第一四〇話 武器愛好家

 相変わらず渋い佇まいの、オレ姉の武器屋さん。

 意図せずクラウのお母さん(勇者)を引き連れての来店となってしまったけれど、私の目的に変更はなく。

 修行の成果をオレ姉に披露するべく、店の奥へと進もうとした私だったが、不意にガシリと肩を掴まれてしまった。

 振り返ると勇者であるイクシスさん。何事かと小首をかしげてみせると、彼女は訝しげに問うてきた。


「ミコトちゃん、まさかとは思うが、裏口を通って私を撒こうというのではないよな? そうだとしたらちょっとショックなのだが……」

「そんなことしませんって。ちょっと所用があるんです」

「む。それはもしや、武器作りに関することだろうか? だとしたら興味があるんだが!」


 ぐいっと顔を寄せてくるイクシスさんに驚きつつ私が一歩たじろぐと、傍目にしていたオレ姉がこれみよがしに口を開いた。


「そう言えば勇者イクシスは無類の武器愛好家だって聞いたことがあるね。その様子だともしかして本当なのかい?」

「よくぞ聞いてくれた! 旅で集めたコレクションは今や千を超え、剣を中心に様々な武器種を収集しては悦に入るのが私の生き甲斐でね。ああ勿論、実際振るったりもするぞ? 使ってこその武器だからな!」

「この早口……マジのやつですね」


 嬉しそうに武器への情熱を語り始めたイクシスさん。

 オレ姉はそれを止めるどころか、むしろ大いに食いついて熱い談義を始めそうな勢いだ。

 オレ姉はオレ姉で、オリジナル武器制作に強いこだわりと情熱を持つ人だから、勇者の語りに呼応してしまっているようだ。

 このままでは私の用事を後回しにされかねない。そうなる前に大きく咳払いを噛まして、話の腰をデュクシする。


「オレ姉、話はまた後で」

「おっと、そうだったね。それじゃぁ奥へ行こうか」

「迷惑でなければ私も見物させてもらいたいのだが、構わないだろうか?」


 イクシスさんの言に、しかし私とオレ姉は返事に困ってしまう。

 というのも私は、人に言えないようなスキルを幾つも所持している。

 それがよりによって勇者になんてバレようものなら、話がどこに派生するか分かったものじゃない。

 だから出来れば遠慮願いたいところなのだけれど、そんなに目をキラキラさせてお願いされたのでは非常に断りづらい。しかも勇者だし。有名人だし。

 そんな私たちの芳しくない反応を見て、イクシスさんがしおらしく肩を落とす。


「ああすまない、不躾な頼みだったな。だがミコトちゃんは見たところ、色々と興味深い技術を持っていそうじゃないか。それが武器作りに用いられると言うなら、是非見てみたいと思ったんだ」

「え、ちょ、ちょっと待ってください。なんですか私が持ってる興味深い技術って」

「ん? ああ、例えばキミは転移系のスキルないし魔法が使えるだろう?」

「「!?」」


 イクシスさんはこともなげに、私が秘密にしている転移スキル、ワープの存在を指摘してみせた。

 しかもそれだけじゃない。


「それにここしばらく、私の行動を完璧に予測しているかのように避けていたね。だから最低でも私以上の探知能力は持っているはず。それにミコトちゃんは冒険者のはずなのに、武器づくりに携わろうとしている。これは通常普通の冒険者が持ち得ないような、物作りに役立つスキルの存在を示唆している」

「す、鋭い……!」

「こらミコト、それ認めてるようなものだよ」

「あ」


 うっかり感心を顕にしてしまったが、遠回しにイクシスさんの指摘を肯定してしまったことに焦る私。

 オレ姉は頭を振ってやれやれとため息。

 更にイクシスさんの推理は続く。


「それからキミの体捌き。どうにも長年冒険者を続けてきた者のそれではないね。なのにステータスは高いみたいだ。まるで何らかの要因から急に高いステータスを得たような。だけどそれにも大分馴染んできた、と言った感じかな? これもまた、普通じゃないスキルの存在を予感させるな」

「そ、そそそそんなことないですし」

「ミコト……」


 ヤバいヤバいこの人、私のことどんどん丸裸にしようとしてくる!

