第一三七話 師匠に相談だ

 初心忘れるべからず、とはよく言うが、最近自分をふと思い返してみると、正にその言葉をあてがうべきなんじゃないかと。

 ふとそんな考えが過ぎった。


 オルカたちと昼食を摂った後、くれぐれもあまり心配させてくれるなと口が酸っぱくなるほどお願いし、私はおもちゃ屋さんへと戻ってきた。

 勉強部屋で机に向かうも、なんだかちっとも集中出来ず、また一つ溜息がこぼれてしまう。

 それを訝しんだのか、机の上にやってきたモチャコが心配そうに声をかけてくる。


「なになにミコト、何か悩んでるの? このモチャコ師匠に相談してみる?」

「うーん……そうだね。折角だから聞いてもらおうかな」


 私はモチャコへ、オルカたちが今危ない階層で必死に戦っていることを伝えた。それに彼女たちの想いも。

 そして。


「私、ロボ作りばっかりしてて良いのかなって思えてきてさ」

「むむむぅ……たしかに難しい問題だね」


 二人して、またため息を一つ。

 とは言え、一緒に考えてくれる相手がいてくれるというのは助かる。ちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。

 と、ここでモチャコが問いを投げてくる。


「それじゃぁミコトは、どうしたいって思ってるの? 素直な気持ちを言ってごらんよ」

「そうだなぁ。一番はやっぱり、私もオルカたちと一緒に戦いたいかな。ここで心配だけしてるのは辛いもん」

「だけどそれは、彼女たちの気持ちを蔑ろにしちゃうんでしょ?」

「そうなんだよね……だから、次点だと……そう、私の役割をそろそろ進展させたい」

「ミコトの役割?」


 以前にも一応説明したことではあるけれど、私は改めて自身がこの世界に来た経緯と、己のことが実はよく分からないことだらけだということ。それを調べるためにとりあえず鏡のダンジョンへ挑みたいのだということを、おさらいがてら話して聞かせた。


「あれ? それがどうしてマドーグ作りをしてるんだっけ?」

「私の専用武器を作るのに、それが有用だってことになったからだね」

「え、じゃぁなんでロボを作ってるの?」

「課題だからだね。ロボを作る過程で、よりコマンドを使いこなせるよう考えて学習を繰り返してるよ」

「でもミコト、ロボ作りばっかりしてたら冒険者としての腕が鈍っちゃうんじゃないの?」

「それなんだよ!」


 モチャコに痛いところを突かれて、私は思わず頭を抱えこんだ。

 ロボ作りもそうなんだけど、勇者の存在もあって現在、あまりホイホイ気軽にギルドへ立ち寄れなくなってしまっている。

 時々オルカたちが倒したモンスターの素材を買い取ってもらうために、買取カウンターにだけ立ち寄るくらいで、そう言えば担当受付嬢のソフィアさんとすら最近全然話せてない。

 このままだと本当に、モチャコの言う通り冒険者としての腕が錆びついてしまう。

 せっかく武器をこしらえても、肝心の実力が落ちてしまったのでは鍛え直す手間が必要になるだろう。


「ミコトも色々大変なんだね……まぁとりあえず、今後はちょっとロボ作り以外のことにも時間を割いたほうが良いよ」

「そうだね……そうする」

「あと、武器に使う技術っていう辺り、もう少し詳しく聞きたい。アイデアとかあるの?」

「え、うーん。おもちゃ作りを生業としてるモチャコたちに、あんまりそういう物騒なことを相談したくないんだけど」

「そりゃ私だって、ミコトのことじゃないなら武器なんて興味ないけどさ、ミコトの身を守る大切な相棒になるんでしょ? だったら話は別だよ!」


 なんて話をしていると、ふらりとトイとユーグもやって来て同じく武器の話題に食いついた。

 どんなものを予定しているのかと問われて、私は以前オレ姉と話し合ったことを思い出しつつ伝える。


「私の戦い方って、近接も遠距離も魔法もこなせるから、ある程度いろんな状況に使える武器にしたいねって話てたんだ。でも魔法を意識して武器作りをすると、カテゴリーが杖とかになっちゃってSTR補正が消えたりするんだ。だから……」


