第一三八話 かなしばり

 モチャコたちと話し合った結果、今日から私はまたぼちぼちと冒険者活動を再開することにした。

 魔道具作りの修行もまだ途中ではあるけれど、冒険者としての腕が錆びついてしまったのでは、命に関わる可能性が高い。

 それを危惧したモチャコたちは、ロボ作りだけに時間を割かず、冒険者稼業にも精を出すようにと言ってくれたのだ。

 それに専用武器作りについても、今日辺りオレ姉のところに行って、先ずは舞姫の強化から行おうということになっている。

 オレ姉には実のところ、まだコマンドに関して話してはいないため、私が身につけた技術についても説明しておかなくちゃならないだろう。

 今日は忙しくなりそうだ。

 先ずは一先ずギルドに顔を出して、ソフィアさんと話でもしようと思っている。


 天気は程よい晴れ。そう言えば今は多分夏なのだろう。見上げれば遠くに入道雲らしきものが確認できる。

 考えてみたら夕立なんかもちょこちょこ降ってるし、通り雨とか日射病には気をつけないとな。

 というか、蝉の声が聞こえないせいであまり夏って実感が無いんだよね。特にひぐらしの声が恋しいよ。

 ぼんやり空を見上げながら、朝一番で街を歩く。マップを見る限り、勇者はまだ宿にいるみたいだ。

 今のうちにギルドで用事を済ませてしまおう。

 私は気持ち駆け足で冒険者ギルドを目指した。


 程なくしてギルドの入口をくぐった私は、一先ず買取カウンターに立ち寄って、倉庫の方へ通してもらう。

 いつものようにPTストレージからオルカたちが得た素材を取り出し、査定をお願いしつつ、今日は一度ロビーへ戻る。

 朝のロビーは冒険者で混み合っている。普段はこういう時間帯を避けてやってくるため、久々に見る光景だ。

 私は尻込みしそうな気持ちをぐっと堪え、列の一つに並んだ。それは、ソフィアさんが受け持つ列だ。

 並んでいるのはソフィアさんが担当している冒険者だったり、自身の担当受付嬢が席を外しているため適当に並んでいる冒険者だったり。

 なので、同じソフィアさんを担当に持つ冒険者さんとは顔見知りだったりする。


「おん? 今日はミコトちゃんだけか? つか久々に顔を見たな! 何だよ元気にしてんのか?」

「あ、どうも。おかげさまでぼちぼちやらせてもらってますーはいー」


 早速声をかけられてしまった。名前なんだったかなこのおじさん冒険者。悪い人ではないし、心眼があるから必要以上に警戒しなくて良いのだけれど、とは言え慣れない男の人に声をかけられるとちょっと身構えてしまうな。

 私はなるべく当たり障りのない対応をしながら、列が進むのを待った。心眼がなかったら、今頃コミュ障をこじらせて縮こまっていたに違いない。こういう場面では本当に有り難いスキルだ……。

 そうこうしているとようやっと私の番が回ってきて、久しぶりに担当受付嬢のソフィアさんとカウンター越しに対峙した。

 その瞬間である。


「酷いじゃないですかミコトさん! 最近どうして構ってくれなかったんですか! 浮気ですか! そうなんでしょう!?」

「浮気って、まだそのネタ引っ張るんですか……」


 バンとカウンターを叩いて立ち上がったソフィアさん。そして彼女らしからぬ大声に、すぐさま周囲がざわついてしまう。

 私は何ともいたたまれない気持ちになり、奥で話をしませんかと提案。

 彼女はそれを了承すると、先に行って待っていてくださいと涙目で告げてきた。

 久しぶりに話しかけたものだから、何かしらのリアクションはあると思っていたけれど、まさかこうストレートに感情を高ぶらせてくるとはちょっと意外だった。もっとクールに、他人行儀になるパターンかと密かに予想してたんだけどな。

 まぁ、今回ばかりは素直に頭を下げるとしよう。

 勇者を避けるためとは言え、お世話になっているソフィアさんにこれと言った断りも入れず、ご無沙汰してしまったからね。


 久しぶりに入ったギルドの個室。椅子を引いて腰掛けしばらく待っていると、ようやくソフィアさんが入ってきた。小一時間くらいは待ったかな。朝の冒険者ラッシュは大変なのだ。それを毎朝捌いている受付嬢さんは本当にすごいと思う。

