第一五三話 サプライズ
ソフィアさんと別れておもちゃ屋さんに戻った私。
時刻はまだ午後三時頃と、浮いた時間が出来てしまったため修行の続きでもしようと思ったのだ。
いつものようにおもちゃ屋さんの裏口を潜れば、それに気づいたモチャコが飛んできて向かえてくれる。
「お帰りミコト、早かったんだね」
「うん。移動にあんまり時間がかからなかったからね、思いのほか早く終わっちゃった」
「ふーん。あ、小さいミコトの改良版出来てるけど、今から試せる?」
「ほんとに!? 試す試す!」
「じゃぁ勉強部屋で待ってて!」
午前中ちょっと危ない目に遭ってきたというのに、それを知らぬモチャコの出迎えは拍子抜けするほど淡白なものだった。
その反応が、却って無事戻ってきたのだなという実感を与えてくれるのだからおかしなものだ。
それはそうと、彼女の知らせに私は思わず食いついてしまった。
小さいミコトというのは、私がプレイアブルのスキルで動かして使う小さな体のことだ。
課題として妖精師匠たちに提示された、おもちゃの自主制作。そこで私が作ろうと思ったのは小さな遠隔操作式のロボットだった。
けれど作業をすすめる内にふと、小さな部品を扱うなら小さい体があると便利だな、と考えた私。
それを妖精師匠たちに話してみたところ、皆派手に食いつきを見せてくれたのである。
その結果、いつしか小さいミコト計画はほぼ私の手から離れ、現在は師匠たちが嬉々として最高のボディーをこしらえてくれているというわけだ。
私はワクワクしながら勉強部屋へと入り、軽く荷解きをして机で待っていると、程なくしてモチャコを含む数名の妖精師匠たちが数人がかりでそれを抱え運んできてくれた。
一見しても二度見しても、それはまんま美少女フィギュアでしか無い。私自らが手掛けた可愛い美少女フィギュアだ。
サイズ感は妖精たちと同じくらいで、掌の上に余裕で立てる程度のコンパクトサイズ。
以前から細々とした調整を何度も繰り返して、リテイクの度に完成度をゴリゴリに上げてきたこの人形。
果たして最新バージョンである今回はどうか……。
正直に言うと、そろそろつけるべき注文なんてのも見当たらないくらい隙のない完成度になっているので、いい加減正式採用版になるんじゃないかと睨んでいるわけだが、果たして。
妖精師匠たちの手で机の上に寝かされた小さいミコト。略して小ミコト。語感が悪くないからコミコトと仮称しておくか。
コミコトは私と同じ銀髪。この髪がかなり特殊で、触ってみるとちゃんと毛が一本一本しっかりしている頭髪なのだけれど、見た感じフィギュアのカッチカチな、それでいて今にも動きそうなあの髪の毛そのまんまの出来なのだ。
一体何がどうやってそれをなし得ているのか、正直今の私には皆目検討もつかないが、とにかく髪がカチカチで動きにくいだとか、髪がサラサラでフィギュアというよりドールっぽい、だなんてことにはなっていない。
この時点ですでに唸るばかりの完成度と言えるのだけれど、髪どころか体のどこを触ってもリアルとフィクションの中間を行く感じで、不思議なのに不自然ではないという奇跡の産物となっている。
顔立ちは私のこだわり造形で作り込んだものが、しっかり動くよう加工されている。瞬きもすれば口も動く。眉毛も動くし、表情も。ベースの顔を崩さずにこれを実現したとか、凄すぎる。
服装は試作品ということもあり、白いTシャツに短パンという簡素なものを着せてある。ちなみに服の下は全年齢対象のボディーとなっているため、センシティブとは無縁だ。
髪型は、私本体が銀髪のストレートロングヘアなのに対して、コミコトはショートカットとなっている。前下がりレイヤーボブってやつだ。うん、かわええ。
「ううむ、いつ見ても完璧な外見だ……」
「そうでしょうそうでしょう。それじゃぁミコト、早速動かしてみてよ」
「あいあい。プレイアブル!」
モチャコに促され、早速私はコミコトへ向けてプレイアブルのスキルを発動した。
するとすぐにもう一つの五感が感じられるようになった。もはや何ら違和感という違和感がないほどに、それは自然と馴染んで感じられた。
