第一四八話 捕捉
辺境の村カソルは、火山の麓に作られた村だ。
緑は少なくあまり農業には向かないが、代わりに良質な鉱石が採れるため、それらを外貨に変えてやり繰りしているらしい。
それと冒険者も訪れるため、小さいながらギルド支部もある。
一応そういった事前情報はあったが、実際目にしてみると想像していたよりもちゃんとしていた。
辺境というものだから、もっとこう素朴な感じをイメージしていたのだけれど。
そう言えばこの世界にはスキルがあり、大工仕事なんかもそれが用いられるのだったか。
村の建物はどれも、みすぼらしいということもなく。
大きくて立派な家、というわけでこそ無いけれど、どれも味わいのある小洒落た民家が並んでいた。
こういうところを見ると、些か私の知ってる現実味との差異を感じてしまうな。それくらいスキルってものが有用な証なのだろうけれど。
そんな村の中央広場にて私たちは、早速ワイバーンの特殊個体討伐に当たっての話し合いを始めていた。
口火を切ったのはソフィアさんである。
「では、まず私から一つ。ここから先、ミコトさんも私も足手まといになるだけでしょう。ですからイクシス様だけで討伐を果たしていただきたく思うのですが」
「ちょ、ソフィアさん!」
「む。まぁ、そもそもで言えばこの依頼自体私に寄せられたものだからな。ミコトちゃんの働きとしても、私をここまで連れて来てくれたことが望外なそれだったと思う。だからソフィア殿の言うことも納得のいくものではあるな」
イクシスさんはそう頷いた後、私を見た。
そして問うてくる。
「ミコトちゃんはどうしたいんだ?」
「私は……」
脳裏に浮かぶのは、皆の心配そうな声、それにその表情。
私はそれらを押し切ってここまで来た。だが、まだ引き返せるのも事実。
もう一度考えてみる。私がここから更に踏み込んで行く意味を。
手伝いとしての役目は、イクシスさんも認めたように果たしたと考えて良いだろう。
であれば、分前として報酬を得ることは出来るかも知れない。望み通り素材か、或いは金銭かは知らないけれど。
そうであるなら私の目的の一つは叶っていると言えるだろう。ここで安牌を選んでも問題はないはずだ。
だけれど……。
「私は……見てみたい。今の私じゃどう足掻いても届かない領域での戦い。恐れるべき脅威や憧れるべき背中ってものを」
「ミコトさん……」
「ふ……やはりキミも、冒険者だものな」
勿論不安は大きい。これはひょっとすると、取り返しのつかない愚かな選択かも知れない。
例えばイクシスさんとワイバーンの戦闘の余波で飛んできた石ころが、ぽくっと頭にぶつかって死んでしまった! なんて間抜けな結末がこの先に待っている可能性だって、実際十分に有り得る話なのだ。
それを思えば、近寄らないことが一番安全な選択であることは間違いない。
そう分かってはいるのだけれど、それでも見てみたかった。知っておきたかったんだ。
私がいつかは到達するかも知れない、雲の上の景色を。
「ミコトちゃんはこう言っているが、どうする?」
「はぁ……どうもこうもありません。ミコトさんがこう言い出したら止まらないのは理解しています。ですから、彼女が行くというのならもれなく私も付いてきますが、イクシス様はそれでよろしいのですか?」
「ああ。流石に近くでの観戦は遠慮願いたいが、離れた場所から見ているくらいなら大丈夫だろう。ただ、絶対の保証があるわけじゃないことは理解しておいて欲しい」
「心得ているよ。しっかりと気配を消して、とばっちりを受けずに済みそうな位置から観戦するつもり」
というわけで、どうやらソフィアさんも一緒に観戦することにしたらしい。
私の選択に巻き込んでしまって申し訳なく思いもするが、こうなった以上ソフィアさんのことは私が守らねば。
「さて、それでミコトちゃん。このマップでターゲットの位置は把握できるのかな?」
「む、イクシス様にも共有化してるんですね。私にもください」
「はいはい。えっとマップのサーチ範囲は半径五キロくらいだから、その圏内に捉えられれば位置は分かると思うよ」
「なんと……斥候要らずだな。恐れ入る」
「フフン、そうでしょうそうでしょう。私の嫁のスキルは凄いんです!」
「何故ソフィアさんが得意気なのか……」
「嫁というのは否定しないのだな」
「切りがないので……」
鼻を高くしているソフィアさんはさておき、一先ず私たちはターゲットであるワイバーンの特殊個体を捉えるべく火山へ向かうことにした。
道すがら、マップに映るモンスターの反応を避けて移動するものだから、エンカウントとは無縁の安全な登山となる。
とは言え見晴らしは良いものだから、わざわざ遠くからこちらにやってくるものもちらほらおり、しかしそれとて位置が把握できていれば恐れる必要もないわけで。
それらのモンスターは先を歩くイクシスさんが、枝葉でも払うかのように軽々と屠ってみせた。
「うわぁ……ソフィアさん、ここら辺のモンスターって強いはずですよね?」
「ですね。この辺りはまだ村から近いこともあって、Bランク冒険者でも戦えるものが多いようですが、それとて普通はああも容易くあしらえるようなものでは無いはずです」
「うーん、早速実力の片鱗を見せられた気分だ」
それからも登山は順調に進んだ。
