第一五〇話 勇者の力
ソフィアさんが実は戦える人だったと知り、正直彼女の来歴に興味が湧いて仕方がないのだけれど、現在はそれより優先すべき事があるためその話は後回しにすることに。
そうして私たちはワープを駆使し、イクシスさんと蒼飛竜の戦いを観戦しに戻ったのである。
また先程のように、戦いの余波で痛い目を見てはかなわない。かと言ってあまり離れすぎては観戦もままならない。
なのでワープ先はマップを見ながら迅速かつ慎重に選定。マーカーをセットし、早速そこへ飛んだ。
正直おっかなびっくりのワープとなったが、転移先の地面が焼かれてやしないかと警戒するも、幸い杞憂に終わったようだ。
ただ、先程まで居た場所とは体感温度からしてまったく異なっている。
蒼飛竜が撒き散らした蒼炎は、この辺りの気温をぐっと引き上げてしまったようだ。
改めてその脅威度に背筋を冷たくしながら、私とソフィアさんは岩陰から蒼飛竜のいる方を覗いた。
正直自分たちの身を守るので精一杯だったため、軽く失念していたのだけれど。
奴と戦っていた勇者イクシスさんは、蒼飛竜の吐く炎を間近で浴びたのだった。
その余波でさえ、到底私の手に負えるものではなかったというのに、果たして彼女はどうなっただろうか。
そう思い目を凝らし、マップウィンドウをチェックしてみる。
「! イクシスさんの反応は健在……あ、いた!」
マップを頼りに視線を走らせてみれば、そこには確かにイクシスさんの姿があった。
戦闘開始直後の、竜の咆哮から身を守ったあの謎バリア。それが今回も彼女を守ったらしい。現在も彼女は半透明な球体に包まれたまま蒼飛竜と対峙していたのである。
「あの障壁、話には聞いたことがあります。勇者の常用スキルの一つ、【隔離障壁】ですね。隔離された障壁内は、外からのあらゆる干渉を受け付けないとか」
「無敵バリアってこと!? それでアイツの炎も凌いだんですね」
「しかし中からでは攻撃が出来ないというデメリットもあったはずです」
あの障壁で熱量の一切を遮っているとして、しかし攻撃に転じるためにはアレを解除する必要があるそうだ。
そうすると当然、障壁を解いた瞬間凄まじい熱量が彼女へ襲いかかるわけだけれど、一体イクシスさんはどう対処するのだろう?
なんて少しばかりハラハラしていると、彼女がちらりとこちらを気にして呑気に手を振ってきた。その表情には安堵のそれが浮かんでいる。
多分さっきのドタバタで、私たちが巻き込まれたんじゃないかと心配していたのだろう。
「ってそんなこといいから集中してください!」
「余裕のようですね」
かと思えば不意に、障壁の内側でイクシスさんは何やらスキルか、或いは魔法を発動。どうやらバフ系統の何かを施したらしい。
彼女の立っている場所の周囲は、さながら地獄絵図である。地面はとっくにガラス状になるほど焼かれており、岩岩は熱量に耐えきれず崩壊するような有様。
生半可なスキルや魔法では、到底あんな熱量を無効化することなんて出来ないだろうに。
しかしながら、それが出来てしまうのが彼女であった。
パッと件のバフを掛けたかと思えば、次の瞬間には障壁を解除していたのだ。そして当然のように、何ら痛痒を覚えている様子はなく。
これに動揺を見せたのが、対峙する蒼飛竜である。先程は我を忘れて暴れていたのに、思わず我に返ったらしい。
顔を歪ませてイクシスさんを睨みつけ、再度蒼き炎を彼女へ浴びせかけた。
だが、イクシスさんはもう障壁を張ることすらしない。
大鎚をブンと一つ振るだけで、なんとその蒼炎をかき消してしまったではないか。
障壁はあくまで念の為に張ったもの。蒼飛竜の実力を測ることと、それに私たちギャラリーを意識してのパフォーマンスというつもりもあったようだ。心眼がそうした彼女の意図を読み取ってくれる。
っていうか、ざっと二〇〇メートル以上も離れているのに、ちゃんと読み取れたことにも驚きだ。
「! あれは……どうやら決めに入るようですよ」
ソフィアさんがそう声を上げたのは、イクシスさんが大鎚をマジックバッグへしまい、代わりに一振りの剣を取り出したのを見てのことだった。