 ソフィアさんはぷくーっと頬を膨らませたまま、無言で向かいの席へ腰を下ろした。そしてじっと無言のままこちらを恨めしげに見てくる。


「あー……えっと」

「誰ですか」

「え?」

「どこの女とイチャついていたんですか! それともまさか男ですか!」

「そういうんじゃないから! 忙しかっただけだから!」


 プンスカするソフィアさんに、私は一生懸命これまでの経緯を説明した。流石に妖精のことは伏せたけれど、それ以外のことは概ね洗いざらい。

 特に勇者を警戒していることは念入りに伝えておいた。

 最初こそむくれていた彼女だったが、話を聞く内にようやくいつもの冷静な表情に戻ってきたようだ。


「なるほど……つまり勇者がミコトさんのストーカーになったと」

「何を曲解したらそうなるんですか……」

「だって宿にまで押し掛けてきたのでしょう? 私だって自重しているというのに!」

「いや、目的は私じゃなくてクラウですから!」


 その後も暫し不毛な問答を続けた後、ようやっと私は本題を切り出すことに成功する。

 即ち、久しぶりに冒険者活動を行いたいという旨を彼女に告げたのだ。


「え、ソロで……ということでしょうか? 認めませんけど」

「なんでですか! 私だって結構力をつけたんですよ?」

「それは分かっています。けれど、想像してみてください。万が一、もう既にどこかの誰かがミコトさんの情報を掴んでいて、誘拐するタイミングを待っていたとしたら……そのための手練を集団で送り込んできたとしたら……」

「だとしても私、転移で逃げれますし。マップで敵の接近にくらい気づけますし」

「むぅ。心配なんですよ! 分かってください!」


 結局こちらも不毛な口論の末、ようやくもぎ取ったのは近場の弱いモンスターからレアドロップを取ってくるという依頼だけ。さすがソフィアさん、過保護が過ぎる。

 そうしてようやっと話に区切りもついたので、席を立とうとしたところ。


「それで? どんなスキルを覚えたんですか?」

「え」

「言うまで何処へも行かせませんからね?」


 そう言ってテーブルを飛び越え、私に飛びついてくるソフィアさん。ワープ封じのつもりなのだろう。

 しかしながらその飛びつき方、まるでサイ○イマンじゃないか。自爆なんてされたらひとたまりもないぞ。

 私は内心で恐々としながら、これ以上抵抗して無駄に時間を掛けるのも面倒だったので、おとなしく最近手に入れたり成長したりしたスキルや魔法についてべらべらと喋った。

 ただ、妖精関連のものは伏せておいたけど。


「やっぱり私、ミコトさんのPTに加わります! 絶対加わりますから!」

「PTストレージ目当てに転職とか、何考えてるんですか! 却下です却下!」


 このままだと、知らない間に加入手続きを済ませられてそうだと本気で怯えながら、私はどうにか彼女を引っ剥がして逃げるようにギルドを出たのだった。

 その際買取カウンターに立ち寄り、売却額をしっかり受け取ることも忘れない。


 とりあえずぱぱっと依頼の方を済ませてからオレ姉のところに行こうと思い、私は駆け足で街門へ。

 そこから門を抜けて、マップを頼りに対象のモンスターを探す。大まかな生息場所は分かっているし、マップウィンドウは成長して、今や半径五キロ圏内のサーチが可能となった。

 直ぐに目当ての魔物は見つかったので、駆け寄ってエンカウント。

 流石にオルカのようにコアを見抜く目は持っていないため、貫通力に秀でた魔法で蜂の巣にしてコアを探る。

 用いたのはその名もズバリ【ビーム】だ。結構自由度があり、今回は出力抑えめの収縮型ビームでモンスターの体を焼き貫いた形となる。コスパもなかなか良い。

 ただ何ともグロい絵面こそ晒してしまったが、目論見は成功。コアを砕いてモンスターを討伐することが出来れば、もれなくそれはレアドロップとなる。

 ちなみにモンスターによっては、個体によってコアの位置が全然違うものも結構いるため、狩り方さえ分かればレアドロ確定! なんて美味い話はないのだ。


 そんなこんなで必要個数を一〇分ほどでかき集めた私は、それをストレージに放り込んで踵を返した。

 次に向かうのはオレ姉のお店だ。

 そう言えば、あまり短い間隔で街門を出入りすると、門番の人に怪しまれるのだった。些か気まずい思いを抱えつつ私は何食わぬ顔で門をくぐると、一つ嘆息してオレ姉のお店へ足を向けたのである。

 久しぶりに依頼をこなしたというのに、どうにも歯ごたえが無さすぎてリハビリにもならない。

 もっと強いモンスターを相手取るべきなのだろう。なんてのは、慢心なのかな?


