第一三六話 沼と小さな体
沼である。
おもちゃ作りは沼であると。そう私は思い知った。
初めて私のロボットが二足歩行を成功させ、あまつさえそれをプレイアブルのスキルで動かせると気づいたあの日から数日。
本当に一瞬で一日一日が明けては暮れていった。
寝る間も惜しむほど熱中して、私はロボットへ少しずつ少しずつ自由を与えていく。
その過程であることに思い至り、ちょっと回り道する必要も出てきた。
というのも、小さなロボットを作るためには私の手はあまりに大きすぎた。
だからロボットを制作する傍ら、『小さな体』を手に入れることにしたのだ。
即ち、おもちゃ作りをより細かく行うためのおもちゃを作ろうというのが、一先ずの目標となったのである。
これに関しては妖精師匠たちが俄然協力的で、特に繊細な作業が行える手や指先の開発なんかは、師匠たちとの共同開発ということで進んでいる。
それに私が小さな体を手に入れたら、一緒にいろんなことをして遊べるとモチャコたちも大張り切りだ。
ただ、小さな体の開発と、私が作ろうとしているロボは技術の流用ができそうな点が多いため、あまり妖精師匠たちの手を借りすぎても拙いという加減の難しさもある。
ロボの制作はあくまで、私の力で進めなくちゃならないもの。一方で小さい体の制作は師匠たちが技術提供どころか代理制作すら辞さない勢いで協力してくれているため、私の心情としてはネタバレを食らいそうでヒヤヒヤしている感じである。
ロボの方はガッツリロボットって見た目をしているのに対し、小さい体の方は美少女フィギュアそのものである。
当然内蔵できるパーツなんかはロボットよりも余程少ないため、パーツの小型化というのが最重要要素となってくるわけだ。しかもその性能も、大きな出力こそ要らないけれど、繊細な動作はロボに用いるそれよりも遥かに求められるだろう。
そうなるともう、師匠たちの力添えがなくてはどうにもならないため、ある程度の割り切りは必要だと思っている。
まぁ、もとより技術の丸パクリなんてするつもりもないし、したらしたで即バレるだろう。
なので道具を作るための道具を用意するのだ、と言うつもりで師匠たちに甘えることにしている。
今現在も、私が自分の机でロボを改良しようと奮闘している最中、師匠たちの作業部屋では勝手に小さい体の開発が進んでいるみたいで。もはやほぼ私抜きで盛り上がっているような有様である。
などと少しばかりいじけていると。
「ミコト! 試作品組み上がったからちょっと試してみて!」
と、モチャコを始めとした数名の妖精師匠たちが美少女フィギュアを抱えて、この勉強部屋へ入ってきた。
ちなみに外見のデザインは私が担当した。誰もが目を引かれるような可愛くも美しい出来に仕上がったと自負している。
私自身をデザインのモデルとし、いい感じにデフォルメを加えて仕上げてある。
この世界ではまぁ見ないタイプの、サブカルテイストをふんだんに盛り込んだ正に美少女フィギュア然としたそれとして造形したが、うっかり関節部のことなんかを忘れて、普通にポーズを決めたフィギュアをこさえてしまった。
それをベースに妖精たちが色々手を加えてくれたらしいのだけれど、私の予想ではアクションフィギュアみたいに、ガシャガシャした継ぎ目のある肘や膝の関節へ作り変えられるんだろうなと考えていた。
頑張って綺麗に作ったのだけれど、こればかりは仕方のないことだと思いモチャコたちが持ってきたそれに視線を投げてみる。
すると。
「……んん!?」
「どうよミコト、一先ず外見に違和感はないでしょう?」
「え……や、え、これが動くの……? 本当に?」
モチャコたちの運んできたそれは、肩も肘も膝も指の関節に至るまで、何らギミックが仕込まれている様子が認められない、非アクションフィギュアにしか見えなかった。