 まだ決定的なスキル行使は見せていないはずだけど、状況証拠を並べて確信を得ているようだ。

 このままだとボロを出すのも時間の問題。

 そうなったら、いろんな厄介事やトラブルに苛まれる可能性が……。


「わ、分かりました。見ていていいですから、その代わり私が変なスキルを持っていることはどうか内緒にしておいてください……目立ちたくないんです。厄介事もゴメンなので」

「相わかった。なに、そんな交渉の真似事なんかせずとも、娘の友だちを困らせるようなことなどしないさ。どうか安心して欲しい」

「ほ、本当に頼みますよ……?」


 ということで、正直あまり乗り気はしないものの、イクシスさんも一緒に店の奥、工房の方へと入っていったのだった。

 工房内の気温は、いつもに比べると随分マシだった。今日は鍛冶作業ではなくお店の方が忙しかったのかも知れない。

 ここで落ち着き無くキョロキョロしているイクシスさんが改めて問うてきた。


「それで、これから何をするんだ? やっぱり武器づくりなのだろう?」

「ええとですね、それはそうなんですけど……」


 私とオレ姉は探り探りどこまで話して良いのか思案しながら、彼女へと説明していく。

 オレ姉が好んで作る武器は、カテゴリーに縛られない特殊なものであること。

 私にはカテゴリーに縛られない武器でも使いこなせる、変わったマスタリースキルがあること。

 せっかくだからとびきり自由な発想で作った、『私の考えた最強の武器』を形にしようという計画を進めていること。

 今目指しているのは、INT補正を持つ魔法媒体でありながら、近接をもこなせる武器であるということ。

 更には魔道具の機構や最高の特殊能力も狙って付けていこうということなどなど。

 その話を聞いたイクシスさんは、それはもう盛大に目をキラキラさせ、大はしゃぎし始めた。


「な、何だそのときめきプランは!! 是非! 是非私にも協力させて欲しい!!」

「いやいやイクシスさんって忙しいんじゃないんですか? お気持ちは有り難いですけど」

「確かにやるべきことは溜まっているが、そこはそれ。こんな素敵な計画を知って放置したとあっては、その他の些事にまで支障をきたすというものだ」

「こじらせ過ぎじゃないですかね!?」


 どうやらその情熱は本物らしく。その熱量はこれでもかと言うほど心眼が伝えてきてくれた。

 これでは流石に断れない。それにまぁ、勇者が協力してくれるというのなら間違いなく凄いものが作れるだろう。

 それなら私の期待も一層膨らむというものだ。どんな武器に仕上がるのか、今から楽しみで仕方ない。

 しかしこれは、新たな大好きさんの出現である。

 スキル大好きソフィアさん。へんてこ武器大好きオレ姉。下着大好きハイレさん。バトル大好きクラウちゃん。

 そして期待の新人、武器大好きイクシスさん。

 私、結構濃い人達と知り合ってるな……まぁ退屈しないから良いんだけど。


「それで、成果報告と言ったか? ミコトちゃんは何の成果を披露しようっていうんだ?」

「ああ、魔道具ですよ。魔道具の機構を武器に取り入れようって話になったまでは良かったんですけど、伝手も当ても無かったものですから、だったら自分で技術を覚えて来ようってことになって」

「なんと……というかそれ、数年がかりで修業が必要なことだろうに。ミコトちゃんは冒険者なのだろう? それこそそんな暇はないのではないか?」

「今はちょっと休業中ですね。まぁ腕が鈍っては大変だってことで、今日からまたちょこちょこ活動を再開したんですけど、魔道具作りの修行については一先ず最低限の水準は満たしているかなと」


