第一五七話 まずはご挨拶
幾筋もの木漏れ日が差す竹林の中、私は美しき獣と対峙していた。
九つの尾を持つ白銀の狐。九尾というモンスターの特殊個体である。
通称白九尾。私の身の丈よりも二回りほど大きなそいつは、強烈な存在感を放ちながら私をじっと眺めていた。
吸い込まれるような青い瞳は知性を感じさせ、ともすればモンスターであることさえ忘れてしまいそうになる。
だが、心眼は惑わされない。
モンスターにはおしなべて、人への攻撃衝動というものがあるらしい。
目の前の獣からも、確かにそれは感じ取れた。私に攻撃を仕掛けるタイミングを計っているようだ。
あんなおとなしそうな顔をしておいて、とんだ女狐野郎である。
しかしそうであるならば、一層気を引き締めなくてはならない。
何せひしひしと肌を刺すようなこのプレッシャーは、正面からぶつかり合えば確実に私なんて瞬殺されるような、強者の放つそれだ。
私はじりと腰を落とし、腰の短剣へと手をかけた。
現在の装備は機動性重視の一式。頭のウサ耳がチャームポイントだ。
「えっと、こんにちは」
「…………」
一先ず、いきなり襲いかかるというのも野蛮なので挨拶を投げてみた。
返事はない。少しの困惑が伝わってくるだけ。
もしかしたら以前戦った、黒鬼のように言葉が通じるかなと思ったのだけれど。
困惑してるってことは、まったく通じないわけでもなさそうなので、もうちょっと声をかけてみようかな。
「私はミコト。あなたと戦いに来た冒険者だよ」
「…………フォン」
お、鳴いた。
どうやら挨拶を返してくれたようだ。言葉は発せられないみたいだけれど、礼儀正しいモンスターであることは間違いないように思う。
「フォォン」
「え、帰れって? うーん。あなたが人里を襲わないというのなら、それもやぶさかじゃないのだけれど」
「!」
心眼のおかげで何となく会話が成立する。何だ、心眼は動物と話せる副次的効果もあるのか! これは良い使い道を見つけたものだ。
白九尾の方は、意思疎通が出来ることに驚いているようだ。
「あなたこそ、私の言葉を理解できるなんて賢いんだね」
「フォン」
「いやいや侮ってなんていないよ、素直に驚いてるだけ。だって違う言語を喋る相手の言葉が分かるなんてすごいことじゃん!」
「フォォ」
「え? まぁ私は、たまたまそういう特技があるだけだし」
思いがけず会話がうまくいってるな。もしかしてこれ、本当に戦う必要ないんじゃないの?
あわよくばお友達に慣れたら良いのに。そしたらモフモフさせてもらえるかも。
なんて淡い希望を抱いていると。
「フォン……」
「え、人里を襲わないとは約束できない?」
「フォォ」
「その姿になって、人への攻撃衝動が強くなった……ふむぅ」
「フォォン」
「それに戦うのも嫌いじゃないって? おぉぅ、そっか」
見かけによらず、好戦的な狐なんだね。
思わず私は肩を落とす。そこへ白九尾が最終宣告だと告げてきた。
「フォン……フォン!」
「帰れ、さもなくば構えろ、か。残念だけど、やるしか無いみたいだね」
私は腰に下げた鞘から一対の短剣をスラリと引き抜くと、構えを取った。
瞬間、白九尾の瞳に明らかな戦意が宿る。
「フォン……!」
「かかってこいやー!」
事前情報はなく、どの様な攻撃手段を用いるかはほぼ不明。
狐型のモンスターには火や幻術を扱うものがいるらしいけど、果たしてコイツはどうか。
なんて警戒していると、早速それが飛んできた。いや、飛んできたというよりは『そこでそれが起こった』と表するべきか。
心眼のおかげで、奴がどこに意識を向け、どんな攻撃を仕掛けようとしたかはなんとなく分かった。だから回避にも成功したのだけれど。
私がとっさに飛び退いた地面で、一瞬奇妙な現象が起こった。
飛び退く際に偶然巻き上がった枯れ葉が、どういう原理か唐突に捻れて千切れたのだ。
私は心眼で、その攻撃が何なのかを即座に理解する。
「念動力……!」
「フォン!」
続けざまに私を狙って発せられるそれを、先読みすることでどうにか躱していく。
もし私に心眼がなかったとしたら、飛来するわけでもなく唐突に発生するその現象を回避するなんて、きっと不可能だったに違いない。
正直これといったエフェクトもなくて地味な能力ではあるけれど、ぶっちゃけ強い。とんでもなく強くて厄介な力だ。
白九尾は狙いを定めた物体に働きかけ、自在に動かすことが出来るらしい。今は対象をねじ切る、というような物騒な使い方をしているようだが……。
「って、やっぱり!」
