第一五一話 帰還報告

 蒼飛竜討伐を成功させ、カソルの村まで戻ってきた私達。

 少しの休憩を挟んだ後、ワープにて街へと戻ることに。

 するとなんだかソワソワし始めるイクシスさん。


「ほ、本当にこんな離れた場所からアルカルドまで飛べるのか? 古代の魔道具とかならそういう経験もあるが、スキルでそんな事が可能なのか?」

「寧ろそっちの体験談の方に興味があるんだけど、まぁやってみれば分かるよ。私もこんな距離飛ぶのは初めてだからね。やってみないと分からないかも」

「今回はストレージに入る必要はなさそうですね。早速試してみましょうミコトさん」


 ということで、一応モザイクの魔法も施した上で、私は二人の手を取ってアルカルド近郊までワープで転移した。

 それはもう、呆気ないほど簡単に成功してしまったわけで、一瞬にしてパッと変わる視界にイクシスさんが目を丸くしている。

 ソフィアさんはなんだかうっとりとしており、私は成功して一安心というところ。


「す、すごいな! 本当に転移したのか? 片道一ヶ月の道を!?」

「まぁ仮に失敗しても、三〇分あれば余裕で移動できちゃうしね。これで移動に関しては心配要らないことが分かってよかったよ」

「サラッと言ってますけど、ミコトさんこれとんでもないことですからね? イクシス様が驚いているという時点でちゃんと察してください」


 世界を股にかけ、大冒険を繰り広げた勇者が驚くスキル……確かにそう言われるとすごい気がしてきた。

 でも既に慣れちゃってるせいか、いまいちピンとこないと言うか、『そんなに驚くようなことかな?』とさえ感じるようになってしまった。

 でも心眼を通して、イクシスさんの驚きや戸惑い、果ては疑いの感情まで感じ取れてしまう。本当に転移したのか? まやかしのたぐいじゃないのか? という疑いだ。まぁ、気持ちは分からなくもない。

 例えば家から学校までワープで移動して、普通に授業を受けるなどして過ごしたとする。そこから再度ワープで帰宅したとして。

 しかし夜寝る前になって突然、本当に今日私は学校に行っていたんだろうか? 明日もし友達に『昨日学校来なかったけどどうしたの?』なんて訊かれたら、私はワープで一体どこに行っていたことになるんだろう?

 なんて怪談めいた不安が脳裏を過るような、そんな感覚に近いものをイクシスさんも感じているんじゃなかろうか。

 まぁそんな心配をせずとも、恐ろしく高いであろうイクシスさんのMNDを破って精神魔法をかける力なんて持ち合わせていないので、正真正銘ここはアルカルドの街近郊なのだと認めてもらう他無いのだが。


「それはそうと、時間が浮いちゃったね。まだお昼だよ」

「ですね。一先ず街に戻って昼食にしますか?」

「賛成だ。私も一度落ち着きたいところだからな」

「あ。私はちょっと所用があるので……」


 時間が出来たのなら、オルカたちのところへお昼を届けに行きたい。

 みんなやたら心配していたから、早く安心させてあげたい。手袋の自慢もしたいし。

 なんて考えていると、不意にイクシスさんが鋭い予想を述べてくる。


「む、もしかしてだがクラウたちのもとへ向かうのか?」

「! ……どど、どうしてそう思うのかね?」

「いや、その転移術があれば離れた位置にいても、すぐ合流ができそうだなと思ってね。図星だろう?」

「さ、さ、さぁね?! 何のことだろうね!?」

「ミコトさん……」


 だから嘘が下手だって言ってるんだ! 冷や汗が止まらないんですけど!

 私が一人もちゃもちゃしていると、代わりにソフィアさんがあっさり口を割ってしまった。


「ミコトさんは、ダンジョン籠もりをしている彼女の仲間たちへ毎日食材を届けているんですよ。ついでに食事もともにしているそうです」

「ちょっとソフィアさん!?」

「変な勘ぐりを受けるより、それくらい明かしたほうが得策ですよ」

「うぐ……」

「そう、だったのか……」


 まぁ確かに、それでクラウたちの潜っているダンジョンが特定されるわけでもなし。

 もしも特定されたところで、クラウの気持ちは私経由ではあるがイクシスさんに語ってある。それを無視して突撃したりはしないだろう。多分。

 なんて私が高をくくっているのを他所に、ふむと何かを逡巡した彼女が不意に口を開いた。


「それならもしや、私が料理を作ればそれをクラウへ届けてくれたり……してもらえるだろうか?」

「! そう、だね……うん。それなら問題ないと思うよ」

「おお! 本当か! クラウに手料理を食べさせることが出来る……こ、こうしてはいられない! 今すぐ食材を買いに行かねば!!」

「え、あ、イクシスさん!?」


 血相を変えて踵を返し、ドタバタと街門まで走っていくイクシスさん。

 だが、途中で慌てて引き返し戻ってきた。


「おっといけない、勝手ですまないが今日のところはここで解散。続きはまた明日ということでいいだろうか!」

「私は別にいいけど」

「ミコトさんが構わないのなら、私に異存はありません」

「ありがとう! それではミコトちゃん、宿の厨房を借りて料理を作っておくから、夕方頃取りに来てもらえるか?」

「了解です」

「うむ! ではまたな!」


 そう言って彼女は次こそ街へ走っていってしまった。とんでもないスピードだ。

 それを呆然と見送った私とソフィアさんは、何となく顔を見合わせる。


「ソフィアさんはどうします? 今日のところはもう帰ります?」

「いえ。どうせ暇なので、ミコトさんにお供しますよ。人喰の穴も見てみたいですし」


 人喰の穴はオルカたち三人が籠もっているダンジョンの通称だ。

 普通の受付嬢は、自分の目でダンジョンを確かめに行こうだなんて思わないだろうに、ソフィアさんの強さを知ってしまった今となってはそんな要望をおかしいだなんて少しも思わなくなってしまった。