 と、諸々の説明を行ってみたところ、皆はむむむと考え込んだ。

 魔道具についてほぼ何も分かっていなかった私たちの武器作りプロジェクトは、斯くして妖精師匠たちへの相談を経ることとなる。

 彼女たちはあーでもないこーでもないと色々意見を出し、到底私では実現が難しそうなアイデアをポンポン出してくれた。

 その結果。


「っていうかそもそも、ミコトの腕で強い武器を作ろうなんて心配で仕方ないんだけど!」

「うぐぅ……!」

「そうねぇ。せめて半人前になってからじゃないと、ろくな武器には出来ないと思うわ」

「ミコトは未熟者だからねー」

「よ、容赦ないっすね師匠たち……」


 流石に言われっぱなしもあれだったので、私は今主力として使っている武器を取り出し、机の上に置いた。

 黒太刀である。最近すっかり出番がなくて、私自身久々に見た。刀が泣いておるわ。

 するとモチャコたちはビクリとして、私の後頭部に三人して身を隠し、頭越しにおずおずとそれを眺める。やっぱり武器はおっかないらしい。


「こ、これがミコトの武器? よく分かんないけど、強い力を感じはするかな」

「これには特殊能力が付いてるんだ。強い力って言うと、それのことかもね」

「なるほどね。確かにこれなら頼もしいわね」

「えー、それじゃぁ専用武器なんて要らないんじゃないのー?」


 確かに近接戦ならそれでいいのだけれど、やはりネックなのはINTを強化してくれる装備の弱さだ。

 現在魔法装備として使っているのは、ダンジョンで手に入れた特殊効果の無いそこそこの魔導書。

 勿論装備無しで魔法を使うよりはずっと良いのだけれど、黒太刀のもたらすSTR補正と比べてしまうと、やはり物足りなさは感じる。


「じゃぁ杖とか作れば良いんじゃないのー?」

「いやいや、そこはこだわりがあるんだよ!」


 オレ姉は、カテゴリーに縛られない武器をガラクタ化させずに制作できるという、謎の才能を持っている。

 そして私はカテゴリーにとらわれず、あらゆる装備品を扱える万能マスタリースキルを所持している。

 完璧なシナジーなのだ。そんなの、通常カテゴリーの武器なんて作ってる場合ではないじゃないか。


「なるほど、そのオレ姉って人は余程強いこだわりを持ってるんだ」

「同じものづくりに携わる者として、気持ちは分かるわね」

「そういうことなら、もう少し考えてみようかー」


 そう言って再び頭を突き合わせ、あーだこーだと私の頭上で会議を始めるモチャコたち三人。

 なにかの参考になるかと思い、私はついでに最も普段よく使う舞姫を取り出し、三人に紹介した。


「ちなみにこれが、私が最もよく使ってる武器だね」

「「「げ、原始的すぎる……!!」」」

「なんてこと言うんだ!」


 確かにもともとはオレ姉が趣味で作った試作品を譲ってもらったものだから、性能はそれほど良くもない。

 形にしたって、四本の剣の柄尻に接続パーツを仕込んで、風車状に合体できるようにしただけの武器だ。

 合体時はカテゴリーが不明となるが、単体で用いると片手剣として扱われる不思議な武器。それが舞姫なのだけれど、妖精師匠から見ればまぁ、確かに原始的に映るかも知れない。

