第一四二話 クラウの過去
クラウは勇者の娘だった。
当人の口から証言が得られたことから、それは概ね確かな裏付けと言って良いだろう。
よもや彼女がクラウの偽物だった、なんて落ちでもない限りクラウは勇者イクシスさんの言った通り、僅か一二歳にして聖剣を握り家を飛び出したことになる。
こんなモンスターの跋扈する世界に単身で飛び出すなんて、じゃじゃ馬だとかわんぱくだとか、そういう次元を軽く飛び越えている。随分ロックな少女だったのだなと私は呆れ半分、関心半分。
そんな私を他所に、初めてその事実を聞かされたオルカとココロちゃんは大いに驚いてみせた。
無理もない。勇者の存在をつい先日知ったばかりの私とは違い、二人にしてみれば勇者はその道の世界チャンプみたいなものだ。
雲の上の人。きっと一生関わり合いになることもないような有名人。
そんな人の娘が、まさかこんな身近にいたと聞いては驚きもする。
口を半開きにするオルカとココロちゃん。そして結局自分から言い出せず、こんな形で勇者との関係を明かされたクラウは所在なさげだ。
しかし私としては、それを確認できただけで満足。
そこをあまり掘り下げようとは思っていない。
「ええと、とりあえず今日あったことを説明するね。お昼通話に出られなかった事情も」
皆が視線を寄せてくるのを確認し、私はまず冒険者活動を再開したことを説明した。
これに関しては、皆に余計な心配をかけたくなくて黙っていたのだけれど、今日の活動を思えば語ったところで問題ないと判断。
ソフィアさんに渋られて、結局簡単な依頼しか受けられなかったと語ったところ、皆一様にホッとした表情を見せた。
そして依頼目標を達成し、街に戻った時のこと。そこで勇者に捕まったのだと。
それからなんやかんやあって、勇者も一緒になって武器作りのアイデアを練っていたと説明すると、皆は何とも難しい顔で首を傾げていた。
「ミコト、どうしてそうなるの?」
「私にもわかんない。たまたまイクシスさんが武器愛好家だったとしか……」
「そうなんですか、クラウ様?」
「ああ……母は昔から武器に目がなくてな。家には名だたる逸品がコレクションされていたよ。ミコトとオレネ殿の作る武器に強い興味を示した姿も、ありありと想像できてしまう」
頭痛でも堪えるように眉間にシワを寄せ、ため息交じりにそう証言するクラウ。
なるほど、イクシスさんのアレは娘にも呆れられるレベルらしい。
「そんなわけで、イクシスさんが近くにいたから通話は控えたんだ。なんか気取られそうで怖かったし」
「まぁそうだな。それが無難だと思うぞ」
「そういう事情なら仕方ない」
「ですね」
「あ、お昼ごはんは大丈夫だった?」
「それは平気。PTストレージに入ってる食料で済ませたから」
PTストレージにはこういう予期せぬ場合を想定して、ある程度食料を保管してある。すぐに食べられるように、オルカの作ったご飯の余りを入れておいたり、お惣菜を入れておいたりするので、そう困るようなことにはならないはずだ。
とは言えPTストレージはまだ容量が小さい。六四種類のアイテムしか入れられないため、あまり食料だけで枠を圧迫するわけにも行かず、収納するアイテムの内容には注意が必要ではある。
ともあれお腹が空いて戦えねぇ! 力が入らねえ! なんてことになっていなくてよかった。
私はホッと胸を撫で下ろしつつ、話を戻した。
ざっくりとではあるが今日の出来事を語り終え、その流れでクラウへ問う。
「それでクラウ、イクシスさんはクラウに会いたがってるけど、クラウはどう思ってるの?」
「わ、私は……」
「……ちなみに、別に私イクシスさんから詳しい事情を聞いたわけでもないし、口出しをするような真似もしないよ。クラウがもし会いたくないっていうんなら、私はそのままそれをイクシスさんに伝えようと思っているし、逆に会う意志があるのなら二人を引き合わせようと思ってる」
