第一四三話 勇者からの提案

 クラウの過去を聞いた翌日。

 今日も朝から冒険者ギルドへと向かった私。時刻は昨日より遅めの一〇時前。

 イクシスさんを避ける理由もなくなったので、今日は朝方ロボいじりに時間を費やした後、おもちゃ屋さんを出たのだ。

 そうして一人寂しくギルド前へやってくると、そこには件の勇者イクシスさんがいた。

 ギルドに入るわけでもなく、かと言って誰かと話しているわけでもなく。

 マップで把握していたので特に驚きも無かったのだけれど、もしかしてあれは私を待っているのだろうか。

 なんて思ったのも束の間、こちらを見つけたイクシスさんは軽く手を振りながら歩み寄ってきた。


「おはようミコトちゃん。今日は随分ゆっくりなんだな」

「おはようございます。魔道具作りの修行もありますんで、どうせだから混み合う時間を避けてきたんですよ」

「なるほど。あの技術を磨くとなれば相応の勤勉さも要るだろうな」


 うんうんと納得してみせるイクシスさん。

 それはいいのだが、心眼で彼女がソワソワしてるのがもろ分かりである。


「クラウの話を聞きに来たんですよね?」

「! ま、まぁそうだな。それもあるな」

「場所を変えますか?」

「ああ。その辺の茶屋にでも入るか」


 私たちは連れ立って少し歩き、適当な喫茶店を探した。

 が、そも冒険者ギルド内に飲食スペースが設けられている関係で、飲食するお店は微妙に離れているのだ。

 とは言え道中、別段気まずい空気が流れるわけでもなく。昨日随分打ち解けたこともあって他愛ない話で間を繋いだ。

 そうして小洒落たカフェに二人で入ると、適当に注文を済ませて早速私の方から話を切り出す。


「昨日、クラウから色々聞きました。彼女が家出をした理由とか」

「ほ、本当か! 詳しく聞かせてくれ!」


 前のめりになるイクシスさんを宥めつつ、私は昨日クラウに聞いた話をそのまま彼女へ語って聞かせた。

 伝言ゲームみたいに変な改変が生じてないか少し心配だったけど、なるべく正確に伝えたつもりだ。

 それに付け加えて、現在の彼女についても話しておく。


「クラウは今、私の仲間たちとともにとあるダンジョンへ挑んでるんです。詳細は一応伏せさせてもらいますけど、そこで彼女は今、何かを掴みかけている」

「クラウは、ずっとソロで活動していたはずだったが……そうか。ミコトちゃんたちと出会って、何か変化があったんだな」

「そもそもクラウが一人で我武者羅に戦ってきたのは、バトルジャンキーというのもそうですけど、あなたのようになりたくて必死だったからなんだと思います」

「…………」


 イクシスさんは暫しうつむき、黙り込んだ。

 何年も探し続けた娘の気持ちを、間接的なれどようやっと聞けたのだ。考えや気持ちの整理も容易ではないだろう。

 実際、心眼はイクシスさんの葛藤を如実に伝えてくる。

 娘が心配で、出来れば今すぐにだって会いに行きたい。これ以上危険な真似をしてほしくないという強烈な想いと、娘の気持ちを汲み、尊重してやりたいという気持ちがぶつかり合っているのだ。