 私はそれを快諾し、早速彼女を連れて再度ワープ。

 たちまちの内に、人喰の穴入り口へとやってきたのだった。


「ほぉ……これは壮観ですね」

「すごい景色ですよね」


 人喰の穴はその入口が、地面にポッカリと空いた直径100メートルにも上る大穴となっている。

 その下にはダンジョン第一階層が広がっており、その様たるや地下世界を思わせるような絶景なのだ。

 ソフィアさんは興味深げに穴の中を覗いているが、そう言えばあまりそうしていると岩が飛んできて狙い撃ちされることを忠告しておく。

 案の定その直後、人の頭より大きな岩が凄まじい勢いで穴の下より飛来し、勢い余って地上遠くまですっ飛んでいった。


「あ、危ないですね!」

「だから注意したでしょう。気をつけてくださいね」


 少し慌てた彼女は、シュバッと穴を覗いては頭を引っ込めるという、なんともコミカルな可愛らしい動きで穴の下を覗いている。くっ、あざとい! だがそれがいい!

 私は傍目でそんなソフィアさんを眺めつつ、時計を確認してオルカたちへ通話を送った。

 すると呼び出しからすぐにそれは繋がり、頭の中に彼女たちの声が響く。


『ミコト無事!?』

『お怪我はありませんか!?』

『母がなにかしでかしたりしなかっただろうな!?』

「ああ、うん。無事だしイクシスさんも大丈夫だったから落ち着いて」

「!? ちょっとミコトさん、誰と喋ってるんですか?」

「え、あ、しまった……」


 そう言えばソフィアさんにはまだ、通話機能のことは教えてなかった気がする。

 ソフィアさんとオルカたち三人にワーワーと一斉に話しかけられ、流石に面倒くさくなった私は一旦ソフィアさんを連れて下に降りることに。

 フロアスキップを使い、一瞬でダンジョン三五階層入り口に飛ぶ。

 ソフィアさんは驚き、ぐるりと視線を巡らせ周囲を確認しはしたが、尚も通話機能について問うてくるのでざっくりと説明しておいた。

 するとドタバタと、オルカたち三人が急ぎ駆けてやってくる。どうやら割と近くにいたらしい。

 今朝は酷くグロッキーだった彼女たち。おとなしくしていてくれと言ったのに、どうやら一狩りしてきたらしい。


 そうして一頻りお互いの無事を確かめあってから、いつものように昼食だ。

 くつろぎセットと調理セット、そして食材を取り出せばオルカが慣れた手つきでぱぱっと料理を作る。

 ソフィアさんを交えて午前中体験したことを皆に話して聞かせると、勇者の冒険譚外伝のように感じたのか、彼女たちは一様に目をキラキラさせて聞き入ってくれた。

 ただ、私が危ない目に遭ったという件と、ソフィアさんが実は強キャラだったという件は別の意味で強い食いつきを示され、食卓はいつになく盛り上がりを見せたのだった。


 そうして食後。


「で、これが迷惑料として貰った蒼飛竜の手袋」

「「「おおー」」」


 ストレージから取り出したそれをテーブルの上に置くと、皆の視線が一斉にそこへ集まった。

 強力な装備というのは、それというだけで一種威容な迫力を放つものである。この黒い手袋が正にそうであるように。


「ミコト、もう着けてみたの?」

「ん? いやまだだよ。今の私には身に余る装備だからね、出来れば頼らないようにしようと思って」

「ですがミコト様、その力が必要になった時、その能力も効果も知らねば振り回されてしまいます」

「そうだな。試しに今着けてみたらどうだ?」


 皆にそう言われては、納得せざるを得ない。

 私は徐に手袋を手に取ると、恐る恐る装着した。

 するとどうだ。しゅっと手を滑り入れた瞬間、幾本かの青いラインがボォっと走って、中二心をくすぐるかっこいいデザインの手袋になったじゃないか!

 形自体に大きな変化はないが、サイズはピッタリ私の手にフィットし、つけ心地は信じられないくらい違和感がない。

 シンプルだった黒一色の手袋に突如走った数本のラインは、延々と青い光をぼんやりと放ち続けており、怪しい魅力を湛えている。


「すごい、かっこいい……」

「流石希少装備は違いますね」

「ううむ、羨ましいぞ……!」

「うへへ、想像以上に良いねこれ。どうしよう、常に身に着けておいても良い気がしてきちゃった」

「ミコトさん、ステータスの変化はどうなっていますか?」

「ん? ええとねー……」


 言われて、私はステータスウィンドウを開き、それを確認した。

 そして私は黙り込む。

 MPとSTRとDEF、更にINTとDEXまでもが大変なことになっていた……。

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