 何せ彼女たちは、パーツを組み合わせることに関して信じ難いほどの技術力を有しているのだ。

 それを思えば、四本の剣が接続できる程度の仕組みなんて児戯にも満たないほどの、正に原始的なものに見えるのだろう。


「え、ウソ待って、ミコトこれを使ってるって言ったの? これで身を守ってるって?」

「そうだよ。私の大事な武器なんだから」

「これは……そ、そうね。これと比べるのなら、ミコトのしょっぱい腕でも余程マシな武器を作れるでしょうね」

「まぁ私達に武器の性能自体は分からないから、そのオレ姉さんって人と協力すればって話ではあるけどねー」


 何気にしょっぱいとか言われてしまった……否定は出来ないけども。

 しかしどうやら、舞姫を見せたことでハードルはグッと下がったらしく、一先ず話は一歩前に進みそうな気配を見せた。


「まぁともかく、話はわかったよミコト。そういうことならロボ作りはちょっと置いておいて、冒険者活動の方に時間を割くべきだと思う」

「そうね。ロボのせいで腕が鈍って、その結果モンスターに怪我をさせられたりしたら大変だもの」

「怪我ならまだいいけど、冒険者はよく死んじゃうものだって聞いたよー。ミコトが死ぬのは嫌だよー」

「「!?」」


 ユーグの言にモチャコもトイもあわあわし始めて、明日からは鈍った腕を戻したり、オレ姉のところでとりあえず舞姫の強化をしろと言いつけられてしまった。

 そこでもチャコがふと案を出す。


「あ、そうだ。ミコトにはおもちゃ作りでコマンドを使いこなしてもらおうと思ってたけど、その専用武器とか、舞姫の強化を課題に追加しても良いかも」

「あら、それもそうね。その過程で分からないことなんかがあれば、ロボ作りの時にそうしていたように、私達に相談したら良いのだし」

「うんうん。ミコトの身を守る装備も強化できるから、イッセキニチョウってやつだねー」

「みんな、ごめんね。本当は武器づくりになんて関わってほしくなかったんだけど」


 私が肩を落とすと、モチャコたちはクドいぞと逆に文句を言ってきた。


「別にアタシたちが直接武器作りをしようってわけじゃないんだし、ミコトは気にしすぎ!」

「ボクたちだって、対モンスター用の備えくらいはするんだし、おもちゃしか作れないなんて思わないの!」

「何だったら、ミコトも引いちゃうくらいえげつないのもあるんだよー? 浴びると液状になっちゃう光線銃とかー」

「うわぁ……」


 子供の考えることは残酷だと言う。

 妖精たちは思考回路が子供のそれに近く、それでいて考えたことを実現できる技術力まで持ち合わせている。

 結果、モンスターへの備えとして用意されている品々は、多分私の想像なんて軽く飛び越えるような凶悪な物ばかりなのだろう。

 それを思うと、私の遠慮は余計な気遣いなのかも知れない。

 とは言え、おもちゃ作りをこよなく愛す彼女たちに、武器作りなんて似つかわしくないと思うのも正直な気持ちなのだ。

 ともあれこれ以上そこを言い合ったとて、水掛け論の様相を呈する事だろう。

 だから私は素直にお礼を言うことにした。


「ありがとう、みんな。明日からちょっと外出が増えるかもだけど、あんまり寂しがらないでね?」

「むっ、べ、べつにミコトがいなくても寂しがったりなんてしないしっ」

「あらあら、ボクは寂しいけど我慢するわよ?」

「私もー。ミコト、夜はちゃんと帰ってくるんでしょー?」

「うん、それは勿論。まぁ勇者がどっかに行ってくれたら、宿に戻るかも知れないけどね」


 そう。勇者は未だこの街におり、しかも私達が部屋を確保している女性専用宿に居座っているのだ。

 彼女さえ街を離れてくれれば、クラウがダンジョンに引き籠もる理由もなくなり、三人は街に戻ることが出来るはず。

 そうしたら私も、宿の方に居を戻すことになると思う。

 なんだか不満げな顔をするモチャコたち。


「なになに、もしかして私にずっとここで寝泊まりしてほしいの?」

「ぁうっ、べ、べっつにー? ミコトがどこで寝たって知らないし。っていうかミコトが寝てると物騒で仕方ないし!」

「まぁ、アレはちょっとねぇ。うっかり近づいたら酷い目に遭いかねないものね」

「あの部屋が未だ無事なのが、ちょっと信じられないレベルで毎晩大暴れしてるもんねー」

「私って、寝てる間そんな酷いの……?」


 私は眠っている間も、スキルや魔法の訓練を延々と繰り返しているらしく、そのためそれを目撃した妖精師匠たちはおっかなびっくりしているようだ。

 だけど実際、用意してもらった部屋には傷の一つもつけていない。実害という実害は出ていないのだ。

 しかしそれを思うと、私が宿に戻ることを無理に引き止める気にはならないらしく。

 それはそれでちょっとショックではあった。


 ともあれ、相談の結果私は明日から、久々に冒険者活動を再開させ、鈍った腕を叩き直しつつオレ姉と一緒に先ずは舞姫を強化する、という課題に挑むことにしたのであった。

 舞姫の強化はオレ姉に頼むタイミングを掴みあぐねていたため、正直楽しみだ。

 ブランクがどれくらい影響するものか、些か心配には思いつつも、明日は朝からギルドへ赴くことに決めた。

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