続いて襲い来るのは、投石だった。念動力で大小様々な石を宙に浮かべ、それをとてつもない速度で投げつけてくる。
実際それだけで十分な脅威だ。が、私は問題なく回避を続ける。
「フォォォン」
「うぉ!?」
すると次に襲いかかってきたのは、周囲に生い茂る竹だ。
それらがブンとしなって、私を叩こうとする。
器用なことに、たくさんの竹が乱立しているこの竹林で、見事枝が絡まるでもなく襲ってくるのだから素晴らしい地形把握能力と言えるだろう。
しかしながらであればこそ動かせる竹にもアタリがつけられようというもの。これもまた問題なく回避する私。
竹の揺すれた拍子に、大量の葉っぱがくるくると回りながら散り落ちてきた。なかなかに美しい光景だが、当然そんなものに見とれている暇はなく。私はひっきりなしに襲いくる波状攻撃への対処で大忙しだった。
あらゆる攻撃を先読みし躱してみせる私を、白九尾は些か苛立たしげに睨みつけてくる。
しかしながらどうやら意思疎通が成立したことから、私が白九尾の考えをある程度読めるのだということは分かっているらしく、驚きや戸惑いといった感情は思ったより感じられなかった。
「次はこっちの番だね! 【ビーム】!」
「キュッ!?」
光魔法のマジックアーツ、ビーム。私の操るそれは多分、普通の魔法使いが操るそれより随分と自由度が高い。
強弱はもとより、圧縮、拡散、連射に形状変化と、割となんでもござれだ。
今回放ったのは、ひたすら圧縮して貫通力に特化させた、レーザービーム。勿論瞬間的に魔法装備へ換装を行っての発射だ。
文字通り光速で放たれるそれは、それこそ先読みでもしない限り回避は不可能だろう。
狙い過たず、私の指先から伸びた長い光の針は、白九尾の眉間を焼いたのである。
一瞬、私は少しだけ勝利を期待した。
だってそうだろう。普通の獣型モンスターなら、貫通力特化のレーザービームを眉間に受ければ、頭を貫通して風穴を空けるところだ。脳を光線で焼かれたなら、そんなの即死以外あり得ない。
だというのに。
「うわ……」
「グルル……」
傷は、浅かった。確かにダメージは入った。毛皮は焼け、肉を焦がした。
だがそれだけ。頭蓋骨に到達したかすら怪しい。想像以上の防御力だ。
正直、こんなことは初めてだった。私の魔法が、それも結構自信のある魔法が直撃して、ここまで効果の薄い相手というのは。
魔法耐性がどうとかっていう話じゃないだろう。だって魔法が起こすのは物理現象であって、それがあの程度の効果しか残せないというのは、とにかく強固な防御力のなせる技に他ならない。
だから物理攻撃を仕掛けたところで、ダメージはあまり期待できないんじゃないだろうか。
ゾクリと、背筋が一層冷たくなった。
私の、火力さえ十分なら致命にすら成り得た一撃を受け、白九尾の戦意は殺意へと変化した。
これまではどこか格下ゆえか侮りの感じられた攻撃も、きっとここから先は違うだろう。
私は既に機動力装備へ切り替えた状態で、白九尾の動きに警戒した。
その瞬間だ。
まるで消えたのではと見紛うほどの、圧倒的な速度で移動した奴は、私の背後に出現していたのである。
いや、違う。
それだけの動きで移動した奴が、わざわざ背後を取って動きを止めるはずもない。消えた相手が背後に出現して、一拍を置いて攻撃するだなんていうのは、所詮漫画やアニメの演出に過ぎない。
実際は、間髪入れる隙間もない。奴が消えたと思った時には既に、私の背後で鋭い爪が振るわれた後だったのだ。
「っ!!」
勿論、先読みは出来ていた。
しかしそれで尚私の動きが追いつけぬほどの速度。機動力装備なのに、それを上回る動き。
かろうじて直撃は避けたが、かすめた爪は深く私の左腕をえぐった。
久しぶりの激痛に、怖気立つ。だが怯んではダメだ。白九尾に優位性を握らせてはダメだ。
私はビームを仮面から発射。先程傷つけた白九尾の眉間に寸分違わず直撃させてやった。爪を振るったせいで、奴は一瞬隙を晒したのだ。心眼の先読みも相まって、精密射撃はそう難しいことじゃない。至近距離なら尚更だ。
「ギュッ!?」
これにはさすがの白九尾も濁った悲鳴を漏らし、とっさに距離を取った。
私は即座に治癒魔法で傷を癒やす。足は止めない。冷や汗も止まらない。
分かっていたことだ、私よりもずっと強い化け物だと。
だけれどこれはちょっと……。
「想定以上……!」
「グルゥゥ……!」
命の取り合いは、ここからが本番になりそうだ。
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