皮に纏わせる形で掛けた。
直接身体に作用する魔法であったなら、MNDの抵抗対象となり、きっと不発に終わったことだろう。けれど体表を覆う形を取ればその心配もない。
そして三つ目の魔法はステップだ。宙空を蹴るこれを、不動の足場として踏み込みに用いた。
そうして放ったのが、体術系アーツスキルの掌底破。
瞬間的に掌底より強烈な衝撃波を対象に打ち込む、超近接技である。
さて、これらが相俟った結果何が起きたかと言えば。
掌底破の衝撃はインパクトカノンにより爆発的に増幅。黒狐の体内へとてつもないそれを送り込むことに成功する。
しかして元来掌底破もインパクトカノンも、単一方向へ向けた貫通技としての特色を持っている。
そこで出番となるのが、反響の魔法だ。
打ち込まれた衝撃は、さながら勢いの衰えぬスーパーボールが如く黒九尾の中で大暴れした。
凄絶なダメージが行ったことだろう。正直なところ、この一撃でコアが砕けてくれればと期待したほどだ。
しかしどうやら、そうはならなかった。
「なっ!?」
「――――」
あろうことか黒九尾は、とっさに私めがけて大口を開いてみせたのだ。
結果としてそれにより起こるのは、体内で行き場がなく暴れまわる衝撃の大脱出。
あまりに無茶苦茶な意趣返しだ。
これには流石に肝を冷やし、急ぎその場を退避した。
幸い、次こそ追撃の手は伸びない。奴は体内から荒れ狂う衝撃を逃がすのに必死で、こちらへ構う余裕もないようだ。
今にも眼球が内から破裂しそうなほどの衝撃を、ショッキングエコーがカバーしていない口腔より吐き出し続けている。
その様はさながら不可視のブレスを、吐血しながら撒き散らしているようだった。
吐き出された衝撃波は辺りを抉り散らかし、薙ぎ払い、無数の竹をへし折ってみせる。たかが衝撃波だけでというのだから、それが如何に凄まじいことか想像だに恐ろしい。
私は冷や汗で背中を濡らしながら、必死に効果範囲を離脱。裏技を駆使してMPを補充した。
「畳み掛けるなら、今!」
換装を行い、ここで手札を切ることを選択した。
即ち、アレを出す時だ。
「頼むよ、舞姫」
携えたるは四振りの剣。
オレ姉と勇者イクシスさん、更には妖精師匠たちのアドバイスと私自身の付与術にて生まれ変わった頼もしき愛剣、新生舞姫だ。
それらは換装にて取り出した途端、それぞれが私の手を離れて宙へ浮かんだ。
そう、この剣たちの持つ特殊能力は【飛翔】。私の意のままに宙を舞うのである。
イクシスさんが素材鑑定を行って、秘めたる特殊能力を見定めてくれたからこそ、四本全てに同一の特殊能力を持たせることが出来たという、奇跡のような代物となっている。
そしてこれら一本一本には異なる付与が施してあり、一度魔力を流してやればいずれも強力な効果を発揮することが出来る。
それを、私は宙空で操作し合体させた。
以前の姿とは見違えるほど格好良くなったそれは、以前と同じ風車型に組み合わさる。
さりとてその力は旧舞姫と比較にもならないだろう。
それぞれの剣に秘められた力は、水、氷、雷、そして風。
水の剣は、刀身に鋭き水の刃を纏い、対象にそれをあてがえば削り取るがごとくあらゆる物を裂いてしまう。
氷の剣は、凄絶なほどの冷気を孕む。切り裂いた対象の表面は瞬く間に凍りつき、突き刺さりでもすれば血肉の通う生物が無事でいられる道理もない。
雷の剣は、雷撃を纏う刃。触れただけで身を焦がし、麻痺させ、自由さえも奪い去る。必勝たり得る刃だ。
風の剣は、見えざる斬撃を撃ち出す凶器だ。振るわれた剣の軌跡はそれ自体が刃となり、時にその場へ留まり、時に敵へと向かい飛ぶ。
そして、これらは組み合わせることでその真価を発揮する。
私は組み合わせたそれを手に構え、ありったけの魔力を流し込んだ。
四振りの剣がそれぞれの特性を遺憾なく発揮するのを感じながら、それを深く振りかぶり、回転をかけつつ思い切り投擲した。
めがけるは未だ悶え続ける黒九尾。
さながら巨大な手裏剣のごとく、回転しながら飛翔するそれは面白いことに、私の意のままに操作可能だ。特殊能力の恩恵である。
