第一四四話 ミコトの返答

 イクシスさんから持ちかけられた思いがけないお誘い。

 その内容は、各地を回って強力なモンスターを倒していくという、彼女の仕事を手伝わないかというもの。

 喫茶店の中、控えめの賑わいも耳に遠く、私は逡巡に耽った。

 既に空になったコップを見るともなしに見ながら、考えを整理していく。


 まず、リスクだ。

 いくらイクシスさんがついているとは言え、相手にするのは通常のモンスターよりも遥かに強力な個体ばかり。

 何せ生半可な冒険者では手に負えないからと、はるばる勇者であるところの彼女にまで指名依頼という形で回ってくるような奴らだから、余程の相手だ。

 そんなものを相手取るのに、私なんかは間違いなく足手まといになるだろう。

 とは言え私の役回りの主だったところは、戦闘面ではないはず。目的は私のワープスキルであり、足代わりに使おうというのがイクシスさんの考えなんじゃないかと思う。

 流石の心眼でも、心の声までは読み取れない。分かるのは感情や関心を向けているもの、それに具体的な声でこそないが、漠然と考えていることの概要くらいは分かる。

 スキルレベルが上がれば、もっと鮮明に心の声まで見えるようになるのだろうか。それはさぞ生きにくそうだから、当面は現状維持でお願いしたいところである。

 とまぁそんなわけで、イクシスさんが私に何を求めているかまでは、正直良く分からない。

 それも不気味と言えば不気味である。まぁ悪い人ではないというのは確かなので、変な悪巧みを勘ぐっているわけではないのだけれど。

 要はそんなおっかないモンスターを相手に、私が無事で済むのかという話。


 対してメリットだが。

 これは正直大きい。とてもでっかい。

 イクシスさん曰く、素材提供を行う代わりに仕事を手伝わせ、分前として獲得した素材を譲ってくれるというつもりらしい。

 なので、専用武器を作るのにこれほどありがたい話もないだろう。

 ひょっとすると想像以上にすごい素材で武器作りが出来てしまうかも知れないのだ。

 実利の面では文句なく魅力的な提案であると言える。

 それに加えて冒険者としての経験においても、勇者の戦いを間近で見られるというのは相当に貴重なものとなるに違いない。

 そも、滅多に戦えないような強力なモンスターを倒して回る、というのもそれ自体が普通の冒険者には起こり得ないようなイベントだ。


 ふと、今も命懸けで戦っているオルカたちの姿が脳裏を過ぎった。

 その一方で机に向かい、おとなしく作業に勤しむだけの私。

 勿論それらは単純に比較してどうという話ではないのだけれど、それでも皆が死線をくぐり続けている中で、自分だけそれに参加できず、安全な場所にいるというのがずっと引っかかっていたんだ。

 イクシスさんについていけば、少なくともこのもやもやを晴らすことは出来るのではないだろうか。


 うん。やはり、メリットのほうが大きいように思われる。

 私は心を決め、顔を上げた。イクシスさんをしっかりと見据えて決断を言葉にする。


「分かりました。イクシスさんのお仕事、私に手伝わせてください!」

「おお! 協力してくれるんだね!」

「協力ってほどのことが出来るとも限りませんけどね」

「いいよいいよ、話し相手がいるだけでも嬉しいものさ」


 なんともハードルの低いことを言ってくるイクシスさんに、思わず苦笑で返してしまう。

 すると彼女ははたとなにか思いついたように、こんなことを言い始めた。


「そうだ、それで一つお願いがあるのだけれど。そろそろその敬語をやめないか? 心の距離を感じて、私は寂しい」

「え……いやいや、でも勇者様を相手にそんなラフな接し方は拙いんじゃ?」

「文句を言うやつがいたら、私が黙らせるから気にしないでくれ。それに私のことは勇者様じゃなくて、あくまでクラウのお母さん、或いはこれからしばらく一緒に行動する仲間だと思ってほしいな」