私の、もう一つの体だ。改良改善を繰り返したことで、今や不思議なくらいに馴染んでいる。
横たわった状態からゆっくりと体を起こし、調子を確かめてみる。
『うん、ラグも全然ない。動作のズレもないし、視界も良好』
「前挙げてた問題点はどう? 繊細な作業を行おうとすると、小さな誤作動が出るってことだったけど」
『試してみよう』
早速私はコミコトを用いて、以前のバージョンを試用した際気づいた問題点、改良ポイント等の確認作業に移った。
一個一個チェック項目を満たす形でテストを行い、問題無く仕上げられていることを確かめていく。
結局すべての項目をクリアし、それ以上のクオリティで返してくれた妖精師匠たち。
コミコトボディはもう、完璧としか言いようのない仕上がりとなっていることを確信することが出来た。
『これ……もう指摘するポイントが見つからないよ。完璧だ! 完成だよ!』
「ほ、本当!? 違和感とか無い? それでロボ作り捗る?」
『捗る捗る! これなら細かな作業も完璧だよ!』
そう私が太鼓判を押すと、モチャコを始め、一緒にやってきた妖精師匠たちが感極まったようにフルフルと震え始め、やったー! と喜びを爆発させたのである。
師匠の一人が高いテンションのまま部屋を飛び出していくと、直ぐにコミコト制作に携わった師匠たちがどっとこの部屋へ雪崩込んできた。
そうして口々に、本当か、問題はないか、何かあれば遠慮なく言っていいんだぞと詰め寄ってくるけれど、一切不満はないことを断言すると、改めて歓声が響く。
ワイワイと喜び合う彼ら、彼女らの姿は、一つのプロジェクトを成し遂げたチームの誇らしげな姿に思えて、素直にかっこいいなと思った。
そつなくこんなすごいボディを作っちゃったと思っていたけれど、妖精師匠たちだって知恵と技術を出し合い、頑張って作り上げたんだ。
それは私も大いに見習うべき姿勢だろう。
私はちらりと、作りかけのロボを横目に見て、制作意欲に火を灯すのだった。
(私も、私に出来る最高の作品を作り上げてみせる……!)
斯くして私は、コミコト(仮)という小さな体を手に入れることが出来たのである。
これによりいよいよロボ作りは一層捗ることだろう。その過程でコマンドを扱う腕を磨いていけば、その分だけ冒険に用いる装備も強力にカスタマイズすることが出来るはず。
わいわいと宴会を始めようとしている師匠たちを微笑ましく眺めながら、私は一人やる気を滾らせた。
★
空にはやがて赤みが差そうという、時刻にして午後五時頃。
私は妖精たちの宴会を抜けて、勇者イクシスさんの待つ宿へと足を運んでいた。
私が毎度ダンジョンのクラウたちまで物資運搬をしていることが彼女に知られ、それならばと手料理をクラウへ届けてくれと頼まれたのだ。
その手料理とやらを受け取るべく、こうして宿へやってきたのだけれど。
そろそろ食堂の厨房は仕込みで忙しい頃ではないだろうか。
イクシスさんは私がやってきたのを見るなり、すぐさまその厨房より鍋を抱えて出てきたのだった。
「お、大鍋ですか」
「すまない、気合を入れすぎてしまった!」
ドンと私の前に置かれたのは、どう見ても業務用と思しき大きな寸胴鍋だ。蓋が被さっていて中身は見えないが、なんともいい匂いが漂っている。これ絶対美味しいやつだ。
とは言え、一体何人前あるのやら。
「ミコトちゃんもクラウと一緒に食べるといい。腕によりをかけたからな!」
「う、うん。ありがと。あ、せっかくだしクラウにはサプライズを仕掛けてみようかな」
「ほう、というと?」
「最初は何も言わずに食卓に並べて、クラウが口にしてからイクシスさんからの差し入れだって伝える、とかどう?」
「なるほど……もし私の料理だと気づかれなかったら、だいぶショックだな……」
「う。それはそうか……じゃぁやっぱり普通に」
「いや、大丈夫だ。私もサプライズ大好きだからな、是非そのプランでやってくれ!」
ぐっと胸の前で両拳を作ってそういう彼女は、期待と不安の綯い交ぜになったような顔をしていた。
私は了承を返し、早速人目につかないところまで重たい鍋を運ぶと、それをストレージへしまった。
「それじゃイクシスさん、後で報告に来るから」
「ああ。待ってる!」
