第一四一話 制作・改造計画

 オレ姉の工房の裏庭で、私は今しがた起きた現象についての説明を行っていた。

 イクシスさんの足元には、その痕跡として土が一部焼け焦げている。

 彼女が魔力を込めたくず鉄は、それほどまでの熱量を瞬間的に放った、ということだ。


「私がくず鉄に対して行ったのは【付与】っていう技術で、魔道具とは違って魔力を直接流すことで効果を発揮させられるような仕組みを作れるんだ」

「……で?」

「ん? それだけだけど」


 流石に妖精に関することは言えないので、なるべく伝える情報は最低限に留めたい。

 なので、出来ればこの程度で勘弁してもらいたいのだけれど。

 しかしオレ姉もイクシスさんも目を皿のようにして続きを促してくる。


「おかしいだろう。並の魔道具でこんな出力が出せるものか!」

「っていうか、魔石を使わないっていう時点で想定外だよ! 設計を大きく見直さなくちゃならないじゃないか!」

「う、ごめんなさい」


 それに関しては申し訳ないと思っている。

 オレ姉が書いていた設計図は、どれも魔道具核と魔石を仕込むギミックが丁寧に考えられており、心躍るゴテゴテ感が魅力的だった。

 しかしその反面、その分武器の重量は上がるし、取り回しにもハンデが生じる。

 彼女にとって魔道具核と魔石というのは、設計の上で悩ましい問題だっただろう。

 それがどうだ。付与を用いればそうした問題がほぼ解消されるのだ。

 そんな話を急に聞かされては、設計の見直しも必然というもの。こればかりは伝えるのが遅くなった私が悪い。


「くず鉄が消滅した理由は?」

「出力限界を超えちゃったんだろうね。素材の耐久値が持たなかったんだと思う」

「どこでこんな技術を?」

「それは内緒です。勘弁してください」


 それからしばらく、二人がかりであれやこれやと問い詰められ、私は伝えてもいい情報を吟味しながらどうにか受け答えを続けた。

 特にオレ姉からの追求は設計を見直すに当たり必要だということもあり、出来ることと出来ないことなどについては一層事細かに訊かれた。

 そんなこんなで一旦工房に戻った私たちは、テーブルの上を片付けて会議を始めた。

 議題は勿論、付与を活かしてどんな武器を作ろうかというものだ。

 何せ当初想定していたものより、余程自由度が上がると分かったものだから、オレ姉も私も、そして何故かイクシスさんまでも前のめりで意見を出し合ったのだ。

 熱く意見を言い合う内に、イクシスさんはガチで武器愛好家なんだなと深く実感できた。何しろ引き出しが多く、深いのだ。私もオレ姉でさえも知らない知識を生き生きと披露する姿は、早口オタクそのものだった。

 そうしてようやっと一息ついた頃、イクシスさんが言うのだ。


「ええい、見物だけなんてしていられるか! 私にも何か協力させてくれ! 素材提供でもなんでも良いから!」

「いやいや、素材提供は流石に……それだと私の専用武器っていう域を超えちゃいますし」

「そうさね。気持ちは嬉しいが、イクシスさんに頼むようなことは無いんじゃないかねぇ」

「そう言わず! そこをなんとか! カテゴリーに縛られぬオレネ殿と、ミコトちゃんの付与が組み合わされば、必ずや見たことも聞いたこともないような凄い武器が出来るに決まっている! その誕生にこの私が関われないなどと、そんな事があっていいだろうか? いいわけがないだろう!」