そう言えば彼女のメイン武器は剣である。現在は娘のクラウが愛用しているそれこそが、昔魔王討伐に用いたイクシスさんの愛剣だったらしいが、今彼女が取り出したのは別の一振り。
武器が大好きな彼女の振るう剣となれば、当然生半可なものではないだろう。
イクシスさんはそれをスラリと鞘から引き抜くと、再度迫る蒼炎を二度三度と容易く切り払ってみせた。
もはや彼女が負けるどころか、ダメージを負う姿すら想像がつかない。それほどにあの蒼飛竜を圧倒している。
不意に彼女の剣が、光の粒子を纏い始めた。更に刀身も黄金色の輝きを放ち始めたではないか。
「見ていてくださいミコトさん、アレが彼女の十八番にして必殺の剣。スキル愛好家界隈で決まって話題に登る、最強アーツスキルランキング。その上位に必ず食い込む絶技【灼輝ノ剣】です!」
「お、おぅ」
ツッコミを入れたい気持ちを堪え、私は身体強化スキルをますます目に集めた。
すると、急に先程よりしっかりくっきりイクシスさんの姿が確認できるようになった。あれ、思った以上の視力強化具合。
もしかすると何かしら、新しいスキルが生えたのかも知れない。視力を強化してくれる何かとか。
これ幸いとしっかりイクシスさんの勇姿を凝視する。
金色の光を纏う彼女の剣は、尚もその輝きを強めていき。
さりとて彼女からはどうにも、本気度がいまいち伝わってこないというか。あの人、『このくらいでいいかな?』なんて威力の調整をしているみたいだ。
隣で目をキラッキラに輝かせているソフィアさんは、きっとあのアーツスキルを初めて目にするのだろう。物凄くわくわくだ。
そうしてついぞ放たれた、縦一文字の一振り。
やたら眩しい金色の光は、その一振りに合わせて一瞬だけ射程を長く鋭く伸ばしたように見えた。
そうして事実、蒼飛竜の巨体は一拍の間を置き、その正中線よりパックリと左右に分断されたのである。
「うわ」
「ここからです! ほら、来ますよ!」
更に次の瞬間、切断面に端を発した金色の光が怒涛の勢いで溢れ出し、たちまち蒼飛竜を包み込んでいった。
それはさながら金色の炎が如く、蒼飛竜の体を切断面から順に滅却していったのである。
そうしてものの数秒だ。彼の巨体はたったそれだけの時間で、文字通り跡形もなく消滅してしまった。
初めてだ。モンスターが黒い霧になる以外で消滅するのを見たのは。
あまりの光景に、私は暫し言葉が出てこなかった。
正に必殺技。アレで斬られたら問答無用で消滅って、無茶苦茶にもほどがある。
スキルも勿論すごかったけれど、思い返せば蒼飛竜のしっぽを軽く打ち払ったり、剣で蒼炎をかき消したりと、やってることも信じられないような無茶苦茶ばかりだった。
「これが、勇者……これがイクシスさんの力……!」
「はぁ……夢のようです。まさかこの目で勇者のスキルを見る日が来ようとは……」
「うわ、ソフィアさん顔から色々汁が出てますよ」
「おっと失礼」
想像を遥かに超えた高みにいるイクシスさん。しかも彼女が見せた力は、全力とはまだまだ程遠いものだった。
自身との差に愕然とし、複雑な思いが胸中を駆け巡ったのも束の間。
ソフィアさんの崩壊した顔面を見て、なんだか気が抜けてしまった。感動の涙、驚嘆の鼻水、恍惚の涎と、酷いことになっている。
彼女は鞄からタオルを引っ張り出すと、それでグシグシと顔を拭い始めた。
斯くして蒼飛竜は討たれ、それを果たしたイクシスさんはまるで重力を感じさせないような跳躍をポーンポーンと繰り返しながら、間もなくこちらへ合流したのだった。
★
一先ず目的も果たしたので、私たちは下山してカソルの村へ戻って来ていた。
現在は人っ子一人居ないこの村も、蒼飛竜の脅威が去ったと報告が伝われば避難していた村人たちも直ぐに戻ることだろう。
しかしながら、確かにあんなモンスターが出たんじゃそりゃ避難するよな……イクシスさんだからあんなにあっさり勝てたものを、そうでない普通の冒険者なんかじゃ一瞬で丸焦げだ。勿論私もその例に漏れないだろう。
私もそこそこ成長したつもりでいたけれど、やっぱりまだまだなんだと理解させられた思いだ。
それはそうと、である。