これが動くと言われても、ちょっと信じられない。ただの出来の良い人形なんじゃないかと思えて仕方がないのだが。
「動かしてみたら分かることでしょ。ほら早くスキル使ってみて!」
「まぁそれもそうか……プレイアブル!」
促されるままにプレイアブルのスキルを発動。
実はこの前自作ロボを動かしてみた後、幾つか検証を行ってみたのだが。
どうやらプレイアブルは動作する機構を備えた対象には有効らしいことが分かった。
例えばモンスターや人間は言わずもがな、プレイアブルのスキルで操作することが出来る。
しかしただの人形やぬいぐるみなど、ただ人や動物の形を模しただけの物体は、プレイアブルの対象外らしい。
人形を動かすには外部から手を加えてポーズを取らせたり、糸なんかで操る必要がある。しかしそれらは動作する機構とは言えないものであり、そのためプレイアブルでは操れないのだろう。
対してロボは、一応動かすことが出来た。まぁロボの完成度が低いこともあり、動きは酷くぎこちなかったのだけれど。
しかしそれとはまた別に、もう一個問題というか、分かったことがある。
ゴーレムやモンスターをプレイアブルにて操作した時、私は視覚や聴覚などの感覚器官まで操作することが出来ていた。
しかしロボを動かした時は、そういった感覚器官由来の情報等はなく、また足を動かすのも私が外部から操作をして初めて成立するものだった。
得られた手応えとしては、プレイアブルが確かに発動しているという実感と、足が勝手に動いているような変な違和感だけ。
つまりは、フィギュアに対してロボ同様にラジコンみたいな操作方法を導入したのでは、多分ゴーレムを動かした時とは違った操作感覚になるだろうということだ。
妖精師匠たちや仲間たちといろいろ意見を交わしてみた結果、もしかするとプレイアブルの仕組みって、ただ体を乗っ取って操作するだけではなく、脳みそにも干渉しているんじゃないかとの考えに至った。
むしろ、脳にこそ作用して操作している可能性が高い。
なので先日のロボのように、外部から私が操作して足を動かしたのでは、自ら体を動かしているという実感も湧かず、そも自分の意志で動かすこと自体不可能だろうと思われる。
そう考えてみると、もしかしたらロボに対してプレイアブルが有効だったのは、二足歩行を成功させるために搭載した制御ユニットが脳みその代わりを果たしたことで、プレイアブルの対象基準を満たしたのかも知れない。
であれば必要なのは動作機構ではなく、脳や、それに代わる部品の存在であるということになる。
脳に当たる情報処理パーツと、外部からのエネルギー供給を受けずに動けるバッテリー。
最低限この二つが搭載されていないのでは、プレイアブルで動かすもう一つの体、という完成像へは至れないだろう。
それに加えて視覚情報を得るためのカメラなんかも重要だ。
そうして考えていくと、とても私の持ち得る知識や技術じゃ何をどうすれば実現できるのか、甚だ見当すらつかない。
そういった諸々の課題点に関しては勿論、師匠たちにも話してあるのだけれど。
果たして試作品として持ってきたこの体が如何程のものか。正直なところそれほど期待していなかった。
師匠たちの腕は勿論信頼しているし、尊敬している。けれど、私の拙い説明をちょこっと聞いた程度でどこまでのものが出来るというのか。
時間にしてもほんの数日。フィギュアに仕込めるパーツにだって限りがあるだろうし、如何な師匠たちと言えども出来ることと出来ないことがあるだろう。
そう、思っていたのだ。
「『な……なんじゃこりゃぁぁぁああ!?』」
その結果がこれである。
まず驚くべきは視覚情報。フィギュアの眼はきちんと映像を捉えている。
そして、体。外部から私がリモコン操作をしているわけでもなく、動かそうと思ったとおりに動く。さながらモンスターを操作した時とほぼ同じではないか!
