第一五四話 母の味

 ダンジョン三五階層。現在、晩ごはん準備中。

 ソファーでくつろぐクラウとココロちゃんを尻目に、私とオルカはいつもどおり晩御飯の調理に取り組んでいた。

 いや、いつもどおりとは少し異なるか。

 オルカに言われた食材を取り出し、魔法で水や火を扱って調理のサポートを行う私と、テキパキ食材を調理していくオルカ。

 しかし私たちはチラチラとクラウの方を確認しながら、鍋を取り出すタイミングを窺っていたのだ。

 クラウの母親、イクシスさんから預かってきた鍋を自然なタイミングで取り出し、その中身を皿によそって怪しまれずに食卓へ並べなければならない。

 あまり早く出しすぎても、もう料理ができたのかと不自然に思われるだろうし、かと言って最後に出しても匂いで感づかれるかも知れない。

 料理のいい匂いがし始めて、一品加わっても不自然じゃないタイミングでサラッと出すのが理想的なのだ。

 いつになくドギマギしながら作業を進め、いよいよ鍋を取り出すのに良い頃合いとなってきた。

 が、私もオルカもとりあえず嘘が下手くそだ。そのため……。


「? 何だ二人して、さっきからチラチラとこちらを気にしているようだが」

「何か気になることでもあるんですか?」

「「!!」」


 ソワソワしすぎて怪しまれた。

 どうしたものかと私が慌てていると、すかさずオルカが理由をでっち上げてくれる。


「そ、その、私もカメラが気になって……」

「おお、そういうことか! 分かるぞ、カメラと言えば普通もっと大きいものだものな!」

「ココロが知ってるものですと、最新のものでも肩に担ぐくらい大きかったですよ!」

「そ、そうそう! 私も魔道具の勉強したから知ってるけど、以前のカメラはもっと大きかったんだって。設置式だったって記録もあるんだよ!」


 すかさず乗っかっておく。幸い上手く話題が逸れたようだ。

 私は調理スペースを離れてクラウたちのくつろいでいる方へ向かう。囮となって注意を引きつけるのだ。そしてオルカの背後にそっと鍋を出現させておく。ある程度離れた位置でも、ストレージからの出し入れは可能なのだ。

 それに気づいてくれたオルカは何食わぬ顔で調理の続きを行った。さも、その大鍋がもとからあったかのような体で。


 斯くしてどうにか調理は済み、出来上がった料理はそれぞれ美味しそうに器へと盛り付けられ、テーブルの上にずらりと並んだ。

 いつものことではあるが、冒険者である私たちの食事量は日本の一般女性とは比較にならない。

 多分成人男性の平均より多いだろう。なので、パッと見食卓に不自然な様子はない。

 料理に手を付ける前に、シスターであるココロちゃんに倣ってお祈りをし、そして皆が一斉に食事を開始する。

 が、私だけは皆の食事風景を撮っておきたいからと理由をつけ、お祈りのシーンから既にカメラを回していた。

 勿論集中して写すのはクラウだ。

 流石に液晶モニターなんてものは付いていないので、ファインダーを通して彼女を眺めていると、当のクラウはその皿がテーブルに置かれた瞬間からずっとそれをガン見している。釘付けだ。


 その皿に注がれているのは、シチューである。

 具材は大きくカットされ、それら一つ一つにしっかりと味が染み込むまでコトコトよく煮込まれた、ホワイトシチュー。

 クラウはその皿を、ただじっと眺め続けていた。

 心眼が私に告げるのは、クラウの抱くまさかという思いや、郷愁の念や、期待の高揚。延いては勇者であるイクシスさんへの複雑な感情までもがごちゃまぜになり、ただただ視線がシチューから外せなかったようだ。