現在圧倒的な強さを見せてくれた勇者イクシスさんは、私とソフィアさんに向けてヘコっと頭を下げている最中だった。
「すまなかった! ミコトちゃんに良いところを見せようと余裕ぶっていたら、思いがけず被害がそちらに飛んでいってしまった!」
「ま、まぁ怪我もなかったし、気にしなくていいよ」
「いえ、そこは気にしてください。ミコトさんを危険に晒したとあっては、いくら勇者様であれ私は許しませんから」
「う。面目ない……反省している」
さっきはイクシスさんのスキルを見て顔面崩壊を起こしていたのに、打って変わって強気なソフィアさん。
彼女の中で、それはそれ、これはこれという明確な優先順位があるようだ。
そんなソフィアさんにたじたじのイクシスさんは、徐にマジックバッグへと手を突っ込むと、そこから一対の手袋を取り出した。
黒く飾り気のないそれは、一見するとなんてことはない仕立ての良い薄手のグローブに見える。
それをスッと、私へ差し出してきたではないか。
「これ、今回の迷惑料だと思って受け取ってくれないか? ああ勿論、協力してくれた分のお給金は別途支払うぞ」
「ああいや、お給金に関しては素材が手に入ればそれで良いんだけど……この手袋って?」
「さっきの蒼飛竜が落としたものだよ。残念ながら素材は出なかったと言うか、コアごと斬ってしまったみたいでレアドロップ判定になったようだ。その意味でもミコトちゃんには申し訳ないことをしてしまった」
ヘコヘコするイクシスさん。大英雄にこんな態度を取られては、私としてもいたたまれない気持ちになる。
この場に村人がいなくて本当に良かったと、今だけは心底思った。
しかし、だ。
「でも、だとしたらこれは完全に分不相応だよ。私ではあんなモンスター倒せないし、そこから手に入れた装備品なんて明らかに持て余しちゃう」
「いえそこは貰っておきましょう。それほどの装備をミコトさんが持っていてくだされば、私としても安心できます」
「まぁ、それはそうかも知れないけど……」
「それにミコトさん、考えてみてください。あれ程の力を誇るイクシス様の移動時間を、まるっと一月も浮かせたミコトさんの功績は、実のところ計り知れませんよ。一月もあれば彼女の力でどれ程の人が救えるでしょう? それを思えば、手袋の一つ受け取ることに何の躊躇が要りますか。寧ろもっと寄越せと要求したとて、誰も文句は言えませんよ」
「む。そう言われてみると……」
「はは、確かに違いないな」
ソフィアさんの言に私は唸り、そしてちらりとイクシスさんの顔を見た。
彼女は一つ頷き、言う。
「これでは不足かも知れないが、一先ず受け取ってくれないか?」
「……一先ずも何も、これ以上を求めるつもりなんてないよ。あ、素材は別だけどね」
私は苦笑を返しながら、イクシスさんの手からその黒い手袋を受け取ったのである。
月並みな表現にはなってしまうのだが、この手袋からはすごい力を感じる。
どんな効果があるのか、どれくらいステータスが上がるのか、正直気になって仕方がないところではあるのだけれど、こんなイクシスさんのおこぼれに預かるようにして手に入れた装備で身を固めたところで、私はきっとそれを誇れない。
これがゲームだったなら、『おっ、ほんとに? ラッキー!』なんて言って安直に装備していたところだろう。
だけれどこの世界で生きている身としては、好んでこれに頼ろうとは思えなかった。
どうしても自力じゃ無理な時。実力が足りず、自分を、仲間を危険に晒すような場面が訪れたなら、この手袋の力に頼ろうと思う。
或いは、そうだね。
私があの蒼飛竜を倒せるだけの力を得たと確信したら、とかね。
「それで、私への迷惑料はないのですか?」
「なかなかちゃっかりしているな、ソフィア殿は。そうだな、貴女には……」
「いえ、物は要りません。スキルに関するお話を聞かせていただければそれで」
「寧ろ私をダシに使っておいて、主目的はそれだったのでは……」
そうして暫し休憩がてら談話をした後、私たちはワープでもってアルカルドの街へ帰還を果たすのだった。
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