脳に当たる制御ユニットがそれほど優秀ということだろう。プレイアブルでこんなふうに動きたい、という意思を送れば、制御ユニットがそれに対応した動きを実現するっていう仕組みがちゃんと出来ているのだ。
更に驚くべきは指先までなめらかに動作しているということ。一体どういうパーツを組み込んだらこんな事が可能なのか、手をにぎにぎしながら首を傾げる。
あと、関節が本当に問題なく曲がることにも驚きだ。一体どういう仕組なのか、関節の継ぎ目が見当たらない。
それから後は、発声することも出来た。驚きに叫んだ声が、私本体と小さな私でバッチリハモってしまった。
『うわ……うわー……何なのこの完成度!?』
「どうミコト、何か違和感とかある? 要望とかでも良いから、思ったことがあれば何でも言ってよね」
『……モチャコが、私と同じくらいの背丈に見える。不思議……』
「それはこっちのセリフだから! 本当に人形にミコトが乗り移って動いたり喋ったりしてるんだもん。しかもミコト本体も普通にしてるし! どうなってるのそれ!?」
あまりの出来の良さに感動している私とはまた別に、モチャコを含む妖精たちもまた目を丸くしていた。
そういう用途で作ったものとは言え、本当に人形を私が操作して、もう一つの体にしてしまっている光景に驚いているのだろう。
プレイアブル中は私にしてみると、視界が二つ、体も二つ、口も二つ、っていう何とも奇妙な状態にある。動かすのにはコツが要りそうなものだけれど、幸い私はそういうのに強いから。問題なく当たり前に振る舞いながら、フィギュアの体を操作することが出来ている。
傍から見たら、それこそが不思議に見えるのかも知れない。
「それでええと、動かしてみた感想だけどね」
『体の動作は……ちょっとラグがあるかな。こう動こうって思って、動くまで少し遅いみたい』
「それから目も、ちょっと良くないみたい。ピントが合ってない感じがするね」
『あと、発声方法の違いっていうのは結構戸惑うね。口を動かす仕組みはないみたいだけど、それなのに声が出るから違和感がすごい。喉も舌も唇も動かさずに話せてるんだもんなぁ。まぁこれに関しては慣れたら気にならないと思うけど』
「ああそれと、痛覚に関しては気をつけてほし……」
「ええい、交互に喋らないで! 混乱するから!」
私(本体)と私(小)で試しに代わる代わる感想や意見を述べていったところ、妖精たちが揃って声を発している方に顔を向けるものだから、一斉にアッチコッチと交互に顔を向けるみんなが、なんだかテニスの試合を観ている観客たちみたいで面白かった。
しかし体が二つで意識は一つっていうんだから、私当人はともかく対する相手は確かに混乱するかも知れないとは思った。
「ミコトが二人いるみたいでわけがわからないよ! ミコトは一人しかいないはずなのに、大きいミコトも小さいミコトも喋ってるから、ミコトが二人いて、でもミコトは一人で……??」
次第にこんがらがるモチャコたち。私はちょっと遊びすぎたなと反省しつつ、話を本題に戻して感想を論っていった。
今度は小さい私だけで喋る。同じ目線の高さで妖精師匠たちと喋るというのは、ものすごく新鮮味があって良い。
私が挙げた意見はしっかりとメモを取られ、早速改良が施されるらしい。
実際動かしてみた時間は僅か一〇分そこらだったけど、まるで小人になったような体験が出来てとても満足だ。
試作品と言いつつ信じられないような代物を出してきた妖精師匠たち。どうやら私はまだまだ、彼女たちのことを侮っていたらしい。
改めて師匠たちに尊敬の念をいだきつつ、私は再び自らのロボ作りへ戻ったのだった。
★
翌日。
午前中はロボをいじり、お昼になったのでいつもどおり私はオルカたちのもとへ、食料等を持って転移した。
しかし飛んで早々に私は違和感を覚えたのである。
「あれ、階層の感じがまた変わってる!」
どうやら彼女たちはまた一階層完全踏破を成し、歩みを進めたらしい。
印象的なのは、さながら星空のごとく小さな光が無数に瞬く天井だ。美しい場所だと思った。
足元は石畳が敷かれており、壁は石造りの迷宮。
