第一五八話 白から黒

 白九尾との戦闘は続く。

 勢いを持たれては私が不利。主導権を握らなければ、待っているのは敗北だけだ。

 HPが回復すれば、逆説的に重傷だって治癒できてしまう。それがこの世界のルール。なれば、私が腕に受けた傷も瞬く間に魔法によって癒えてしまった。

 だがそれはこちらを睨みつける白九尾にとて同じこと。

 どうやらかつて戦ったドレッドノートや黒鬼ほど劇的な再生能力は持っていないようだけど、それでも自己治癒力は十分に驚異的なようだ。眉間の傷がもうふさがっている。


「苦労して与えたダメージだったんだけどな……」


 振り出しに戻る、よりも分は悪いだろう。

 何せ相手を本気にさせてしまった。念力より速度で攻めるほうが有効であるという情報も与えてしまっている。

 即座に対策を打たねば押し切られて終わりだ。どうするべきか。


「フォン!」

「ちぃっ」


 どうやら悠長に考えをまとめる暇さえ与えるつもりはないようだ。自らの傷だってまだ癒えきっていないだろうに、白九尾は動きを見せた。

 今の私では奴の動きをまともに捉えることはかなわない。だから見るのは未来。奴が思い描いた行動プランのカンニング。

 そしてその爪の鋭さも速さも、今しがた見せてもらったばかりだ。もう虚を突かれたりはしない。

 私は先程避け損じた失敗を踏まえ、回避動作の最適化を適用した。

 紙一重で生死を分ける極限状態にあって、求められるのは常なる成長だ。

 取り残されれば失敗を繰り返し、すぐに詰まされることだろう。

 私は圧倒的な格下。白九尾の一手一手がおしなべてチェックメイト級だ。同じ轍を踏むことなど許されない。


 しかし、それは奴にとて同じことのようだ。

 先程同様、神速と見紛うほどの素早さで私の死角に潜り込んだ白九尾は、再び爪を繰り出してきた。

 けれど先ほどと違い、紙一重の回避を成功させた私。刹那のアドバンテージを握ったと思ったのも束の間、私はビームを打ち込むだけの猶予を回避に投じることとなった。

 爪を振るった直後の隙を、念力を打ち込んでくることにより無効にしたのだ。

 もしも私が奴と同格であったなら、肉を切らせて骨を断つという力技だって成立したかも知れない。

 けれど私にとって、碌な溜めもなく放たれたそれであっても、決して看過の許されぬ脅威である。

 私は歯噛みし、その場を飛び退った。が、それではただの悪手。何もせずにターンを相手に譲るようなものだ。それは許されない。

 だから手を打った。


「【サウンドカノン】!」


 そう、文字通り手を打った。

 発動した魔法は音魔法。指向性を持たせて、音を増幅させる魔法だ。

 拡声器代わりにだって使えるそれを、私は音響兵器として活用する。

 私の打った柏手は、魔法の効果で何百倍にも増幅され放たれた。

 たかが音と侮るなかれ。音は波だ。空気を震わせる波だ。

 波に揺さぶられれば、鼓膜だって窓ガラスだって簡単に破ける。耳の良い獣であるならば、その効果は劇的だろう。

 まして耳や口などを通って体内に侵入した波は、体の内側をも容赦なくかき回す。

 目が回る程度じゃ済まないはずだ。如何に強靭な毛皮や肉体を持っていようとて、内側を痛めつけられたのでは痛手だろう。


「――――っ!!」


 実際、効果は覿面だったらしい。

 追撃に踏み出そうとしていたその足はたちまち重心を狂わせ、その場に力なく蹲ってしまう。

 三半規管にも痛手を受けたのか、殺気は漲れどその視線は定まらず、起き上がれないようだ。

 好機。この魔法はどうやら奴にとって、銀の弾丸足り得るらしい。


「まだまだ! 【魔弾】!」

「!!」


 魔弾。無属性魔法であるそれは、私にとって最も使い勝手の良い魔法の一つである。

 それ自体の持つ攻撃力などたかが知れている魔弾ではあるが、任意の魔法と組み合わせて運用することでコイツは化けるのだ。

 私は魔弾に、サウンドカノンの魔法を乗せて放った。狙う先は少し離れた位置にある竹。

 白九尾を中心に、扇状の曲線を描くよう幾本もの竹へサウンドカノンの魔法を仕込んでいった私は、仕上げに追加で二つの魔法を発動させた。


「【チューニングノイズ】! 【爆竹】!」


 次の瞬間、銃声を思わせるようなけたたましい音が竹林に鳴り響き、その音をサウンドカノンが掛かった竹たちが喰らい、増幅せしめる。

 指向性を持ったそれらは一斉に白九尾へ向けて放たれたが、効果はそれに留まらない。

 爆竹の魔法は言わずもがな、パンパカ弾けてうるさい花火なのかなんなのかよく分からぬアレを再現したものだ。

 なんと爆裂魔法である。みんな大好き爆裂魔法!