足元にはゴロゴロと大小様々な石や岩が転がっており、歩きにくいったら無い。勾配も段々ときつくなってきた。
しかしそんな険しいところを歩いているというのに、不思議なほど息切れしない。
ふと生前、学校の行事で山登りを体験したことを思い出し、その時との差異に驚いてしまった。
これがステータスの恩恵か。やっぱり凄いものだなぁ。
そうして一時間ほど探索を続けたところ、ようやっとマップ端にそれが表示されたのである。
『?』マークで記された赤いアイコン。
一瞬なんのことかと思ったけれど、多分間違いない。コレが、特殊個体のワイバーンを示すマークなのだろう。
前を歩くイクシスさんが確認の問いを投げてくるが、私は恐らくそうだと頷きを返した。
「そうか。ではここからは二手に分かれることにしよう」
「そうだね。じゃぁ私たちが観戦する場所にはマーカーを付けておくよ」
私は試しに、適当な近場へピンを刺してマーカーを置いた。
するとマップを共有化している二人を含めた私たちの視界には、その位置を示す光の柱が立ち上って見えたのだ。
光とは言っても眩しくはなく、また実際本当にそこから光が立ち上っているわけでもない。私たちの目にしか見えない目印のようなものだ。
ソフィアさんは既にそれの存在を知っているため、驚きもなかったけれど。
「な、何だあれは!?」
「わかりやすいでしょう? あれが立ってる位置で私たちは観戦しているから、もし大技なんて撃つ時は配慮してくれると有り難いかな。ちなみに、あの柱はマップが確認できる人にしか見えないから、モンスターに気取られることもないはずだよ」
「そんなことまで出来るのか、ミコトちゃんのスキルは……」
はぁ、と気の抜けたような声を出すイクシスさんに苦笑を返しながら、とりあえず軽く話し合って観戦スポットを決めた。マップを見ながらなのでこういう時話し合いが円滑で助かる。
スポットには改めてマーカーを立て直しておき、そうして私たちは別行動を開始したのだった。
「それじゃイクシスさん、頑張って!」
「ああ。もし身の危険を感じたら、直ぐに転移で逃げるんだぞ。ソフィア殿もミコトちゃんのことをよろしく頼む」
「お任せください。ミコトさんのことは、私が命にかえてもお守りしますので!」
「あれ、それだと何か私が守られる側みたいじゃない!?」
釈然としない思いを抱いたまま、私はソフィアさんとともに観戦スポットへ移動を始めた。
イクシスさんはそのまま特殊個体の元へ向かう手はずだ。
私とソフィアさんの移動に関しては一瞬で済む。マーカーが立っているのだから、ワープ一つで済む話なのだ。
私たちはぽんとその場から飛び、観戦ポイントへ転移するなり早速気配を殺して岩陰から眼下を覗き込んだ。
特殊個体は別に山頂で待ち構えていたわけではない。山の中腹あたりを徘徊していたところをマップに捉えたのだ。
私たちはそれよりも高い位置から岩場に身を隠しての観戦を選んだ。
対象との距離も十分に離れており、奴の姿はここからだと豆粒ほどにしか見えない。
ただ遠近感を加味すれば、それが如何な巨体かも分かろうというもの。
推定だが全長一〇メートルは下らないだろう。青い鱗で全身が覆われた、首の長い飛竜だ。
ワイバーンというと竜種の中では下位に位置するもの、或いは亜種ってイメージがあるけれど、特殊個体である奴から感じられる威圧感と来たら、距離のあるここからでも強烈に感じ取れるほどだ。鳥肌が治まらない。
「アイツがそうみたいですね……ちなみに、呼び名なんかあったりするんですか?」
「通称は『蒼飛竜』ですね。あ、ブルードラゴンはまた別に存在しますので、混同してはいけませんよ」
「紛らわしいですね……」
「ワイバーンのくせにブルードラゴンを思わせるほど恐ろしい、という意味でそう呼ばれていると聞いたことがあります」
「へぇー」
何にせよ私が対峙したんじゃ万に一つも勝ち目のない強さを持っていることは、ここから見ただけで想像がつく。それくらいおっかない力をビリビリ感じるのだ。
しかし流石にちょっと遠いな。目視だと蒼飛竜は見えてもイクシスさんの姿は確認できそうにない。
「むー、結構距離ありますけど、ソフィアさんはちゃんと見えてます?」
「ええ。私目は良いので」
「いいなぁ。それじゃぁ私は、身体強化スキルを応用してみようかな」
身体強化の効果を目に集めて、視力強化を図ってみる。
慣れないことをしているため多少ピントずれ等で手間取ったけれど、直ぐにそれも安定。
「お、見えました! 何でもやってみるものですね」
「ほぅ、器用なことをしますねミコトさん。流石です」
そうして少し小声でやり取りしながら待っていると、不意に悠然と佇んでいた蒼飛竜が身構えたのが分かった。
途端にこちらにまで凄まじいプレッシャーが届き、私はそれだけで吐き気を催してしまうほどだ。
自覚もなく体が震えだし、自分が恐怖しているのだと自覚するのに遅れて気づいた。
「……っ!」
そうして身構えた蒼飛竜の前に、悠然と歩み登場したのが彼女、世界を救いし勇者イクシスその人である。
これより行われるのは、遥か高みの戦い。
私はその勇姿を、刮目して目に焼き付けるのだった。
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