第一五二話 瞬発力
スキルの都合上、私のステータスは装備次第で極端に変動する。寧ろ、変動することを強みとするために極端な構成が多い。
ステータスの各種値は、HP・MPを除いて99が人間の限界値だと言われている。
歴史に名を残すような大人物とて、90台に乗る人なんて稀なほど。
それを思えば勇者イクシスさんがどれくらいイレギュラーか分かろうというものだけれど。
斯く言う私も、スキルのおかげで一部のステータスを100超えさせることが出来る。
とは言え、私の場合は些か事情が異なっている。
装備によるステータスやダメージの増加ないし低減補正などの効果というのは、実際にその装備アイテムを用いた際にのみ発揮されるというのがこの世界の仕様らしい。
例えば盾や鎧なら、そこに敵の攻撃がぶつかった瞬間に、ダメージ軽減が働いたり装備者の防御系ステータスが跳ね上がったりする、という具合に。
同じく武器なら、攻撃がヒットした瞬間や、スキル・魔法を発動する瞬間にステータス上昇やダメージ増加補正がかかるわけだ。
なので瞬間的なステータス値だけを見るなら、実のところ上級冒険者ともなれば結構当たり前に実質100超えのスペックを発揮したりする。
それこそ歴史に名を残すような英雄たちも、元のステータスは80くらいだったかも知れないけれど、実戦において発揮された瞬間的能力値はとてつもないものだったのだろうと予想できる。
対して私は、常時それらの補正が働いているような状態なため、瞬発的な効果というのは期待できない。
攻撃の瞬間にも、防御の瞬間にも、今発揮しているステータスが全て。ガチンコ勝負となる。
そういうわけなので、イクシスさんの100超えと私の100超えではまったく意味が異なるのだ。
イクシスさんはその状態から更に瞬発的に、とんでもない能力値を叩き出すのだから。
もしも私が彼女と対等の力を得ようと思うなら、一体どれ程のステータス値を目指す必要があるのか……正直分かったものではない。下手をすると四桁に乗るか、それ以上かも……。
それを理解していればこそ、オルカたちの能力値を決して低く見たりは出来ない。
彼女たちが瞬間的に発揮する能力は、きっと私を軽く凌駕することだろう。
以前の模擬戦では、だからこそ彼女らの本領を発揮させる前に勝負を決めたのだけれど。
今現在の彼女たちは、果たして如何ほどの力を蓄えているのやら。正直それを思えば怖くて仕方がない。
「それで、ステータスどうなったの?」
「え……っと」
お昼ごはんを終え、イクシスさんに貰った蒼飛竜の手袋を披露した私。
それを着けて能力値を確認してみたところ、あまりの結果に私は言葉を失っていた。
そんな私にオルカが首を傾げて結果を問うてくる。
私はおずおずと、それを口に出した。
「200……超えました」
「「「「!?」」」」
全員が目を丸くし、大袈裟なリアクションを見せてくれた。
なので私は急いで弁明する。
「た、確かにすごい数字だけど、知っての通り私のステータスは特殊だからね? それを踏まえた上で捉えてね!」
「そうだとしてもとてつもないですよミコト様! な、なんですか200って!?」
「これは超越者。私、追いつける気がしなくなってきた……」
「き、気を確かに持つんだオルカ! いうなればその数値は我々でいう『瞬間最高ステータス』のようなものなのだから!」
「如何にその手袋が凄まじいか、ということです」
ソフィアさんが良い感じに評価の方向を装備に向けてくれた。
私もこれみよがしに便乗しなくては。
「そうそう、装備がすごいのであって、私がすごいわけじゃないんだよ。そもそも私じゃ現状蒼飛竜は倒せないんだから、明らかにこの手袋はオーバースペックだしね。緊急時以外に使うつもりはないもの」
「むぅ……でも、ちょっと悔しい」
「それこそオルカだって、すごい装備を身に着けて瞬間最高ステータスを計測したら、きっと私よりずっと高い数値が出るよ!」
「確かにそうだな。例えばココロの最高値なんかは凄まじいことになっていそうだし」
「わ、私ですか!?」
確かにココロちゃんは鬼の力を扱う。それを用いて武器を振るったなら、瞬間的にとてつもないステータスを叩き出していることは想像に難くないだろう。
それに、こう言っては慰めに聞こえてしまうかも知れないけれど、ステータスだけが全てではないんだ。
例えばオルカの隠密性なんかはそれが顕著で、彼女の気配遮断はステータスに関係のない特殊な技術だと言える。
そしてそれは実戦に於いて、ステータス以上の価値を示すことだってままあるんだ。
「そういうわけだから、あまりオーバーに捉えないでほしいかな。そうだ、何だったらこの手袋みんなに貸し出すし! PTストレージに入れておくから、危ないときは遠慮せず使ってよ!」
「あ、それは良い考えかも知れませんね。手袋は防具ないしアクセサリーにカテゴライズされるものですから、どなたが身に着けても強力な効果が期待できるはずですよ」
ソフィアさんの後押しもあり、結果この手袋はPTストレージに常駐することとなった。
オルカたち三人は微妙な顔をしたけれど、私がそれを身につけることでまた変な確執めいたものが生じてはたまらない。ただでさえ模擬戦のせいで、少しおかしな空気になっちゃったんだし。
何より、この手袋が皆の助けになるのなら、それに優る使いみちなんて無いだろう。
