第一四六話 頑固な受付嬢

 時刻は午前九時を回って少しした頃。

 私は勇者イクシスさんの居場所をマップスキルで確認した後、彼女の元へと向かっていた。

 どうやらイクシスさんはまだ宿にいるようだ。

 そこは本来私たちPTやクラウも部屋を取っている宿なのだけれど、なんやかんやあって現在部屋だけ確保したまま全員別の場所で寝泊まりしている有様である。

 宿の人にしてみたら、手がかからなくて助かる客か、はたまた食堂を利用しない迷惑客か。何にせよ健全ではない。

 いっそのこと一度部屋を引き払うという選択肢もありではあるのだけれど、馴染みの宿、馴染みの部屋として定着しちゃってるからなぁ。

 宿代は既に一月分ほどまとめて払ってあるから、契約上は問題ないのだけれど、状況によってはそれも考える必要がある。

 まぁそれはさておき、昨日イクシスさんとは待ち合わせなんかをしそびれてしまったため、もしかして合流しやすい場所ということで宿で待機してくれているのだろうか?

 だとしたらありがたい話だが、それより何より一つ気になる点がある。

 それは、宿の食堂にとどまっているイクシスさんの反応。その直ぐ側に、私のよく知るあの人の反応が確認できるという点だ。

 マップウィンドウを再度確認するも、動く様子はない。


 そうこうしている内に、やがて私は宿の前までたどり着いており、一つため息をつくと意を決して入口を潜る。

 しばらくぶりに見た宿屋の内装に、こころなしか実家のような安心感めいたものを感じた。

 そして食堂の方へ視線を投げてみれば、テーブルで朝食を口に運んでいるイクシスさんと、そこに同席している彼女の姿が目に入った。

 彼女は私を見つけるなり、有無を言わせぬ無表情で手招きし、同席を誘ってくる。

 私は抗うでもなく、かと言って気は進まず、渋々と同テーブルの空いた席に腰を下ろしたのである。


「おはようございますミコトさん」

「おはようミコトちゃん」

「おはようございます……なんでいるんですか、ソフィアさん」


 そう、イクシスさんの向かいに陣取り、同じく朝食を摂っていたのは、冒険者ギルドにて私の担当受付をしてくれているソフィアさんその人であった。

 昨日結局話に決着をつけぬまま帰ってしまったので、文句の一つも言いに来たというところだろうか?

 ……いや、違うか。

 心眼でもそんな思惑は感じ取れないし、それ以前に彼女の姿を見れば分かる。


「ソフィアさん、今日は変わった出で立ちをしているんですね」

「妻が普段と違う格好をしている時は、ちゃんと褒めなくちゃダメですよ」

「なに、二人は同性婚をしている間柄なのか?」

「違いますから。ソフィアさんが勝手に言ってるだけです」


 普段のソフィアさんはギルドの制服を身に纏い、しっかりと彼女と言ったらこの姿! みたいなイメージが定着しているため、何というか違和感がすごい。

 今日のソフィアさんの出で立ちは、質のいい白のローブを羽織り、下は旅装束らしき服装で固めていた。

 違和感と言ったけれど、しかし似合わないということはなく、むしろ不思議としっくり来るほどの着こなしを見せている。

 以前彼女を伴って街の外に出たことも何度かあったけれど、その時の感じともまた違って見えたのだ。


「似合ってますけど、今日は何処かにおでかけですか?」

「はい。強情な妻が言うことを聞いてくれないので、一緒についていくことにしまして」

「…………えっと、イクシスさん。こんなこと言ってるけど」

「私としてはまぁ、ミコトちゃんの同行者だと言うなら構わないよ」

「そこは構ってほしいな! いやいや、私だって足手まとい間違いなしだっていうのに、何考えてるんですかソフィアさん!」

「ミコトさん、それは愚問というものですよ」

「! ……は……そうか、そういうことですか!」


 ソフィアさんが何を考えているか、なんて当たり前のことを私はすっかり失念していた。

 スキル大好きソフィアさんが考えていることなんて、そりゃスキルのことに決まっている。

 そしてここに、担当している冒険者が無茶をして勇者についていこうとしているという絶好のシチュエーションが。


「どういうことだいミコトちゃん?」

「ソフィアさんは、勇者であるイクシスさんのスキルを間近で見たくて無理を通そうとしてるんだよ……」

「む。ミコトさんを放っておけないというのも本当なんですけどね」

「ほぉ、なかなか気合の入った受付嬢じゃないか。感心感心」

「止める気がないだと……!?」


 まぁ確かに、イクシスさんからしたら足手まといが一人から二人に増えてみたところで、大した違いではないのだろう。

 私の同行者だというのなら、彼女に否やはないとの姿勢である。

 では私としてはどうだろう。

 私自身がイクシスさんの足を引っ張ることが確定している以上、ソフィアさんが一緒にいて困ることってなんだ?