 イクシスさんにその辺りの説明をふわっと行っていると、オレ姉がちょいちょいと手招きして、私たちを備え付けられた簡素なテーブルへ誘った。

 テーブルの上にはどっさりと、彼女がコツコツ書き溜めたオリジナル武器の設計図が散らかっており、それを見たイクシスさんはまた目をキラキラさせている。


「私も魔道具に関しては色々と調べておいたよ。その上で武器のアイデアを練っておいたんだけど、ミコトはどんな【魔道具核】を作れるようになったんだい?」


 魔道具核。

 それは魔道具の心臓部であり、魔道具を魔道具たらしめている特殊なアイテムだ。

 魔道具作りとは即ち、この魔道具核を作ることをこそ指していると言っても過言ではない。

 私もそれは図書館で調べ、知識だけは頭に入っている。

 魔道具核を動かすのは魔石であり、魔石から魔力を吸うことで魔道具核は不思議な効果を発揮すると言う。

 これをベースに、道具としてのパーツをこしらえて組み合わせたものが、所謂魔道具と呼ばれる物となる。


 魔道具核の製法に関しては、おおよそ三つのものを用い無くてはならない。

 スキル・レシピ・素材、がそれに当たる。

 まず必要なのはやはりスキルで、これがなければお話にならない。

 スキル名は何の捻りもなく【魔道具核生成】と言い、これを用いなければ魔道具核は作れない。

 というのも、特定の素材アイテムを合成する必要があるからだ。

 合成に関するスキルというのは他にもあるらしいのだけれど、これは魔道具核専用の合成スキルとなる。

 レシピとは即ち、どんな素材をどれくらいの分量で掛け合わせれば、どの様な魔道具核が出来上がるか、という情報を指す。

 レシピがないと手当たりしだいに試す羽目になり、まず狙った効果を持つ魔道具核を生成することは出来ないらしい。


 魔道具核生成のスキルレベルが低ければ、大した魔道具核の生成は行えず、良い素材が揃っていても発動しなかったり、生成に失敗したりするのだとか。

 だからこそイクシスさんの懸念だ。私がそこ一ヶ月にも満たない間修行してみたところで、本来なら碌な魔道具核の生成など出来ないというのが当たり前なのだから。

 それはオレ姉とて分かっていたはずなのだけれど、そも私に魔道具作りを進めてきたのは彼女だ。

 私なら何かしでかすと期待してのことなのだろうけど、魔道具核のことを知るにつれて、その期待の重さに頭を抱えたくなったものだ。

 私は妖精たちと出会う前、図書館でのことを懐かしみながら、オレ姉の問へ返答した。


「ごめんオレ姉、魔道具核は作れないんだ」

「な、なんだって?!」

「そもそも私、魔道具核生成のスキルを持っていないからね」

「ミコトちゃん、だけどキミはさっき成果を見せると言っていたじゃないか。それならあれはどういう意味なんだい?」

「ふむ……あんたのことだから何かあるってことだね、ミコト。良いよ、見せてもらおうじゃないか。何か必要なものはあるかい?」

「流石オレ姉は話が早いね。そうだなぁ、とりあえずくず鉄を一つもらえる?」

「ほい来た」


 オレ姉は鋳潰して使うために確保している、元は何だったのかもよく分からないくず鉄を一つ私に放って寄越した。

 歪な形のそれに、私は慣れた調子でぱぱっとコマンドを書き込み、そしてオレ姉へ放って返す。

 この程度の作業には今や、ものの一秒も要さない。もしかするとオレ姉からすれば、私がそれを気に入らず投げ返してきたように見えただろうか。


「? え、なんだいこれじゃ拙かったのかい?」

「ああいやそうじゃなくて、加工が済んだんだ。試しにそのくず鉄に少しずつ魔力を込めてみて。面白い変化が見られると思うから」

「「??」」


 オレ姉とイクシスさんは二人して首を傾げながら、しかし言われた通り魔力をゆっくりとくず鉄へ流していくオレ姉。

 魔力を流すという技術には実のところ、ちょっとコツが必要だったりする。この世界の人なら誰でも出来るわけではない。

 この世界における魔力やMPの運用というのは、セミオートで行われている。

 例えばスキルや魔法を使おうとする際、普通は習得済みのそれらに対し、発動を念じながらその名を唱えることで勝手にMPが消費され、魔力への変換等も自動で行われる。そうして発動したという事実と、スキルや魔法がもたらす結果だけが使用者にとっての全てなのだ。