正直なところを言うなら、クラウが何を思って家を飛び出したのか、それは気になる。仲間として、友達として、それは知っておきたいようにも思う。
けれど同時に、クラウの家の事情で、部外者がおいそれと踏み入るようなものでもないのではないか、とも思うのだ。
「それか、もしも迷いがあるのなら……私たちに事情を話してみるっていうのはどう? 第三者に話すことで、考えにも気持ちにも整理がつくかも知れないし」
「むぅ……そう、だな」
クラウは少し逡巡の時間を置き、そしておずおずと顔を上げた。
目を落ち着き無く泳がせ、些か頬を赤くしながら言う。
「わ、笑わずに聞いてくれるなら……言う」
「笑わないよ。私を笑わせたら大したものだよ」
「ミコトは割とよく笑ってると思うけど。私は笑わないから安心して」
「ちょっと!」
「ココロは笑いませんよ。足の裏をくすぐられたって笑いませんもん」
「ふ……では話すが、その……皆にしてみれば少しも大したことのない話なんだ。悲壮な決意があるわけでもなければ、壮大な宿命を背負っているわけでもない。だが、私にとっては譲れないという、それだけの話」
そうしてクラウは語り始めた。
幼い頃の出来事を。
☆
物心つく前から、クラウは母の冒険譚を聞いて来た。
それは母イクシスの語る寝物語であったり、勇者を称える声からであったり、母の集めた武器の由来からであったり。
クラウは世界中の誰よりも沢山勇者イクシスの冒険譚を聞かされ、そして誰よりも強く勇者に憧れを抱いたのである。
物心つくと同時に彼女は、母にねだって剣術の手ほどきを受けた。魔法の練習も始めた。
幸いクラウには豊かな剣の才能があり、魔法も人並み以上に操れた。勇者二世に相応しい資質を秘めていたのだ。
自分はきっと母のような勇者になると、クラウの確信は強まる一方だった。
クラウは知っていた。
勇者イクシスは、魔王配下のモンスターにより齢一二歳にして故郷の村を焼かれ、独り旅立ったことを。
だから彼女も漠然と思っていたのだ。私も一二になったなら旅に出るのだと。何故なら私は母の後を継ぐ勇者になるのだから、と。
そんな彼女を冒険へ駆り立てたのは、一振りの剣だった。
不思議とクラウは、かつて勇者の振るったその聖剣と心を通わせることが出来た。
それは彼女の名の由来たる剣だった。それが縁となったのか、はたまた受け継いだ血や才能、はたまた志の影響か。
何にせよ彼女は、その聖剣と意思疎通が出来た。
聖剣は退屈だと言った。
魔王を討ち果たし、厄災の去った世界でその剣は退屈を持て余していた。
振るい手たる勇者は他の武器にうつつを抜かし、彼の聖剣はすっかり飾り物のような扱いを受けていたのだ。
クラウはそんな聖剣の退屈に気づき、そして意気投合した。
斯くして彼女は書き置きを一枚残し、一二歳のある日家を飛び出す事となる。
相棒は聖剣一本。それに少しの食料と着替えだけ鞄に詰めて、旅に出たのだ。
書き置きは至ってシンプル。
『勇者になって帰ってきます。捜さないでください』
そこからは苦労の連続だった。
聖剣片手に数多のモンスターを屠り、幾多の死線をくぐり抜けた。
捜さないでと書き置いたのに、勇者は度々捜しにやって来たが、聖剣と知恵を出し合って何とか見つからずにやり過ごしてきた。
そうして数年。
クラウはいつしか勇者ではなく『女騎士』と呼ばれ、Aランク冒険者として各地を転々としていた。
成長した彼女は気づいてしまったのだ。この世界にはもう、魔王がいないことに。
魔王がいなければ、勇者にはなれない。
勇者になれなければ、帰るわけにも行かない。
母に、憧れの勇者イクシスに合わせる顔もない。
出来ることと言えば、ただ強くなること。強さを求めることだけだった。
だからクラウは強者を求め、困難な依頼をこなし、凶悪なダンジョンを単身幾つも攻略してきた。
それはいうなれば惰性。
ともすれば当ても果もないような、行く場を失った放浪でしか無かったのかも知れない。
