第一四七話 天空を駆ける勇者
「おんぶ……構わないが、もしかしてそれで移動しようというのかい?」
「うん」
「おぉぅ」
早速モンスター退治に出発しようと街を出て早々、私はイクシスさんにおんぶをお願いしていた。
彼女は目を白黒させながらも、こちらに背を向けて屈んでくれる。優しい。
お礼を言いながら彼女に背負われる私。
うん。鎧の金具がゴツゴツしてて、乗り心地は微妙だ。
イクシスさんも旅装いということで、旅装束に軽鎧と、何れもかなり質の良いものを身に着けている。特に鎧なんて、きっと伝説級の品に違いない。
質が良いと見ても触れても分かるものだが、かと言って華美な装飾があるわけでもなく、スマートにそれらを着こなす彼女は格好良さに於いても超一流であった。
誰だ、天は二物を与えないなんて言ったやつは……いや、異世界だから仕方ないのかな。
などと私が乗り心地を確かめている傍ら、私より余程驚いているのはイクシスさんの方だった。
ぎょっとして肩越しに私を確認し、言うのだ。
「ミコトちゃん、軽すぎないか?」
「この耳のおかげだね。重力軽減の効果があるんだよ」
私はヒコヒコとウサ耳を動かしてみせた。
どうでもいい話ではあるのだけれど、完全装着の効果で最近このウサ耳、私の意思に応じて動くようになってきたのだ。
装備を体の一部として扱うってスキルだから、そういうことも可能なのかも知れないけど、ちょっと前はそんなことできなかったからスキルレベルでも上がったのだろうか。
でも、動くようになるって何だそのオプション……。
とは言え、イクシスさんにとっては驚きだったらしく。
「う、動いてる!? どうなってるんだそれは!?」
「動くのはおまけみたいなものなんで気にしないで」
「むぅ、私はこれでも世界中を旅してきたんだが、キミを見ていると世の中にはまだまだ私の知らない驚きがあるのだなと思い知らされるよ」
「耳が動いた程度で大げさだから! そんなことより、ここからが本番だよ」
私は合意を得てからイクシスさんへ重力魔法を掛ける。彼女の重さをウサ耳状態の私と同じ六分の一にした。
瞬間、常人より遥かに身体制御能力に長けている彼女は、自身の変化を人一倍敏感に感じ取り、たまらず驚きの声を漏らした。
「おわっ!? な、なんだ、もしかしてこれは……」
「重力魔法を掛けたんだ。イクシスさんの重さを普段の六分の一にしてみたよ」
「ミコトちゃんはそんな魔法を扱えるのかい? しかも当然のように無詠唱で」
「今更無詠唱に驚かれるなんて思ってなかったなぁ」
そう言えば詠唱なんて、格好をつける時くらいしか使わないなぁ。
あ、そうだ。何だったら口で魔法名を唱えながら、それとは全く異なる魔法やスキルを発動したら、面白い引掛け技になるかも……機会があったら試してみようかな。同時に複数の魔法を発動したら尚更効果を見込める気がする。
「それじゃイクシスさん。軽くジャンプしてみて」
「あ、ああ。行くぞ」
トン、と。軽く彼女が地面を蹴れば、ギュンと私たちの体は途端に雲の高さまで昇った。ようやっと上昇速度が緩み始めたのがそれくらいなので、下手したらうっかり大気圏超えちゃうんじゃないのこの人……。
私が背中で恐々としていると、しかし彼女は彼女で首を傾げている。
「む? 今、空気抵抗をまったく感じなかったな」
「魔法で無効化してるからね。もしかしてそれを加味してのジャンプだったの?」
「ああ。こんな高さまで上がるつもりはなかった……これならあっという間に目的地に着いてしまいそうだな」
「イクシスさん、それじゃこのまま移動始めちゃおうか。【ステップ】を使うから、空中を蹴って移動が出来るはずだよ」
「な、何? こうか……?」
イクシスさんは半信半疑で何もない宙空に足を掛け、蹴った。
心眼を用いて私は、その瞬間を逃さずステップを発動。彼女の足裏の空間を固定し、一瞬だけ現れる不動の足場としたのである。
結果、私たちの体は音速すら超えてかっ飛んだ。
空気抵抗を無効化しておかなかったら、今頃えげつないことになっていただろう。っていうかイクシスさんの脚力どうなってるんだ。
「ひぃ、何だこの加速は!?」
「何だって、あなたがやったんだよ!」
「デタラメに蹴ったから方角がわからないぞ!」
「ストップストップ! 空中着地!」
「こ、こうか?」
進行方向に足を突き出したイクシスさん。薄い風の壁を幾重にも張って、それを砕きながら減速。最後にステップで勢いを完全に殺した。
流石にあの勢いからの急停止はヤバい。主に私がヤバい。ということでとっさの処置だったけど、上手く行ってよかった。
「と、止まったな。今のは風魔法か?」
「まぁね。それよりイクシスさんにもマップを共有化しておくよ。方向はそれで確かめてね」
「? それはどういう……ってなんだこれは!?」
心眼を通し、彼女の驚きが手に取るように分かった。マップウィンドウはどうやら問題なく彼女の視界に表示されたらしい。
尚、通話機能に関しては当然共有化しない。うっかりクラウたちと繋がっちゃうかも知れないから。PTストレージに関しても同じだ。
イクシスさんは緩やかに落下するのも構わず、暫しマップウィンドウの操作に四苦八苦していたが、それもすぐに終わり。
「なんと、こんな便利なスキルがあるなんてな……本当にキミは何者なんだ?」
「私もそれが知りたくて、一先ず武器作りをしてるんだよ」
「何者にも脅かされぬために、か」
