第一五五話 ジャイアントキリングチャレンジ

 早いもので、イクシスさんの仕事を手伝うようになってから、もう一ヶ月近くも時間が流れようとしていた。

 相変わらず暑い日が続く中、私はイクシスさんにおぶさって東奔西走。日に数体の強大なモンスターを退治するイクシスさんを、陰からこっそり眺めたり、時には戦闘にも参加するような日々が続いた。

 時間が余った日には彼女直々に稽古をつけてくれることもあり、充実した毎日を送っている。

 また、素材の方もチラホラと集まってきており、これまたイクシスさんの活躍により素材の秘めた特殊能力を鑑定の後、厳選を行った。

 そうして選んだ素材を用いることで、まずは私の舞姫が無事とてつもない進化を果たすことに成功した。

 想像を遥かに超える出来に、私もオレ姉もほっくほく。イクシスさんに至っては、譲ってくれという言葉を飲み込むのに必死な有様だった。

 武器コレクターの彼女のメガネに適うくらいには、素晴らしいものが出来たというわけだ。


 他方でダンジョン攻略を進めているオルカたち三人も、ゆっくりとなれど攻略は進み、今は三九階層を踏破したところだそうだ。

 やはりモンスターの強さは尋常でないらしく、次の四〇階層は待ちに待ったボスフロアだ。

 ボス戦に挑む前に現在は、三九階層で最終調整を行っているところなのだとか。

 それが終わればいよいよ三人は、前人未到の人喰の穴、そのボス戦に挑むこととなる。

 きっととんでもない強敵が待ち受けてるに違いない。私は何度も、一緒に挑もうと声を掛けているのだけれど、未だに色良い返事はもらえていない。

 あくまで三人だけで挑戦したいとのことだ。心配で仕方ない……。


 あとは、魔道具作りの修行の方もなかなか順調だ。

 コミコトの導入によって作業は大きく効率を上げ、ロボの完成度も日に日に高くなっていった。

 コマンドのテクニカルな使用方法も着実に覚えていき、一先ず試作一号機は組み上げることが出来た。

 が、当然まだまだ問題点は多く、改良点も次々に見つかる。

 それでも一つ手を加えるごとにどんどん問題が解消されていくさまは痛快ですらあった。

 勿論行き詰まりを覚え、頭を抱えるようなことも多いのだけれど、この調子で作り込んでいけばいずれは半人前と認めてもらえることだろう。

 それがいつになるかは、正直分からないけれどね。



 ★



 ある日のこと。

 時刻は午前九時過ぎ。天気は薄い雲が広がってはいるが、概ね晴れ。

 私とイクシスさんはすっかり慣れた調子で、揃って街門を出たところだ。

 人目につかぬ場所を目指して歩く道すがら、彼女が不意にこんな話をし始めた。


「ミコトちゃんは、ジャイアントキリングボーナスって知っているか?」

「聞いたことくらいはあるよ。確か、格上のモンスターを倒すと稀に起こるっていう特殊ドロップだよね?」

「そうだね。厳密にはちょっと違うが」

「そうなの?」


 曰くジャイアントキリングボーナスとは、まともに戦ったのではまず勝てないような、格上のモンスターを見事個人単独にて討伐せしめた際に生じる特別なレアドロップなのだとか。

 しかしただ倒すだけでは、ジャイアントキリングボーナスは発生しないという。

 それを起こすためには幾つかの条件があるのだと。


 先ずは正面から、それこそまともに戦って勝つことが前提条件となる。

 大事なのはモンスターとの戦闘を通し、相手に自らの実力や在り方などを認めさせることが必要なのだとか。

 つまりは『好敵手』と書いて『友』と呼ばせるような、そういう暑苦しい理屈を成立させる必要があるとのこと。

 アイテムに宿る特殊能力は、モンスターの力が宿ったものだという考え方があるが、それで言うとジャイアントキリングボーナスが発生した場合、より色濃くモンスターの力がアイテムに宿るということなのかも知れない。

