第一四五話 出発準備

 季節は夏。日は長く、未だ夕の訪れを感じさせるには早い。が、時刻は午後四時を過ぎており、ギルドへ報告をしに戻る冒険者がチラホラと目立ち始める頃合いだ。


 オレ姉のお店を後にした私は、明日から勇者イクシスさんの手伝いをすることになった旨を、担当受付嬢のソフィアさんへと報告するためにギルドの入口を潜った。

 のだけれど、なんだかロビーの空気がいつもと少し違う気がした。心眼のスキルもそれを肯定しているが、その原因までは掴みきれない。

 私は小首をかしげながら、一先ず用事を済ませようと受付カウンターへ足を向けた。

 その瞬間である。カウンター向こうで作業をしていたソフィアさんが、バッと顔を上げて私を捉えたかと思うと、軽やかにカウンターを飛び越えてこちらへ駆けてきたではないか。

 何事かと身構えるも、彼女は構わず私の腕を掴んでそのままギルド奥へと連行したのである。


 そうして現在。

 いつもの部屋で私はテーブル越しにソフィアさんと向かい合って座っていた。


「認めませんから。絶対に認めませんからね」

「あー……なるほど」


 その第一声で、ほぼ察しがついてしまった。


 ロビーの空気がおかしかったのも、彼女のこの有様も、おそらくイクシスさんから直接話を聞いたからに違いない。

 そして多分、過保護筆頭の彼女はイクシスさんにも構わず噛み付いたのだろう。

 相手は世界を救った大英雄だというのに、さながら子を守る母のごとく相手を選ばぬその姿勢。

 私のためにそこまでしてくれるのか、と嬉しくもあるが、やりすぎですよと頭を抱えたくもなる。

 何より、イクシスさんからの提案を受け、協力することを決めたのは私自身なのだ。

 ひねた見方をするなら、私の決断をソフィアさんは認めない。信頼してもらえていないのかな、なんて考えが脳裏を過ぎらないでもない。

 が、そういうことじゃないんだよね。

 彼女は純粋に心配してくれているのだ。それは素直に有り難いことだと思う。


 思えばつい数ヶ月前、右も左も分からない様な状態でこの世界にやって来て、ソフィアさんと出会って、こんなに気遣ってもらえるようになった。いいご縁だなぁと沁沁思うよ。

 けれどそれはそれとして。


「いえ、私は行きますよ」

「ダメです」

「やだです。行きます」

「認めません」


 今回は私にとって、またとないチャンスなんだ。

 ああいや、本当にまたとないかは分からないけど。でも大きなチャンスであることは間違いない。

 確かに危険はある。イクシスさんは途方も無い力を持っていて、それをガッツリ振るって対処しなくちゃならないような危険なモンスターとの戦いに、私がひょこひょこついていって何が出来るはずもないだろう。

 それでも、勇者の戦いを間近で見られる。それだけで行く意味は計り知れないはずだ。

 それに戦闘では役に立たずとも、補助的な部分では力になれると思う。それはイクシスさんとて認めてくれているはずだ。そうでなければ誘いなんてかからなかっただろうし。


 私は、その機会を無駄にしたくないのだ。

 正直打算ばかりで、今回は誰かの助けになりたくて! なんて大義名分は持ち合わせがない。

 それでも、きっとこれからの私に必要な経験になる。そんな予感がするから。

 だから、ソフィアさんになんと言われようと此度は聞く耳を持てない。


「行く!」

「だめ!」

「行く!」

「だめ!」

「行くったら行く!」

「だめったらだめ!!」


 私たちの平行線は、かれこれ二時間ほども続いたのだった。

 結局どちらが折れるともなく、そろそろオルカたちのところへ夕飯を届けに行く時間になったので、結局話に決着を着けることのないまま私はギルドを飛び出した。というか、その場でワープスキルを発動し飛んだ。

 最終的に「絶対イクシスさんについて行きますから!」と言い逃げる形になってしまい、なんだかせっかく心配してくれてる彼女へひどい態度を取ってしまった気がして、どんよりとした気持ちになった。ごめんよソフィアさん……。