私は彼女へ手を振り宿を後にした。
早速ダンジョンへ飛ぼうかと思ったが、微妙に時間が早い。
さてどう時間を潰そうかと考え、ふと一つアイデアを思いついた。
私はそれを実行に移すべく、一旦おもちゃ屋さんへ戻ったのである。
★
時刻は午後七時を回る頃。
私はダンジョン三五階層入り口にて、クラウたちを待ち構えていた。
いつものくつろぎセットと、調理セットもスタンバイ済み。イクシスさんから預かった鍋に関しては、冷めぬようにとまだストレージの中だが、後でこっそり取り出すつもりだ。
調理係のオルカには、実のところ事前に個人通話で話を通してある。
彼女と協力して、何食わぬ顔で食卓にイクシスさんの料理を並べるためだ。
なんてそんな企みに思いを馳せていると、いつもどおり疲れた様子の三人が戻ってきた。
ここ数日ずっとこの三五階層にとどまっているようだが、大怪我をするようなことはなくなったらしく。疲労こそ見えはするけれど、以前ほど目立って服がボロボロになっているようなこともない。
それだけでやっぱりホッとしてしまう。切った張ったの戦闘を毎日繰り広げている彼女たちが、やっぱりどうしたって心配なのだ。
「みんなお疲れ様ー」
「ああ。ミコトはもう来ていたんだな」
「お疲れさまですミコト様」
「? ミコトそれ、何持ってるの?」
「ん? カメラだよ。ビデオカメラ」
オルカが開口一番問うてきたのは、私が手に携えているこの魔道具のことであった。通話でもこれに関しては知らせそびれていたっけ。
映像を記録するための魔道具というのは実のところ、普通に店売りされていたりする。かなり高いけど。
何でも貴族の人たちや、公的機関の記録とかなんとか、そういう私みたいな冒険者とは遠い世界の住人たちが用いる魔道具らしいのだけれど、その品質は正直あまり良いとは言えない。
少なくとも現代日本の映像技術とは比べるべくもない、レトロな感じの映像記録がやっとといった代物だ。
が、私が持ってきたこれは違う。
何せ妖精師匠たちのお手製だもの。その品質はとんでもクオリティだ。
ただまぁついさっき泣きついて、急ピッチで組んでもらった代物なので、サイズ感は少し大きくなってしまったが。
それでも片手で扱える程度だ。コ○コ○コミックくらいの大きさ、とでも言えばいいか。
ちなみに一般的な魔道具カメラは、テレビカメラくらいの大きさがある。
なのでそれを知っている三人は、早速食いつきを見せた。
「ほぉ、そうなのか! 随分小さいのだな」
「それは妖精の方たちが作ったのですか?」
「そうだよー。小さいだけじゃなくて、映像もすごく綺麗に残せるんだ。音もね」
「それはすごい、けどどうしてカメラ?」
首をかしげるオルカ。その疑問をココロちゃんもクラウも感じているらしく、同じく不思議そうにこちらへ視線を向けてきた。
私は変に隠し立てするでもなく、これを用意した主な理由を語って聞かせる。
「えっと、いくつか理由はあるんだけどね。大きいのは、クラウの姿をイクシスさんに見せてあげたいなって思って」
「! え、わ、私の姿を、か?」
「ああ勿論、クラウの許可なしに勝手なことはしないよ。クラウが良ければって話」
「そ、そうだな……吝かではないが」
「それはきっと喜ばれますね。素敵なアイデアです! さすがミコト様!」
「うんうん」
クラウの許可も出たことで一安心。
勿論本命の狙いとしては、イクシスさんの手料理を食べたクラウのリアクションを、バッチリそのまま映像でイクシスさんへ届けるのが目的なのだけれど。
しかしそれ以外にも、クラウの元気な姿を届けるだけでもきっと喜んでくれるはずだ。
事情を知っているオルカも、納得顔で頷いている。
私はこれみよがしにカメラを回し、クラウの姿をバッチリしっかり収めたのであった。
そしていよいよ、オルカとアイコンタクトを取り作戦を実行に移していく。
果たしてクラウは数年ぶりの母の手料理を、それと気づくことが出来るのか。
私はココロちゃんにカメラを預けると、オルカと二人いつものように調理を始めたのだった。
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