第一三九話 友達のお母さん

 やがてお昼時ということもあり、少しずつ人の増えてきた通りの只中で私は勇者と対峙していた。

 彼女の口から飛び出したとんでもない情報を、私の頭は処理しきれずにいる。

 勇者が、クラウの母親だった……?


 言われてみると、確かにそっくりだ。

 顔も、髪色も、口調さえも。それにあのバトルジャンキーだって、母親の影響だとすると頷ける。

 むしろどうして今まで気づかなかったのか……勇者と因縁があるだなんてクラウが言い出した辺りで、察しが付いても良かったものを。心眼を持っているくせに何たる体たらく!

 とは言え、だ。

 事情もよく知らない私が、今現在も命懸けでダンジョンに挑んでいる彼女の情報を、如何な母親相手とはいえおいそれと渡していいのかと言えば、それは否だろう。

 私は動揺をぐっと噛み殺し、努めて冷静に言葉を紡いだ。


「そう、だったんですね。初耳でした」

「そうなのか? 聞いた話だとキミはクラウと親しいそうじゃないか。てっきり既に知っているものと思っていたが」

「何かしらの因縁がある、とは聞いてますよ。まさか親子だったなんて、驚きました」


 勇者という肩書ゆえに警戒していた部分、というのは正直大きい。

 どうしてクラウを追っているのかも今の今まで知らなかったしね。けれどその事情も触りだけとは言え分かり、確かに私の警戒感というのは幾分ほぐれた。

 とは言え、つい今しがたスキルで身動きを封じられたのには、文句の一つも言わないと気が済まないところではある。


「それにしても、随分と乱暴な足止めをするんですね」

「ああ、それに関してはすまない。このとおりだ。どうしてもクラウの足取りが掴めなくて、正直焦っていたんだ」


 そう言ってヘコっと、頭を下げる勇者。

 ザワッと、物珍しさからこちらを遠巻きに眺めていた通行人たちが、わかりやすくどよめいた。

 勇者に頭を下げさせた仮面の女! なんて悪目立ちにもほどがある。私はいたたまれず、仮面の力で気配を極限まで削ぎ落とし、どうにか人目を避けようと努めた。

 が、それはそうと頭を下げさせてしまった手前、勇者を放置してこの場を去ることも出来ない。


「わ、分かりましたから頭を上げてください。私目立ちたくないんですよ!」

「む、そうか。それは気が回らなくてすまなかった。改めて謝罪を……」

「ええい、本題! 本題に戻しましょう!」


 私はコホンと空咳をつき、堂々巡りを阻止する。

 この人クラウよりも真面目と言うか、頭が硬いと言うか、とても律儀な性格をしているように思う。

 悪い人ではないのだろうけれど、変な嘘や誤魔化しは危険かも知れないな。


「それで、クラウが家出娘だっていうのはどういうことなんです?」

「まぁ、キミになら話してもいいか。実はな――」


 勇者曰く、クラウは幼少の砌よりやんちゃで、好奇心旺盛。剣の才能にも恵まれており、将来は二代目勇者になるのだと言って憚らなかったという。

 そんな彼女は寝物語に、勇者その人である母親から数々の冒険譚を聞かされており、すくすくとわんぱくに育ったそうな。

 そして一二歳を迎えたある日、なんと彼女はあろうことか、勇者の聖剣を携えて家を飛び出した。

 当然勇者も、その友人や仲間も彼女の行方を探ったが、果たして運か実力か、クラウはまんまと逃げおおせてしまったらしい。

 それから早数年。

 クラウはいつの間にか女騎士と呼ばれるAランク冒険者にまで上り詰めており、未だに各地を転々と移動して勇者から逃げ続けているのだと。


「というわけで、何とかして捕まえて、せめて話だけでもしたいと思っているのだけれど……」

「…………」


 クラウ……とんでもないじゃじゃ馬じゃないか!!

 そりゃ勇者の娘だなんて、おいそれと言わないわけだよ。

 それに聖剣って。そう言えばこの前の模擬戦で、ハイになってぶっ放そうとしていた一撃はなるほど、聖剣による必殺技だと考えるとあの威容にも得心が行く。

 人に歴史ありとは言うけれど、まさかの経歴に正直困惑を禁じえない。

 しかしどうしたものか。こんな事情を知ってしまっては、どちらに肩入れしたら良いか分からなくなってきたぞ。

 心眼を通してみても、勇者が嘘を言っている様子はない。多分本当のことなのだろう。

 とは言え、クラウは今や私達の大事な仲間だし、今更実はとんでもない破天荒娘でした、なんて事実が露呈したところで手の平を返すような真似はしたくない。

 仕方ないのでここは、イチャモンを付けて時間稼ぎをするか。何とかして一度クラウに相談して、それから対応を決めるのが良いだろう。


「話は分かりました」

「そうか。ではクラウに会わせてくれるね?」

「いえ、その前に一つお尋ねしたいのですけれど」

「? 何かな」

「今の話が本当である裏付けや、そもあなたがクラウの母親である証拠はありますか?」

「なっ!?」


 絶句する勇者。

 うぅ、私も本当なら、こんなクレーマーまがいのセリフなんて言いたくはないんだけど、とは言え簡単に他人を信用しすぎるなとはみんなからよく言われていることだからね。ここはそれに準ずることにする。