 そうしてお祈りが済むと、彼女は徐に匙を手に取り、恐る恐るといった体で皿の中身をひとすくい。

 ゆっくりと口へ運び。


「…………っぅぅ」

「「「!!」」」


 瞬間、大粒の涙をこぼし始めたのであった。

 事情を知らないココロちゃんだけが、一人あわあわし始める。


「ク、クラウ様!? どうされたんですか!?」

「うぅ……ぐすっ……ぅぅぅぅ」


 ボロボロと泣きながら、彼女は次々とシチューを口へ運んでいく。ああ、鼻水まで垂らしちゃって。

 状況についていけないココロちゃんは、すがるような目でこちらを見てきた。


「ミコト様、これはどういう……?」

「ええとね、実はそのシチュー、とある人からの差し入れなんだ」

「! ああ、それってもしかして」

「そう。クラウのお母さん。勇者イクシス」

「ぐすっ……うぅ……ひっく……おがわりぃ」


 なんて話していたらあっという間に一皿完食である。

 皿を受け取ったオルカは、そそくさとそこへ追加のシチューを大鍋からたっぷり注ぎ、クラウへ返した。

 そうして私は暫し、彼女の見事な食べっぷりをカメラに収め続けたのだった。



 ★



 時刻は夜九時を過ぎ、私は現在イクシスさんの宿泊している宿へやってきていた。

 場所は彼女の部屋。照明魔道具は消され、壁へ投影されている映像が暗がりの中で鮮明に確認できる。

 妖精師匠たちに急遽依頼したビデオカメラには、なんとプロジェクター機能まで搭載されていたのだ。

 テーブルの上に置かれたビデオカメラは壁へ向けて光を吐き出し続け、そこにはクラウが泣きながらシチューをバカ食いし続ける姿が延々と流されていた。

 そして、それを見つめるイクシスさんはと言うと。


「うぅぅぅぅ……ぐすっ……ひっく……」

「泣き方までそっくりだ……」


 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、大号泣していた。

 心眼が告げてくる彼女の心情を思えば、私までまたつられて泣きそうだ。

 そう。結局クラウにつられて、さっきも泣かされてしまったのである。

 しかしイクシスさんの泣きっぷりときたら、クラウよりも酷いぞ。なにせ映像にクラウが映った瞬間から既に涙腺が崩壊していたのだから。


「うぉぉぉーん、くらーう!!」

「ちょっとイクシスさん、壁に飛びついてもただの映像ですから!」


 とうとう辛抱たまらず、映像を投影している壁に向かって突っ込んでいくイクシスさん。

 壁を突き破ってしまうんじゃないかと一瞬心配だったが、どうやら加減はしたらしい。

 ベチャッと壁面にへばりついてわんわん泣きじゃくる彼女を、私は苦笑交じりに眺め続けたのである。


 そうして二時間後。


 部屋の中には照明が灯され、ようやっと何度もリピートさせられた上映会は終わった。

 彼女もどうにか泣き止んでくれた。

 現在私はまだズビズビしているイクシスさんへカメラを向けている。


「ちょ、ミコトちゃん、それもしかして写してるのか?!」

「うん。クラウに見せてあげようと思って」

「やめてくれ、格好が付かないじゃないかっ」

「今更じゃないですか。それよりほら、クラウへ向けてメッセージとかどうぞ」

「ううー……ぐすっ」

「いいですか、このレンズの向こうにクラウがいると思ってくださいね」


 私がそう言ってカメラを回し続けていると、彼女は鼻をすすって姿勢を正した。

 そしてカメラへ向き直り、言葉を紡ぎ始めたのである。


「クラウ……お母さんだぞ。ミコトちゃんに映像を見せてもらって、驚いた。そんなに、大きくなってたんだな……うぅ……あぅぅ」


 以降、勇者イクシスによる万感を込めたメッセージが続いたが、正直涙声過ぎて私には何を言っているのかちょっと理解できなかった。

 それに娘へ向けたメッセージに、私が水を差すものでもないしね。

 心眼で読み取った大まかな内容としては、数年ぶりに見たクラウの姿に驚き、嬉しく思った。と同時に、あなたの成長を傍で見続けられなかったことが心底悔しい。元気にしているか? ご飯は食べているか? 友達は出来たか? 寂しくないか? 叶うなら直ぐにでも会いに行きたい。けれど事情は聞いているため、水を差す気も、邪魔をする気もない。だから修行に一段落付いたなら、一度顔を見せて欲しい。話をしよう。この街で待っているから、と。

 それから、毎日晩御飯を一品届けさせるとも。

 最後に、応援しているから思うようにやってみなさい、と。イクシスさんはそう締めくくった。


 果たしてクラウに解読できるのだろうか……必要なら私が通訳しなくちゃならないかもだけれど、ともかく良いビデオレターにはなったと思う。

 明日しっかり届けなくては。

 ということで撮影も終わり、ようやっと私が帰り支度を始めていると。


「ま、待ってくれミコトちゃん、そのカメラは置いていってくれないだろうか……?」

「え、ダメだよ。明日クラウへさっきのビデオレター見せないといけないし」

「あうっ、でも、もう一回クラウの映像が見たいんだ! いや、一回と言わず何度でも!」

「えー……うーん。でもそれだと夜更しするんじゃない? 明日もモンスター討伐に行くんでしょう?」

「うぐぅ……ミ、ミコトちゃんの転移術があれば時間短縮できるんだし、ちょっとくらい良いんじゃないか……?」

「…………はぁ」


 彼女が娘を溺愛していることは、見ていればこれでもかと伝わってくる。

 そんなイクシスさんはもう何年も、忙しくモンスター討伐の仕事で世界を渡り歩きながら、時間を作ってはクラウを探し回っていたんだ。

 それがようやっと、映像ではあるけれどその姿を目の当たりにすることが出来た。しかも、自分の手料理を食べて号泣している姿を収めた貴重な映像だ。

 流石にそれを取り上げるというのは気が引けるというもの。


 試しに自分にあてがって考えてみるか。

 私にとっては、そうだな……推しの最高に尊い映像がそこにあるのに、端末ごと没収されそうな状態。

 あ、それは拙い。私なら殴り倒してでも奪い取る。


「わ、分かった。カメラは置いていきます。操作方法も教えておきます」

「ほ、本当か! 恩に着るよミコトちゃん!!」

「う、うん、我が身可愛さでもあるから気にしないで」

「?」


 勇者に殴られたら、普通に死んじゃうもの。

 ここは余計な刺激を与えず、そっと推しの映像を差し出すのが吉だ。一択だ。


 ということでその日は、ビデオカメラをイクシスさんに預けたまま私はおもちゃ屋さんへ戻ったのだった。

 ちなみにその次の日、イクシスさんによるモンスター討伐のお仕事は臨時休業となった。結局夜通し映像をループ再生していた彼女は、完全に目がキマっちゃっていたので、こんな状態で戦闘をやらせてはきっと加減を間違えると思い自粛させたのだ。

 しかしクラウへ届けるための一品はきっちり仕上げてきたので、私はそれとビデオレターを携えてその晩もダンジョンへ飛んだ。


 そして食後ビデオレターをクラウへ見せたところ、こちらもまたイクシスさんそっくりの大号泣を披露。ちなみに通訳は必要なかった。さすが親子である。

 斯くして勇者になることを目指し家を飛び出した娘と、それを数年間も探し続けたママ勇者の距離は、確かにぐっと近づいたのだった。

 もともとケンカをしていたわけでもなし、しかし便利な連絡手段も乏しいこの世界で、私がその間を取り持てたというのなら、これほど喜ばしいこともない。

 きっと二人が直接顔を合わせる日も、そう遠くないはずだ。

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