一先ず私は手袋をオルカに押し付け、帰り支度を行った。
「それじゃまた晩御飯を持ってくるからね。みんな気をつけるんだよ!」
「失礼します」
なんとも言えない表情をした三人に見送られ、私はソフィアさんとともにフロアスキップでダンジョンを出たのだった。
そしてワープで街の近くまで飛ぶ。今朝はイクシスさんと一緒に街門を出たきりなので、門の内側にワープしてしまっては辻褄が合わなくなってしまうのだ。
なので街へは、多少手間だが歩いて門を潜り入る必要がある。
「はぁ、本当にあっという間の移動ですね。なんだか距離の概念が狂ってしまいそうです」
「慣れですよ。私なんてとっくに狂ってますし」
「ダメじゃないですか……」
転移を終えて、ほぅとため息をつくソフィアさんと軽口を交わしながら、私たちは街門へ向けて歩き出した。
時刻は午後二時を過ぎた頃。天気もよく、気持ちの良い風が鮮やかな草原を撫でている。
こうしていると、午前中の光景がまるで夢か何かだったかのような錯覚を覚えてしまうけれど、現実なんだよね。
ここから遥か遠方の火山で勇者と蒼飛竜の戦闘を目の当たりにしただなんて、なかなかに現実味の薄い話ではある。
私は、そんな世界で暮らしているんだ。
なんてうすぼんやりした思考を浮かべていると、不意に傍らでソフィアさんが足を止めたのに気づく。
何事かと少し遅れて私も立ち止まり、振り返ってみると、彼女はじっと私を見て問うてきた。
「訊かないんですか?」
「? 何の話です?」
「私が戦える理由を、です」
「ああ、そういえばそうでした」
今日は衝撃的なことが多くて、つい彼女にピンチを救われたことが後回しになってしまっていた。
一先ず私はヘコっと軽く頭を下げておく。
「あの時は助かりました。というか、私がワープをしくじったばかりに危険な目に遭わせてしまって、ごめんなさい!」
「い、いえ。それは別に構いませんし、わざわざついて行った甲斐もあったというものです」
「そう言ってもらえると有り難いです。同じ失敗を繰り返さないよう、私も精進しないと……」
「あの、そうではなくてですね……」
いつになく歯切れの悪いソフィアさんは、言葉を濁したまましどろもどろになってしまった。
どうやら彼女が見せたあの正体不明の魔法、或いはスキルか。あれは余程特別なものだったようだ。
それに関して何かを語るか、語るまいか、そんな迷いが彼女からは感じられた。
「そう言えばソフィアさんって、前にもステータスを見られたくない、みたいなこと言ってませんでしたっけ? あ、勿論未だに見てませんけど」
「覚えていてくださったんですね」
「それはそうですよ。寧ろその言葉が切っ掛けで、他人のステータスを勝手に見るのはマナー違反なんだって意識が芽生えたといっても過言じゃないかも知れませんし」
以前、ステータスウィンドウを用いることでPT欄に名があるメンバーのステータスをチェックすることが出来る、ということが分かった際、ソフィアさんは見せたくないようなことを言っていた。
ゲームであったなら、仲間のステータスチェックなんて基本であり、重要なことだったはずが、冒険者にとってそれらは軽々しく明かすべきではないと知ったのは、思えば彼女が切っ掛けだったっけ。
それに私自身、他人においそれと見せられないようなスキルを所持していることもあり、ステータスを見せたくない気持ちというのも痛いほど分かる。ゆえにこそ他者のステータスチェックは事前に許可をもらってからと決めたのだ。
ソフィアさんもステータス欄に、もしかすると簡単には明かすことの出来ないような情報が載っているのかも知れない。
そしてそれは、彼女がワイバーンを瞬殺してみせたあの技と関係していることなのかも。
「私もへんてこな事情を抱えていますからね。なのでソフィアさんの事情を無理に聞き出そうだなんて思いません。それにほら、私って心眼持ちですし。ソフィアさんが話したいかどうかは言わずとも分かるんですよ」
「それは……そうですね。ちなみに私が伏せている情報まで筒抜けだったりするんですか?」
「今のところそれはないです。具体的な心の声までは読み取れませんから安心してください」
「そうなんですね」
無表情な彼女が、少しだけホッとした顔を見せた。
というかスキルの話をしているっていうのに、いつものような激しい食いつきがない。ううむ。
やはりソフィアさんも、実は何かしら抱えているのかも知れないな。
無理に聞き出したりはしないが、彼女には日頃からお世話にもなっていることだし、私の自称妻らしいし、いつか色々話してくれたり、頼ってくれたりしたら嬉しいなとは思う。
「待っててくださいソフィアさん。私、もっと頼りがいのある冒険者になりますからね。ソフィアさんが伏せてる事情だって、安心して話せるくらいに!」
「! ミコトさん……」
私の宣言に、一瞬だけ面食らったような顔を見せた彼女は、しかしふっと力を抜いて笑った。
それはなかなかどうして、グッと来る笑顔だった。
「ええ。その時が来るのを、楽しみにしていますよ」
そうして私たちは二人、のんびりとアルカルドの街へ戻ったのである。
不意に吹いたそよ風を受けながら、強くなりたい理由が出来てしまったなと、ぼんやりそんなことを思った。
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