「なんだかすごく光栄なことを言われてる気がするんですけど……そこまで言うなら、そうさせてもらおうかな」

「うんうん。では改めてよろしく頼むよ、ミコトちゃん」

「うん、こちらこそ」


 そう言って私達は軽く握手を交わした。

 生ける伝説とまで呼ばれる人と、こんな気安い感じで接してるのが熱狂的なファンとかにバレたら、もしかして私ボコボコにされるんじゃ……なんて思わないでもないけど、そこはもうイクシスさんが黙らせてくれるのに期待しよう。


「出発は、そうだな。舞姫の強化が終わってからか、或いは明日からか」

「そう、だね……明日からでいいんじゃないかな? イクシスさんこの街にしばらく滞在してるけど、結構無理して時間を作ってるんじゃない?」

「それはまぁ、娘と再会を果たすためだからな。当然無理も通すさ」


 さすがお母さん力を持て余した勇者。モンスター退治よりもクラウ捜しを当然のように優先するらしい。

 とは言え、それで困っている人たちもきっといるだろう。

 そこに舞姫の強化作業が終わるまで待て、だなんて流石に言えるはずもない。


「舞姫に関しては、ここに戻ってきた時に作業を進めれば大丈夫。それよりモンスター退治を優先しよう」

「ふむ。ミコトちゃんがそう言うのなら、私に異存はない。では明日の朝街を出るとしよう」

「なら今日の内に準備を整えておかなくちゃ……忙しくなりそうだなぁ」


 当初は今日もギルドでなにか依頼を受けて、冒険者としてのカンを戻すリハビリでもしようかと思っていたのが、まさかの展開である。

 急遽買い出しに行くことにした私は、指名依頼の確認をしに行くというイクシスさんと分かれて、お店巡りに予定を変更。

 相変わらず寂しい財布とにらめっこしながら、旅に必要そうなものをチクチクと買い集めていく。

 とはいえストレージ内に蓄えもあるので、念の為MP回復薬を余分に補充しておくくらいで大丈夫な気もするが、備えあればなんとやらだ。

 それと後は、旅先でコマンドを活用する場面も出てくるかも知れない。それに備えて何かしら手頃な素材でも仕入れておこうかと素材屋さんを見て回った。

 品質が低いと、コマンドを付与してもろくな効果が発揮できなかったりするのだが、だからといって何も出来ないわけでもない。

 最悪使い捨てと考えれば安物でも使いみちは出てくるだろう。

 午前中いっぱいを買い物に当てた私は、お昼オルカたちのもとで昼食を摂りながら、明日からイクシスさんと一緒にモンスター退治へ向かうことを告げた。

 すると。


「ま、待って、なにそれ聞いてない!」

「そうですよ、危ないです! 絶対反対です!」

「そうだぞ! いくら母上がついているとは言え、何があるか分かったものではない!」


 めちゃくちゃ反対された。

 過保護組ならそう来ると思い、いっそ黙っていようかとも思ったのだけれど、流石にそれはダメだと考え直し話してみたら案の定である。

 勿論心配してくれるのは嬉しいのだけれど、私の言い分も聞いてもらいたい。


「危険なのは承知してるよ。断ることも考えた。でも、私だって冒険者なんだ……みんなが頑張ってる間、私だけじっとしているのは辛いんだよ」

「ミコト……」

「良い素材を得られたら、それで作った武器で私は強くなるよ。今よりずっとね。だけどそれじゃぁ多分、私自身がステータスに見合わない」

「そ、それは……そうかも知れませんが……」

「それにイクシスさんと冒険をするだなんて、冒険者としてこの上ない経験になると思ったんだ」

「確かに、それは認めるが……」


 なおも食い下がろうとする三人をどうにかこうにか言いくるめ、明日からご飯を一緒に食べられないことも多くなりそうだから、PTストレージに食料を多めに入れておく旨を告げ、なんとも言えない表情をしている三人に見送られながらダンジョンを後にしたのだった。