 などと考えごとをして歩いていた、その時だった。


 何の前触れもなく、唐突に私の体がカチリと動きを止め、さながら私だけ時間が止まったかのようにその場から動けなくなってしまったのだ。

 指先をかすかに動かすことすら叶わず、視線すら固定されている。

 意識だけはあり、思考も問題なく回るのだけれど、それだけ。体がまったく、これっぽっちも動かない。

 嫌な汗が背中を濡らし、私は底冷えするような不安感により、せっかく機能している頭まで真っ白に塗り潰されそうだった。

 私以外の人は普通に動いている。視界に映る通りの景色はいつもどおりで、耳にも行き交う人々の喧騒や動物の鳴き声、それに私自身のバクバクしている心音なんかが届いている。

 私だけが、どうしてだか動けないのだ。口も喉も動かないから、声も出ない。


 脳裏に過るのは、先程ソフィアさんの言っていた話。

 私のことを既に知っている誰かが、攫いに来るっていう。

 私はますます恐ろしくなって、一先ずマップウィンドウを確認した。

 これは別にモーションによる操作なんて要らない。念じるだけで動かせるのは有り難いことだ。

 同じ理屈で魔法くらいなら使えるだろうか。試しに魔力を生成してみたが、どうやら行けそうだと分かった。

 だが、マップを確認した瞬間『これで応戦は可能だ』なんて思った反骨精神は、バキバキに崩れてしまった。

 凄まじい速度でマップ上を動く反応を見つけたからだ。


 勇者の反応だった。

 そして程なくし、彼女は私の視線の先に現れ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 ワープで逃げるべきかとも考えたが、人目がある。最悪それは墓穴を掘る行為なので、得策とは言えないと判断した。

 考えてみれば、心眼を持つ私にこんなことを気取られずやってのけるなんて、それこそ勇者ほどの圧倒的強者でなくては叶わないんじゃないだろうか。自惚れかも知れないけれど、心眼はそれくらい優秀なスキルだ。

 ただ、射程外から仕掛けられたのでは抗うべくもない。

 驚くべきはこの、身動きを封じたと思しきスキル、私のMNDによる抵抗をものともせず力技で効かせてきているみたいなのだ。

 圧倒的な力量差があればこそ出来る力技。それも心眼の及ばぬロングレンジから、私をピンポイントで狙って仕掛けられた術。

 仮に一時的にワープで逃げおおせたところで、結局私はこの街を活動拠点としているのだから、またこうして取っ捕まるのが関の山だろう。

 ここはおとなしくしておいて、対話に持ち込むのが有効と見た。

 でも私、話術は自信ないんですけどね!


 なんて内心で強引に覚悟を決めていると、勇者がついに私の目の前までやって来た。

 相変わらず綺麗な人だ。思わず見惚れそうになる。

 印象的なプラチナブランドを揺らし、翡翠色の目でこちらを見る彼女から感じられるのは、敵意……ではなかった。

 そのことにまずホッとしつつ、なら何のつもりかと受身の心構えで待つ。

 心眼スキルから読み取れるのは、如何とも端的には表現しづらい複雑な感情だった。

 果たして彼女が私へ投げた第一声は。


「キミがミコトちゃん、で間違いないだろうか?」

「…………」

「おっとすまない、このままでは話せなかったね」


 彼女がパチンと一つ指を鳴らせば、その途端今まで動けなかったのがウソみたいに、私は硬直から開放された。

 勢い余ってつんのめりそうになったが、流石にそんな無様は晒さない。

 私は心臓をバクバクさせながら顔を上げ、勇者を正面に捉えると問うた。


「確かに私がミコトですけど、勇者様が何の御用でしょうか?」

「概ね察しはついているのだろう? 娘のことを教えてほしいんだ」

「…………え」


 む、娘ぇ??


「私は家出した愛娘、クラウのことを捜しているんだよ」

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