 効果はそのまんま、ただうるさいだけ。極めて小規模の爆発も伴うけれど、威力なんてあって無いが如し。

 けれどサウンドカノンと組み合わせたなら、その凶悪性は折り紙付きである。


 そして、チューニングノイズ。

 あらゆる雑多な音に音階を与え、何でも楽器に変えてしまうというパフォーマー御用達の魔法。

 これを駆使して爆竹の音を調整した。狙いは、そう。

 共鳴だ。

 音は折り重なることで、時に強烈な響きを見せることがある。私も別にそこまで詳しいわけじゃないけれど、ドミソを一緒に奏でてわーってなった経験くらいならそりゃあるさ。

 そんな素人共鳴でも、適当に雑な音をぶつけるよりは良いだろうという、まぁその程度の狙いだったのだけれど。


「うわ……え?」

「――――」


 それは、凄絶な光景だった。

 サウンドカノンは一方向にだけ音を増幅するため、私には驚くほどその影響というのは無い。精々断続的に成り続けている爆竹がうるさい程度だ。

 だが、それを超増幅した挙げ句、幾重にも重ね浴びた白九尾はといえば、血反吐を撒き散らしてもんどり打っている。

 目は真っ赤に充血し、全身から血を吹き出しながら転げ回っているのだ。

 更にその周囲には、音の衝撃による大破壊が巻き起こっていた。

 さながらスピーカーの上にビーズでも乗せた時のように、あらゆるものが跳ねるのだ。しかしスピーカーの上と違って単なるバウンドとは行かない。

 音の波に無理やり揺さぶられるそれらは、質量のあるものほど大きなダメージを負っているように思える。

 音を受けた竹は哀れなほどにひしゃげ、踊り、地面も絶えず震えている。

 もし延々とこの状態を維持し続けたなら、あまねく物が粉々に粉砕されるのではないだろうか。

 共鳴の力は、それほどに凄まじかった。


 行ける。勝てる。

 そんなフラグめいたことが脳裏をかすめた瞬間、案の定それは起こってしまう。

 じわりと、白九尾の毛が変色し始めたのだ。

 美しい白と銀のそれが、手足八尾の末端より徐々に、黒と金の色へと。

 私はゾワリと、恐怖とも警戒心とも付かぬ何かに急かされた。


「グゥァオ――――ッ!!」

「っ!?」


 拙いと感じ、とっさに張ったのは遮音の魔法。

 直後だ。大地を震わすほどの空気の波が、強烈な爆風めいてあらゆるものを吹きちらしてしまった。

 私のサウンドカノンも、勿論例外ではない。

 音を以って、音を制された。とんでもない力技。想像の斜め上を行く底力。

 しかし解せない。あんなにも弱った状態から、どうしてこんな芸当が可能なのか。

 想像以上の化け物、格上という言葉では片付けられないイレギュラー。そんな思考停止気味のレッテルに意味は無い。

 分析せねばならないだろう。何が起きたのか、私はしかとこの眼で咆哮の主を捉えた。


 するとそこに立っていたのは、先程までの美しき白九尾などではなく。

 それとは対照的な一匹の獣だった。

 頭から尻尾の先まで漆黒に染まり、所々に輝くような黄金の毛並みを携えた黒金の獣。

 青かった瞳さえ、紅色へ変色しているではないか。今やそこには知性の色さえ窺えない。怒りと殺気に塗れている。

 黒九尾とでも言うべき、変貌を遂げた奴の姿がそこにあったのだ。


「な……っ」

「…………」


 流石に、変身したから全回復! だなんて都合のいい話は無いようで。黒九尾の足取りは心もとない。

 だが、それに反して奴から放たれている威圧感の強さときたら、白い時のそれとはもはや比較にもならない。

 これは、イクシスさんが対峙してきたそれらと比べてもまるで遜色のない、正真正銘の怪物じゃないか。

 どうしてこうなった? 力を隠していた? 或いは土壇場での覚醒? 何だよ、主人公か何かか!

 何にしても拙い。白い時は有効だったサウンドカノンも、共鳴のそれさえ力づくで吹き飛ばした黒九尾には効果がないだろう。

 ならばどうする? 何が効く? 生半可な攻撃は毛皮に阻まれて終わりだ。もしかすると黒くなったことで防御力が減った、だなんて可能性も無いわけじゃないが、それは楽観というものだ。

 何にせよ試して見るほか無い。

 先手を取られるのは一層拙い気がして、私は様子見がてら再度サウンドカノンを仕掛けた。

 共鳴は用いず、速度重視の単発だ。動作的には手を一つ打ち鳴らすだけ。耳の良いモンスターでなくとも、それなりのダメージと聴覚潰しに平衡感覚を狂わせる等の副次効果を期待できる、強力な魔法。

 様子見の単発打ちだなんて、本来なら避けてくださいと言わんばかりの愚策だが、見たいのは奴がこれにどう対処するかだ。

 避けるのならスピードを確かめられる。防ぐのなら防御力を確かめられる。かき消すのなら手札を一枚確認できる。

 対して私としては、既に見せたカードだ。少しのMPと引き換えに情報を得られるのなら、コスパとしてはとても美味しい話。

 さて、その結果は。


「ヴォン!!」

「いっ!?」


 回避を強いられたのは寧ろ私だった。

 サウンドカノンを叩き潰すほどの咆哮に、次は念動力まで織り交ぜて放ってきたのだ。カウンターである。

 しかも飛び退いた直後を狙って突っ込んでくる黒九尾。速度は白い時より尚速く。

 黒に染まったその爪が、私の体をバラバラに引き裂かんと迫った。

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