 まぁ三人とは通話でいつでも話せるからね。それに私のスキルが如何に逃亡に適しているかを知っているからこそ、どうにか引き下がってくれた節はある。

 心配なのはお互い様ということで、なんとか納得してくれると有り難いのだけれど。


 さて、お昼を終えて次に向かうのはオレ姉のところだ。

 ドアベルとともに入店すると、カウンターの向こうで何やら熱心に書き物をしている彼女を見つけた。


「おーミコト、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」

「ちょっと舞姫を預けて行こうと思ってね。実はイクシスさんと出掛けることになってさ」


 私は大まかな経緯を説明し、未だ私の手元にある舞姫を取り出し、オレ姉へと差し出した。

 今後も度々暇を見つけてここへは顔を出すつもりだけど、もしかしたら近々強化された舞姫に頼るシチュエーションが出てくる可能性もある。

 なのでいっそ今の状態で持ち歩くより、強化作業を優先してもらおうということにしたのだ。


「また無茶なことを考えたもんだね……とは言え、まだ強化プランをまとめてる最中なんだが」

「だから今日、あらかたそれをまとめてしまおうと思って。オレ姉が忙しいなら出直すけど」

「何言ってんのさ、今も考えをまとめてたところだよ。どうせ客っつっても常連がたまに顔を出すくらいだからねぇ」


 ケラケラと笑うオレ姉だけど、それって大丈夫なんだろうか……舞姫の強化代金は、ちょっと色を付けて払わないとな。

 今は持ち合わせがないから、どうにかイクシスさんの手伝いで幾らか稼がなくては。

 そうして奥へ通された私は、オレ姉と二人あーでもないこーでもないと、舞姫の強化について案をまとめていったのである。

 アイデア自体は昨日、イクシスさんを交えての話し合いで面白いものが出揃っていたため、後はそれを形にするための話し合いと設計図づくりだ。

 オレ姉が描くラフな設計図に、あれやこれやと指摘や改良案、加えられそうな別のアイデアなんかを書き加えながら話は進み、二時間ほどでようやくそれは出来上がったのである。

 それからオレ姉が、ラフを元に製図。しばらく待っていると、いよいよ舞姫が生まれ変わった姿が図として仕上がった。

 後は相応しい素材さえあれば、作業を一気に進めることが出来るはずだ。


「うぐぅ、金欠……」

「まぁこればっかりはね。一先ずイジれるところからイジっておくさね」

「っていうか、これだけ大胆に手を加えたんじゃ、ほぼ元の舞姫のパーツって無くなっちゃうんじゃないの……?」

「む。まぁそうだねぇ、強化より新調にするのも悪くはないだろうね」


 その場合今の舞姫は手元に残って、新しい舞姫が私の相棒にすげ変わる。

 うーん、それはそれでどうなんだろう。愛着って意味では、少し引っかかりを覚えるな。

 使わなくなった初代舞姫は、ストレージの肥やしになっちゃうんだもんね。それは寂しいよ。


「……やっぱり、新調じゃなくて強化にしよう。少しでも舞姫の部品が引き継がれるのなら、それは変わらず私にとっての相棒だって素直に思える気がする」

「そうかい。趣味で作った作品に、そこまで思い入れを持って貰えるんなら鍛冶師冥利に尽きるってもんさね」


 そうして私は舞姫をオレ姉に任せ、武器屋を出たのだった。

 時刻は午後四時を回っている。オルカたちのところへ晩御飯を届けるにはまだまだ早く、しかしおもちゃ屋に帰ってロボをいじるには作業時間が心もとない。

 なんとも半端に時間が浮いて、どうしようかと考えてみたところ。ふと脳裏にソフィアさんの顔が浮かんだ。


 ギルドの担当受付嬢である彼女には、やっぱり今回の件を告げておくべきだろう。

 だけど十中八九……いや、確実に引き止められるだろうなぁ。

 オルカたちですら説得するのに苦労したし、ソフィアさんが何ていうか……うーん。まぁ、行くか。


 そろそろギルドがちょっとずつ混み始める時間帯だ。

 混雑に巻き込まれる前に彼女と話をするべく、私は小走りでギルドへと向かうのだった。

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