 確かに心眼は、彼女が本当のことしか言っていないと教えてくれている。けれどかと言って、彼女が何の証拠も提示せず、ただ一方的な言を並べたのも事実ではあるのだ。

 であれば、そこをつついて優勢を崩してみる。


「証拠……証拠と言われてもな……」

「無いのであれば、私に一度クラウと話をする時間をください。あなたの言うことと一致したなら、それが証拠となるでしょう」

「むぅ……確かに」

「ああそれと、一応お名前を伺ってもいいですか?」

「なんと……キミは私の名を知らないのだな」

「う。不勉強ですみません」


 実は勇者なんてものが存在している事自体、結構最近知ったほどなのだ。名前までは耳にする機会がなかった。

 勇者について軽く話くらいは聞いたけど、みんな勇者としか言わないんだもん。


「いや、すまない。勇者などと呼ばれて久しいため、私も少し傲慢になっていたようだ。改めて名乗らせてもらう。私はイクシスという。クラウの母で、冒険者でもある」

「ではイクシス様とお呼びすればいいですか?」

「様はよしてくれ。娘の友人に様付けなどされては、むず痒くてかなわないよ。イクシスおばさんとか、クラウのお母さんとか、そういう感じが好ましいな」


 娘が一二歳で家出をしてしまったため、もしかするとこの人母性を持て余してるのかも知れない。初対面の相手におばさん呼びを求めてくるとか、よっぽどじゃないかな……。

 っていうか、見た目がどう見ても二十代なんですけど。そんな人におばさんとか、ファンの人にぶん殴られる恐れがある。


「えっと、さん付けでいいですか?」

「むぅ……まぁ構わないが」

「ではイクシスさんと」

「なら私はキミをミコトちゃんと呼ぶぞ。娘の友だちにちゃん付けをして呼ぶ……ふふ、お母さんっぽいと思わないか?」

「えっと……思います」

「そうだろうそうだろう!」


 ああ、うん。疑いが確証に変わった。この人母性をこじらせてる変な人だ。

 お母さん勇者イクシスさん。よし覚えた。

 ということで何とか話も一区切りついたことだし、私は彼女に短く別れの挨拶を告げ、オレ姉の店へと足を向けた。

 のだが。


「えっと、なんでついて来るんですか?」

「ん? いや、キミについていくことで、あわよくば娘に会えないかと思ってな。それにキミにも実は興味があるんだ」

「や、やめてください。目立ちたくないって言いましたよね!」

「ならこっそりついていくよ」

「…………」


 イクシスさんは宣言通り、三〇メートルほど距離をおいてついてくる。

 なんだろうかこの感じ。勇者に追跡されていると思うとすごくおっかないのに、友達のお母さんに付きまとわれていると考えると、何とも言えない気分になる。

 っていうか、私に興味ってどういうことだろう。もしかしてスキルに関して感づかれたりしてるんだろうか?

 相手はあんな感じだけど、間違いなく勇者。スキル看破の一つや二つ出来たって何ら不思議ではない。

 ただ、私のスキルをあんな有名人に知られるのはちょっと困る。

 万が一言いふらされでもしたら、たちまちやばいところに話が伝わって、ソフィアさんみたいなスキル大好きな人達のモルモットにされかねない。

 なので出来ることなら関わり合いになりたくなかったんだけど……こうなっては仕方ない。後でそれとなく口止めとかしておこうかな。


 そうして少し歩けば、オレ姉のお店に到着した。

 時々顔を見せには来ていたけれど、成果報告はこれまで出来ていなかったからね。ちょっと緊張する。

 私は少し気持ちを整え、店の扉を開いた。ドアベルが鳴り、奥のカウンターでオレ姉が顔を上げる。


「おーミコト、いらっしゃい。進捗どうだい?」

「進捗ダメです……じゃない、今日は成果報告に来たんだよ」


 進捗を尋ねられたら、とりあえずダメと答える。生前の変な癖が未だに残っているようだ。

 なんて私のネタをスルーして、オレ姉はガタッと立ち上がると嬉しそうに声を上げた。


「なに、本当かい! ならさっさと奥行くよ! 先ずはあんたの実力を見せてもらわなくちゃね!」

「あんまり期待されても困るんだけどね」


 なんて盛り上がったのも束の間。私の背後で再び扉が開き、ドアベルが鳴った。

 そうして入店してきたのは、私の後をついてきた友達のお母さんなわけで。


「ほぉ、武器屋か。なかなかいい店構えをしているな。どれ、私も少し見せてもらうとしよう」

「いらっしゃい、ゆっくり見てっておくれ……って、勇者イクシスぅ!?」


 珍しいオレ姉のオーバーリアクションを眺めつつ、私はため息を一つ。

 それはまぁ、突然世界に名を轟かせる勇者が来店したとなれば、そういう反応になっちゃうよね。

 私はどうやって彼女の追跡を免れようかと首を捻りつつ、店の奥へと入っていくのだった。

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