狙いを過つはずもなく。それは淀みのない機動でもって黒九尾へと飛来する。
それに気づいた奴は、どうにか撃ち落とそうと未だ吐き続けている衝撃波を舞姫へ向けるも、掠りもしない。当然だ、私が操作していて撃ち落とされるはずがないだろう。
シューティングゲームだって得意分野なんだ。
ならばと身を捩り、回避を試みる黒九尾。が、勿論それも無駄な足掻きである。
であるなら仕方ないと、少しのダメージを覚悟の上で叩き落としに掛かった奴は、とうとうそれを我が身で受けることとなった。
それは言うなれば、空飛ぶ円盤型のチェーンソーだ。
風の力により刃は剣の実体より外側にあり、それに触れたとて勢いを止めることなど能わず。
どころか、触れた箇所は瞬く間に削り絶たれ、あまつさえ血の一滴でも流そうものなら壮絶なまでの雷がたちまち体内を焼き焦がし、同時に冷気が患部よりその身を侵食することだろう。
そう、それが今黒九尾の身に起きた現象であった。
やけくそ気味に振るわれた奴の右前足は、あろうことかその爪ごと裂かれ、皮膚を破かれた。
直後、バチンと駆け巡るは尋常ならざる雷撃。それは即座に脳へと至り、奴を内側から焼いたのだ。
更には足先よりたちまち凍り始め、抵抗の暇もなく勝敗は決すまでに至った。
ドサリ、と。
黒九尾は白目を剥き、煙を上げながらその場へ倒れ伏したのである。
尚も舞姫は止まらず、勢い任せに奴の体を引き裂いて通り過ぎていった。
そうして仕事を終えた私の愛剣が手元に舞い戻る頃、黒九尾の体毛は血に塗れた白のそれへ戻り、末端より徐々に黒い塵へと変わっていったのであった。
「…………」
ここでうっかり『勝った!』とか『やったか!?』なんて言おうものなら、きっと碌なことにはなるまい。
私は漏れ出そうな言葉をなんとか飲み込み、奴がドロップを残し消え去るまで残心を解きはしなかった。
寧ろ、きっとアイツは起き上がってまた襲いかかってくる、というつもりで油断なく次の一手を組んでいたところだ。
するとどうしたことか。白九尾は最後の一欠片さえ残さず塵となった。
けれど異変が生じたのである。
散った塵は消えること無く、宙空でぐるぐると漂い留まったのだ。
「!? あれは……」
しかしそれも束の間。塵は白い光となり、一つへと集約していく。
すわ復活かと一層身構えた私の警戒感を他所に、しかしそれはもう九尾の姿を取ることはなかった。
美しく輝くそれは、恐らくドロップアイテムだろう。
私の心眼はもはや、そこに敵の存在を認めてはいない。マップウィンドウを確認してもそうだ。
それをよく確認し、私は残心を解いたのである。
「……はぁ……終わったぁ」
「ミコトちゃん!」
ようやっと勝利を確信することが出来、気の抜けてしまった私がヘナヘナとその場に尻餅をつくと、不意に明後日の方向から聞き慣れた声が飛んできた。
この戦いを終始見守ってくれていた、勇者イクシスさん。彼女の声だ。
イクシスさんはバッとどこからともなく現れると、ぐっと両の手を胸の前でグーにして叫ぶ。
「とんでもないやつだな、キミは!! あと舞姫も!!」
「あはは、どうも」
差し出された彼女の手を掴んで立ち上がると、私たちは二人並んでドロップアイテムを拾いに向かった。
その間、イクシスさんは興奮気味にアレがすごかった、コレはどうなっているんだと忙しなかったけれど、私としてはそれどころじゃない。
結構滅茶苦茶をやらかしてしまったけれど、果たしてジャイアントキリングは成功したのだろうか。卑怯な手段と判断され、通常ドロップになっていたらどうしよう。そんな事ばかり考えていたのである。
流石に、あんな特殊なドロップの仕方をしておいて通常のそれとは考えにくいが、使った魔法が魔法だけにまっとうな戦いと言えたかは不安が残るところ。
そうしてドキドキしながら、程なく白九尾の散ったその場所へと至った私たち。
果たしてそこに落ちていたそれを認め、私は大きく目を見張ることとなった。
白九尾が散り際に残したアイテム。不思議な輝きをたたえるそれとは――。
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