「「お、おぅ」」


 どんどん一人でエキサイトしていくイクシスさんに、私はどうしたものかと逡巡し、そして一つ大事なことを思い出した。


「そう言えば一つ、まだ解決出来てない問題が残ってるんだった」

「ん、そうなのかい?」

「何だ! 私で力になれることなら何でも言ってくれ!」

「実は、素材が秘めた特殊能力の内容を鑑定する、っていう課題がまだ未達成なんだよ。頑張ってなんとかしようとしてはいるんだけど、上手く行ってないのが現状なんだ」

「ふむ、それがあったね。付与を組み込んだ武器に理想の特殊能力まで付けられたなら、きっと向かうところ敵なしだろうに」

「…………ふ……ふはっ!」


 オレ姉のつぶやきに、勇者がいよいよ目をギラギラ輝かせながら吹き出した。

 その表情、ハイになった時の娘さんそっくりですよ。

 私は些か引き気味に、一応問う。


「その反応、もしかして良い鑑定士さんでもご存知なんです?」

「ははっはっはっはっ! 何を言っているんだいミコトちゃん。知っているも何も、ここにいるだろう!」

「え」

「も、もしかしてあんた、特殊能力の鑑定が出来るのかい!?」

「いかにも!! 武器を愛で続けた結果、いつの間にか育ちに育った私の鑑定スキルが、よもやこの様な場面で日の目を見ようとはね! いやぁ私にも出番が用意されていたようで安心したよ!」


 声が大きい。鼓膜がビリビリする。

 とりあえず落ち着いてくださいと私はイクシスさんを宥め、確認を取った。


「ってことはつまり、イクシスさんのところに特殊能力を秘めた素材を持っていけば、どんな能力を秘めているか鑑定してくれるってことでいいんですね?」

「ああ、そのとおりだとも。本当は私の持つ素材の中で、オススメの能力がついたものを提供したいくらいだが、それはまたの機会にするとしよう」

「こりゃ思いがけない展開になったもんだね。まさかあの勇者イクシスを鑑定士として用立てることになろうとは」

「ちなみに私、休業していたこともあって金欠なんですけど……」

「なに、私とミコトちゃんの仲じゃないか。お金なんて取らないさ! 変な要求をしたりもしない。無償鑑定を約束するよ!」


 私とイクシスさんの仲って、友達のお母さんと娘の友達って関係じゃなかったのか……なんて言ったら野暮かな。

 今や同好の士ってことなんだと思う。それは心眼が裏付けてくれているし、そう考えたら親しみも湧くというものだ。

 であるならこちらも遠慮はしない。


「分かりましたイクシスさん、一緒に最高の武器を作り上げましょう!」

「応とも!」

「はは、なんとも頼もしすぎる協力者が現れたもんだ。こりゃ私も気合を入れなくちゃね!」


 斯くして専用武器作りに必要な環境は整った。

 ここからがいよいよ本番だ。一体どんな武器になるのか、今から楽しみで仕方がない。

 が、そう言えば今日の用件はもう一つあるのだった。

 私は早速設計に取り掛かろうとするオレ姉に待ったをかけて、舞姫を取り出しテーブルに乗せた。


「今日は付与の披露もそうだったんだけど、この子の強化もお願いしようと思って来たんだった」

「ほほぉ、これはオレネ殿の作だな? 素材は良いものではないようだが、作りはやはり一級品。店に置いてある品を見ても思ったが、オレネ殿の腕はやはり一流と言って間違いないだろう」

「やめておくれよ、私だってまだまだ道半ばさ。この舞姫も、趣味で作ったものの一つをミコトが気に入ってくれたってんで、譲ったっきりなんだ」

「なかなか強化をお願いするタイミングが掴めなくて、未だに使い続けてるもんね」


 私は苦笑するが、オレ姉は少し語気を強めて言う。


「大事に使ってくれるのは有り難いけどね、ミコト。既にあんたの実力には見合わないものさ。私もこの子も、それであんたの足を引っ張るのは本意じゃない。そこは無理に都合をつけてでも、もっと早く持ってきてほしかったよ」

「う。それは……ごめんなさい」

「ふふ、私も昔は似たようなことで叱られたな。私の場合は実際負傷を負った後のことだったけどね。だからミコトちゃんはそうなる前に叱ってもらえて、幸運だったと思うべきだろう」