 それからオルカたちと囲った夕飯の席でも、やっぱり危険だ、やめておいたほうがいいとの意見を貰い、なんだかどんどん不安な気持ちが増してくる。

 みんながそこまで言うなんて、実は私とんでもない過ちを犯そうとしてるんじゃないかという気がしてきた。

 それでも何とか弱気を堪え、みんなには大丈夫だから、やばくなったらすぐ逃げるから、と空元気を振りまいておいた。


 そうして街に戻り、ひとっ風呂浴びておもちゃ屋へ戻ると、最後に話を通しておくべき方々が。

 そう、私の魔道具作りの師匠であるモチャコを始めとした妖精たちである。

 モチャコたちには、つい先日心配をかけたばかりだ。

 強化もろくに施さず使い続けた舞姫のこともそうだし、冒険者活動そっちのけで魔道具作りの修行を行っていたことから、ブランクの危険性も。

 そんな事情を知っている彼女らの説得には、さぞ苦戦すると踏んでいたのだけれど。


「え、ユーシャと冒険するの!? 凄いじゃんミコト!」

「ユーシャってあれでしょう? 子どもたちが言っていたダイエーユーよね?」

「ダイエーユーが一緒なら、大冒険でもへっちゃらだねー」


 ということで、存外あっさり認めてくれた。

 その際、もし外泊になるのなら、魔道具作りの自主練は欠かさぬようにとだけ釘を差されはしたが、その程度である。

 妖精たちの価値観は、子供の語る外の情報に大きく影響されるようで。

 子供がすごいと言えば、それはとてもすごいのだ。

 子供が、勇者ならどんな怖いモンスターも楽勝だ! と言えば、妖精たちもそれこそが真実だと疑わないのである。

 だから私が勇者のお手伝いをすることになったと言ったなら、心配の声も多少ありはしたが、むしろすごいねおめでとうという声の方が余程多かったわけだ。


 出発は明日ということで、ロボいじりも早めに切り上げて床についた私。

 ふかふかのベッドはいつだって瞬く間に私を眠りへ誘うのだけれど、今日ばかりは少し寝付くのに時間がかかっている。

 というのも、やはりオルカたちやソフィアさんに反対されたことが堪えているみたいだ。

 反対されたことがショック、というわけではない。

 心配なのは、もしかして反対を押し切って主張を通そうとしているこの状況……何かしら良からぬフラグを建築しているんじゃないかという怖さを感じてやまないのだ。


 フラグはフィクションの中だけのもの、だなんてことはないんだよ、実際。

 それっぽい立ち居振る舞いをすると、まるで示し合わせたかのように幸も不幸も訪れる場合があるんだ。

 勿論確実にってことではないし、杞憂だって可能性はある。

 だけれどフラグを抜きにしたって、皆の心配を振り切って行動を起こすというのは、かなりリスキーなことだと思う。

 リスクを嫌う私にしては、らしくない選択かも知れない。

 もしかしたら、それこそ命懸けで戦うオルカたちに触発されて、誤った判断をしてしまっているのかも。

 そう考えると恐ろしくて仕方がないんだ。


 結局その日はいつもより、一五分くらい寝付くのに余計時間がかかった。自分の寝付きの良さには呆れるばかりである。



 ★



 一夜明け、早く寝たせいでいつもより早く目覚めた私。

 窓のない部屋は、妖精師匠たちお手製の謎魔道具により、照明を消すとプラネタリウムが如き満天の星空が天井を飾る素敵な仕組みのため、しばらくそれを寝起きのぼんやりした頭のまま眺めていた。

 この部屋を用意してもらった初日は、妖精たちの幾らかもここで一緒に眠ったのだけれど、私がうっかり眠ったまま魔法やスキルのトレーニングをするという謎特技を披露してしまったものだから、以来私の眠っている間は誰もここへ立ち入らなくなったそうな。