クラウはいつしか、ついぞ目標を見失いかけていた。
さながら死に場でも探しているかのように、無茶な強敵に挑む日々。
そうしてついに、終わりの時が訪れたのだ。
手痛い敗北。
死を確信するほどの痛手。致命傷。
黒き鬼の手で痛めつけられたクラウは、空虚の中で朽ちようとしていた。
そこで出会ったのが、ミコトたちだった。
ぐっと拳を握り、クラウは語る。
「ミコトと出会って、世界が変わった気がしたんだ。私の知る世界の埒外からやって来た何か。私の目には、キミたちがそんなふうに見えた」
そう言って三人を見回すクラウの瞳は、強い熱量を孕んでいた。
口をはさむでもなく、ミコト、オルカ、ココロは静かに聞いている。
「私は勇者になりたかった。だが、それが叶わないのならせめて、『特別』になりたいと思ったんだ。ミコト、キミのような特別に」
「クラウ……」
「だから、もう少しだけ待って欲しい。今私は……いや、私たちは確かに何かを掴みかけている。あと一歩で壁を破れる所まで来ているんだ」
クラウの言に呼応して、オルカが頷く。
「それは私も感じている。確かにまだ、この三五階層から先に進めなくて手間取ってはいるけど、それは決して停滞じゃない」
「ですね。もう少し……もう少しなんです」
ココロもまた、同じ気持ちを感じているようだ。
そのことに、一人共感できないでいるミコトは一瞬微かに俯いたが、直ぐにクラウへと向き直った。
「そっか……分かったよ。イクシスさんにはそう伝えておけばいい?」
「ああ。世話をかけてすまない」
そう言って目礼するクラウに、ミコトは努めてなんでも無いように返した。
「そう思うんなら、せめてあんまり心配はかけないでくれると有り難いかな。今日もまたみんな怪我したんでしょ?」
「「「うっ」」」
「壁を破るのも結構だけど、それでクラウになにかあったらきっと、恨まれるのは私なんだからね。勇者に恨まれるとか絶対ゴメンだし!」
「わ、分かった。気をつける」
「オルカもココロちゃんも。本当にヤバい時は、PTストレージに自分を収納して緊急退避だよ! そうしたら私の方で取り出せるから」
「り、了解」
「心得ました!」
どこか張り詰めていた空気がようやっと弛緩を見せ、四人とも正していた姿勢を崩す。
と、そこでついでとばかりにオルカが問を口にした。
「ところで、どうして勇者の娘だって言わずにいたの?」
「あ、そう言えば『勇者とは因縁がある』みたいな言い方をしていましたね」
「確かに。もう少し早く教えてくれても良かったんだよ?」
「む……だ、だってその……色々あるんだ。親が有名人だと、変に身構えられたり、サインを強請られたり、勇者に会わせてくれとせがまれたり、最悪良からぬことを考える輩とかも出たり」
「な、なるほど……」
「それにキミたちは隠し事をすると、すぐ顔に出るからな。なまじ私が勇者の娘だなんて知った後、勇者当人に出会ったらと想像してみてくれ」
「「「…………」」」
その指摘に、たちまち何も言えなくなるミコトたち三人。
現にミコトは一度乱暴な誤魔化しで逃走しているため、返す言葉など見当たるはずもなかった。
「とは言え、まぁ……そうだな。黙っていたことはすまなかった。誤解しないでほしいのだが、皆を信頼していないわけではないのだ。私の心の整理がつかなかった、というのが一番大きな要因だった」
「大丈夫、気にしてない」
「そうですよ。それにこうしてちゃんと話していただけたのですし」
「むしろ、無理に話題を振っちゃったみたいでごめんね」
斯くして、クラウの過去は三人の知るところとなり、クラウ、オルカ、ココロの三名は今しばらくこのダンジョンにて修業を続行することを決めたのだった。
そうしてミコトはやっぱりソロ活動かと遠い目をしながら、一人ダンジョンを出たのである。
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