 言うなればそれは、ゲームで魔法を一つ使おうというのに、コマンドを選択したり、ボタンを押したりするだけで済んでしまうのと同じこと。どうやって魔法が紡がれるかなんていうのは、本来意識するべきことではないとさえ言えた。

 だからだろう。


「ほぅ、オレ姉殿は魔力を意図的に流せるのだな」

「オレネだよ、勇者様。ミコトに習ったのさ、おかげでより繊細な武器を打てるようになった」

「なら私はイクシスと。ふむ、やはりミコトちゃんは面白いな。さも当たり前のようにそれが出来るなど、驚くべきことだ」

「私のことはいいから、くず鉄に集中してくださいよ!」

「お、なんだかコレ……暖かくなってきたね」

「体温で温もったわけではなく、か?」


 オレ姉の言に首を傾げたイクシスさんは、自らもくず鉄へ指を触れてみる。

 その際私は慌てて注意を促した。


「多分イクシスさんの魔力だと、大変なことになるんで注意してくださいよ!?」

「? それはどういう……」


 触れる直前でピタリと手を止めたイクシスさんと、説明を求めるようにこちらを見てくるオレ姉。

 私は惨事が起こる前に説明を行うことにした。


「私の施した加工によって、そのくず鉄には『魔力を注ぐと熱を発する』って効果が付与されてるんですよ。だからイクシスさんが魔力を流しちゃうと、くず鉄は一気に熱を持ってオレ姉が火傷してしまうと思って。っていうか火傷じゃ済まないかも」

「「な……」」


 私の説明に二人は一瞬言葉を失い、そのままアイコンタクトを取ってくず鉄を持ったまま裏庭へと出ていった。

 心眼で、二人が何を示し合わせたのかは分かったが、私も一応彼女らに続いて中庭に出る。

 するとくず鉄はぽつんと中庭の真ん中、その地べたに置かれ、イクシスさんがそこへ手をかざした。

 私とオレ姉は念の為一歩下がっての見物だ。


「では、魔力を込めるぞ」


 勇者ともなると、直接触れずに魔力を送り込むなんて芸当も容易いらしい。

 宣言の後直ぐに、イクシスさんの手から濃厚な魔力がくず鉄へ向けて流れ込んだのが何となく分かった。

 その瞬間である。


「わっ」

「「!?」」


 凄まじい熱気がくず鉄を中心に伝播し、夏の炎天下の中焚き火に顔を寄せたような、肌を炙られるほどの熱量を覚えたのである。


「あっづ!」

「なんじゃいこりゃぁ!」

「ひぃ、イクシスさん加減してくださいよ!」


 三者三様リアクションを取りつつ、今生じた出来事に驚嘆していた。

 私は結果がわかっていたからそこへの驚きはなかったが、イクシスさんの操る魔力の凄まじさには度肝を抜かれてしまった。

 対してイクシスさんとオレ姉は、想像だにしていなかった熱量と、それによる被害でヒィヒィ言っている。特にイクシスさんなんかは軽く火傷してしまったのか、今一瞬何らかの治癒が彼女の手を包んだ。

 そして膨大な熱を放ったくず鉄はと言うと、黒い塵となって消失してしまっていた。それを確認したオレ姉とイクシスさんは、驚きの表情を崩さず私へと顔を向けてくる。


「「説明」」

「あ、はい」

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