 ……あれ、別にないのか? うーん。


「そも、話を打ち切って去ったのはミコトさんが先です。これはその強情さに対する私のアンサー。私も引く気はないという姿勢を表したまでです」

「むむむ……」


 結局私は、ソフィアさんを追い返すような弁を捻り出すことが出来ぬまま、暫し無言で視線をぶつけ合うだけとなってしまった。

 するととうとう食事を終えたイクシスさんがお茶を一口飲んだ後、さてと口を開いた。


「そろそろ行き先と旅程について話したいのだけれど、構わないか?」

「……うん」

「ええ。地図を出しますね」


 ソフィアさんはすかさず足元に置いておいた自分の鞄から一枚の地図を取り出すと、テーブルの上に広げてみせた。

 私たちの住む大陸の地図だ。世界地図もありますがとイクシスさんに伺いを立てるソフィアさんだったが、これで構わないとのこと。

 そうして皆でそれを覗き込むと、イクシスさんがとある一点を指差した。


「最初に向かう先はここ、辺境の村カソルだ」

「確か、火山の麓にある村でしたね。火山にはワイバーンが分布しているため、村は冒険者の一時拠点としてよく利用されていると記憶していますが」

「流石ソフィアさん、ぱっと情報が出てくる辺り、敏腕は伊達じゃないですね」

「もっと褒めていいんですよ?」


 フフンと無表情ドヤ顔を決めるソフィアさんをあしらいつつ、私はイクシスさんへ問う。


「するともしかして、今回の目的はワイバーン?」

「そのとおりだ。ワイバーンの特殊個体が出たらしくてね、いつ村に降りてくるとも知れないため、優先度の高い依頼だ」

「変異種はテリトリーに縛られず人を襲いますからね。人里に降りてくるのも時間の問題でしょう」

「現在は村民まるごと避難生活を余儀なくされている状態だそうで、なるべく早く駆けつけなくてはならない」

「そんな依頼をほっぽってクラウを捜してたの?」

「うっ……いや、つい昨日届いた依頼なんだ。流石にこういった依頼を放置はしないさ」


 些か目が泳いでいる。が、嘘の気配は感じられない。

 どうやら本当に、昨日ギルドに立ち寄った際受けた指名依頼のようだ。

 とは言え、クラウを引き合いに出されては戸惑ってしまうのだろう。ちょっと意地の悪いツッコミをしてしまったかな。


「しかし辺境というだけあって、ここからですとかなり距離がありますね」

「ああ。一応移動には一月ほどを予定しているが、ミコトちゃんの協力があれば過酷な旅にはならないだろう」

「ん? 一月もかかるかなぁ」


 私のつぶやきに首を傾げるイクシスさんと、目を皿のようにしてこちらを見てくるソフィアさん。完全にそれ、獲物を狙う獣の目だね。

 私はコホンと空咳をつき、話をはぐらかす。


「それに関してはまぁ、後で説明するよ。それよりワイバーンってやっぱり危険な相手なの?」

「通常のワイバーンでもAランクPTで挑むべきモンスターです。その特殊個体となると……」

「良い素材が取れるといいな」

「イクシスさんにとっては、別段脅威ではないみたいだね。でもまぁ、邪魔にならないよう気をつけるよ」


 そうして私たちは話し合いを終え、席を立つ。

 やっぱりイクシスさんといると滅多矢鱈に視線を集めてしまうけれど、気配を消しておけばむしろ普段より目立たなくて済む。

 結局ソフィアさんも含めた三人で街門を抜けて外に。

 流石にちょっとドキドキするな。勇者と行動を共にするだなんて、これがRPGなら私は重要キャラだろうか。はたまたイベント限定キャラか。

 何にせよ、普段の冒険とは全然違った高揚を感じ、気持ちを落ち着けるのに苦心するほどだった。

 そんな私の内心を他所に、早速当の勇者イクシスさんが水を向けてきた。


「それでミコトちゃん、移動時間を短縮できるようなことを言っていたけれど」

「あ、うん。その前に最終確認なんだけど、ソフィアさんは本当に一緒に来るんですね? ギルドのお仕事とか大丈夫なんです?」

「ちゃんと休みを取ってきましたから大丈夫ですよ。もしもクビになっても、その時はミコトさんのPTメンバーとして頑張る所存ですので」

「そ、そっすか。じゃぁとりあえず、ソフィアさんはストレージに入っててください」


 一瞬驚いた顔を見せたソフィアさんだったが、しかし動揺は最小限。


「ついに生物まで入れられるようになったのですね……いいでしょう。身を持って体験させていただきます!」

「では収納しますよー」


 ぱっと、一瞬にして彼女の姿がその場からかき消え、私のストレージ内にその名が表示された。

 問題なくソフィアさんをストレージに入れることが出来たようだ。

 ちなみに抵抗されると、MNDが邪魔をして無効化されてしまうため、生き物を収納するには合意を得るか、抵抗できないほど弱らせる必要がある。


 今の光景を目の当たりにしていたイクシスさんが、なんとも間抜けな表情でこちらを眺めていた。

 私が振り返ると一瞬ビクリとし、問うてくる。


「い、今のは?」

「収納スキルだね。便利なんだよ?」

「人まで入れられるなんて、そんな収納スキル聞いたことがないが……」

「だからこそ、勇者様のお手伝いが務まるってものでしょう」

「うぅむ……どうやら私は、ミコトちゃんの能力を過小評価していたみたいだ」


 唸ってみせるイクシスさんに、私は苦笑を返す。

 ああけれど、これだけは言っておかねば。


「目立つのも、面倒なのもゴメンだから、ここだけの秘密にしておいて欲しいんだけど」

「あ、ああ。心得ているよ。確かにキミのそれは、公表してはさぞ大変なことになるだろうからな」


 言質が取れたので、一先ずホッと一安心。心眼も、彼女の言葉に嘘がないことを教えてくれている。

 さて、それはそれとして。


「それじゃぁ移動に関する話なんだけど」


 私はぱっとMP重視装備に換装を果たし、頭にはウサ耳を装着。

 突然装備が変わったことに、再びぎょっとしているイクシスさんへ私は告げる。


「先ずはおんぶしてもらっていいかな?」

「……え?」

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