「前に恐い目にも遭ってるからね。備えあれば憂いなし、だよ」
「なるほどな……ますますキミに興味が湧いたよ。クラウが気に入ったのも分かる」
「よせやい」
あまり真面目にツッコまれると、いろいろ事情を話す羽目になりそうだったので適当に茶化しておく。
それはさておき、どうやら方角の見定めも済んだようだ。
「ではミコトちゃん、今度こそ移動開始だ」
「了解。私のこと振り落とさないようにだけ気をつけてね」
「ああ、分かっているとも」
そうして勇者は空を駆けた。
それはきっと流星と見紛うような有様だったのではないだろうか。勇者の脚力と重力軽減、そして空気抵抗無効化。
それらを用い、宙空を自在に走れるとなればきっと、最新鋭の音速ジェット機にだって遅れを取らないだろう。
流石に空気抵抗を無効化するだけじゃ身がもたないので、併せて重力負荷の無効化処理も行った。
おかげでMPがゴリゴリ削られていったが、目的地に着くまでに枯渇するようなことはなかった。
それくらい、短時間で到着してしまったのだ。
「信じられない……このマップが確かなら、ここはもうカソル上空ということになる」
「時間にして三〇分掛かってないね。私の脚力じゃこうは行かないよ……さすが勇者さま」
「私一人でもこうは行かないさ。うーん……本気でミコトちゃんを助手として雇いたくなってしまったな」
「まぁ暇な時はお手伝いくらいするよ」
「それは助かる。いや、本当に!」
そうして私たちはふわふわと地上までゆっくりと降り、果たして無事にカソルの村へ辿り着いたのだった。
村人は現在避難しているとのことで、文字通り人っ子一人いない状態だ。マップを見ても人の反応は認められない。
思えばこんなに遠出したことのない私は、イクシスさんの背から降りるなりキョロキョロと辺りの景色を興味深く眺めていたが、他方で彼女は面前にそびえる火山を眺めていた。
つられて私もそれを見上げる。頂からは白煙が登り、活火山アピールも甚だしい。有毒ガスが心配だ。
流石にマップのサーチ範囲にはその全容を捉えることが出来ていないため、未だワイバーンの特殊個体とやらをマップ上で確認することは出来ないが。
「なんだか、威圧感を感じるね……」
「ほう、分かるんだな。そう、恐らくこれがターゲットの気配だ」
なんとも怖気立ちそうな嫌なプレッシャーが、火山の方から感じられる。これはヤバい奴だとすぐ理解できた。
私じゃ歯が立たないタイプのモンスターだ。今からイクシスさんはこれを狩りに行くのか……思わずゴクリと生唾を一つ飲み込んだ。
まぁそれはそうと。
「とりあえずイクシスさん、重力魔法解除するね。体が急に重く感じられるから気をつけて」
「む、了解した」
「では、解除」
「うぉ、これは……なかなか来るな」
私もウサ耳を外し、同じくずっしりと体が重くなる感覚を体感した。
例えるなら、プールから上がる時に近いだろうか。ずんと重しでも背負ったかのような負担が全身にのしかかるのだ。
感覚に慣れるまでの少しの間、私たちはちょっと休憩を入れることにした。
「っと、その前に。ソフィアさんを取り出さないと」
「ふふ、おかしな言葉だ」
「いでよソフィアさーん」
ストレージから彼女を取り出してやると、当人は何事もなかったかのように出現。しかし彼女にしてみれば唐突に辺りの風景が一変したものだから、先程の私と同じく周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「もう移動が済んだんですか。話には聞いていましたが、ストレージ内の時間は本当に停止しているのですね……驚くほど何も感じませんでした」
「うーむ、ミコトちゃんのスキルは興味深いものばかりだな」
「全力で同意です! なんですか、話が分かるじゃないですかイクシス様」
「きゅ、急にフレンドリーになったな」
「その人、スキルの話になると人格が変わるので」
「お、おぅ、なるほど」
それから暫し、ミコトさんのスキルはあーだこーだと熱弁を振るっていたソフィアさんだったが、はたと何かに思い至ってこちらを向いた。
そして問うてくる。
「それはそうと、私がストレージに入ってどれくらい時間が経ったのですか?」
「えーと、はい時計。ちなみに同日だよ」
「ふむ。三〇分も経過していない……ふむふむ……」
何やらブツブツ言いながら考え込み始めたソフィアさん。イクシスさんも私も、それを気味悪げに眺めていたが、心眼は彼女が何かしら考察に熱中していることを教えてくれる。
私がどんなスキルを用いて、片道一月を予定していた道のりを半刻未満にまで縮めてみせたのか、そのからくりを謎解きのごとく推理して楽しんでいるのだ。
かと思えばバッと顔を上げ、私に時計を返したかと思えばそのまま両肩を掴まれた。
「では実践してもらいましょうか! さぁどうやってここまで移動してきたのか、私に見せてください!」
「い、言うと思った」
そうしてしばらく、私はソフィアさんの背中にて再び空を飛び回ることになったのだった。
完全にテンションが振り切っている彼女は、正直大分気持ち悪かった。うひゃひゃって笑ってるし。
地上に降り、ワイバーン討伐の話題に切り替わるまで小一時間ほど掛かった。
斯くしていよいよ勇者イクシスさんによる、特殊個体のワイバーン討伐が始動したのである。
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