このダンジョンはモンスターの種類も多様だが、階層ごとの違いも幅広いものがある。
現在は、これで確か三五階層だったか。
以前優秀な冒険者がこのダンジョンに挑んだ際、やっとのことで到達したと言われる最深階層が二六層だったため、オルカたち三人はそこから更に十層近くも深く攻略していることになる。とんでもないな……。
「っていうか、みんなはまだかな?」
現在地は階段を降りてすぐの小広間だけど、今日は私のほうが先に着いてしまったようだ。
一応マップウィンドウで彼女たちの様子を確認してみる。
「ん? すぐそこまで来てるじゃん。でも何で動きが止まってるんだろう?」
三人を示す光点は、もう目と鼻の先にまでやって来ていた。
なのにどういうわけか動きを止め、なかなかこちらへやって来ない。少し心配になって詳しく見てみるも、HP/MPともに問題はないように見える。流石に幾らか消耗してはいるが、動けないほどの重症を負っているわけではないだろう。
ならどうしたのだろうと様子を見に足を踏み出そうとしたところ、急に光点は動き出し、すぐに彼女たち三人が姿を見せた。
「ミコト、もう来てたんだ」
「まぁね。っていうかみんなは何してたの? そこで足を止めてたみたいだけど」
「「「…………」」」
え。皆の目が一斉に泳いだ。そして心眼が、何やら隠し事の気配を検知。
首を傾げながらもう少し詳しく調べてみると、どうやらココロちゃんが怪しいみたいだ。特にその服が……。
「あれ、ココロちゃんの修道服新品だね」
「ひぅっ!? へ、へ? 何のことでしょう?」
「……あー、そういうことか」
軽く指摘したら、心眼でおおよそのことが分かってしまった。プライバシーもへったくれもないスキルだけど、今回は有り難いと思う。
どうやら彼女たちがそこで足を止めていた理由は、ココロちゃんが着替えをしていたかららしい。
何のための着替えか? そんなのは当然、モンスターとの戦闘でボロボロにされたからだろう。
もしかしたらとんでもない大怪我を負って、酷いことになったのかも。
それを私に見せないようにしたのだろうか。心配させまいとして。
「ココロちゃん、着替えた服見せてくれない?」
「え、あぅ、えっと……」
「ミコト、勘弁してあげて」
「察しはついているのだろう?」
「まぁ、ね……」
どうやら余程酷いらしい。
ココロちゃんは鬼の力を持っているため、たとえ部位欠損級の重症を負っても自力で再生出来てしまう。
けれど服までは直らないのだ。そしてそれは、大怪我の痕跡としてわかり易すぎる。
この階層はそれくらい危険だという何よりの証左だ。
「大丈夫なの? みんな。あんまり無理はしないで欲しいんだけど」
「大丈夫。まだ何とか」
「チームワークもどんどん洗練されていっているからな。この階層でもちゃんと戦えているよ」
「とは言え、流石にそろそろボス階層が恋しいですけどね」
ボス階層、即ちダンジョンボスの待つ最下層のことだ。そこへ到達するまで、モンスターは階層を追うごとにどんどん手強くなっていく。
それはつまり、階層が深ければ深いほどダンジョンボスの脅威度も跳ね上がるということでもあるのだ。
普通のモンスター相手ですらココロちゃんが重症を負うレベルにまで上がって来ている。
この先はもっと大変だ。流石にもう止めるべきかも知れない。
或いは私も一緒に攻略できれば……。
「とにかくご飯にしよう。ミコト、食材をお願い」
「……ふぅ、了解」
オルカに促され、私はテーブルセットと調理セット、そして食材を取り出した。
彼女は早速手を洗い、調理をスタートする。
私もいつものようにそれを手伝い、手際よく昼食を作っていく。
作業を行う傍ら、なんだかもやもやとしたものを感じた。
三人のことが心配なのも勿論なのだけれど、彼女たちがこうして命懸けの冒険をしている姿と、のうのうとロボ作りに取り組む自身を比べてしまったのかも知れない。
少しだけ、恥ずかしいような、情けないような。そんな気持ちが顔を出したのである。
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