 それほど前のことでもないのだけれど、一人ぼっちでいると不思議とそんな新しい記憶も懐かしく思えるものだ。


 少しして私は照明を点け、ベッドを出た。時計を見ればもう少しで午前五時という頃合い。随分早起きしてしまったみたいだ。

 部屋を出て洗面所で一通りさっぱりした後、まだ出発には早いのでロボいじりでも行って時間をつぶすことに。

 勉強部屋で机に向かい、ちまちまと作業をしていたところ、妖精用の入り口からモチャコが眠そうにフラフラと飛んできて私の頭にへばりついた。


「ふぁぁ~。おはようミコト、早いね」

「おはようモチャコ。もしかして起こしちゃった?」

「んーん。たまたま目が覚めただけぇ」


 それからしばらく、他愛ない話をしながら、アドバイスを貰いつつロボに手を入れていく。

 まだまだ完成は遠く、私の技術も未熟だと思い知ってばかりである。

 それでもやっぱり、日進月歩。新しい気付きがあるというのは楽しいもので、楽しい時間はあっという間に過ぎるものでもある。

 気づけば他の妖精たちも起き出す頃合いとなり、にわかに部屋の外が賑やかになってきた。

 このおもちゃ屋は妖精たちが共同生活を送る家でもある。

 ここで暮らす妖精たちの数は数十にも及び、皆が起き出せばそれだけ賑やかにもなるというもの。


 私もそろそろ出発する頃合いだ。

 席を立つと、モチャコが少し寂しげな表情で机の上から見上げてきた。


「行くの?」

「うん。すぐ帰ってくるけどね」

「お土産は期待していいのかな?」

「そう言えばどんなところに行くのかまでは聞いてなかったなぁ……まぁ、なにか良い物があれば買ってくるよ」


 そうして私は一旦寝室に戻り、ストレージ内のアイテムの最終チェックを行う。

 この部屋にはアイテムバンクのスキルを仕込んであるため、必要なものはストレージに、不要なものはバンクにと整理しているのだ。

 忘れ物なんかが無いかをよく確認した後、私は一呼吸置いて部屋を出た。


 おもちゃ屋を後にする際、モチャコを始めとした何人かの妖精たちに見送られ、なんだかお別れみたいな雰囲気だなと少し不穏なものを感じながらワープで飛んだのだった。

 向かう先はダンジョン。オルカたちのところだ。

 彼女たちの朝ごはんに関しては、いつもだと昨夜の内に作り置いたものをPTストレージに保存して朝頂く、という形を取るので、私が一緒に食べることはあまりないのだけれど。

 今日はやはり、いささか緊張していることもあって彼女たちの顔を見ておこうと思ったのだ。

 そう言えばイクシスさんとは待ち合わせをしていたわけでもないので、後でマップを見て彼女と合流する必要があるだろう。


 フロアスキップを駆使してオルカたちのいる階層へ飛んでみると、そこにはやたら眠そうな三人の姿があった。

 頭もなんだかボサボサで、何なら目の下に隈でも出来ていそうな有様だ。


「え、みんなどうしたのさ。すごい眠そうだけど」

「ミコト……ミコトのことが心配で、上手く寝付けなかった……」

「同じく、です……」

「私は母上が絡んでいることもあって、なんだか胃が……うぅ」

「めっちゃ弱ってる!」


 過保護組に心配をかけすぎると、一晩でこんなことになるのか……。

 私は戦慄を覚えつつ、急遽オルカに代わって麦粥なんかをこしらえ、彼女らに振る舞ったのだった。

 味の保証は出来ないが、特に文句も出なかったし、自分で食べても不味いわけでもなかったので良しとしよう。


 しかし、弱った彼女らを見ていると、またも不安が湧いてくる。

 さりとてここまで来て引くつもりもないわけで。

 私は皆に、今日のところはダンジョン探索も修行も控えて、体を休めてくれと言い含めてからその場を後にするのだった。

 私のせいで深手を負った、なんてことになったらそれこそ遣る瀬無いどころの話じゃない。

 後で通話をかけよう。無茶してなきゃいいけど。


 そうして私は街に戻るなり、イクシスさんの現在地を確認しそこへ足を向けたのである。

 期待と不安を懐きながら、未だ朝の空気漂う街を歩く。

 一先ず無理だけはしない。命大事に。いざとなったら緊急退避。

 それだけは普段以上に徹底するようしっかり肝に銘じて、勇者のもとへ向かうのだった。

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