 なので、搦手や騙し討ち、奇襲や毒殺等の卑怯とも取れる手段で討伐を成功させたところで、ジャイアントキリングボーナスが発生することはないのだと言われているらしい。


「まともにやったらまず勝てない相手に、まともにやって勝つ、か……なんとも無茶な話だね」

「それ故に成功例は極めて稀で、それで得られた特殊能力というのは世界的に見ても希少なものとなっている。私だってたった一振りしか入手できていない程だからな」

「うへぇ……リスクを避けがちな私には一生縁のない話かも」


 冒険者とは命知らずの荒くれ者だ、というイメージを持つ人は多いけれど、実際のところは寧ろ命大事にで立ち回ってる人は多い。

 命を落としやすい職業だからこそ、命を落とさぬよう安全に配慮して活動するというのは言われてみれば当然の方針のようにも思える。

 勿論中には、落命の心配などどこ吹く風というようなやんちゃをする者もいる。特に若い冒険者はその傾向が強い。

 が、私はそれに反してなるべくリスクを避けるようにしている。

 何せ一度死んだ身だもの。二度も死んでたまるかという思いもあるし、周囲の人達に心配されていることも手伝ってなるべく危険には立ち寄らないよう努めてきた。

 故にこそ、ジャイアントキリングボーナスだなんてものにはこれまで無縁だったのだけれど。

 ああいや、実際のところ格上と戦ったことは何度かある。

 けれどそれらは、反則級のスキルによって切り抜けたものであったため、恐らくジャイアントキリングボーナスの条件を満たすことが出来なかったものと考えられる。

 というかそれ以前に、仲間と共闘していた時点で既にアウトだ。これまで遭遇した格上の強敵。それらと私一人で戦うだなんて、まぁまず勝ち目など万に一つもありはしない。

 だとするならきっと一生、私がそれに関わることはないだろう。

 だなんて思っていたのだけれど。


「それなんだが、今日の討伐対象である【白九尾】……ミコトちゃん、戦ってみないか?」

「…………え」

「実は私に寄せられる討伐依頼も、ミコトちゃんが移動に手を貸してくれたおかげで一気に消化できてしまってね。今残ってるのはそれほど緊急性のないものや、脅威度の比較的低いものばかりなんだ」

「だ、だからって私の手に負える相手じゃないでしょう!?」

「まぁ、それはそうなんだが」


 心眼で見るに、どうやらイクシスさんは伊達や酔狂でそんなことを言い出したわけではないようだ。

 しかし躊躇いや迷いがないわけでもないらしく。


「勿論無理強いはしないが、私は進化した舞姫を見て思ってしまったんだよ。ジャイアントキリングボーナス由来の素材を用いて作ったなら、きっと世界屈指の武器が出来るだろうと。それを、見てみたいと!」

「他人事だと思ってそんなことを言う!」

「いやいや、まるっきり勝算がないのなら私だって、こんな無茶な提案などしないさ。手解きをする過程で、キミに可能性を感じたんだ。ジャイアントキリングの可能性を」


 そもどうして格上のモンスターを倒すことが困難か。

 確かにステータスの問題は大きいだろう。自身よりも遥かにタフで、火力もあり、素早く、そして賢い。

 そんなモンスターを相手に勝ちをもぎ取るなど、当然至難を極める話だ。

 だがしかし、この世界は何もターン制のコマンドバトルRPGというわけでもなし。

 どちらかと言うとアクションゲームのそれにこそ近い。

 であれば、裸装備で最強モンスターをチクチク攻略するようなことも、理論上では可能な世界であると言える。

 一発で即死するような攻撃も、当たらなければどうということはないのだ。というやつである。

 上手く攻撃をすべて捌き切り、一方的に攻撃をヒットさせ続けることが出来るなら、ジャイアントキリングだって可能性はあるのだと。

 イクシスさんはそう言った。


「うーん……それはそうかも知れないけど、そんな無茶がもしソフィアさんにでも知れたらどうなるか……」

「う。そ、そこは出来れば内緒にして欲しいのだけれど……無論危ない時は必ず私が助けに入るから、ミコトちゃんが命を落とすような事にはならないと約束しよう」

「むむむぅ」


 ちなみにソフィアさんは、最初の方こそ毎回私と一緒にイクシスさんの仕事へ同行し、共に観戦を行っていたけれど、流石に仕事をいつまでも休んではおけなかったらしく、ある日を境に彼女はついて来なくなってしまった。