「そっか……そうですね。オレ姉、随分遅くなっちゃって申し訳ないけど、この子のこと強くしたいんだ。お願いできるかな?」


 私の頼みにオレ姉は、少し間を置いてため息を一つ。

 表情を幾分和らげて頷いてくれた。


「ただ、折角だからこの子にもその付与とやらを仕込んでみようじゃないか。専用武器に着手する前のデータ取りにもなるし、舞姫の形状を思えば面白いことも出来そうじゃないか」

「付与は組み合わせてこそ真価を発揮する、だったか。それで言えば確かにこの舞姫という武器は、四本の剣を自在に組み合わせて運用することが出来る仕組みだ。それぞれの剣に異なる付与を施しておけば、組み合わせ次第で自在な戦い方を実現させられるかも知れない……うん、素晴らしいじゃないか!」

「ふたりとも飲み込みが早いなぁ。勿論私も、元からそのつもりだったけどね」


 ということで、話し合いは一旦専用武器の制作会議から転じ、舞姫の強化計画にシフトしたのだった。

 大筋はイクシスさんの言ったように、それぞれの剣に違った付与を施して個々でも優れた能力を発揮できるようにしつつ、組み合わせることでより強力な武器とするようなコンセプトで進めていく。

 何せ付与は非常に自由度が高いため、三人揃って思い思いの発想を述べては、それが実現出来るかを検討し、それに相応しい強化素材の見積もりをも併せて出していった。

 なかなか高価な素材が求められ、私としては金策を急がねばと焦燥感を煽られる思いだった。

 そのたびにイクシスさんが、提供しようかと誘惑を仕掛けてくるものだから、酷い葛藤を強いられる羽目になったが。しかしどうにかそれを振り切り、一先ず綿密な話し合いの末に舞姫の強化プランは形になったのだった。


 話がまとまった頃には既に夕方であり、私は慌てて帰り支度をした。


「やば、ごめんオレ姉。私ギルドへ依頼報告しに行かなくちゃ!」

「おっと、もうそんな時間かい。それじゃ素材が用意できたら持ってきておくれ、設計図を書いて待ってるよ」

「では私も御暇するとしよう。いや、実に有意義な時間だった。オレネ殿、また寄らせてもらうよ」

「ああ、いつでも来ておくれ」


 というわけで私は駆け足でギルドへ向かった。

 イクシスさんがまたついてくるかと少し身構えたけれど、彼女はどうやらおとなしく宿に戻るようだ。

 流石に同好の士を付け回すつもりはないようで、結果オーライとでも言うべきなのだろうか。

 ともあれギルドに顔を出し、達成報告を行うとソフィアさんに「遅いから心配したんですよ!」と叱られ、その後ギルドを出た後食材を急いで買いに走った。

 せっかくイクシスさんを警戒しなくていい機会が訪れたので、食材からお惣菜まで色々と買い込んでおいた。


 そうしてそれから、人気のない場所を探してダンジョンへと転移。

 フロアスキップでオルカたちの待つ階層まで飛ぶと、既にそこには三人の姿があった。

 私を見るや三人は一斉に口を開く。


「ミコト、なんで通話に出ないの!」

「もしや御身になにかあったのではと心配したんですよ!」

「マップを見たんだが、もしや勇者と一緒だったのでは……」


 約一名なんだか顔色がよくないが、一先ず彼女らを落ち着かせ、いつものようにテーブルなどをストレージから取り出して夕飯の用意に取り掛かった。

 何か言いたげなオルカも、言葉を飲んで食材の調理に集中してくれる。

 そうして手際よく食卓に料理が並ぶと、それを頂きながら今日の出来事を語らう。

 私は三人に、冒険者活動を再開したことや勇者に捕まったこと、舞姫を強化するための計画が出来上がったことなどを説明し、早速飛んでくるどういうことなの!? という問いを一旦躱し、クラウに向き直った。


「先ずは一応確認させて欲しいんだけど。クラウが勇者の……イクシスさんの娘だっていうのは、本当?」

「「え」」

「…………ああ。事実だ」

「「えええええっ!?」」


 どうやら今日の食卓は、話題に事欠かないものになりそうである。

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