「ミコトちゃん……クラウは、危険なことしているのか?」

「……はい。特にここ数日は苦戦しているみたいで、私の仲間ともども大きな怪我をすることもあるみたいです」

「っ……治療は?」

「優秀なヒーラーがいますから、傷跡さえ残さず都度回復させていますよ」

「そう、か……」


 ぐっと拳を握り、肩を震わせるイクシスさん。痛いほどの思いがひしひしと伝わってくる。

 彼女はクラウが消息を絶って以来ずっと、こんな気持を抱えてきたのだろう。

 クラウにはクラウの想いが確かにある。だけれど、イクシスさんの心配だってよく分かる。

 これ以上私がどうこう口を挟むのは余計なお世話かも知れないが、もう一つだけ伝えておこう。


「イクシスさん。実は先日、私とクラウを含む仲間たちとで模擬戦を行ったんです」

「そうなのか?」

「はい。ちょっと特殊なルールではあったんですけどね」

「結果は?」

「私が勝ちました」

「!?」


 私は模擬戦の内容について、一部ぼかしながらもなるべく細かく彼女へ伝えた。

 特に、三人が敗因として『チームワークの未熟さ』を挙げたことを。

 そして今現在彼女たちが掴もうとしているもの、越えようとしている壁はきっと、それと無関係ではないはずだと。


「あの子が……」

「クラウは、もう少しだけ待って欲しいと言っていました。その願いを尊重してあげることは、出来ませんか?」


 再度逡巡するイクシスさん。

 けれど今度はそう間を置かず、顔を上げてこちらを見た。

 少し苦しげに、しかし気持ちは定まったのだろう。


「わかった。私はあの子が壁を超えるのを待つとしよう」

「イクシスさん……ありがとうございます」

「ふふ、何故ミコトちゃんが礼を言うんだ?」

「クラウは私の友達ですから。それに、クラウと一緒に戦っている二人も同じく、何かを掴めそうだと言っていましたから」

「そうか……なんだか懐かしいよ。私も昔は仲間たちと、同じように無茶をしたものだ」

「あ、興味あります! 私そういう話に疎いもので」

「いいだろう。ならば語ってあげようじゃないか」


 斯くして、イクシスさんがダンジョンへ突撃する、というような事態は回避できた。

 それからしばらく勇者直々の冒険譚を面白おかしく聞かせてもらった後、そろそろ店を出ようかと腰を浮かせかけたのだけれど。

 そこで不意に、イクシスさんが待ったをかけた。


「実はもう一つ話があるのだけれど、聞いてくれないか」

「? 何でしょう」

「話というか提案なのだけれど」


 イクシスさんは些か真面目な顔を作って、ひょんなことを言い始めた。

 それは彼女の事情。


「実は私、未だに冒険者家業を続けているのだが」

「え、引退されたんじゃないんですか?」

「そんなことをしては、愛しのコレクションを振るう機会がなくなるじゃないか」

「あぁ、流石クラウのお母さんだ」

「それでだね。私の場合依頼をいちいち受注してどうこうというんじゃないんだ」

「というと?」

「所謂『指名依頼』を請け負って各地を飛び回っているんだ。モンスターの中には時折特殊な個体が現れるのを知っているだろう?」


 彼女の口から出た話題に、嫌な記憶が脳裏を過ぎっていく。

 もう随分昔のことのようにも思えるけれど、私がこの世界に来て間もない頃、なんやかんやトラブルがあってブルーベアの特殊な個体に殺されかけたのだった。

 かなりレアな体験だったようで、結局あれ以来特殊個体と遭遇したことはないのだけれど、通常のブルーベアと比較すると恐ろしく強化された個体だった。

 モンスターの中にはそういう、突然変異を起こすものが稀に現れるのだ。

 それらはリポップこそしないが、代わりに通常のモンスターとは異なる動きを見せたりする。

 一番厄介なのが、人里を襲うという点だ。

 通常個体は街や村の中に出現することもなければ、モンスター自ら領域を侵すようなこともない。

 ところが特殊個体はそういったルールを無視するのである。


 他にも、長く倒されること無く生き続け、勝ち続けたモンスターは上位個体に進化することもあるらしい。

 これもまたリポップすることはないが、特殊個体とは違ってルールは守る。

 ただ、分布エリアの主として君臨し、そこに挑んだ冒険者に甚大な被害をもたらすことがあるとか。

 世の中には存外厄介なモンスターがいるのだ。

 そしてそれらは、当然どこかの誰かが対処することになる。さもなければ、奴らは次々に人里を襲い続け、被害を増やし続ける一方だろう。

 正当に進化した個体もまた、放置すればさらなる上位個体へ進化したりする。どんどん手がつけられなくなるのだ。


「私は大体、そういった個体を討伐して回っているんだよ」

「なるほど……手のつけられないモンスターを一体誰が倒してるのか少し疑問でしたけど、イクシスさんが対処してたんですね」

「まぁ、私だけではないけれどね。世界は広い。知られざる強者など存外ゴロゴロしているものさ」

「なんだか雲の上の存在って感じですね」


 思わずネットゲームなんかを思い浮かべてしまった。

 アレは初心者と廃人の格差がえげつないからね。だからもしかするとこの世界にも、そんな廃人じみた実力者が何処かにいるんじゃないかと密かに予想していたのだけれど、どうやらそれは的を射ていたようで。

 しかしどうしてそんな話を今したのだろう?


「それでだね、提案なんだけど。ミコトちゃん、私の仕事を手伝ってみる気はないか?」

「え…………え?」

「冒険者業に復帰したと言っていただろう? なら丁度いいと思ってね」

「いやいやいや、何が丁度いいんですか!?」

「私はまだ、満足していないんだよ。ミコトちゃんたちの武器づくりに、なんとか貢献できないかと私なりに考えたんだ」

「鑑定を引き受けるだけじゃヤダってことですか?」

「そう。やだ!」

「えええ……」


 そう言えばクラウにも妙に子供っぽい一面があったけど、アレもこの人譲りだったか。

 イクシスさんは僅かに頬を膨らませ、じっとこっちを見てくる。

 そして更に詳しい話を始めた。


「ミコトちゃんが仕事を手伝ってくれたなら、その報酬として素材を提供することが出来るだろう?」

「特殊個体って、装備しか落とさないとか、そんな感じじゃありませんでしたっけ?」

「コアを砕いたならそうだな。だが普通にHPを削り切っただけなら、素材を落とすこともある。特殊能力を秘めた素材をね」

「ぬぅ……」

「それに打算的な話をすると、キミの力を当てにしている部分もあるんだ」

「? 私なんかが役に立つとは思えませんけど」

「ミコトちゃんは自らを過小評価しすぎているね。確かに戦力面ではまだまだ発展途上かも知れないけれど、キミにはアレがあるだろう?」


 心眼が、イクシスさんの言うアレを読み解く。

 即ち、転移系スキル。ワープのことである。

 言われてみると確かに、それはそうかも知れない。

 イクシスさんは特殊個体を倒すべく世界中を飛び回ることになる。しかしワープがあれば、好きな時にこの街へ戻ってくることが出来るのだ。

 そうしたらこの街に滞在し続ける必要もなくなるし、仕事も出来る。

 つまり私を足に使おうというのだ。それならば私が役に立つというのも分からない話ではない。


「素材もそうだが、冒険者としてもなかなか得難い経験が出来ると思うんだ。私とともに数々の強敵と対峙するというのは、資料では分からぬ知識や発見を得られることだろう」

「た、確かに……」

「それに……単純に興味があるんだよ。クラウを破ったというキミの力にね」

「むむむぅ」


 思いがけない勇者イクシスさんからの誘い。

 なんとも魅力的な提案ではあるが、私には魔道具作りの修行もあるわけで。それにオルカたちにも心配をかけることになるだろう。

 しかし断るには惜しい話でもある。うーん、さてどうしたものか。

 悩んだ末に、果たして私が出した返答は……。

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