 そんな彼女が今回のお誘いを聞いたら、一も二もなく止めに入ることだろう。その姿がありありと想像できてしまう。

 ソフィアさんだけでなく、オルカたちだって多分そうだろう。

 それを思えば今回は、私にとって珍しく無茶をやらかしても咎められない機会と言えるのではないか。


「……ちなみに、ジャイアントキリングボーナスで得られるアイテムって、具体的にどう特別なの?」

「ああそれは、『成長』するんだよ」

「!」

「ジャイアントキリングボーナスで得たアイテムは、共に多くの戦闘を乗り越える内に成長し、強くなって行くらしい。私の持っていた剣も、実際そうした効果を秘めていたよ」

「な、なんと……」

「ミコトちゃんの専用武器に用いるには、これほど理想的な効果もないんじゃないかと思ってね」

「た、確かにそれはそうだね」


 成長する武器だなんて、そんなのロマン以外のなにものでもないじゃないか。

 それなら確かにいつまでだって使い続けることが出来るし、『専用武器』に相応しいだろう。

 魅力的な話に思わず惹かれてしまう。それを得られるというのなら、頑張ってみるだけの価値があるかも知れないと。

 危なくなったらイクシスさんが手伝ってくれるとも言ってくれてるわけだし、これを逃しては二度と機会なんて訪れないかも。


「それともう一点。『振るい手を選ぶ』というのも特徴だ。実際にジャイアントキリングを果たした当人や、アイテムが認めた相手にしかその力を示してくれない、つまりは『アイテムに意思が宿る』とでも言うべきか」

「! もしかしてそれって、クラウが持ち出したっていう聖剣も?」

「おお、ご明察だ。そう言えばクラウはあの剣に助けられながらこれまでやって来たのだったか。クラウもまた、振るい手として認められているのだろう」

「くぉぉおおおお……ロマンだね!」


 意志を宿し、振るい手を選ぶ武具。

 秘めたる力は絶大で、しかも持ち主と一緒に成長する……そんなアイテムを手に入れる機会!

 こんなのずるいだろう! 火がついちゃうじゃないか!


「……本当に、私で勝てると思う?」

「ああ。ミコトちゃんは眼も勘も良いからな、それに自在な戦い方も出来る。工夫次第で格上とも十二分にやり合えると私は思うぞ」

「そっか……」


 いつも思う。

 これがゲームだったなら、きっと躊躇いすらしないというのに。

 痛い思いをすることもなく、万が一にだって命の危機に晒されるようなこともない。

 失敗したってやり直しの利く、お気軽な世界。

 そうであったなら迷いもせず飛びついていたことだろう。

 しかしここではそういうわけにも行かない。

 ちょっとしくじって攻撃を浴びれば、それがうっかり致命傷にさえなりかねないような、そんな世界だ。

 HPの概念があると言っても、同時に急所という概念も存在しているし、クリティカルダメージは実際えげつない。

 そしてそこには当然耐え難い痛みや苦しみが伴うし、尋常ではない恐怖心などもついて回る。

 だからおいそれと挑戦を口にすることは出来ないのだ。


 だけれど。


「私……やるよ」

「! ほ、本当か!? 無理はしなくて良いんだぞ?」

「あはは、ジャイアントキリングなんて無理そのものじゃん。無理をなんとか、通してみるよ」


 そう、これは無理ゲーへの挑戦だ。

 賭けるのは己の命。失敗は……まぁイクシスさんが助けてくれるそうだから、私が命を落とすということにこそならないだろうけれど、代わりに機会を失うことになるだろう。

 ここでしか手に入れることの出来ない、超希少アイテムを得る機会を失う。

 ああ、そう考えてしまうと絶対に失敗は出来ないって気がしてくるな。何が何でもクリアしなくちゃならない。

 相手は【白九尾】って言ったっけ。もしかして狐かな? 九尾の狐だなんて言ったら、絶対かっこいいじゃない! だったらますます負けるわけには行かない。


「必ず手に入れるよ、最高のアイテム……出来れば素材アイテムを。そして必ず作るんだ、私の最強専用武器!」


 斯くして私はイクシスさんにおぶさり、一路遥か東を目指したのだった。

 胸中に渦巻くは、強烈な期待感と、相応の不安感。

 果たして待ち受けている白九尾とは如何なモンスターだろうか。

 そして私は、それを討ち果たすことが出来るのか。

 うう、緊張する。

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